ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている 作:七海香波
恐らく年内最後の更新になろうかと思われますので、ご挨拶をば。
ここまで作者の趣味に付き合ってくださりありがとうございます。
新年も色々やらかすと思いますが、その時はどうか暖かい目で見守ってやってください。
駆ける、駆ける、駆ける。
『少女を取り戻す』という当初の目的を達成したクレスは
夜の摩天楼の空は天に近い分だけ肌寒く、
されどたかが地上の環境
彼は保護した少女ユリアの未成熟な体に負担をかけないギリギリの速度を保ちながら、屋上から屋上へと来た道をぐんぐんと逆走していた。
――突如、その視界に頭上から百余の影が差す。
「む。来たか」
月明りに淡く照らされた高層建築群の頂上。
輝きを遮るものが何もないはずの場所で自身以外に影を作る者がいると言うことは、つまり。
――やはり。俺一人ならともかく、か弱い荷物があれば追い付いてくる奴らもいたか。
追手の影がクレスを足止めするべく攻撃を仕掛ける。
その手から、更なる千もの小影が放たれて……背後からの投擲物の雨に晒されることを防ぐべく、彼はこれまで足場にしていた建物を盾にして地上に降りることを即決した。
彼一人ならば加速一つで回避出来る話だが、少女の身体がそれに耐えきれないからだ。
抱える矮小な荷物への負担を鑑みて、何度か建物の壁面を蹴って落下速度を殺しつつ、これまで見下ろすばかりだった《ネモレンシス》の地上へ。
着地と同時に全身の関節を緩衝材に使って衝撃を吸収し、彼は猫のように平気な顔で即座にその場から離れようとする。
見渡せば、彼の落下した場は三叉路の中央だった。
そのうち、外周へ続くであろう道に飛び込もうとして――彼は、突如として出現した大勢の妨害者にまたもや足を止めなければならなかった。
そこへ、遅れて降り注いだ先の襲撃の正体の一部がガガガッ! と鋭い音を立てて足元に突き刺さる。
その姿かたちを視認したクレスは困惑の唸りを漏らした。
「これは……」
追手が降らせた足止めの正体は単なる鉄の雨ではなかった。
十字に卍字、竹葉型に風車型等の特徴的な形をしたそれらはまごうことなき
主に極東の隠密の間で使われる得物だが、それ以外にもその武器を扱うとある
しかし、その種族は彼の知る限り既に滅んだはずだ。
他ならぬ、彼の手によって――かつての
「生き残りがいたのか? いや、それならそれで昼間に見かけたはず。あの光景の中には、お前たちムー人の特長たる白髪に褐色肌、そして刺青を入れた者はいなかった……
クレスの問いかけに、ディアナの神意をその背中に宿した包囲者たちは手中に握りしめた魔道具――『
彼の正面に立った集団の内、緑衣を纏った者たちが《
「「「――【我らは影に忍び影を討つ者。即ち
そしてクレスの右後ろの路地に立った半裸の赤い腰衣を巻き付けた連中が、頭に《
「「「【我らは覇を唱え覇に賭す者。即ち
更には彼の左横の道路上に立った鋼の鎧を装着した者たちが《
「「「【我らは剣に生き剣に死ぬ者。即ち
その詠唱が意味する所を結実させるべく、彼らは最後に共通するその魔法名を唱えた。
「「「「「「「「「――【トライブ・オン】」」」」」」」」」
――木の葉の嵐が吹き荒ぶ。
――火岩流が噴き出す。
――白き雷鳴が轟き落ちる。
続けてその中から現れた懐かしい気配に、クレスは改めて名乗られるまでもなくその正体を察した。
「
今クレスの前に再び顕現した彼らこそは、かつて栄えたムー・ファミリアの三種族。
闇に駆け奸智を張り巡らせるシノビ。
敵と己の血に塗れて戦火に名を馳せたベルセルク。
内に秘めた暴獣性に任せて破壊と略奪を繰り返したダイナソー。
彼の認識上、連中はこの神時代における負の遺産の一つである。
「全ては神ムーに供物を捧ぐため」と宣って、
そんな連中が女神ディアナの眷属を依り代に顕現した――という現状。
世界的に見ればかなり重大な事態なのに間違いないのだが、それを前にしたクレスはそこまで深刻そうにするまでもなく、むしろ面倒そうな顔を浮かべて独り言ちた。
「それにしても、月女神の配下が太陽神の
そんな彼の軽い皮肉に、彼らは「これが答えだ」と言わんばかりにクレスへと襲い掛かる。
数を二倍三倍にも増して再び降り注ぐシノビの手裏剣雨。
クレスを挟んだ反対側からは、ダイナソーの腕に装着された竜頭の砲から火炎放射が放たれる。
そうして生まれた灼熱鉄雨の真っ只中を、構わずベルセルクたちが雷鳴を踏み鳴らしながら果敢に斬りかかる。
――その眼は全て、《魅了》の白銀に染まっている。
「……面倒だな」
通常向かってきた者は容赦なく冥府の神の誘いに委ねるクレスだが、今回はそうもいかない。
《魅了》の支配下にある彼らは本人の意志が封印された、いわば心神喪失状態にある。
その行動にまで責任を問う等の人道にもとる一部行為については、彼の神カオスから直々に「
故にクレスは
それだけの傲慢が、レベル差の名の下に許されてしまうのが下界の理だから。
「殺しはせん。だが、少々痛い目は見てもらう」
わざわざ三つの種族全てを正面切って相手取る必要はない。
クレスは戦う上で最も少女にかかる負担の少ない相手を素早く見定め、そちらへ向けて足元にぎゃりっ、と地面の焼け焦げるような摩擦を残しながら吶喊した。
彼が突破先に選んだのは
シノビのカワリミのように厄介な術がなく、ダイナソーの火炎のような範囲攻撃がない彼らの攻撃は、強力であるが《
「うぉぉぉっ!!」
「借りるぞ」
嘶きを上げて襲い来る狂戦士の懐に飛び込み、その上段からの振り降ろしが終わるより先に
後方の敵まで巻き込んで飛んで行ったその一撃は連中の背後まで続く道を作り、クレスはそこへ勢いに任せて飛び込んだ。
衝撃に怯まざるを得なかった連中のうち一人から、彼は立て続けにその黄雷を帯びた剣のうち一振りを奪う。
『タタカエ……タタカエ……』
「
『……ギャァァァッ!?!?!?』
どうやら
それを魔力を流して強引に祓った彼は、人々の壁を突破し切った後一度立ち止まって振り返る。
そして、万が一にも少女に害が及ばないよう一度その身体を宙に放り投げてから、両手で剣をしっかと握り、記憶の底から彼らの剣の理を引き出す。
――その剣に、
「確か、こうだったか? ――【サンダーボルト・ブレイド】」
左から右へ、右から左へ。
陣を突破された《ネモレンシス》の住人達がクレスを追おうと振り返ったところへ彼は強烈な横薙ぎを二連続で食らわせ、たたらを踏ませる。
生まれた一瞬の隙を見計らい、彼は大量の
その稲光はまさしく、地上に落ちたる神の怒り。
広大な範囲に打ち付けられた稲妻が、彼を追おうとしていたディアナの眷属たちを諸共に薙ぎ払った。
「っと」
用済みの雷鳴剣を放り捨てると同時に、落ちてきた少女の身体を優しく
ひとまずの邪魔者を打ち倒したクレスは、麻痺もしくは気絶して動かなくなった彼らをおいて先へ進む。
殺しはしないが、彼らの正気を取り戻して女神の領域から解放することまでは夫婦の依頼外であり、報酬のない余計な仕事をするほど彼はお人好しではない。
今は少女ユリアの身柄をオラリオまで届けることが彼の責務であり、それを果たすべく、彼は再び風となって《ネモレンシス》を突き進む。
「【トライブ・オン】! ――ガァアアアッッッ!!!」
「――」
雷鳴轟かせる剣士の凶撃を、火花一つすら少女に届かせないよう注意を払って蹴り飛ばし。
「【トライブ・オン】! ――【ジェノサイド・ブレイザー】!」
吠える恐竜の
「【トライブ・オン】! ――【フウマシップウジン】!」
またもや降り注いだ手裏剣の雨霰をいっそ潔く進路を変えてやり過ごし、追いかけてきた連中を置いておいた
相手の支配領域内なだけあって次から次へと闇の中から現れる連中を退けつつ、クレスは着実に外周部へ距離を詰めていく。
「……ほぅ?」
その最中、クレスは2つの
手裏剣と大剣を構えた青年――恐らくレベル5はあろう、神ディアナの手札の中でも奥の手に近い敵。
既に【トライブ・オン】を終えて鈍色の忍装束を纏った彼はなんと、その手にある手の平ほどの
《『アクセスコード・フウマシュリケン』――
「あー、そういうのもあったな」
魔法を
クレスの記憶が確かなら、目の前のシノビとベルセルクの混合戦士――都合上ベルセルクシノビと呼称すべき相手の魔法から推測される戦法は、『時間経過とともに体力減少を伴う代わりに攻撃力を上げる』である。
しかし逆に考えれば、「さっさと倒してしまえば大したことはない」とも言える。
2種族の力を纏った相手だろうと、クレスは構わず真正面から踏み込んだ。
大胆にも見える態度だが、《魅了》下にある青年は驚く素振りを見せることがなく、冷静に【ムラマサブレード】と【イナズマケン】の二刀流でクレスを仕留めようと目論む。
交錯する刹那、クレスが少女を抱える腕の代わりに自由な足による蹴撃を狙ったところで――唐突に敵の身体がタヌキを模した人形にすり替わる。
そして後ろに気配を現出させたベルセルクシノビの双剣が、容赦なくクレスの背中を切ろうとする。
「で?」
「――っ!?」
かつてムーの戦士と何度も相対した経験のあるクレスは、その手の内を彼ら以上に知り尽くしている。
【カワリミ】を読んでいた彼は相手が位置を入れ替えるより先に、振り向きざまの背面蹴りを置いていた。
自らクレスの蹴りに飛び込むような醜態を晒した相手はそのまま防ぐ間もなく胸に吸い込まれるような衝撃を受け、近場にあった閉店後の酒場の中に吹き飛ばされていった。
「とはいえ、いい加減受け側だと面倒臭いな。恐らくこの辺りに――あった」
クレスは走る先で見つけた、苔むした置物の前に立つ。
傷一つなく磨かれた石造の
どうやら今ここに住まうディアナの使徒たちにはついぞその使い方が理解できなかったらしく、長年放置されていた様子のそれに彼が触れると電源が入る。
そこへ彼がすかさずいくつかの図形を組み合わせた文字を入力すると、息を吹き返したかのように先ほども聞いたばかりの電子音声が流れ出す。
とはいえ放置されていた分だけ調子が幾分か悪いようで、そこには
《『アクセスコード・■ー■夕■』――》
「この状況を解決するには……これが良かろう。まあ、死にはしまい」
《
ムーの電力を吸い上げて
大気との摩擦で燃える高温の大岩が船の各所に突っ込んでは大爆発を起こし、地響きを立てる。
クレスは戦闘要員とならない赤子や老人を見ていないことから恐らく屋内に引っ込んでいるのであろうと見込んでおり、そちらは無事だとしても、現状野外にいる戦闘員たちはそれなりの被害を被るだろう。
「こんなもので良いだろう。さて、【シュレディンガー】……む?」
しかしどうやら発動条件を満たせていなかったようで、小船への転移は不発に終わった。
彼が確認のために周囲を見渡すも、確かに誰もいないはずなのだが――。
「――そうか」
クレスは咄嗟に空を見上げる。
そこには神ディアナの
彼が神殿の方を向けば、遠目に、屋上に立つディアナの顔が見える。
その機械的な相貌は、間違いなくクレスの現在位置を睨んでいた。
その口が小さく動くのを、彼は読み取った。
『ニ・ガ・ス・モ・ノ・カ』
それに舌打つ間もなく、彼は膨大な神意が天上に向けて凝縮されているのを察知した。
――見上げる先の月が徐々に欠けていく。
それは
もはや神が下界に存在することを許されないほどの強大な力場が、月に投射されるように形成されていく。
「む……それはもはや、俺はどうでも世界が放っておくまい。なのに、そこまでするか神ディアナよ」
『簒奪者よ、その命を以て贖罪せよ。……ああ愛しき我が眷属よ、この
「神創兵器まで出す、だと。――いよいよ正気のようだな」
あれを食らえばマズい、と今度こそクレスの全身がけたたましく警鐘を鳴らす。
高レベルの今の彼を傷つけられる存在は、下界には今や
だが、天上界は違う。
事象の理がまったくと言って良いほど異なる神々の武器は、容易くクレスを屠る必殺の一撃となり得るのだ――それこそ、齢3歳に満たぬ子供が自分の落書きを消しゴムの一撫でで消してしまうような。
瞬時に彼は逃げ場や隠れる場所を探すも、当然の如く見当たらない。
いくら過去の超遺物たる《ネモレンシス》の船体と言えど、しょせん彼に沈められる程度の頑強さしか持たない。
つまり、この場に月女神の神意を防げるだけの
『【我が真名は月女神。夜天に輝く孤高の鑑、唯この胸を射止めし王に至上の愛を注がん。悪とは条理、正とは神意。今、天に弓引く愚者に天罰を下そう。すなわち
空の彼方で、皆既月食の弓が厳かに引き絞られる。
女神の激昂に浸食された月光が
其をありきたりな言葉で示すなら――
「――仕方ない。こうなればいっそ……」
もはやクレスも出し惜しみしてはいられなかった。
彼自身が心底忌み嫌い、神カオスの力を借りて背中に封じていた『
「……待て。今回は
「は?」
『――【
降り注ぐ、膨大な神意と月光の
しかしそれはすんでのところで狙いを逸らし、海の方へと駆け抜けていった。
――遠方から、遅れて極大の衝撃と拳を連打するかのような音が届く。
月光の砲撃が海を底まで蒸発させ、そこに周囲の水が瀑布のように流れ込んでいるのだろう。
同時に潮風によって迷い込んできた海水の霧が周囲の景色を覆い隠し始める中、クレスは突然の声の主に尋ねた。
「ひとまず危機を脱せたことには感謝しよう……それで、何の用だ」
「――頼みがある、【
その声は、いつの間にかクレスの腕の中から降りていた少女の口から響いていた。
しかしそれはひ弱な彼女の外見に不釣り合いな低音の男声で――恐らくは少女に一時的に宿ったのであろう何者かが、彼に頭を下げた。
「神祖ロムルスとの盟約に基づき協力を要請する。かつての
※作者は未だしぶとく『流星のロックマン4』を待っています。
《Tips》
・【
月の光を自身の
月光が物理的な防御を瓦解させ、
その特性上、月の光を一転に集中させる過程が発生するため、地上にいる人間には一時的に月の姿が見えなくなる(=疑似的な皆既月食を引き起こす)。
今後の展開どうするべ?(参考程度に)
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①本編にちまちま関わる
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②これまで通り『深々層』攻略
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③ファミリアクロニクル:クレス
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④カオス・レコード
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⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』