ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている 作:七海香波
絶対至死領域ドゥアト・アヌビウム
――深い紫紺の炎に燃ゆる大地。
その場は身が芯まで凍えるほどに寒く、『生』と隔絶された冷気に満ちていた。
生けとし生ける者の
満ち満ちる
「っ――!?」
驚きに目を見張るも、時すでに遅く。
クレスの足から、地面に立つ感覚が奪われる。
重度の酩酊に陥ったかのような、悪寒伴う謎の浮遊感に襲われる。
そのまま彼は……薄れゆく視界の奥に広がる、遠い闇の向こう側へと意識を手放させられた。
長い冒険の旅路においても片手の指で数えるほどしか味わったことのない、身も心も闇氷の彼方に奪われるような感覚。
即ち、『死』。
今この時において、クレス・カタストロフは間違いなく息絶えたのだ――。
――
そこかしこに露出した
出現する主なモンスターは
その他《アルカンシエル・ドラゴン》、《ソーラー・リザード》、《ウィッチ・サモンバースト》等が放つ
クレスがそんな階層に降りたのは、偏に
種族名を『
かつて
ウラノスからの
その、あまりにも理不尽な画を描いたものの正体とは?
それこそが
今回の
司る権能は『死』。
生ある者から命の熱を奪い、その魂を没薬と共に冥界へと連れていく一神話体系の死神。
それがモンスター化に伴い、地上に降りた神々の盟約など知らぬ
そんな相手を前にしては、如何にクレスとて成す術なく『死』を迎えるのも仕方のないことではあった……。
――しかし、この程度で終われるほど冒険者は
前述した通り万全の準備を終えていたクレスは、「こんなこともあろうかと」と秘策を残していた。
レベルアップに伴う魂の昇華により、ほんの僅かに残された『死』へ向かうまでの一呼吸。
その瞬間に、彼は懐から取り出した『
主たる素材は、『
それと磨り潰した
その効能はただ一つ――『
とどのつまり、クレスは
「――カハっ!」
かっ、と
――気を失っていたのはおよそ5秒ほど、か?
見渡せば、周囲は濃い紫紺色の鬼火に満ちた闇の燎原と化している。
『光の都』であった『
死して朽ちた極光騎士《ポーラ―・ナイト》の魔石が点々と、うず高く積もった黒塵の中心に墓標のように鎮座しており、
「……危ない所だったな」
あと少し薬の服用が遅れれば、クレスは真の死を迎えていただろう。
一つ上げるごとに神への階段を昇ると言われるレベルアップを20回以上積み重ねたこと、そして
しかし代償として――クレスが胸に手を当ててみれば、心臓の鼓動がまったく聞こえない。
脈がなく、体温もなく、よくよく呼吸してみれば肺が酸素を取り込んでいないことも分かる。
鏡を見れば、今の彼の肌は間違いなく滑らかな石灰色に染まっていることだろう。
「まあ、良い。――さて、仕留めるか」
クレスは、この身体になって一層強く感じられるようになった『死』の気配の強まる方へと急行する。
その先に立っていた、犬頭がついた人型のモンスターこそが《
かつてクレスを「死の運命から逃れた異端者」と呼んで襲撃し、撃退・捕縛されて以降は数々の『
そんな過去もあってか、かの神は当然の如くクレスを恨んでいるようで、
『UruWowooooooNunnnnn――!!』
「やかましい」
アヌビスの全身からはもはや隠す必要のなくなった
かの
『生』ある者は一瞬たりとも存在することを許されず、かの神に一瞥されるだけで死に至ることだろう。
この中で自由を許されるのは、正しく死後の世界の住人だけだ。
その一人と化したクレスは、この場に最も相応しい武器を取り出してかの神に斬りかかった。
「――【ネガ・ファトゥム】」
司るは
只人が逆らうことを許されざる運命の奔流を切り拓くこの魔剣こそが、その実、かの
クレスの所有する
その理を正しく理解したアヌビスは、己が
『UruWooooNmnnnnuu――!!』
「【原初の火よ、人理の歩みを照らせ。大神より磔刑を受けし
対するクレスは、完全詠唱の【プロメテウス】で以てそれら死の絨毯爆撃を迎え撃つ。
爆ぜる紫と赤の連続花火。
『死』の冷気と『生』の熱が打ち消し合う神秘的な光景の中を、疾走するクレスは剣を振るう。
「ふっ!」
『UruwooNhu!!』
振り下ろされるクレスの魔剣。
迎え撃つはアヌビスの死爪。
神の
だが、そのまま彼は距離を取ることなく接近戦を選ぶ。
『死』の権能を畏れずに踏み込む彼の選択――
そこにこそ彼は勝ち目を見出していたが故に。
「――っ!」
『UruWo――nNnuuu!!!』
始まるは魔剣と鋭爪、柔拳と剛牙、武術と暴力の応酬。
クレスの理を以て振るう武術と
一挙手一投足が凄まじい衝撃を生み、上下10階層以内のモンスターは瞬く間に逃げ出した。
20階層以上離れたモンスターの直感にも警鐘を鳴らされ、それより遠くのモンスターたちも、
そんなことはいざ知らず、【
獣頭の威を以て、アヌビス神が強靭な四肢と共に猛る。
黒ずんだ爪による
その全てが大気の壁を突き破り、連続する破裂音を伴ってクレスを付け狙う。
だが逆に、命中しなければどうということもないのもまた真理であった。
触れれば死に至る
相手が知ればまた怒ること間違いなしだろうが――彼は目前の
爪がくれば剣で切り結び、
そうして相手の呼吸に合わせながらも、クレスはその間隙に的確に反撃を差し込んでいく。
爪を当てるために腕を伸ばそうものなら、戻されるタイミングで腱に傷をつける。
噛みつきを空振りにさせれば、その顎が完全に閉じきる前に僅かばかり側面を叩いて歯同士をうまく噛み合わなくさせる。
蹴りを繰り出してくるものなら、回避し擦れ違うと同時に肉を削ぎ取る。
堅実に、しかし着実に敵の力を削ぎ取っていく立ち回り。
それこそがクレスが師スカサハより賜った妙技の一つ、魔獣狩りの妙技。
――そんなクレスの攻撃を
一度大きく飛び退いたアヌビスの胸元が大きく膨らむ――
そしてアヌビスは一度腕を自身の身体の前で交差させたのち、背中を大きく丸め――まるで何かを
『GuRuwooooouuu――UruwooooooooooNnNnnn!!』
『
遠吠えと共に撒き散らされる、濃紫紺のオーラ――この空間にうっすらと満ちる冷気の源流、『死』の概念。
生物・非生物を問わず一律に『死』を与えていく無差別攻撃が、全方向へ向けて放たれた。
彼は視界の先に、目視できる形となった
オーラに触れたもの全てが『死』していく光景。
形ある岩が、枯木が、モンスターのドロップアイテムが……形あるものがひたすらに朽ちていく。
本来ならば永年の果てに風化すべきものが、一瞬のうちに虚無の塵と化して、
生あるものは問答無用に息絶え、死すらも葬られる死の大地の顕現。
それこそが死の神であるアヌビスに許された
ありとあらゆる
それに晒されるなど、下界の者としては到底たまったものではない。
肉弾戦ならいざ知らず、神々の持つ概念的な権能に打ち克つ手段など通常存在しないのだから。
――しかし、クレスは笑っていた。
「漸くか」
放たれる絶望の大技。
だが、彼は
およそ200年の周期で発生する
無論、クレスはそれっきりで考察を終わらせることを良しとしなかった。
その
それが有する切り札、『
大技を放つ
つまり、反動――圧縮した力の解放という一連の流れにおいて今、かのモンスターは動けないでいるのだ。
そう。
つまりは自らの存在すら危うい今こそ、かの神を屠る絶好の大隙でもある――!
「――堕ちたる神霊、なにするものぞ」
狙いを定めたクレスが、《ネガ・ファトゥム》を投擲する。
元来アヌビスの
そして、クレスは本命の一撃を開帳する。
取り出したるは朱色の槍。
――ことこの場において、
魔法の
故に彼が選んだ、本家本流の絶死の一撃。
一撃目で敵を時間軸・空間軸ともにその場に縫い留め、本命の二撃目で確実に仕留める。
それこそが本来の、神スカサハより彼が継承した『投槍の妙技』。
「我が神殺しの妙技、とくと御覧じろ――!」
絶技、解放。
クレスの練り上げられた五体から、影を置き去りにした光の槍が解き放たれた。
「『
魔槍にして神槍の一撃。
その刃が、アヌビスの魂を封じていた魔石を穿つ。
巻き起こる光の爆発。
肉体の牢獄から解き放たれたかの神の魂が天上に還ろうと、光の御柱を形作って――そのまま
その、クレスがこれまでに何度も目にした光景が再現される。
そうして数百年の時を経て、再び
「……しくじったな」
濃密な『死』の気配が晴れていく中、手にした報酬を弄びながらクレスは不甲斐ない己自身に舌打つ。
哀れな神の末路などには露ほども同情せず、《デミ・ゴッドの神核》――入手手段がこれしかない、魔剣《ネガ・ファトゥム》の補修材――を懐に仕舞いつつ、彼は内心に詰問する。
既に完成されていた『死』の世界へみすみす飛び込んでしまった自らの不覚。
それが招いた代償は、クレスをしてそれなりに大きなものだった。
『生』からの解放――裏を返せば、『死』という停滞に陥ったクレスの身体。
無論、死ぬ手段もあれば生き返る手段も彼は用意している。
しかし、そのためには『
しかもそれらのほとんどが『
「カオスあたりは久方ぶりの
普段通りの一日の帰郷では済みそうにない今回の休みに、「致し方なし」とクレスは自戒する。
その慢心の罠に引っ掛かった己こそが一番悪いのだと分かっているからこそ、冒険の遅滞という未練を切り捨てて、彼は潔く地上へ戻ることを選択する。
――見渡す限りに残る、
骨より白く塗り潰された無味乾燥の『死』の砂漠。
それは、見る者の意識を遠く彼方へ吸い込んでいきそうなほどに――いっそ
兵どもが夢の跡、『生』ある者がいずれは還る虚無を、未だ『冒険者』であることを止めるつもりのないクレスは後にした。
向かうは地上。
最新最先端の
そこに待ち受ける、ある一つの眷属たちの物語――【
どうもどうも、作者です。
前書きで格好つけるためだけにいつもの挨拶は後回しにしました。馬鹿だね。
という訳で新章【双花魔人譚 モンストルム・オラトリア】編開始の導入じゃよ。そのためにクレスくんには一度死んでもらいました。こうでもしなければ原作との関わりが出来ないからね、仕方ないね。
そんなこんなで、今章でも拙作をよろしくお願いします。
《Tips》
・《
堕ちたる神。
主にウラノスがその出現を予見し、都度クレスに討伐及び
今後の展開どうするべ?(参考程度に)
-
①本編にちまちま関わる
-
②これまで通り『深々層』攻略
-
③ファミリアクロニクル:クレス
-
④カオス・レコード
-
⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』