ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 ――此よりは冥府、黄泉溢るる死者の国なれば。


双花魔人譚(モンストルム・オラトリア)』編(1)
絶対至死領域ドゥアト・アヌビウム


 

 ――深い紫紺の炎に燃ゆる大地。

 その場は身が芯まで凍えるほどに寒く、『生』と隔絶された冷気に満ちていた。

 

 生けとし生ける者の存在(ねつ)を許さぬ絶対零度(おわり)の領域。

 

 満ち満ちる冥府(・・)の大気が、転移によりこの階層に訪れたクレスの体温を瞬く間に収奪し――、

 

「っ――!?」

 

 驚きに目を見張るも、時すでに遅く。

 

 クレスの足から、地面に立つ感覚が奪われる。

 重度の酩酊に陥ったかのような、悪寒伴う謎の浮遊感に襲われる。

 そのまま彼は……薄れゆく視界の奥に広がる、遠い闇の向こう側へと意識を手放させられた。

 

 その感覚(・・・・)を、彼は知っていた。

 長い冒険の旅路においても片手の指で数えるほどしか味わったことのない、身も心も闇氷の彼方に奪われるような感覚。

 

 即ち、『死』。

 

 今この時において、クレス・カタストロフは間違いなく息絶えたのだ――。

 

 

 

 

 

 ――迷宮(ダンジョン)第222層、『鏡面世界(ミラー・ワールド)』。

 そこかしこに露出した鏡面水晶(クリスタライザ)という鉱石が煌びやかに輝く美しき階層だ。

 出現する主なモンスターは動く鎧騎士(リビング・アーマー)こと《ポーラ―・ナイト》。

 天然武器(ネイチャー・ウェポン)である光の魔剣を振るい、鏡面水晶(クリスタライザ)に攻撃を反射させて敵対者の死角から斬りかかろうとしてくる習性に気を付ける必要がある。

 その他《アルカンシエル・ドラゴン》、《ソーラー・リザード》、《ウィッチ・サモンバースト》等が放つ光線(レーザー)もまた気を払うべき攻撃だ。

 迷宮(ダンジョン)の悪意の仕事ぶりがいかんなく発揮された鏡面水晶(クリスタライザ)の配置は幾度となくモンスターの光線(レーザー)を乱反射させ、いっそ芸術的なほどに緻密な光の檻を構成して侵入者を切り刻まんとする。

 

 クレスがそんな階層に降りたのは、偏にとあるモンスター(・・・・・・・)の出現情報を掴んだからだった。

 

 種族名を『偽神(デミ・ゴッド)』。

 

 かつて迷宮(ダンジョン)内で下界における『死』を迎えた超越存在(デウスデア)が、その何層にも渡るぶ厚い天蓋によって天上界への帰還の路を閉ざされ、そのまま迷宮(ダンジョン)に魂を囚われた果てに魔石(にく)を与えられて迷宮(はは)に都合の良い下僕と化した元神であったモノ(モンスター)

 

 ウラノスからの情報提供(討伐依頼)を受けて、クレスは万全の用意の下にその偽神(デミ・ゴッド)の出現箇所に足を踏み入れたのだが――それとほぼ同時に、彼は一切の抵抗を許されることなく死に至った。

 

 その、あまりにも理不尽な画を描いたものの正体とは?

 それこそが偽神(デミ・ゴッド)の最も厄介な特性――『神威顕現(アルカナム・リリース)』である。

 

 今回の偽神(デミ・ゴッド)素材(もと)となった超越存在(デウスデア)は、冥府の神アヌビス。

 司る権能は『死』。

 生ある者から命の熱を奪い、その魂を没薬と共に冥界へと連れていく一神話体系の死神。

 それがモンスター化に伴い、地上に降りた神々の盟約など知らぬ迷宮(ダンジョン)によって強制的に天の力(アルカナム)を解放される『神威顕現(アルカナム・リリース)』を与えられたことで、この第222階層は踏み入れたものを問答無用で死に至らしめる冥府の大地へと変貌していたのだ――いわば、『生命特攻(ライフ・リーパー)』の領域。

 

 そんな相手を前にしては、如何にクレスとて成す術なく『死』を迎えるのも仕方のないことではあった……。

 ――しかし、この程度で終われるほど冒険者は終わってはいない(諦めがよくない)

 

 前述した通り万全の準備を終えていたクレスは、「こんなこともあろうかと」と秘策を残していた。

 レベルアップに伴う魂の昇華により、ほんの僅かに残された『死』へ向かうまでの一呼吸。

 その瞬間に、彼は懐から取り出した『()』を呑み込んでいた。

 

 主たる素材は、『吸血皇鬼(ドミナ・ノスフェラトゥ)』の処女血。

 それと磨り潰した月精石(ルナズアーク)一角獣(ユニコーン)の銀血、青い彼岸花を混ぜ合わせ、金星の光の下にことことじっくり煮込んだ特性の魔薬。

 その効能はただ一つ――『呪魂創成(ソウル・カース)』、即ち生きながらの死(死にながらの生)を迎え入れること。

 

 とどのつまり、クレスは吸血皇鬼(サラ・ブラッドルーラー)の眷属として。

 不知死(マガ・ノスフェラトゥ)魔人(モンストルム)として、この死の大地を歩む権利を今この瞬間手に入れた――!

 

「――カハっ!」

 

 かっ、と目を覚ました(息を吹き返した)クレスは倒れていた地面から素早く起き上がり、周囲の様子を伺う。

 

 ――気を失っていたのはおよそ5秒ほど、か?

 

 見渡せば、周囲は濃い紫紺色の鬼火に満ちた闇の燎原と化している。

 『光の都』であった『鏡面世界(ミラー・ワールド)』の面影は見るべくもない。

 死して朽ちた極光騎士《ポーラ―・ナイト》の魔石が点々と、うず高く積もった黒塵の中心に墓標のように鎮座しており、鏡面水晶(クリスタライザ)は鬼火の妖しい色を反射してちろちろと冷たい揺光を放っていた。

 

「……危ない所だったな」

 

 あと少し薬の服用が遅れれば、クレスは真の死を迎えていただろう。

 一つ上げるごとに神への階段を昇ると言われるレベルアップを20回以上積み重ねたこと、そして迷宮(ダンジョン)という魂すら天界に向かうことのできない隔離領域という空間の特性が功を奏した形だ。

 

 しかし代償として――クレスが胸に手を当ててみれば、心臓の鼓動がまったく聞こえない。

 脈がなく、体温もなく、よくよく呼吸してみれば肺が酸素を取り込んでいないことも分かる。

 鏡を見れば、今の彼の肌は間違いなく滑らかな石灰色に染まっていることだろう。

 

「まあ、良い。――さて、仕留めるか」

 

 クレスは、この身体になって一層強く感じられるようになった『死』の気配の強まる方へと急行する。

 その先に立っていた、犬頭がついた人型のモンスターこそが《偽神(デミ・ゴッド)》アヌビス。

 

 かつてクレスを「死の運命から逃れた異端者」と呼んで襲撃し、撃退・捕縛されて以降は数々の『破壊者(ジャガーノート)』や『殲滅者(ブレイクダウン)』の召喚媒体として酷使され、最期には彼に加減を間違えられてぽっくり逝ってしまったという経緯があるのは……ここだけの秘密だが、それはさておき。

 

 そんな過去もあってか、かの神は当然の如くクレスを恨んでいるようで、迷宮(はは)によって強く自我を縛られた状態にあってもなお、彼の姿を認めるなり唸るような遠吠えを上げた。

 

『UruWowooooooNunnnnn――!!』

「やかましい」

 

 アヌビスの全身からはもはや隠す必要のなくなった神の力(アルカナム)がオーラのように漏れ出ており、それが常に空間を侵食して、死の世界へとこの場を塗り替えている。

 かの偽神(デミ・ゴッド)が歩く度に『死』の足跡が迷宮(ダンジョン)に刻まれ、そこに残る残火が徐々にこの地を固有の領域(冥府)へと上書きしていく。

 『生』ある者は一瞬たりとも存在することを許されず、かの神に一瞥されるだけで死に至ることだろう。

 この中で自由を許されるのは、正しく死後の世界の住人だけだ。

 その一人と化したクレスは、この場に最も相応しい武器を取り出してかの神に斬りかかった。

 

「――【ネガ・ファトゥム】」

 

 司るは運命属性(フェイタリティー)

 只人が逆らうことを許されざる運命の奔流を切り拓くこの魔剣こそが、その実、かの(アヌビス)遺骸(ミイラ)を素材とした名実ともに神殺しの武器であることを知るのはクレスとカオスだけである。

 クレスの所有する武器(コレクション)の中でも数少ない、神に通用する刃。

 

 その理を正しく理解したアヌビスは、己が遺骸(尊厳)が凌辱されている眼前の事実に打ち震え、また戦慄きながら、怒りと共に千を超える紫の鬼火をクレスの下に解き放つ。

 

『UruWooooNmnnnnuu――!!』

「【原初の火よ、人理の歩みを照らせ。大神より磔刑を受けし貴神(あなた)に敬意を捧ごう。精神(こころ)在る限り我が歩みは終わることなどなく、やがて英知の指し示す果てへと至らん】――【プロメテウス】!」

 

 対するクレスは、完全詠唱の【プロメテウス】で以てそれら死の絨毯爆撃を迎え撃つ。

 爆ぜる紫と赤の連続花火。

 『死』の冷気と『生』の熱が打ち消し合う神秘的な光景の中を、疾走するクレスは剣を振るう。

 

「ふっ!」

『UruwooNhu!!』

 

 振り下ろされるクレスの魔剣。

 迎え撃つはアヌビスの死爪。

 神の(バー)を幽閉する檻としての役目も持つ肉体は相応の頑丈さを誇っており、確かな衝撃を以てクレスの斬撃を弾いた。

 だが、そのまま彼は距離を取ることなく接近戦を選ぶ。

 『死』の権能を畏れずに踏み込む彼の選択――肉弾戦(フィジカル・ファイト)

 

 そこにこそ彼は勝ち目を見出していたが故に。

 

「――っ!」

『UruWo――nNnuuu!!!』

 

 始まるは魔剣と鋭爪、柔拳と剛牙、武術と暴力の応酬。

 クレスの理を以て振るう武術と偽神(デミ・ゴッド)アヌビスの肉体(スペック)が激しくぶつかり合い、階層全体を揺るがす轟音が響く。

 一挙手一投足が凄まじい衝撃を生み、上下10階層以内のモンスターは瞬く間に逃げ出した。

 20階層以上離れたモンスターの直感にも警鐘を鳴らされ、それより遠くのモンスターたちも、迷宮(はは)の中でなにかしらの異常事態(イレギュラー)が起きていることを察した。

 そんなことはいざ知らず、【禁忌(アンタッチャブル)】と偽神(デミ・ゴッド)はその渦中にある相手のみを意識してその()を簒奪しあう。

 

 獣頭の威を以て、アヌビス神が強靭な四肢と共に猛る。

 黒ずんだ爪による引っ掻き(スラッシュ)、涎でてらてらと輝く牙の噛みつき(バイティング)、千年大樹のように太い脚の蹴り突き(キック)

 その全てが大気の壁を突き破り、連続する破裂音を伴ってクレスを付け狙う。

 

 只人(ヒューマン)と比べて一回りも二回りも筋肉の隆起した体格から繰り出されるそれらは、(バー)の格の違いもあり、触れれば容易くクレスの身体を引き千切るは必至。

 

 だが逆に、命中しなければどうということもないのもまた真理であった。

 触れれば死に至る冥府犬(アヌビス)の誘いを、クレスは悉く退ける。

 

 相手が知ればまた怒ること間違いなしだろうが――彼は目前の偽神(デミ・ゴッド)の動きに見知った狼人(ウェアウルフ)の骨格を重ね合わせて、己の技を適合させる。

 爪がくれば剣で切り結び、(アギト)がくれば顎下を拳で打ち抜いて強引に閉じさせ、後脚による蹴りがこようとすれば残る軸足を引っ掛けて転倒を狙う。

 

 そうして相手の呼吸に合わせながらも、クレスはその間隙に的確に反撃を差し込んでいく。

 

 爪を当てるために腕を伸ばそうものなら、戻されるタイミングで腱に傷をつける。

 噛みつきを空振りにさせれば、その顎が完全に閉じきる前に僅かばかり側面を叩いて歯同士をうまく噛み合わなくさせる。

 蹴りを繰り出してくるものなら、回避し擦れ違うと同時に肉を削ぎ取る。

 

 堅実に、しかし着実に敵の力を削ぎ取っていく立ち回り。

 それこそがクレスが師スカサハより賜った妙技の一つ、魔獣狩りの妙技。

 

 ――そんなクレスの攻撃を小賢しい(うっとうしい)と思ったのか。

 

 一度大きく飛び退いたアヌビスの胸元が大きく膨らむ――咆哮(ハウンド)

 (バー)に直接衝撃(ダメージ)を与える冥狼(アヌビス)の猛声が、距離を取ることを許すまいと猛追しようとしたクレスを退けた。

 

 そしてアヌビスは一度腕を自身の身体の前で交差させたのち、背中を大きく丸め――まるで何かを溜め込む(チャージする)かのような姿勢を取って――『吠えた』。

 

『GuRuwooooouuu――UruwooooooooooNnNnnn!!』

 

 『冥府犬の咆哮(アヌビウス・ハウンド)』。

 

 遠吠えと共に撒き散らされる、濃紫紺のオーラ――この空間にうっすらと満ちる冷気の源流、『死』の概念。

 生物・非生物を問わず一律に『死』を与えていく無差別攻撃が、全方向へ向けて放たれた。

 彼は視界の先に、目視できる形となったそれ(・・)を見た。

 

 オーラに触れたもの全てが『死』していく光景。

 形ある岩が、枯木が、モンスターのドロップアイテムが……形あるものがひたすらに朽ちていく。

 本来ならば永年の果てに風化すべきものが、一瞬のうちに虚無の塵と化して、迷宮(ダンジョン)の大地を骨より白い無垢の砂漠へと埋めていく。

 

 生あるものは問答無用に息絶え、死すらも葬られる死の大地の顕現。

 それこそが死の神であるアヌビスに許された天上の力(アルカナム)

 ありとあらゆる存在(もの)を強制的に自らの領域内に帰属・隷属させるという、理不尽な――神々(デウスデア)の中では、まあそれなりにありふれている(・・・・・・・・・・・)程度の能力(ちから)

 

 それに晒されるなど、下界の者としては到底たまったものではない。

 肉弾戦ならいざ知らず、神々の持つ概念的な権能に打ち克つ手段など通常存在しないのだから。

 

 ――しかし、クレスは笑っていた。

 

「漸くか」

 

 放たれる絶望の大技。

 だが、彼は既にそれを識っていた(・・・・・・・・・・)

 およそ200年の周期で発生する迷宮(ダンジョン)の災厄の一つ……冥府神アヌビスの偽神(デミ・ゴッド)を、彼は400年前に一度討伐(・・)している。

 

 無論、クレスはそれっきりで考察を終わらせることを良しとしなかった。

 迷宮(はは)から与えられた魔石を核とした身体(にく)を壊され、今度こそ天上に還ろうとして――再び帰還を遮られ、迷宮(ダンジョン)に取り込まれ、意識を屈服させられて子供(モンスター)として産み直される。

 その一巡(サイクル)の中で、彼は初見でなくなった偽神(デミ・ゴッド)倒し(ハメ)方を考えていた。

 

 迷宮(ダンジョン)に大半の意識(理性)を封じられ、ただ無作為に神の力(アルカナム)を振り撒くばかりの存在となった偽神(デミ・ゴッド)

 それが有する切り札、『神威顕現(アルカナム・リリース)』の最大開放――しかし、見よ。

 

 大技を放つ偽神(デミ・ゴッド)は今、己が支配領域(アルカナム)の中央で佇むばかり。

 つまり、反動――圧縮した力の解放という一連の流れにおいて今、かのモンスターは動けないでいるのだ。

 

 そう。

 つまりは自らの存在すら危うい今こそ、かの神を屠る絶好の大隙でもある――!

 

「――堕ちたる神霊、なにするものぞ」

 

 狙いを定めたクレスが、《ネガ・ファトゥム》を投擲する。

 元来アヌビスの身体(にく)であった魔剣は、それが作り上げた死の領域に刃を突き入れてなお崩壊することなく飛翔し、()としてアヌビスの身体をその場に縫い留めた(スタンさせた)

 

 そして、クレスは本命の一撃を開帳する。

 取り出したるは朱色の槍。

 迷宮(ダンジョン)第200層の主《レヴィアタン》の遺骸から削り出された魔槍の柄を逆手にしっかと握りしめ、己が身体全体を弓に見立てて大きく振りかぶる。

 

 ――ことこの場において、小細工(アレンジ)は不要。

 魔法の歪み(バグ)を利用した空間ごとの大破壊をもたらす『奔り穿つ影葬の槍(ゲイ・ボルグ・アシッド)』なぞやり過ぎ(オーバーキル)にも等しい。

 

 故に彼が選んだ、本家本流の絶死の一撃。

 一撃目で敵を時間軸・空間軸ともにその場に縫い留め、本命の二撃目で確実に仕留める。

 それこそが本来の、神スカサハより彼が継承した『投槍の妙技』。

 

「我が神殺しの妙技、とくと御覧じろ――!」

 

 絶技、解放。

 

 クレスの練り上げられた五体から、影を置き去りにした光の槍が解き放たれた。

 魔剣(ネガ・ファトゥム)の斬り開いた軌跡を寸分違わず、一直線に飛翔するその槍の本領こそは――、

 

「『貫き穿つ(ゲイ・ボルグ)――死翔の槍(オルタナティブ)』!」

 

 魔槍にして神槍の一撃。

 その刃が、アヌビスの魂を封じていた魔石を穿つ。

 

 巻き起こる光の爆発。

 肉体の牢獄から解き放たれたかの神の魂が天上に還ろうと、光の御柱を形作って――そのまま迷宮(ダンジョン)の天蓋へと吸い込まれていく。

 その、クレスがこれまでに何度も目にした光景が再現される。

 

 そうして数百年の時を経て、再びあれ(・・)は使い回されるのだ……他の《偽神(デミ・ゴッド)》のように。

 

「……しくじったな」

 

 濃密な『死』の気配が晴れていく中、手にした報酬を弄びながらクレスは不甲斐ない己自身に舌打つ。

 哀れな神の末路などには露ほども同情せず、《デミ・ゴッドの神核》――入手手段がこれしかない、魔剣《ネガ・ファトゥム》の補修材――を懐に仕舞いつつ、彼は内心に詰問する。

 既に完成されていた『死』の世界へみすみす飛び込んでしまった自らの不覚。

 それが招いた代償は、クレスをしてそれなりに大きなものだった。

 

 『生』からの解放――裏を返せば、『死』という停滞に陥ったクレスの身体。

 無論、死ぬ手段もあれば生き返る手段も彼は用意している。

 しかし、そのためには『神の恩恵(ファルナ)』に頼らない前時代的な――中々に面倒な儀式を年単位(・・・)で幾つも執り行う必要がある。

 

 しかもそれらのほとんどが『地上(オラリオ)で行うことが求められる』となれば猶更、彼が顔を顰めるのも無理はなかった。

 

「カオスあたりは久方ぶりの長期休み(バカンス)だと大喜びするのだろうが……こうなっては仕方あるまい」

 

 普段通りの一日の帰郷では済みそうにない今回の休みに、「致し方なし」とクレスは自戒する。

 迷宮(ダンジョン)はいつだって、油断した者を悪意を伴って飲み干さんとしているのだから。

 その慢心の罠に引っ掛かった己こそが一番悪いのだと分かっているからこそ、冒険の遅滞という未練を切り捨てて、彼は潔く地上へ戻ることを選択する。

 

 

 

 

 

 ――見渡す限りに残る、冥府神(アヌビス)の残響。

 骨より白く塗り潰された無味乾燥の『死』の砂漠。

 それは、見る者の意識を遠く彼方へ吸い込んでいきそうなほどに――いっそ虚しくて(美しくて)

 兵どもが夢の跡、『生』ある者がいずれは還る虚無を、未だ『冒険者』であることを止めるつもりのないクレスは後にした。

 

 向かうは地上。

 最新最先端の冒険譚(オラトリア)が紡がれる地である、迷宮都市オラリオ。

 

 そこに待ち受ける、ある一つの眷属たちの物語――【魔人の神聖譚(モンストルム・オラトリア)】の存在を、彼は未だ知らない。

 

 




 どうもどうも、作者です。
 前書きで格好つけるためだけにいつもの挨拶は後回しにしました。馬鹿だね。
 という訳で新章【双花魔人譚 モンストルム・オラトリア】編開始の導入じゃよ。そのためにクレスくんには一度死んでもらいました。こうでもしなければ原作との関わりが出来ないからね、仕方ないね。
 そんなこんなで、今章でも拙作をよろしくお願いします。

《Tips》
・《偽神(デミ・ゴッド)
 堕ちたる神。地下(ダンジョン)に囚われ、母胎の中で延々と生まれては(クレスに)討たれる存在と成り果てた、超越存在(デウスデア)だったモノ。
 神の力(アルカナム)の制限がなくなった代償として自我を大きく縛られており、やたらめったらと己が司る概念で出現した地帯を侵食しようとする。一部個体は当話の通り即死攻撃持ち。
 主にウラノスがその出現を予見し、都度クレスに討伐及び迷宮(ダンジョン)からの解放を依頼しているが、滅多にない《神核》素材を得られる機会であり、また大概が彼を狙ってきた連中ということもあって、クレスは後者の依頼を「知らん」と黙殺している。仕方ないね。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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