ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 お待たせしました、作者です。
 一週間どころか二週間も更新期間を開けちゃってごペンなさい。
 深く深ーく反省猛省自省しておりますので、どうか許してください、はい。
 お仕置きだけはオニイサンユルシテ。


古の情景、実るは奇妙な『事実』

 

 クレスが発見した謎の巨船《ネモレンシス》と彼が追う少女ユリアの誘拐事件を紐づける証拠(もの)は一つもない。

 ただし、その船体を取り巻く巨大なヤドリギが、かつてのロマーナにおいて国の象徴たる神樹として崇められていた歴史的事実を彼は知っている――そして、少女の血を遡ればそこ(ロマーナ)に行き着くことも。

 

 『事実』が結びつかなくとも、彼の経験に基づく『直感』は強く訴えていた。

 ――目の前の巨艦について、「これは怪しいニオイがプンプンするぜ」と。

 

「百聞は一見に如かず。関係があるにせよないにせよ、ひとまず乗り込んで内部を偵察してみるか。となれば何処から侵入するか……ふむ」

 

 幸いなことに、《ネモレンシス》が慌ただしくなる様子は今のところ見受けられない。

 どうやらクレスの船は未だあちらからは見つかっていないようだ。

 ならばこのまま未探知の優位を活かそうと、この先の方針を定めた彼は素早く《ナキア・ラクリミス》を操舵して仮想()船の外壁の一部に寄せた。

 

 《ネモレンシス》の外周を形作る断崖絶壁。

 その内で特に傾斜の激しい箇所に、接岸ならぬ接崖する。

 上部が大きくせり出している地形の関係上、これでもし警備の人間が崖上にやってきたとしても、よほど身を乗り出して覗き込まなければ崖下のクレスの船を見つけることは出来ないだろう。

 

「船の方はこれで良し。……さて、崖登りは久々だな」

 

 眼前にそそり立つ崖壁の様子を慎重に見定め、クレスは両手を何度かぐっぱっ、と握っては開いてを繰り返す。

 そうして指の調子を確かめてから、頭の中で思い描いた道筋(ルート)を反芻して――彼は、その常人には登り難いどころか落下必至の強傾斜の崖を一息に登攀した。

 足場は崖の各箇所に爪先ほどせり出た僅かな岩片と、ヤドリギの根。

 それらを取っ掛かりにして、彼は猿のような器用さでするすると崖の淵まで後一歩の所に辿り着いた。

 

「……誰も来ない、な」

 

 そこで一度耳を澄ませ、監視の気配がないことを確信してからクレスは今度こそ崖上に身を乗り上げた。

 崖の淵は木々が生い茂る雑木林となっており、これまた身を隠すには好都合だった。

 その中に躊躇なく飛び込んだ彼は藪になっている足元より移動しやすい樹上に移り、枝から枝へと飛び移るようにして奥へと進んでいく。

 

「(そこかしこにヤドリギが共生しているな……)かつ、やはり侵入者(ネズミ)除けが多いな」

 

 鳴子やトラバサミなど一部物騒な罠が薮下の見え辛い所に仕掛けられているのをよそ目に駆けるクレスは、やがて林を抜けて《ネモレンシス》の内部を伺える場所にまで辿り着いた。

 その先には、やはりと言うべきか。

 

 夕闇に沈む世界の中で、確かに息づく文明の光が瞬いていた。

 

「これは……」

 

 クレスが辿り着いた先に広がっていたのは、立派な一つの都市空間だった。

 多くの背丈のある建物が形作る影の中を数多の人々が忙しなく行き交っている。

 

 くたびれた身体に哀愁を漂わせる、少し腰の曲がった老人が。

 子連れだろうか、元気な男の子に手を引っ張られて進んでいく柔和な表情の女性が。

 ぐいぐいと酒杯を傾け、同僚らしき同じ卓につく男に頭を叩かれている気の早い労働者が。

 

 なんの変哲もない人々が、ちかちかと点灯を始める魔石灯に照らされながら、日の暮れる街並みの中で生計を営んでいる。

 

 その光景を、クレスは林の入り口付近に立つ百日紅(サルスベリ)の枝の隙間からひっそりと観察する。

 

「……やはり間違いない、ここは《アトランティス》だな。細部が少々異なるが、この都市構造は見覚えがある。碁盤状に整理された緻密な区画割りと、その上で多くの人口を抱えるための立体的な超高層建築群……すなわち、ムーの《摩天楼(アドアストラ)》」

 

 見渡す限りに聳え立つ建築物はいずれも、最低でも10階以上の高さを誇っている。

 最大でも20階程度に抑えられているのは、かつて彼が轟沈させた名残に違いなかった。

 ところどころ建物の先端が変に折れ曲がったオブジェのようになっているのが、まさにそうだ。

 それより上の階層部分は須らくかの『封神大戦(グノーシスマキア)』において、彼が愛用する()の余波で溶け落ちたのだ。

 

 本来ならば最低でも30階(・・・・)は下らないはずなのだが――この船を引き揚げて再利用している者たちには、そこまでの建築技術はなかったようだ。

 

「しかし、雰囲気は大分異なるな。とかく素材の質感が剥き出しで、超硬金属(アダマンタイト)やら不壊晶石(オルガクォーツ)の黒一色で無機質なのがムーの都市だったが……今は無駄に凝った装飾やら暖色系統の塗装が施されて、そんな雰囲気(イメージ)は微塵もない。予想はしていたが――まあ、間違いなくロマーナ式だな」

 

 クレスの目で見たところ、独自の『魔導機巧(マギカ・マキナ)』文化――電力(エレクトロニクス)を中心とした先鋭的な発展を遂げていたムーの都市機能はほぼほぼ残ったままだ。

 その利便性をうまく踏襲しつつ、ロマーナの文化様式で表面を染め上げていると言った所か。

 そう分析した彼は内心で感心するとともに、都市の中心部分を――うず高く盛り上がるような船全体の地形の中で最も高所に位置する神殿(・・)を見上げる。

 

「それにしても、元が戦艦だからどんな孤島の要塞かと思えば中々立派な生活を営んでいるものだ。それもここ数年の規模じゃない、数十年……いや数百年単位だな。これだけのものが世界に見つからず悠々と海洋を行き来していられたのも、ムーの遺産の賜物と考えれば説明はつく。年がら年中内輪揉めで争い合って知識の積み重ねだけは人一倍あった連中だからな。……しかし、こんな連中の墓標をわざわざ掘り起こしてまで運用しようとする()の存在を思えば、目的はロクなものじゃなさそうだ」

 

 外からも見えた大理石の祭壇を奥に据えたその神殿は、唯一この艦の中で木材から造られており、軽く見ただけで分かるほどに特異な存在感を放っている。

 正確には、聳え立つ大樹のうろ(・・)を流用して神殿の形式を整えていると言うべきか。

 青々と葉を茂らせるこれまた巨大なヤドリギから溢れる生命力と、その中に崇められる超越存在(デウスデア)の明瞭な神意(アルカナム)の燐光が入り混じって、天へと向けて薄く白く立ち昇っている――いわば、地上に降りた()のように。

 

「この気配からして、あそこにはまず間違いなく本物(・・)が降りているな。覚えのない神意だが、恐らくロマーナに関わる神のいずれか……マルス(アレス)は《王国(ラキア)》、メルクリウスは《魔法大国(アルテナ)》、ミネルバは《学区》に居たのだったか? それ以外の誰か知らんが、まあ会えば分かるだろう」

 

 一通り観察と考察を終えたところで、クレスは手っ取り早く「この地を支配する神と接触してしまおう」と腰掛けていた樹上の枝から飛び降りた。

 一陣の風となった彼は手始めに近場の建物の屋上へと駆け上り、そのまま別の建物の屋上へとまるで忍者(スパイ)のように駆け抜ける。

 彼の『神の恩恵(ファルナ)』外スキルである隠密能力を以てすれば、音もなく疾駆することも朝飯前。

 およそ30(メドル)ほどの距離がある眼下に人々の営みを眺めながら、彼はこの《ネモレンシス》の()の坐すると見られる根城へ向けて突き進む。

 

 その過程で彼は、かのロマーナの文化を踏襲した古式ゆかしい人々の生活様式を垣間見た。

 今の時代では神々くらいしか着ないような、貫頭衣(チュニック)一枚布(トーガ)の組み合わせ。

 エールやワインを揃えた酒場にはパンや魚が籠に入った状態で積み上げられており、オラリオでは「行儀が悪い」と咎められるような、寝っ転がって食事をする台も設けられている……なお、流石に中毒の危険性がある鉛製の器は廃されているようだ。

 遠目にはロマーナの代名詞の一つでもある公衆浴場(テルマエ)が煙突から湯気を昇らせており、量販店を流用したらしい兵舎の前には馬のような鬣上の飾りをつけた兜を被る兵士たちの姿が散見される。

 

「まあ、普通だな。やたら情景が懐かしいことを除けば、誰も彼もが危険とは程遠い安穏とした顔で――いや、待て」

 

 その過程で、クレスの目はとある一つの違和感を捉えた。

 神殿へ向かう足を止め、彼は通りを行き交う人々の様子を改めて観察する。

 そして、気づく――奇妙な『事実』に。

 

 というのも、彼の足元で言葉や杯を交わす人々の容貌が全て、やたらと……似たり寄ったりなのだ。

 

「顔立ちに体格、雰囲気……誰も彼もが似通っている。双子や複製体(クローン)ほどではないが、三、四親等くらいか……むむ、ここにいる全員が親戚同士なのか?」

 

 一直線に中央へ向けて駆けるクレスの目は、決してこの船の全てを捉えたわけではない。

 しかし、その道中で目にした全ての人々の瞳や髪の色、耳の形、骨格などと言った遺伝的要素が悉く相似しているのは、偶然の一言では済ませられない。

 

「まあ、外界からの出入りを封鎖した閉鎖的な環境であればそうなるのも必然だが……だとしても種類(パターン)が極端に少ないな。それどころか……むぅ、ここにいる全員がほぼほぼ一つの血族に統一されていると見て間違いなさそうだな。昔の王族や支配階級の間にはまま見られた風習だが……」

 

 つまりは、近親相姦による貴血の保持。

 いとこ同士や時には親兄弟の間で婚姻関係を結ぶことで、一つの属性を後世まで保とうとする手段。

 その人類社会における『悪徳』の一つをふと思い起こしたクレスは、その流れで思い至った――思い至ってしまった(・・・・・・・・・)

 

 《ネモレンシス(ここ)》にいる住民のほとんどの間に共通する血縁的特徴。

 ――それらが、彼の知る件の少女の似顔絵(・・・・・・・・)にも共通していやしなかったか、と。

 

「ここで繋がった、か。……なるほど、段々と事件の霧が晴れてきた気がするな。これが思い違いでなければ良いが……もしそうだったとしたら、義母上(ははうえ)などは特に激怒しそうだな」

 

 クレスは思いついた可能性を胸に秘めたまま、辿り着いた神殿の前で一度足を止めた。

 

 ――もし、この先で顔を突き合わせるであろう神の御心とやらが彼の想定の通りであるのだとしたら。

 

「絶対碌なことにならん」

 

 それだけは間違いない、と嫌な確信を抱えながら、クレスは衛士の巡回をすり抜けて神殿内部へと侵入するのだった。

 

 




《Tips》
・神ミネルバ
 《学区》に派閥(クラス)を有する女神の一人。
 所属する生徒に求める資質は『冒険心溢れる勇猛さ』と『正義を希求する騎士道』、そしてちょっとの『掟破りな悪戯心(エッセンス)』。
 なお、主神自体はその厳格さが有名だが、『恩恵』を授けた生徒の間で行われるとあるスポーツ(・・・・・・・)においてはお茶目な狂神と化す噂もあるとか。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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