ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 週末の始まりにこんばんは、毎度の如く作者です。
 前書きなんていらないという読者様方が九割九分九厘だと思いますが、まあ落ち着きなすって(下手)。
 という訳で最新話をどーん。


水平線が太陽を呑み、世界は月の祝福に満たされる

 

 港町メレン。

 オラリオの目と鼻の先にある海洋の出入口に辿り着いたクレスは、休む間もなくガネーシャ・ファミリア所属の『象神の盾(ヴィグネーシュヴァラ)』ことメルギィ・ヴァルマの権限の下にギルド支部の保管する商船等の出着港記録を精査していた。

 支部長を務める犬人(シアンスロープ)は一介の冒険者に過ぎない彼らが内部に足を踏み入れることに対して良い顔をしなかったが、都市(オラリオ)の憲兵としての役割を持つ象神(ガネーシャ)の威光(+面倒な手間を嫌ったクレスの殺気飛ばし(ガンつけ))を前にしては首を縦に振るしかないのだった。

 

 紙の劣化を防ぐための、潮風から隔離された黴臭い部屋の中で彼らは再び書類を漁る。

 クレスが目をつけた吟遊詩人(マルクス・ドゥルースス)の痕跡は、さほど手間を要することなく見つかった。

 

「足は個人所有の小型汽船(ランチ)、船体名は《レオンティーナ》。動力は燃薪鉱(メレアタイト)か。……なるほどな」

「おお、もう見つけたんだな! では早速、他の港に着港履歴を確認して――」

「いや。その必要はない」

 

 クレスの呼び止めに、喜び勇んで記録庫を出ようとしたメルギィの足がキキーッ、と音を立てるかのようにして止まった。

 勢いよく振り向いた彼の顔には、ありありと疑問符が浮かんでいる。

 

「何故だ!?」

「ギルド職員が検査したこの船の性能(スペック)からすると、最大航続距離は2,000(キロル)だ。だが俺の記憶上、その範囲にあるめぼしい港は全てここと同じ大陸のもの。わざわざ船を使うまでもない所に行くのに、お前は船を使うか? 使わないだろう」

「……そういうことか! なら確かに無駄足だな! しかし、だとしたらそのマルクス・ドルゥーススとやらの船は何処へ行ったと考えられる!?」

「普通に考えれば、その距離の半径内に存在する小島のいずれか――もしくは、それ以外の(・・・・・)……ふむ、ここで推測をいくら口に出しても詮無きことか」

 

 可能性の話を論ずることの無意味さを認めたクレスは、口に出しての考察を止め、手元に開いていた書類の綴りを棚に戻した。

 それから彼は少し考えた後、メルギィの心身に漲る溢れんばかりのやる気に水を差すような問いを発した。

 

「確認だが、海中もしくは海上戦闘の心得はあるか?」

「俺はない! 『潜水』アビリティの持ち主が必要か? それなら別途手配するが……」

「海は迷宮(ダンジョン)の水場とは話が違う。アビリティ換算で言うなら最低でも『潜水』のCは必要だが、ガネーシャ・ファミリアにそんな物好きはいるのか?」

「ぬ――残念だが、ウチにそこまでの者はいないな。そちら方面の能力を求めるならむしろ、メレン(ここ)に拠点を置くニョルズ・ファミリアの漁師たちの方が高いだろう」

「だが、こちらは逆にレベルの高が知れている、か。……分かった、ここから先は俺一人だな」

 

 クレスが持たない、公での権力の出番は恐らくここまで。

 これから先は地位でなく技術、彼の秘する魔道具(マジック・アイテム)がその役割を果たす時のようだ。

 しかし、彼の保有する超遺物(オーパーツ)――今の時代にそぐわない魔導機構類(アーティファクト)をメルギィらの前に晒すことは、「みだりに『深々層』の情報を衆目に晒さない」というウラヌスとの契約に反する。

 表立って話すことの出来る『潜水』アビリティ云々を付き添いを断る理由にして、クレスは最後に感謝を伝えるべく手を差し出した。

 

「ここまで世話になった、メルギィ・ヴァルマ。初孫が生まれた暁には出産祝い……そうだな、迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)の絵本などが良いか? ……まあ、そんな何かしらを(カオス)を通して送ろう」

「そうか……力不足ですまん! 初孫が生まれた時には、是非顔を見に来てくれ! 歓迎するぞ!」

 

 一瞬悔し気な顔を見せるも、メルギィはすぐに気を取り直して笑顔に戻った。

 暗に「役立たず、足手まとい」と言われて腹の立たない者はいない。

 特に実力主義に基づく誇り(プライド)の高い冒険者であれば猶更だ。

 しかし、その腹に据えかねる想いをすぐさま「己の努力不足にある」と呑み込んだメルギィは、流石ガネーシャが眷属にしただけのことはあるとクレスは感心した。

 

 その彼に再び握られた手を邂逅時の二割増しの勢いで振り回された後、「またなー!」と激励を送られてクレスはギルド支部を後にした。

 それから彼が向かったのは、ここメレンにも当然設けてある隠れ家(セーフティベース)だ。

 

 東部の波止場の一角に建てられた、一見宿のようにも見える木造の古家。

 数十年単位で利用していないせいで外壁が黒く変色しかけているその建物の正面に立った彼は、玄関の鍵穴に数多のひっかき傷がついているのを見てとった。

 やはりと言うべきか、ろくに管理もされていない様子のこの家に不法侵入を試みた連中が数多くいたらしい――もっとも、全て無駄骨に終わったようだが。

 建物の裏に回り、人目につかないことを確認してから彼は()を唱える。

 

「【シュレディンガー】」

 

 一般的な家屋に見せかけるための装飾(・・)に過ぎないこの建物の玄関は、例え正しい家主に対してであろうと物理的に開くことはない。

 唯一の正しい入り方である転移による侵入(・・・・・・・)を果たしたクレスは、その中に据え置かれていた『船』に触れながら再度詠唱を行って空間を跳躍した。

 共に向かうのは、大海へと繋がるロログ湖の入り江――その地下(・・)に存在する小さな空洞。

 唯一水中の(ルート)を通ることでのみ外へ出られる彼の秘密の港に『船』を着水させた彼は、手始めに燃料槽(タンク)内の残量を確認した。

 

「前に使ったのが残ってたか。……ま、これだけあれば足りるだろう。長引けばまた持ってくればいい」

 

 魔石を燃料に駆動する魔導動力機(マギカエンジン)を積んだ魔法船(マジック・ボート)、《ナキア・ラクリミス》。

 『深々層』の亀型モンスター『アクバーラ・タートル』の甲羅を利用したクレス特注の船だ。

 外周を軽く視認して疵や経年劣化がないことを確かめ、その船先につけられた対リヴァイアサン用の試作撃竜衝角の輝きにも欠けがないようだと小さく頷いて、彼は眠る王妃船(ナキア)に目覚めの接吻(キス)を落とすかのように優しく点火した。

 

 ――かくて炉が稼働を始めた(おんな)は、久々の主の搭乗に歓喜を示すかのように嘶く。

 

 動力源より伝わる振動にかすかに揺れる操縦桿をしっかと握り、クレスは彼女に出港の合図を下す。

 

「発進」

 

 ゴポゴポ……と(あぶく)の音を立てながら、喫水線を超えて《ナキア・ラクリミス》が沈み始める。

 船室にて窓の外側が水面下に潜る様子を尻目に、クレスは操縦桿を前に倒した。

 彼の目の前に広く展開された画面(モニター)が映し出す水中の光景が、急速に後ろに流れ始める。

 船後方の魔力推進機構(マギジェットスラスター)が生み出す小規模かつ連続的な水蒸気爆発が、彼の操作する船に文字通りの爆発的な加速力を与え、操舵者の意志のままに突き進むのだ。

 

 やがてロログ湖の湖峡を超えて大海原へ飛び出したところで、彼は船を浮上させた。

 水平線上に幽かにメレンが見えるくらいの位置まで到達したところで、彼は一度手元の小型船舶用探信儀(レーダー)を操作して周辺の状況を測る。

 

「……この辺りにはモンスターどもしかいないか。まあ、漁師の行動範囲に腰を据えるはずもなし。遠洋まで出なければ話にならんだろうよ」

 

 クレスは再び動力機(エンジン)を吹かして、《ナキア・ラクリミス》号をぐんぐんと加速させていく。

 海面をV字に切って快進する船、その真横で激しい白波が弾けては消えていく。

 その道中で適宜探信儀(レーダー)から電磁波を放ちながら、彼は少しずつ《レオンティーナ》号の行動範囲を埋めていく。

 

 ――しかし当然のことながら、相手方の痕跡は中々見つからない。

 途中で見つけた小島には漂着した漁師たちが浜辺に残したのであろう焚火の痕跡くらいが辛うじて見られたものの、島の奥部へと続く足跡などが見つからない以上は実質的な無人島だ。

 見つかるのは、そんな島々ばかり。

 

 となれば、ギルドでメルギィの前にて口に出さなかった別の可能性が考えられる。

 例えば、常人の目には見つからない海底基地。

 しかし 念のためにとその存在は海上と並行して別途海中にも音波を走らせることで潰していたのだが、その類のものは見つかっていない。

 

 他には例えば、行動範囲の広い大型船舶や飛行船への収容。

 より大きな輸送機関への乗り換えが行われた……こちらの方が怪しいか、とクレスは海原を駆けつつ唸る。

 

「ふぅむ……よし、物は試しだ」

 

 現在彼が使用している汎用の探信儀(レーダー)に映る範囲に、相手がいないのだとしたら?

 ――だがこんなこともあろうかと、《ナキア・ラクリミス》には別の探知機構が搭載されている。

 《学区》をモデルとしてこの船を開発した魔法大国(アルガナ)の研究者曰く「いずれ星の大海へ漕ぎ出す時のために」開発した物をクレスが出資者権限でブン取った、対惑星用巨大探信儀(・・・・・・・・・)――《ファゼカス式:擬似神力波探信機構(デミ・アルカナム・レーダー)》である。

 出力こそ船体のサイズ相応に落とされているものの、その探索範囲はクレスたちが今立つこの星の表層(テクスチャ)のおおよそ六分の一までに達する。

 『深々層』に生息する階層主(モンスターレックス)の核魔石を複数個投入してようやく稼働する大喰らいだが、その程度の消費を今更彼が惜しむはずもなく。

 

「――む?」

 

 幸運にも、一回目からクレスの目は魔道具の画面(モニター)に巨大な二つの光点を捉えることに成功した。

 一つは国家にも匹敵する多くの魔力の集合体――恐らく《学区》だろう。

 クレスの放った擬なる神力(デミ・アルカナム)のせいか、一粒一粒の動きが騒がしくなっている。

 ちょうどオラリオ近海を航行していたようだが、そちらの動きは捨て置くとして。

 

 ――その世界最大の『船』に迫るかとも思われる、もう一つの大きな光点はなんだ?

 こちらは光粒の数こそ少ないが、その中央に一際大きな魔力の反応が瞬いている。

 

「確かめてみるか」

 

 《学区》に匹敵するほどの巨大船が建造されたなどと言うニュースがあれば、まず間違いなくカオスが彼に伝えるはず。しかしクレスは、そんな話を聞いたことがなかった。

 善は急げとばかりに、彼はさっそく不審に思った謎の光点へ向けて舵を切る。

 距離にしておよそ5,000(キロル)

 その大陸一つ分に相当する距離を、《ナキア・ラクリミス》は一挙に踏破する。

 半ば海面から浮くほどの勢いで、自動操縦形態に切り替わった彼女は大気の壁を突き破りながら一時間と半で光点の近くまで駆け抜けた。

 

 その間手持無沙汰だったクレスは船内に常備していた非常食で腹を満たし、目的地に到着した頃には、既に空は暗くなっていた。

 水平線の彼方で、赤く燃える太陽が没する最中。

 

 紫茜に染まる空の向こうに、クレスは肉眼でその光点の正体を捉えた。

 

「……ほぅ?」

 

 それは、全長500(メドル)にも達するかという巨大『艦』だった。

 とはいえ外形(フォルム)は《学区》のような人工物で無く、切り立った崖のような断崖絶壁となっており、まるで陸から一部を切り出したかのような自然物に見える。

 その周囲を幹と見紛うほど極太の植物の根らしきものが這って補強しており、それがヤドリギのものであることをクレスはすぐさま看破した。

 

 そして偶然にも、彼はこの『艦』を――『陸』の本来の姿をかつて目にしたことがあった。

 

「何処のどいつだ、こんな遺物を引っ張り出してきた奴は。……前に俺が沈めてやったはずだが」

 

 それは――かつてこの海の上に存在した浮遊移動式(・・・・・)大陸戦艦(・・・・)』、《アトランティス》。

 ムー・ファミリアの国土として利用され、そして八百年もの過去に『封神大戦(グノーシスマキア)』でクレスがそこに居た主神及び眷属諸共その文明の全てを海溝に沈めたはずの『国家艦』。

 恐らくはその残骸の一部を引揚(サルベージ)して流用したのだろうその船の頂点には、かつて太陽神ラ・ムーの祭壇として利用されていた巨大大理石の奉神碑(モニュメント)が見えた。

 

 ただしそこに刻まれているのは、かつて彼が見た太陽の紋章ではなく、真円――満ちた《月》。

 そしてご丁寧に側面に書かれていた船体の名前を、朧げに降り注ぎ始めた月明りの下でクレスは眉を顰めながら読み上げた。

 

「――《ネモレンシス》」

 




《Tips》
・ムー・ファミリア
 太陽神ラ・ムーを祀っていた、数百年前の国家系ファミリア。
 《アトランティス》の先住民族である3つの種族はかつて互いを尊重し絆の輪を築いていたが、神の下界への降臨を切っ掛けに、「己の種族こそがラ・ムーの恩寵(ファルナ)を受けるに相応しい」と争うようになった。
 事態を憂いた神ラ・ムーは3種族の諍いを収束させるべく「己以外の神を信仰する不忠者たちに天罰を与えよ」と彼らに『共通の敵』を作ったのだが、それは次第に「最も戦果を挙げた種族こそが神の御心に沿う」と曲解され、3種族はやがて本能の赴くままに世界中で戦争を引き起こし始める。
 その過剰なまでの信仰心が回り巡ってファミリアそのものの破滅に繋がったことは、本来住まう場所の異なる神々が下界に降りた弊害の一つなのかもしれない。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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