ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 新年あけましておめでとうございます、作者です。
 細やかながらお年玉(更新)を用意させていただきましたので、どうか受け取っていただけると幸いです。


君よ、一を拓く炎熱たれ(アナムネシス・イーリア)

 

 一発目の超距離月光大砲(汝、星を穿つ白銀)から生まれた潮味混じりの霧が、そろそろと晴れていく。

 その内側にいたクレスたちの視界が確保されていく一方で、神ディアナもまたカリギュラの認識阻害魔法の影響から脱したようだ。

 再び略奪者(クレス)を視界に入れた彼女は「今度こそは外しません」と強い神意の光を黄金色の瞳に湛えて、肩から一直線に伸ばした右腕で再び狙いを定める。

 その白く滑らかな指先に、命を奪う『狂気』を宿して。

 

『――《精神汚染》の解呪を確認しました。標的を再捕捉します。《月光距導(ルナーズサイト)》、弾道補整を開始……計算完了。エネルギーの再充填を開始します。決して逃がしはしません、逃げるというのなら地の果て冥府の奥底まで追いかけて必ずや殺してみせます――すべては、我が愛しきカリギュラ(ロマーナ)のために!』

 

 抑揚の喪失した哀しき天上の調べが、世界に響く。

 二度神の力(アルカナム)が銀光を食して月輪の弦に番えるまで、その間およそ10秒(・・・)

 海に大穴を開けるほどの大破壊をもたらす神の主砲の再装填(リチャージ)は、下界の論理からしてみればあまりに常識外だった――無論、早過ぎるとの意味で。

 並の冒険者にとってみれば絶句に値し、見慣れた神々からしてみれば「『天上の理(チート)』持ち出すなよぉー、これだから堅物女神様はさぁー? あ、俺たちも巻き添えにするって? ……フヒヒ、サーセンww」と面白半分に非難(ブーイング)まっしぐらな、神創兵器の平均的(・・・)『速射』機能。

 

 しかし、ことこの期に及んで――それは融通が利かない『機械的怠慢(ノロマ)』だった。

 

「歯を食い縛れ、俺は女とて容赦はせん」

『な――!?」

 

 彼我の距離、およそ200(メドル)

 その長距離を詰めるのに、邪魔な手荷物(少女の身体)を下ろした本来のクレスの速度は10秒も要しない。

 一足。最硬金属(オリハルコン)の地面が融け焦げる臭いと共に、距離の半分(100M)を踏み潰す。

 二足。残る半分(100M)を、爆ぜる大気の壁と共に突き破る。

 

『っ、【偽現(ディオス)月神の聖光弓(エクリプス・バリスタ)】、緊急発射を――光量充填不足? くっ――」

 

 そして三足目。

 バリバリバリィッッッ!!! と雷鳴のような衝撃波を伴うクレスの流麗な跳び膝蹴り(ニーキック・クリーンヒット)が、反撃の間に合わなかった女神の整った鼻っ柱に叩き込まれる。

 怒る西風(ゼヒューロス)の咆哮の如き轟音をがなり立て、女神を文字通り足蹴にする物理的不敬。

 それをなす術なく正面から受けてしまったディアナは、理不尽なまでの勢いで遥か後方へと蹴り飛ばされることと相成った。

 

「ガッ、ア゛ア゛ア゛ッ―――――――ッッッ!?!?!?!?!?!?」

「――柔い、同じ神とてわが師(スカサハ)とは比べ物にならんな」

 

 スカサハ直伝、《蚤撥ねの妙技》。

 脚の関節を寸分のズレもなく同時に駆動させることで、自身の背丈を超えるものさえ容易く飛び越える脚力を生む奥義。

 その武の粋が生み出した威力(エネルギー)は神ディアナの身体に後方の巨大石碑(モニュメント)に風穴を開けさせてなお足るを知らず、その御体を《ネモレンシス》外の海面にまで弾き飛ばす。

 更には水切り石のように何度も水面に跳ねさせて、彼女を遥か大洋の彼方にまで送り届けるのだった――。

 

「――がふっ! げふっ! ごほっ! ……神の尊顔を躊躇いなく蹴り砕くとは、なんたる不忠ですか。神意に従うことも知らぬ、下界の恥晒し者……! お前のような人間に、決して我が『計画』を中止させはしません――私は絶対に我が愛を取り戻しましょうっ。我が愛こそが、世界の全てなれば!」

「不忠? 俺は別に、お前(・・)に忠義を捧げた記憶はないが……」

 

 クレスはディアナの吹っ飛んで行った先に、少しばかり遅れて海面を駆けることで追い付いた。

 何のことはない、片足が沈むより先にもう一方を踏み出すだけの《妙技》とも言えない力技だ。

 

 辿り着いた先は一面見渡す限り遮るものが何もない、水平線を仰ぎ見るだけの新たな戦場(大海原)

 そこで、彼は空中に姿勢を整え直した神ディアナに分析の眼を向ける。

 その端麗な顔にはレベル19の蹴撃を見舞ったというのに、傷一つついた様子がない――今も尚彼女の周囲に後光のように噴出してる神の力(アルカナム)自動修復(オートリジェネ)を促しているためだ。

 神々を真の意味で(・・・・・)屠ろうとするならば、下界に属する攻撃はそも無価値に過ぎない。

 

「この、不義、不誠、不信心、不忠不孝反道徳――神を崇めることを忘れた愚か者。御覧なさい、汝の攻撃は私に通用しませんよ。諦めるのです。膝をつき、泣いて許しを請いなさい。さすれば一瞬の痛みもなく、死の神プルートの下に送り届けて差し上げましょう。……ああ、待っていてください我が愛。ようやくここまで辿り着いたのです。貴方に相応しい身体(からだ)まで、たった後2割なのですよ? これだけの数字を詰めるのに、神の力(アルカナム)を極限まで抑えてどれほど経ったか――我が愛を邪魔立てする無粋者も、今退けてみせますからね」

「長いな、話が。更年期か? 妄想は頭の中だけにしておけ、おかしな目で見られたくなければな」

 

 ディアナの告げた降伏勧告を、クレスは鼻で笑う。

 そも、先ほどの蹴りに彼女を殺す意図など毛頭なかった。

 彼はただ戦場を《ネモレンシス》から移したかった、それだけだ。

 ――血地図で把握した《魅了》兵の配置は艦全体に広く散らばっているもので、女神と戦火を交えるのに先んじて一人ずつ避難させるのは面倒だった。

 ――加えて、下界での神の力(アルカナム)の行使を底上げ(バフ)する『神殿』そのものから彼女を引き剥がすのは必然。

 そんな訳で彼にとって色々と不都合の多い巨艦から、神ディアナを別の場所にご案内(エスコート)さし上げただけなのだ。

 故に「被害(ダメージ)がなくて残念でしたね?」などと煽られたところで「で?」と返す他ない。

 

 とことん不遜な態度を崩さないクレスにディアナは眉を吊り上げながら、蹴りで意識を逸らされたことで中断していた月矢の充填を再び始める。

 

「どこまでも苛立たせてくれますね――その顔、今に恐怖に歪むことになるというのに。座標再々修正、中断中のエネルギー充填を開始――」

「……ここからが本番だな」

 

 自らの手元にも『神殿』内で扱っていた弓を出現させ、ディアナはクレスに牽制の矢を連続して放つ。

 しかし彼も、対獣用の単調な射掛け程度にみすみす仕留められはしない。

 爪弾くように連射される狩女神の矢は、彼の動きを先読みするかのような巧みな軌道を描いて標的(クレス)に迫る。

 彼が《魅了》下のディアナの眷属に行った「移動先に攻撃を置いておく」程度のことなど造作もないのだぞ、とでも嘲笑うように。

 まるで詰将棋のようにクレスの回避先へ放たれる光輝の神矢。

 その神意の鏃が作り出す白き檻を、クレスは人体の可動域を無視した動きで潜り抜ける。

 

「……なるほど。自ら関節を外し、内臓まで動かして重心を操ってみせますか。気味の悪い」

「冒険者なら普通のことだ」

「ですが、そのような軟体類の如き動きでも範囲攻撃は避けられないでしょう? 先ほどの不命中は不意の錯乱魔法によるもの……本来、神々の攻撃とはそれ則ち必中なのですから」

 

 見上げれば、月光を貯め終えた【偽現(ディオス)月神の聖光弓(エクリプス・バリスタ)】が二射目を繰り出そうとしている。

 極光が収縮し、一拍の隙間を置いて、神意の下にクレスに吸い込まれるように放たれて――。

 

「我が愛のために消えなさい――【汝、星を穿つ白銀(ミーティアフォース・アリキアー)】」

「『隕鉄の剣』+『ネガ・ファトゥム』――【契約に応えよ、東方(オリエント)の明星よ。我が命に従い常闇夜を拓け】、【ソード・オブ・ハートゥーシャ】!」

 

 握り締められた精霊武装(隕鉄の剣)運命属性(ネガ・ファトゥム)の合わせ技が、降り注ぐ光の中に微細な隙間を穿つ。

 そこへ身を躍らせ、クレスは断罪の光から間一髪で脱出した。

 またもや目標を打ち漏らした月よりの御柱は海を深くまで抉り、幾つもの海流の層を突き抜けて、一瞬だが白砂の底を露出させてみせた。

 

 彼の態度の通り、真っ向から立ち向かえば到底敵わない神創武器(デウスウェポン)の『必殺』であれど、指先一つほどの一部を破損させて活路を見出すことは出来る。

 ――ただし、『必死』を『生』に転じたことの代償は決して小さなものでは済まなかった。

 

「動きが多少おかしいと思えば、義手、それに義足でしたか。その偽物の身体で我が光を耐えたことは素直に認めてあげましょう。しかし一度は耐えられても、あと何度耐えられるのでしょうね? ふふっ、ふふふふふ――見るのです、我が愛よ! 私と貴方の前に立ち塞がるものなど、こうして滅びゆく定めなのです! ふふふ――あはははははっ!」

 

 自身の優勢を示す敵の姿に、ディアナは高笑いを隠さなかった。

 あくまでも代替品でしかないクレスの義肢は(彼基準で)そこまで強固なものではなく、神の一撃の余波を受けた段階で半壊していた。

 表面の偽装皮膚は溶けたチーズのように焼け落ち、露出した内部機構も悲鳴を訴えるようにバチバチと火花を散らしている。

 神の威光を迎え撃てるのも、もってあと二度か三度が限度だろうか。

 そしてそれを斬った二つの名剣も、その刃先が僅かに溶融を始めている――いかに『深々層』に適合し得る聖剣と魔剣と言えど、そう何度も『運命』を斬り抜けないだろうことが窺える。

 

 その悲惨な予兆を流し見たクレスは、それでも余裕を崩さなかった。

 

「なに、十分だ」

「……っ、生意気な! 下界の人間如きが、こうも神意を軽んずることなど――ああ、気に入りません! 気に入りません気に入りません気に入らない気に入らない気に入らない――滅びなさい! 疾く滅べ! 死して我が憤懣を慰めなさい下郎!」

 

 女神ディアナは三度、己が腕による牽制を行いつつ、成層圏に浮遊する神創兵器にエネルギーの充填を命じた。

 心なしか苛烈さを増した矢雨を《矢除けの妙技》で回避しつつ、彼はいよいよ先ほど切ろうとしていた『切り札』を出すべく、片目を閉じて己が内側に意識を集中させる。

 彼は強く想起する。

 背中に負った『神の恩恵(ファルナ)』、その内に封じられた(・・・・・)『焔』を。

 

 ――その瞼の裏に、複雑な色彩を湛える『光玉』が揺れ浮かぶ。

 その『焔』は、計3つの頑丈な(神意)によって縛られていた。

 

「一つ。これは『救界(マキア)』に通ずる戦いである」

 

 天空神(ウラノス)による封――『救界(マキア)』に係る事柄で無ければ、この『力』は振るってはいけない。

 もしこのまま女神ディアナの狼藉を見逃せば、世界は神の力(アルカナム)の氾濫により終焉を迎えよう。

 それは神々の悲願を阻害する危機であり、であれば、今この場において暴走する女神を完膚なきまでに滅ぼすことは世界の正義となる。

 

「一つ、これは『人』としての戦いである」

 

 知恵と炎の神(プロメテウス)による封――この力を振るう時には、『想い』がなくてはならない。

 かの女神は冷徹な使命を以て敷かれる天上の『法』ではなく、多少危うかろうと前へ進む下界の滾る『意志』こそを求めた。

 ――女神の暴走に伴うムーの二の舞が起きれば、また迷宮(ダンジョン)攻略の邪魔となる。

 その前に禍根も遺恨も諸共に消し飛ばさんと、クレスは己が熱意を燃やす。

 

「は、下らない――なにを企もうと無駄なことです! 下界の者がいくら抗おうが、我々の導き示す運命の流れから逃れること能わず……充填完了、主砲発射。【汝、星を穿つ白銀(ミーティアフォース・アリキアー)】!」

「【ソード・オブ・ハートゥーシャ】ッ!」

 

 三度放たれた(ソラ)からの砲撃を前と同じく斬り抜けつつ、クレスは『恩恵(ファルナ)』に意識を向け続ける――その内側から今にも溢れようとする『力』の制御を離すまいと。

 

「一つ、これは『誇り』に背かぬ戦いである」

 

 最後に残る、混沌と原初の神(カオス)による封――それは単純に、『力』を振るう行為そのものを嘘偽りなく主神に告げられるか否かを彼に問う。

 「たとえ間違っていても構わない、それが君の、恥じ入ることのない本心に由来するものであればね」……かつて聞いた主神(カオス)の言葉が、幻か、クレスの耳元に響く。

 それに「当然だ」と彼が心の中で返した時。

 

 封印が、解かれる(・・・・・・・・)

 

「――神意開放(オラクル・オープン)。『神の恩恵(ファルナ)』より第一魔法欄(マジック・スロット)へ。偽装解除(コード・レッド)封印溶融(シール・ロスト)。……真名発火(ノーブル・セット)

 

 三神による厳重な施錠(セキュリティ)を外した今、クレスの『恩恵』が――燃える(・・・)

 彼の背中から業火が怒濤の如く噴き出し、一帯の海面を煌々と照らしだす。

 

 その様子に女神ディアナは何故か、不吉な予感を抱かされた。

 まるで、カリギュラの後を継いだ皇帝ネロの治世に(ロマーナ)を焼いた火炎旋風のような――。

 

「……なんです、なんなのですか、それは――まさか!?」

 

 遅れて『焔』の正体を理解した彼女は、感情を超越したはずのその顔に大きな驚愕を浮かべた。

 

「その『焔』は……何故、それ(・・)が下界の人間の手に――!?」

 

 瞠目を禁じ得なかった彼女の前で、今にも荒れ狂いそうな『焔』の手綱を握るクレスはその額に珍しく脂汗を滲ませていた。

 迷宮(ダンジョン)第200層由来の呪詛すら平然として抱え込んでいた彼でさえ、制御に苦労する『じゃじゃ馬』。

 

 ――『恩恵』の内側から漏れ出づるその『焔』が、ついには偽りの魔法名(【プロメテウス】)を灼き剥がして。

 

 『焔』は彼の装着していた壊れかけの義肢を焼き落とし、代わりの二肢として形を成す。

 そうして炎によって形作られた彼の新たな右腕には、今や空欄となった第一魔法(・・・・・・・・・・)の代わりに『光焔を先端に灯す赤金(あかがね)色の砲塔』が握られていた――否。

 

 これこそは砲ではなく『炬火台(トーチ)』。

 

 採火したオリンピアの『聖火』を灯すための『薪束』。

 

「拘束、完全解除……疑似神造兵器(デミ・デウスウェポン)、【智炎女神の炬火台(トリジンタミリア・トーチ)】」

 

 その先端に坐す『焔』こそは、女神プロメテウスの名の下にクレスが『炎鷲の嘴(エトン)』からくすねることを許された『力』。

 神さえ殺し得る(・・・・・・・)、まごうことなき『天上界の火』である。

 

「何故、何故何故何故何故何故何故――理解不能です。まさか下界の命如きが、その『焔』を制御できるはずが……!」

「さてな」

 

 ディアナの無意識から出た問いかけを短く打ち捨て、クレスは『焔』の制御に集中する。

 ――どうせ、今から死にゆく者に知らせたところで意味はないのだから。

 

「っ、充填完了、発射っ! 【汝、星を穿つ白銀(ミーティアフォース・アリキアー)】!!!」

 

 降り注ぐ、四度目の女神の神意。

 これまでは所詮矮小な下界の人間、との蔑視が抜けていなかったディアナによる、ここへ来て初めて本気(・・)となった殺意が天を駆ける。

 一方、『焔』の操作に集中するクレスは対抗する素振りを見せぬまま、その極光に呑み込まれ――。

 

「ふふふ――あーっはっはっはっはっは!!! 如何に神を殺す『焔』を担うとはいえ、死ねばそこまで……なっ!?」

 

 ――されど、無傷(・・)

 神をも殺す『焔』がクレスを覆う盾となり、彼に害を及ぼすものを触れた先から滅却させる。

 それは神の力(アルカナム)とて、神創兵器の一撃とて例外ではなかった。

 

「そんな、馬鹿な――神ならぬ人の身が、我が神意に抗うなどと――そのような運命など、あって良いわけがないのです! 何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故――何故なのですプロメテウス――ゼウス、神峰(オリュンポス)――また我が身を愚弄するか、オリュンポス(アルテミス)ぅぅぅっ!!!」

 

 決してあるべきではない目の前の光景に激しく取り乱す、神ディアナ。

 これまでの余裕ぶった仮面がはがれ、およそカリギュラの言う通り「正気を失った」とでもいうべき彼女の本来の有様をよそに、クレスは厳かに口を開いた。

 元より彼女を弑することは彼の中で決定づけられていたのだから、そこに同情も憐憫もなく、彼はただ面倒ごとを片付けることにのみ集中する。

 

「――【不滅の光焔、天に叛きし叡智の女神よ。我が人志を此処にくべる】」

 

 これは詠唱であって、詠唱にあらず。

 この『焔』は彼の魔法でなくて、本来人の手に余るべき『奇跡』。

 そこに『理想』をくべる祝詞を以て――クレスとしてはこの表現は誠に遺憾なのだが――人の卸しうる『英雄譚』に降ろす。

 

「【運命よ、汝の真名()虚構(はい)と知れ。絶望は彼方にこそ燃え失せよ。悲劇は人知れず無垢の装幀へと還る】……」

 

 古代の哲学者が火に万物の源を見出したように、火という『力』は何にでもなり得る。

 時に破壊を呼び、時に命を育み、時に嘆きを与え、時に安らぎを誘う。

 全ては持ち得た者の『想い』次第。

 ならばクレスの思う『焔』とは……即ち、『人の意志の具現』である。

 

「【我は(かみ)を踏む者。(めいきゅう)を抜く者。即ち人理(ひとのことわり)、進む者】」

 

 そこにいかなる障害が立ち塞がろうと、諦めが悪く、愚直ながら先に進み続ける者。

 諭されようと、嗤われようと、責められようととも、「邪魔だ、退け(知るかボケ)」と言って、不可能をいずれ可能へと転じる『進化』の可能性。

 その身体は小さく儚くとも、精神(こころ)宇宙(そら)より広く、天上の星々(かみがみ)より強く輝けるのだから。

 だからこそ彼は、神々の定めた身の丈を超えて歩むことを是とする『意志』を以て、『天上の火』の欠片を振るう――「色ボケも大概にしろ(早く迷宮に帰りたい)」と。

 

「【破滅の烈火よ、我に下れ。共に、創造の燎原をこの星に(ひろ)げよう】――」

 

 そこでクレスは一度、言葉を切った。

 ――本来ならば身の丈を超える『焔』を彼が操れるのは、ひとえに神プロメテウスが認めたからだ。

 その為に払った採火の代償は決して安いものではない。

 その一つとして、彼は今一度、彼女お手製の仮面を被らなければならない。

 

 ――こんなもの、第一俺には似合わんだろうが。

 内心そんな思いを吐き捨てながら、彼は内心渦巻く嫌悪と共に最後の一節を告げた。

 

「――【我、『英雄(クレス)』の冠を頂く者なれば】」

 

 天空の神、知恵の神、混初の神に見初められた者の一人として、ここに『救界(マキア)』の一助を為す。

 がしゃり――赤金に染まるトーチの灯炎孔が、神ディアナへと向けられる。

 そこに込められたるは彼の手に堕ちた『奇跡』。

 

 運命()を殺す、『人』の『焔』。

 

「さらばだ、月の女神ディアナ。巡る悠久の果てに、正気を取り戻すが良い――神焔、発火」

「何故!? 何故!? 何故!? 何故!? 何故!? 何故!? 何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故―――――――――――ッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

「【君よ、一を拓く炎熱たれ(アナムネシス・イーリア)】!」

 

 

 

 

 

 クレスの腰だめに構えた神器から、『焔』が放たれる。

 それは天上天下の条理悉くを焼き尽くす、大炎熱(イラプション)

 光輝紅蓮の軌跡を描いて空を駆ける叛天の赫柱は、もはや避ける余裕すら見せなかった神ディアナに、何事もなく命中した。

 その勢いは天上由来ということもあって凄まじく、瞬く間に彼女の真体を地上に留めるための人型の『殻』を引き剥がし――天に還らんとする神の力(アルカナム)ごと、焼いて灼いて燃いて爆いて煩いて燦いて熔いて燐いて煉いて炯いて炬いて炸いて炮いて烙いて烽いて焜焙煥煌煖煬燻熄熕燗熾燒燉燔燎燠燬燧燵燼燿爍爐爛焰――。

 極炎の果てに、女神ディアナをその『神核』ごと虚空の果てと葬り去ったのだった。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛――――――――――――――――あ、ああ……」

 

 時に――炎とはまた、『邪』を払うもの。

 最後に僅かながら聞こえたのは、正気を取り戻した女神の嘆きか。

 

「カリ、ギュラ――我が、最愛……」

 

 その遺言を聞き届けると同時に、ちょっとばかりの感傷を手向けてやって、クレスは女神ディアナの完全なる消失を確認した。

 ――極論、彼は女神ディアナが自分の領地で血の厳選行為をやっていたところでどうでも良かったのだ。

 今回の件はただ、運悪く地上に帰還した彼と少女の夫婦が邂逅しただけ……その上で、彼が攻略に注力できない事情があった……それらの偶然が重なっていなければ、彼は女神の悪行を知った所で放置していただろう。

 その不運に同情を捧いで、それからもう少しだけ「念のために」と暫く照射した後、本当に終わったことを確信してから、彼はようやく『焔』を終息させた。

 

「終わったか。まったく、まさかこんなことになるとはな……」

 

 そうボヤきつつ、クレスは己が身体に起きた異変(・・)を見やった。

 

「……またか。だが、今回は前ほどでもない」

 

 これまで外見上25歳程度を保っていたクレスの身体は、およそ2、3歳ほど若返っていた。

 加えて、『レヴィアタン』の呪詛により失われ蝕まれていたはずの右腕と左脚が、健全な形で復活を遂げている。

 それが、時に『不死』をも意味するところの天上界の『焔』を扱ったことの『祝福(代償)』だった。

 

「面倒だが、仕方ない……また感覚を慣らしていかないとな」

 

 騒がしい光が消え、夜の海には静寂が戻る。

 空に輝く星々の瞬きが水面に乱反射して、見る者の心を揺さぶる風靡な光景を生んでいた。

 その中に独り立つクレスの瞳はしかし、その自然の神秘とはまったく別のところに向いていた。

 

「戻るか――俺たちの迷宮(ダンジョン)に」

 

 その前にやらなければならない諸々の雑務(ギルドへの報告、神々への言い訳等)が残っていることを思い出して、クレスは今度こそ大きく顔を歪めた。

 




《Tips》
・『智炎女神の炬火台(トリジンタミリア・トーチ)
 クレスが『炎鷲の嘴(エトン)』の『聖火』を採火・保存するために用意した疑似神創兵器。つまりはオリンピックのトーチ。耐用期間は3万年(トリジンタミリア)
 普段はクレスの第一魔法スロットを埋める形で封印されており、所有者である彼に『不老』の効果をもたらしている。長生きなのはこの神器に内包された『焔』のおかげ。
 更にはそこへ事情を知る(面白がった)一部の神々が加護やら神血(イコル)やら――ついでに、降臨の際に手違いで(ミスって)下界に持ち込んでしまった天上の劇物とか諸々(燃えるゴミ)ごほんごほん――をブチ込んだ挙句、その『焔』は本来のものよりちょっとだけ変質(強化)させられてしまっているのは内緒。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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