ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 エタった(死んだ)と思ったか? 残念、作者()だよ(存命)♡
 というのも新年早々の地震で実際死にかけた挙句、目立つ後片付けが終わってようやく落ち着いてきたから執筆の余裕が出てきただけなんだけどね☆
 ……建物が殴られたみたいに揺れるってのが比喩でもなんでもないことを身を以て実感した上に、夜中に続く余震のせいで今日まで「次またいつ大きな揺れが来て建物の下敷きになるか分からない」って感じで満足に眠れない日々が続いたせいです。
 だから作者は悪くない(本当)。

 同じく被災された方々についても、どうかお体にお気をつけてくださいね。


エピローグ:かくして筆は置かれ、名もなき英雄は次の冒険へ向かう

 

 ――数日後、ギルドの一室にて。

 依頼者である夫婦に少女を引き渡したクレスは、彼らにしつこいほど何度も頭を下げられていた。

 

「ありがとうございますっ……ありがとうございますっ……! ありがとうございますっ……!」

「ユリア、よく無事で……! うぅ、本当にありがとうございましたっ……! ああ、ユリアっ……ありがとう、ございました……っ!」

 

 父親は立ち上がって深く腰を折り、母親はユリアを強く抱きしめ、両者ともに感謝の言葉を繰り返す。

 クレスが壁に備え付けられていた時計の針を見れば、既に彼らがこのようになって()時間近くが経過しようとしている。

 ……ぶっちゃけ、彼はとうにこの状況に飽いていた。

 

「あー、感謝は分かったが、それでだな……」

「ありがとうございますっ……! ありがとうございますっ……!」

「ユリアっ……! ユリアっ……!」

「……(気持ちは理解できるが、せめてこっちの話を聞いてくれないものか?)」

 

 もっとも、それも無理のない話。

 英雄の都と謳われるオラリオは、その反面、底知れぬ闇と陰謀が渦巻く地でもある。

 その住人として、夫婦は「消えた娘の安否を天秤にかけた場合、当然悪い方に傾くだろう」と内心覚悟を決めていた。

 死体だけでも帰ってくれば御の字、最悪訃報一つだけを伝えられる可能性も十分に考えられた。

 だというのに娘は五体満足で無事に帰ってきたのだ。

 それも、目に見えるような後遺症を抱えた様子もなく。

 

 これを喜ばない親などいるはずもなく、そういう訳で、彼らが事件を解決に導いた立役者(クレス)に尽きぬ感謝を捧げようとするのも無理はないことだった。

 

「この度は本当に、なんと申し上げれば良いか……娘を怪我無く連れて帰ってきてくださり、誠にありがとうございました……!」

「実は、夫とも何度も話していて……もしかしたら、帰ってこられないこともあるかもしれないと。だけど、こうしてユリアはまた再び私たちの所に戻ってきてくれました……それが本当に嬉しくて……っ!」

「……ああ」

「しかも、報酬は要らない(・・・・・・・)とまで仰って! その、本当によろしいのですか?」

「別に気にすることもない。そんなことよりも、貴方たちはその子供のことを気にかけてやれ」

 

 クレスが夫婦に提示していた報酬――ロマーナにて祀られていた『聖金樹(ウィスクム)』の破片。

 しかし、もはやそれは彼にとって無用なものと成り下がっていた。

 

 というのも彼は此度の事件の成果として、舞台となった《ネモレンシス》そのものを大きな損傷もなく接収していたのだ。

 そこには古代ムーの失われし秘術(ロストテクノロジー)が数多く搭載されていると共に、女神ディアナの手で植え育てられ、半神殿化した『聖金樹(ウィスクム)』が聳え立っている。

 

 今更彼らの家宝を傷つけてまで、そのちっぽけな《破片》を手に入れる必要もない――それだけのことなのだが、そんな事情を知る由もない夫婦はひたすらに無欲そうに見えるクレスの態度に感銘を受けるばかりだった。

 つまりこうして話が長引いているのは、偏にクレス自身のせいに他ならないのである。

 それを一応理解している彼は、夫婦がこちらに意識を傾けたこの隙に話を終わらせるべく畳みかける。

 

「それでだ。もし今後しばらくの間、娘に変な様子が見られた場合……例えばだが、急にぼーっと宙を見つめるようなことが数度繰り返された時などは、ディアンケヒト・ファミリアを頼ると良い。あの老神は貪欲だが、俺からの紹介だと言えば不当な診察料を請求されることもなかろう」

 

 ついでとばかりに、クレスはここで師たる医神ディアンケヒトを推薦しておく。

 女神からの《魅了》の後遺症など早々見られる症例ではなく、きっとかの神は「まーた面倒なものを寄こしおって!」などと騒ぎながらも興奮するに違いなかった。

 こうしてささやかな恩を積み重ねておくことで、ここぞと言う時に返して貰えるようにしておく――強欲な師に相応しい、弟子としての役目だった。

 

「分かりました。その時には是非、ディアンケヒト様を頼らせて頂きます!」

「最後まできちんとケアしてくださるなんて……本当にありがとうございます、冒険者様……!」

 

 そこへ、母親の胸元から顔を出した少女が言葉を挟む。

 

「……ねーパパ、いつまでこの人とお話しているの? 私、お腹がすいたよー! なんだかね、ママのピッツァがすっごく食べたいのー! ペペロナ(トウガラシ)オイルをたっぷり塗った、ママ特性のピリ辛ピッツァ!」

「こらユリア! 恩人の前ではしたないわよ! いい、この方はね……!」

「良い、この子は何も知らない……そちらの方が貴方たちにとっても悪くないだろう。そう怒ってやるな」

 

 呑気な少女のことを叱ろうとする母親を、クレスは「これ以上話が長引いてはたまらない」と制止する。

 

 ――そう、幸いにして彼女の記憶は《魅了》されていた間の分だけすっぽりと抜け落ちていた。

 だが、「それで良かったのだ」とクレスは思う。

 

 見知らぬ地で、見知らぬ神の下で。

 一人寂しく、操り人形の如く働かされていた……その影響がこれからの少女の人格形成に響かない方が、冒険者でもなんでもない彼女には相応しい。

 

 自らその記憶を取り戻すか、もしくは向き合おうとするのでもないのなら。

 そのまま忘れてくれた方が彼女の家族にとっても、(これ以上の面倒を嫌う)クレスにとってもありがたいから。

 

「そら、もう行くんだ。娘も久々の我が家が待ち焦がれて仕方がないようだし、それに、俺もいい加減感謝は聞き飽きた」

「はい……その、本当にっ、ありがとうございました! ……ああ、もし今後この街で家を建てるようなことがあれば是非私たちを頼ってください。その時は全力を尽くして、立派な館を建てさせていただきますから!」

「私からも重ね重ね、ありがとうございました!」

「? ……ありがとうございましたー!」

 

 よく分からないままに両親に倣って頭を下げる娘と手を繋いで、ようやく彼らは去っていった。

 

 大事な一人娘の誘拐事件、それが無事解決したことに大いに安堵し、感謝する普通の両親。

 彼らは何も知らない。

 事件の裏側に潜んでいた数百年来の女神の『計画』も。

 齢十にも満たない娘ただ一人を取り返すためだけに、神が一柱(ひとり)弑されたことも。

 ――そして実の所、彼らの依頼した冒険者の真名さえも(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 『娘が無事帰ってきた事実』のみを以て、彼ら一家は日常に帰っていくのだった――。

 

 

 

 

 

 ……家族を見送り、クレス一人がソファーに深く腰かけるだけになった部屋の中で。

 姿かたちのないもう一つ(・・・・)の声が、彼の懐の中から響く。

 

『……良い娘だ。我が姪に似て、きっと花や蝶のように美しく育つことだろう』

「そうか」

 

 その声を聴いたクレスは懐からこぶし大ほどの一つの宝玉(・・)を取り出した。

 鏡面状に磨かれた艶やかな朱色の『珠』――それこそはロマーナの至宝の一つ。

 『魔力を込めることでより大いなる魔力を産み出す』効果の魔道具(マジック・アイテム)、『赤竜機心(ローマン・リアクター)』。

 またそれは、少女ユリアの身体から離れた古の皇帝カリギュラの魂が新たに宿る先として選んだ仮の身体でもあった。

 朱珠の表面をピカピカと光らせながら、カリギュラは反響(エコー)がかかった声でクレスと会話する。

 

『オレもあのような子孫の顔が見れてよかった。国としてのロマーナは潰えど、その脈流は確かに受け継がれているのだな』

「盛者必衰、されど全てが泡沫の夢と消えるわけではない。人が降り積もる歴史の塵の上に立っていることは、人が人としてある上で必然の事象だからな」

『新たなロマーナの威光が芽吹くのも、古き良きロマーナがあればこそ。……オレという過去が大事に過ぎた我が女神には、その人として当然の移ろいがどうしても受け入れられなかった。オレが、そして自らが新たな後継者(未来)の立つ大地(過去)となることが認められなかった。……悲しいことだが、これが有限を生きるオレたちと、悠久を生きる神の感性の違いというやつだったのかもしれないな』

 

 どこか達観したような声で語る朱色の宝玉を手の中で転がしながら、クレスはそこに宿ったカリギュラの魂を見つめつつ問う。

 

「それで、お前は成仏しないのか? 女神ディアナは依頼通り殺した、もう現世に未練もなかろう。冥界に行く路が分からなくなったのなら、適当な冥府の神をツテで見繕わせるくらいはしてもいいが? 昔一度死んで(・・・)以降、奴らの使徒はそれなりの頻度で俺の前に現れる」

『……いや。本来ならばオレの魂もまた神プルートーの御手に委ねられるのが当然なのだろうが、もう少し我儘を通したい。つまり、オレはこの宝玉の中で眠りにつこうと思う。我が女神が再び、目を覚まされるまでな』

 

 その選択に、クレスは彼の覚悟を確認する。

 

「……神が蘇るまでには途方もない時間がかかると聞く。それまで待つつもりなのか?」

『ああ。オレはいつまでも待とう、我が女神のことを。それがあの入らずの森(ネモレンシス)から彼女を連れだしたオレの負うべき責任だ。それに……』

 

 刹那、クレスは唐突に幻視した。

 ――深い懐古の念を込めたカリギュラの、言の葉の向こう側に佇むとある美しき光景を。

 

 かつて、森の神殿でしんしんと降り注ぐ月光と清流の奏でるせせらぎを友としながら、少数の信者に囲まれてひっそりと暮らしていた、世間知らずな女神ディアナ。

 彼女に一目ぼれしたカリギュラがその手を取って広い世界(ロマーナ)へと連れ出した――その時の一幕を。

 

『私は月。夜の静けさに、愛し子らの安眠を見守る者。それだけが全て。それだけで良いのです……』

『ハ、それだけではつまらんだろう? 共に来い、女神よ。そして我が不夜(眠らず)のロマーナを見よ。たとえアポロの瞼が落ちようと、万民は変わらず呑み、騒ぎ、熱く議論を交わす。そして愛を言祝ぐのだ。オレは貴女にも(ロマーナ)を贈りたい。闇に輝く大輪の白百合よ、オレはなんとしてでも貴女を逃さぬ。何故ならば、御身は既にオレの心を奪ってしまったのだから!』

 

 きっとその記憶を共に振り返ったのであろうカリギュラは、最後にこう付け加えた。

 

『それが、オレの夫としての『愛』だからな』

「……なるほどな。まあ、そうしたければそうするが良い。俺の邪魔にさえならなければ、どうでも良い」

 

 その淡白な声色とは裏腹に、万感籠ったカリギュラの声を聴いたクレスは思う。

 ――やはり『愛』とは他の感情とは一線を画すものだ、と。

 

 我が為にでなく、誰が為になされる感情。

 人が人であるが故に持つ、他者を尊ぶ在り方の最も強い表出。

 それが力による蹂躙しか知らないモンスターに弱き人類が打ち克てた最大の要因の一つであると、彼は歴史の傍観者として識っている。

 

 ……なればこそ。

 カリギュラは本当に、ディアナの復活まで待ち続けられるだろうと彼は確信した。

 

『では暫しの別れだ。感謝する、古代の英雄よ。我が女神を狂気の檻から解き放ってくれて……』

 

 それっきり、宝玉の明かりは明滅を止めて沈黙した。

 カリギュラの魂がその内奥で深い眠りについたからだろう。

 彼はこれから永い時を待つことになるのだ――それこそ、クレスのこれまでの人生が時計の秒針の僅かな傾きに感じられるほどの長い年月を。

 

「別に、感謝されるほどのことをした覚えはないんだがな……」

 

 無反応となった『赤竜機心(ローマン・リアクター)』を再び懐にしまい込み、クレスは部屋を出る。

 鍵を近くを偶々通りがかった獣人の職員に渡し、彼はバベルの階下に降りて、ウラノスに今回の一件についての報告を済ませ、それからカオスのいるファミリアの拠点(ホーム)時空の狭間(アラモス)』に帰った。

 

 眷属たる彼の接近を感じ取っていたのか、かの女神は当然のように外で待ち構えていた。

 しかも、腕を組んで仁王立ちしている――どうやら怒っているようだった。

 

「ただいま、カオス」

「おかえり、クレス。――じゃ、なくって! なーんで君は『智炎女神の炬火台(それ)】を開放してるのかな!? 地上に戻ってきてたことは知ってたけれど、まさか私のことを放って遠くへ行って、それでまた何かやらかして帰ってきたんだねェ! どうせこないだの神意の開放に関わってたんだろう! これだから君って眷属(やつ)は……まァ良いよ、事後承諾の代わりに何があったのか余さず教えること! いいね!?」

 

 詰め寄るなり、怒涛のように言葉をぶちまけるカオス。

 そこに余すことのない眷属(クレス)への愛が含まれていることは疑いようがない。

 変わらない主神の様子に「よく舌を噛まず早口に言えるものだ」と感心する一方、クレスはふと考える。

 

 ――もし彼女(カオス)(クレス)を愛するあまり世界を敵に回そうとした場合、俺はどうするのだろう?

 

「……(愚問か)」

 

 彼の中での判断基準(答え)は既に決まっている。

 

 それが自らのためになるなら放置する(知ったことか)

 

 だが、最終的に己の邪魔をしようと企んだのであれば――。

 その時は、長年の恩を受けた彼女でさえ彼は手にかけるに違いない。

 

「どうしたんだい、なんだか怖い目をしているけれど……」

 

 彼女を見るクレスの瞳に宿った、一瞬の剣呑な気配。

 それを逃すことなく察知したのは、流石主神の眼といったところか。

 嘘偽りを逃がさない彼女の美しき瞳に向き合ったクレスは、いつもの不愛想な無表情から頬を僅かばかり吊り上げて、小さく笑いながら首を振った。

 

「なんてことはない、下らない考え事さ。そら、飯でも食べながら気になっている今回の一件について話そう。なにせ久々の神殺しだ。それなりの土産話であることは保証しよう……」

 

 

 

 

 

 ――こうして、知られざる英雄譚がまた一つ筆を置かれた。

 それは歴史の裏側(盤外編)の一頁、どこにでも散逸している『書き手知らずの英雄譚』の一つ。

 

 それら(・・・)は後の面倒(名声)を嫌い、自ら名を語らない主人公(クレス)だけが真実を知る歴史の断章(エピソード)

 ただ、事情を知る一部の物好き(神々)は、その幾つもの短編(英雄譚)を一つの本として綴り、表紙に題名を与えた――『とある名無しの英雄譚』と。

 

 即ち、クレスの第二魔法(・・・・)

 

 フルランドやヴァルトシュテインのように確たる主人公としての名を表の歴史に残していない、されど広大な歴史の裏に細々と点在することが数々の歴史家によって確実視されている、とある未観測の英雄の仮の名。

 

 それこそが彼の持つ唯一(・・)の自己の魔法、【シュレディンガー】の意味するところである――。

 

 

 




 これにて『カリギュラの船』、完結でございます。
 次はしょーもない閑話一つ(予定)を挟んで原作に関わるお話にしたいのですが、そこでアンケートを活動報告に設けましたので、良ければ意見を差し入れしてください。お願いします(土下座)。
 ☆アンケートはここだよ(はぁと) 

《Tips①》
・【孤高独学(ソロ・アタッカー)
 クレスが持つスキルの一つ。
 彼がムー・ファミリアを滅ぼした際に示した『大陸一つ、国一つを滅ぼしてなお己の理想を追求する個の姿勢』が歴史に残る偉業として認められたことを切っ掛けに、ムー由来のとある超遺物(オーパーツ)を取り込む形で発現した。
 迷宮(ダンジョン)単独(ソロ)攻略を後押しする効果と同時に、ムー関連の遺物への操作権限(アクセスコード)を付与する隠し効果を持つ。

《Tips②》
・【シュレディンガー】
 いつ、いかなる時代/場所においても点在するクレスの知られざる英雄譚(在り方)が『偉業』として昇華した魔法。
 かの名もなき英雄は、実際に救われた者のみがその存在を確信すれど、その他大勢の知るところにはなく、表の教科書的な歴史を俯瞰する限りは『いたとも言えるし、いなかったとも言えない』。
 つまりは『どこにでも現れ得るかもしれないし、現れ得ないかもしれない』――ただ間違いなく、その時の時勢(1%)、時代的背景(1%)、あと当時のクレスの気分(98%)に応じて、彼は確かに『救界(マキア)』の一翼を度々担ってきたのだ。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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