ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 お待たせしました、更新と共に参上の作者です。
 以下略。


月下の号令

 

 ヤドリギの枝々が絡み合って形を成した太柱の隙間から、朧げな月明かりが差し込む。

 通路を抜ける、夜の冷気に雑音を吸い取られた清廉な風が頬を撫でる。

 日の光が完全に落ちた時間帯の神殿は、人知を遠くに置いた風光明媚な異界としてクレスを迎え入れた。

 

「(……懐かしい。この気分も久々だな。慣れない場所に足を踏み入れる、この感覚……初めて迷宮(ダンジョン)に潜った時のような、得体のしれない肌寒さがある)」

 

 影の落ちた視界の先へ向けて、クレスはその濃淡の深い場所を伝って静かに移動を始めた。

 その足遣いは糸を渡る蜘蛛のように滑らかかつ素早く、一切の余計な音を伴わない。

 研ぎ澄ました五感で慎重に先の様子を探りながら、彼が奥へ奥へと進んでいくと、不意に先の曲がり角からぼんやりと人工的な光が漏れ出てきた。

 

「……」

「――」

「(……警備の目は起きているか)」

 

 武器という争いや血を連想する『穢れ』を神殿内部に持ち込むことが許されない衛士の代わりに見回りをしているのであろう、携帯灯(カンテラ)を持った不寝番の神官及び巫女の二人一組(ツーマンセル)

 それを、天井に張り付いたクレスは逆さまの視界で見送ってやり過ごした。

 

「(……次へ行こう)」

 

 見回りの二人が十分に離れた頃合いを見計らって、天井から降りたクレスは先へ進む。

 神殿内の通路はそれほど狭くなく、人が4、5人は横に並んで通れるほどだ。

 またその壁には幾つもの凹凸の大きい装飾が施されていたり、立派な美術品が飾られていたりと、彼が監視の目から逃れられるだけの余裕(スペース)が至る所に点在している。

 この調子でいけば、まず見つかって騒ぎとなることはなさそうだった。

 

 神殿内にある程度慣れてきた彼の目は、奥へ進むついでに、この神殿に存在する数多の『ロマーナ』を捉えることになった。

 

 当時の兵士の間で広く用いられていた、小剣(グラディウス)を模した魔剣。

 芸術家(気取りを含む)が特に好んだ、青年ならではの肉体の黄金比を映す精悍な石の彫像。

 どこから切り出してきたのか、当時の民衆が公衆浴場(テルマエ)で議論する風景をそっくりそのまま切り取った漆喰(フレスコ)画。

 更には彼も知る顔がちらほらと並んでいる、恐らくは歴代皇帝のものらしき胸像の数々。

 いずれもれっきとした、古代ロマーナに所縁のある代物ばかり。

 

 さながらここは、神を祀る神殿であると同時に、ロマーナの由緒正しい歴史を綴る博物館としての機能も有しているのだろう――と、その中を歩くクレスは勝手ながら推測した。

 

全ての道はロマーナにこそ通ず(パクス・ロマーナ)、だったか……? 奔放かつ刹那的な快楽を愛する神々が掲げるには珍しい、一途な国粋主義(ナショナリズム)がここにはある。きっとここの主たる神は、心からあの時代(ロマーナ)を愛しているのだろう。良くも悪くもな」

 

 クレスは通路に飾られていたロマーナの風景画のうち二枚に注目する。

 そこには確かな人々の活気が――狂愛(くるお)しいほどの情熱と残虐(ロマーナ)が描かれていた。

 

 獅子と徒手の異端者集団を、逃げ場のない闘技場(コロッセオ)にて殺し合わせる……公開処刑場。

 十五に満たぬ少年少女が、麗しき花園の中で激しくかつ見境なくまぐわいあう……酒池肉林。

 現代では忌避されて当然とされる豪放磊落的な価値観が、それらを眺めるクレスの前で「さも当然」と言った顔で胸を張っている。

 

 栄華と崩落、人の善性(悦び)悪性()を何百何千と積み重ねて築かれた『大帝国(ロマーナ)』。

 

 その大河の如き歴史を己の()でもまた少なからず見てきた者として、少しばかり懐かしい気分になりながら。

 クレスはそれら有形の歴史に彩られた廊下の中を流れる神気に導かれるようにして、最奥の部屋へと至るのだった――。

 

「――絶海の遊艦たる我が神殿(ネモレンシス)へようこそ、名も知らぬ人の子よ。礼節を弁えぬ身なれど、珍しき来客なれば、言葉の一つすら交わさずして返すほど狭量な我が身ではありません。歓迎致しましょう……して、何用ですか?」

 

 謁見室にも似た広々とした空間の中で、上座に設けられた祭壇の方から響く上位存在(デウスデア)の声。

 それは鈴の音のように軽やかであり、また祭儀に使われる銅鐸のような重厚さを伴っていた。

 一言一言の隙間から滲み出る……存在としての格の違い。

 文字通り上位の次元から声をかけてきた女神の神意が強く浮かび上がった挨拶に、クレスは不躾にも目を逸らさずに応じた。

 

「礼を失したことは謝罪する。その上で、俺は仕事でここに来た。……御身は確か、女神ディアナだな」

 

 クレスは偶然にも、以前に彼女の御姿を目にしたことがあった。

 世の穢れさえも塗り潰して『善』としてしまうかのような、高原に咲く一輪の花(エーデルワイス)の如き白肌。

 一筋一筋が光の如き皇輝を放ち、『神の力(アルカナム)』がなくとも後光を形作る透き通った髪。

 そして人知を超えた視界を持つ者に共有される、博愛主義的な微笑み(アルカイックスマイル)

 その中央に瞬く絶対なる神の黄金瞳(ひとみ)が、「一切の嘘偽りを許さぬ」といった威迫を伴って眼下に立つ侵入者(クレス)を射抜く。

 

「いかにも。この身こそはかつてロマーナにて崇められた一柱(ひとり)、『狩猟』と『貞淑』、そして『月』を司るディアナ。それで、貴方の言うその仕事(・・)とは具体的に何を意味するのですか?」

「誘拐事件の解決だ、神ディアナ。近頃オラリオから一人の女児が攫われてな、俺はその両親に頼まれて行方を追っていた。――そして、見つけた」

 

 常人であれば目が霞む、もしくは潰れてしまうほどの女神の威光。

 ディアナが背負う、下界の禁忌(ルール)をギリギリ冒さないほどの『神の力(アルカナム)』の瞬きの向こうに、クレスは探し求めていた少女ユリア・ダルシアの顔を発見した。

 彼女は女神ディアナの側に控えながら、その小さな身体を余すことなく使って、懸命に植物の葉を模した巨大な扇を煽いでいた。 

 ……《魅了》に犯された瞳で、女神の忠実な下僕(しもべ)として。

 

「俺の目的はただ一つ。その娘、ユリア・ダルシアを返してもらいたい。それだけだ」

「断ります」

 

 神ディアナは一切の逡巡なく、その澄み渡る声でクレスの要求を却下した。

 ……この件における非は間違いなく彼女の側にある。

 だというのに、彼女はさも自分に正義があるのだと言わんばかりの強気な態度を示した。

 その短くも傲慢な物言いに、されど彼は憤るよりむしろ内心「だろうな」と納得した。

 

 ――なにせ神と言うやつはいつも、どいつもこいつも自分本位で、勝手気ままに動いては周囲に迷惑を振り撒くのが常なのだ(覗き魔(ゼウ○)とか痴漢(ゼ○ス)とか寝取りクズ(○ウス)とか)。

 根本的な価値観が下界の者たちと異なる彼らからしてみれば、むしろデメテルやタケミカヅチと言った物静かな神の方が逆に異端だと言える。

 

 故にクレスは彼女を非難するための無駄なやり取りを省き、率直に説得を試みようとした――どうせ叶わないことは分かっているのだが。

 

「その娘一人さえ手放して貰えれば、俺がここのことを口外するつもりはない。そうなれば御身としても大きな面倒ごとに発展せずに済む、その方が良いだろう。……そう言ってもか?」

「ええ。()故に――我が最愛を取り戻すために、この小娘はどうしても必要なのです」

「愛……『愛』ときたか」

 

 今度こそ、クレスは「面倒なものが出てきたな」とでも言いたげに目を細めた。

 

 ――『愛』。

 

 それは理知ある命が共通して抱く数ある感情の中でも、特に異質で、かつ厄介なものだ。

 「虫けら一匹殺せぬ者でさえ、愛故に人を容易く殺し得る」と古代の詩人も言ったように、愛はその所有者に底知れぬ情念と倫理を犯すための免罪符を与える。

 

 しかも、それが悠久を生きる神の口から漏れ出た時。

 それは世間一般のものよりも何十何百、いや何千倍も粘着質で、陰湿で、それこそ融けた鉛のように熱く、また重たくなるのだ。

 

 彼が神殿に入る前に感じた嫌な確信(・・・・)は、どうやら見事に的を得ていたらしい。

 やはり口だけで引き下がってはくれなさそうだ、とクレスは思考を巡らせつつ再三にわたって言葉を重ねた。

 

「しかし、(それ)取り戻す(・・・・)か。やはりそういうこと(・・・・・・)か……だが、なんにせよその言い分でこちらが引き下がる道理はない。そもそも魅了(チャーム)をかけるような一方的な神の愛よりも、懸命に子の行方を捜して世に訴える親の愛の方が勝ろうさ。違うか?」

 

 世の道理を矛として口を開きながら、力づくで取り返すことも辞さないと再度交渉による少女の身柄の返還を求めるクレス。

 対してディアナは、反論の代わりにその神意を彼への牽制として放った。

 彼の狙いであった言葉による解決の明確な破綻を示す、膨大な霊的圧力が指向性をもってクレスの心身へと叩きつけられる――が。

 

「そよ風だな」

「……! 小動(こゆるぎ)一つしませんか。この艦に辿り着けたことから薄々察してはいましたが、ただの子どもではなさそうですね」

 

 今クレスを襲っているのは、体感にして重力が10倍ほどにも増した精神的重圧(プレッシャー)だ。

 常人なら良くて失神、悪くてショック死。

 上位の冒険者でも膝をつくこと間違いなしの、目に見えぬ暴威。

 

 しかし、今更その程度で折れる彼ではない。

 なにせ、クレス・カタストロフは《神殺し》である。

 従者(サラ)と同じく、己の目的のためならば神さえも弑することを躊躇わないこの下界の破綻者。

 そんな彼の見せた『下界の只人があろうことか天上界の神を見下す』というこの世界における最大最上級の無礼に、ディアナはその端正な顔立ちを分かりやすく正した(・・・)

 

「大人しく引き下がるならば見逃すのも止む無し、と考えていましたが。我が()を奪うというなら、容赦はしません」

「結局こうなるのか。……先に愛を奪ったのは貴女だろう、神ディアナ。何を目論んでいるかは知らんしどうでも良いが、誘拐は貴女の愛する古代ロマーナの法にも犯罪として明記されていたはずだ。此度において責められるべきはそちら、分かりやすく言えば『ユースティティアの剣は我が手に在り』というやつだ。返してもらうぞ、その娘を」

 

 もはや言葉は不要、とクレスが娘ユリアの奪取に向けて動くべく重心を前方に傾けた。

 その微細な予備動作を、しかしディアナははっきりと見切っていた。

 狩りの女神でもある彼女は獣の動作を読み取る業にも優れており、そして広い範囲でくくれば人もまた獣の一つである。

 文字通りの神業的な技量で以て、ディアナは瞬時に背後に飾られていた銀色の弓に矢を番え無礼者に射かけようとしたが――遅い。

 その目だけは辛うじてレベル19の動きに追い付いても、物理法則(下界のルール)に縛られた平々凡々な身体は彼女の思うように動けなかった。

 

 急に遅く感じられた視界の中で彼女は、彼我の距離を瞬時に詰めたクレスが悠々と少女を取り返す光景をただ茫然と見送ることしか出来ないのだった。

 一瞬のうちに百段近い祭壇を土足で駆け上った彼が、ユリアの手から扇を奪い放り捨て、その身を抱えると同時に跳び退る。

 

「きゃっ――止めて、放して!」

 

 《魅了》されたままの少女ユリアは敬愛する女神の下に戻ろうと、クレスの腕の中でじたばたと抵抗する。

 その無意識化を占領するディアナの《魅了》をこの場で解除するのは困難だ。

 心身ともに成長の過程にある幼子の《魅了》を無理矢理解除した場合、その負荷で精神(こころ)が壊れてしまう恐れがあるからだ。

 例えるならば、一つの湖に溶けたたった一滴の顔料を再び回収しきることに等しい。

 彼も不可能とは言わないが、ここは万全を期して専門の処女神を頼り解()してもらうのが一番だ。

 

「寝てろ、その間に全て済む」

「――うっ!」

 

 とりあえず当面の処置として、クレスは少女の額を小突いて気絶させる。

 それで「用は済んだ」と言わんばかりに、彼はすぐさまこの場を離脱しにかかった。

 

「ではお望み通り退散しよう。余計な気は起こさぬよう、くれぐれも御身が賢明であることを祈る」

 

 そう言い残して、元来た道を速やかに戻っていくクレス。

 だがもちろん、神がたかが一人の矮小な人間の言葉に素直に従うはずもなく。

 

 腰を落ち着けていた豪奢な椅子を倒す勢いで立ち上がったディアナは、その自らが語った『愛』の深さを示すかのように――その身に秘めたる神意を爆発させた。

 

『――決して、逃すものか』

 

 仮面(ペルソナ)染みた無感情な相貌を露わにしたディアナの唇から、人間性を排した『神の声』が響き渡る。

 その身に立ち昇る神威が銀の御柱となって、天へ向けて迸った。

 その様子はまるで、空に瞬く月とは異なる――地上に降りたもう一つの月。

 眩いばかりの極光が、神懸かり的な力の波動を放って覚醒する。

 

『――告げる。我が血を与えし眷属たちよ』

 

 真昼と見紛うばかりの眩い光の奔流が神殿内を満たし、その中心から現れた月女神(ディアナ)が、身に纏う神の力(アルカナム)を細雷のようにバチバチと打ち鳴らしながら艦全体に命ずる(・・・)

 

『神域を汚す侵入者が現れた。探せ――見つけ次第男を殺し、汝らが同胞を取り戻せ!』

 

 女神が直々に下した託宣を受けて、寝静まりかけていたはずの艦が揺れ動き始める。

 疾走するクレスは神殿に設けられていた窓から、その脈動の正体を見た。

 

 夜の帳の落ちた都市全体に急遽瞬き始める地上の星々……それらは全て、クレスのよく知る『神の恩恵(ファルナ)』の気配。

 すなわちこの艦に住まう誰もが、オラリオでいう所の冒険者。

 それら月女神の下僕たちが一斉に、恐れ知らずの愚か者(クレス)に鉄槌を下すべく集結を始める――。

 

 『月』の発した凶光の号令によって、今まさにロマーナに愛されし血宴が始まる。

 

 




《Tips》
・《魅了》の解()
 神々にとって、《魅了》は呪いではなく祝福である。
 見初めた清廉な魂に自らの色を落とし、よりよい結末へと導くための標とする。
 ただし、神にとっての『祝い』が必ずしも人にとっての『祝い』になるとは限らない。

 神々に迫られた選択の結果として祖国を滅亡に導いた、護国の英雄の弟。
 女神の使徒に射抜かれ偽りの愛を与えられた結果、愛する弟を手にかけた女。

 数多の『祝福』の末路を知るクレス曰く、「全知は無知を知らず」。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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