ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 死んだ(エタった)と思ったか? 残念、作者は何度だって蘇るのだよ!
 まあ過労死ラインをここ暫く踏み越え続けてるから、物理的にぽっくりイッても仕方なかったし許してちょ(全裸土下座)。
 なお今回のお話は八割方出オチです。これも許してネ。


恩恵封印

 

 巨塔バベルの地下深く。ウラノスの坐する『祈祷の間』同様、迷宮(ダンジョン)に杭を打つかのように設けられた拠点(ホーム)時空の狭間(アラモス)』へ帰還したクレスは、これでもう何度目になるか分からない主神(カオス)からの抱擁(ハグ)によって出迎えられた。

 身長差によって彼の胸元から顔を出す形になったカオスへと、クレスはいつものように声をかける。

 だが、平常と変わらないクレスの態度と比べて、彼女の様子は普段と幾分か違っていて――?

 

「ただいま戻った、カオス。急な帰りですまない」

「おかえり、クレス君。それにしても――ふふっ、おかしなことを言うね? 「急な帰りですまない」だなんて、いやいや全然構わないに決まっているじゃあないか! というより寧ろ全然ウェルカムさ? だって愛しの君が帰ってくるんだよ! なら主神の私はいつだって全力全開で大歓迎に決まってるじゃあないか! まったく君ってやつは私たち神の『(ファリア)』というものを今一ツ理解し切れていないところがあるねェ、良いよ。何度だって教えてあげようじゃないか――。

 ――例えば下界の子供たちは「海より深く山より高い」なんてよく言うけれど、天上の存在(デウスデア)たるところの私たちの愛はそんな矮小な表現じゃァ到底図り切れないどころか下界の構造と比較できるほど矮小な感情じゃないことをいい加減理解すべきだと私は思うよウン。この『愛』って感情(やつ)はその他のものと比べて一線を画すどうしようもなく御し難いじゃじゃ馬なんだよ? 古来「人は『愛』に生き『愛』に狂う」なんてよく詠み(うた)われていたかは君もよく知るところだろう。永い時を生きる神々(私たち)にとってもそれは同じさ。

 イヤ、むしろ下界の君たちが思うところの(それ)よりも、私たちの持つ所の(これ)はずっと強いと言えるねェ……。なにせウン千ウン万年が一瞬に等しい神にとって、『愛』とは究極的に一義的な『指針』に等しい。ありとあらゆる娯楽や興味を消費し探求し尽くした先に残る唯一にして無二なるもの。それが自己の他に存在する他人への『正』なる執着だからさ――『復讐』もそれに近しく真逆なる感情(もの)として有名だけれど、あいにく私たちは復讐者(かれら)ほど真面目で純粋な存在で在れないからねェ、君も幾人か具体例を知っての通りサ。ははっ、それは兎も角――だって、自分という存在や世界の法則(ことわり)はいくらでも哲学的に探究することは出来るけれども、『他人』ばかりは己の思考だけで完結させることがどうやったって出来ないんだもの。雑に言えば、いくら掘っても尽きない金鉱脈みたいなもの、それ一ツだけを追い求められればずっと自我を保っていられる拠り所……ウン、『生き甲斐』かな? それが神々が君たちに見出す所の『愛』ってヤツさ。

 なにせ自分(かみ)という一つの完成形として生まれながらも感性(なかみ)下界の子ら(きみたち)に近い私たちは、意外と精神構造が脆くてね? 並大抵のことはこの瞳一つで見透かしてしまえるのさ――子供たちの嘘偽りと同じように自分のことですらも。そう、君たち向けに括弧つけて言うところの『欲視力(パラサイトシーイング)』改め『愚道者(デビルアイ)』だね。既に完成済で突き詰めるところのない私たちは自己探求を卵の殻を割るより易く済ませられるけれども、それはつまり自己の限界を早く認めてしまえるということなんだよ。

 分かり切った神生ってのはそれ即ち終わり切った神生に等しい。だからこそ私たちは『未知』を、同じ『完成(終わり)』を持つ神々なんてポイっと捨てて下界に降り立つワケさ。私たちとは違って自己の内に留まりきる所を知らない傲慢で強欲な、羨ましい限りの可能性を持つ君たちに執着したくなる。隣の芝が青く見えるように子供たちは私たちの完成(不死)を羨むけれども、その実私たちこそ、君たちの未完成(不滅)をそれこそ宇宙を灼いてしまうほどに強く熱く恋焦がれるほどに『愛』しているんだよ?

 確かに私は地上に降りてからこれまで他の女神たちのように――国一ツや大陸一ツ、あと星一ツなんてのもいたっけ? まあいいや――ナニカを滅ぼしてまで君を手元に置いておこうなんて馬鹿げたことをしでかしたことはないけれどね。だって、本当にいい女神(おんな)ってのはそんな他人に迷惑をかけるようなのじゃあなくって、お家にドンと構えて相手の好きな味付けのお味噌汁を炊いてお淑やかに待っているような良妻賢母だからって天照大神(アマ)ちゃん家の分け御霊(タマモ)ちゃんが教えてくれたからねェ。

 だけどさクレス君? だからと言って私の『愛』がそんな節操のない女神たちと比べて劣っているだなんて思われているんだとしたらそれは心外だよ? 表に出さない分だけ、私は愛情をこの胸の内にたっぷり溜め込んでいるのサ。ほら(ここ)を触ってみると良い、分かるだろう、私という女神の内に脈打つこの混沌(あい)が――熱く(あつく)甘く(あつく)重く(あつく)……濃厚で(あつくて)芳醇で(あつくて)照って(あつくて)硬くて(あつくて)祝いで(あつくて)滾って(あつくて)迸って(あつく)とめどなくて(あつくて)狂おしくて(あつくて)透き通るほどに純粋な『想い』――それが私の、私なりの、普段は決して誰にも見せない『愛』なんだって、いい加減理解してくれても罰は当たらないと思うけれど、そこんところ君はどう思う?」

「長い。いったいどうした? 三行で纏めてくれ」

「急に感じてた君の『神の恩恵(ファルナ)』が変質したかと思えば珍しく3か月足らずで帰ってきたものだから、心配で心配でたまらないんだよ!」

「そうか、悪かった」

 

 ギュゥウウウっ、といっそう強く抱き付き始めた主神の身体を支えながら、軽く謝罪の言葉を述べたクレスは拠点(ホーム)のリビングまで足を運んだ。

 そこで離れて対面へ座るように促すも、ちょっと()の様子が変わった眷属のことを案じて決して離れようとしない彼女と仕方なくソファーに隣り合わせで座って、彼は大まかに今回の経緯について語り始めた。

 

「ウラノスの依頼もあって偽神(デミ・ゴッド)を倒してきた。素体(モデル)は冥府を司る犬神アヌビスだが、かの神固有の領域に不用心に脚を踏み入れたせいで死んでしまってな。仕方なしに『鬼化霊薬(ドラクライジア)』を使った。一応治験は終えていたからな」

「そうかい、あの子(サラ)の血を……そのせいなんだね、君の心臓の音が止まって聞こえるのは」

「ああ。全ては俺の気が緩み過ぎていたが故の過ちだ。しかし、こうして生きて(死んで)帰れたんだ――次はない」

 

 くっついたままのカオスは、クレスの胸にそっと恋人のように耳を添わせる。

 普段ならばそこから感じられる、活火山のように激しい心臓の脈動はない。

 まるで伽藍洞のように静かになってしまった眷属の身体(にく)

 ――しかし、その奥には未だ確かに、燻る灰の如き(こころ)の熱があることもまた彼女は感じ取っていた。

 

「俺自身の咎だ、今回のことは甘んじて受け入れよう。だが何度も同じ過ちを許せるほど暇ではない。次こそは必ずや、油断も隙もなく奴をこちらの意中に嵌めて討ち果たす」

 

 そう語るクレスの顔に宿るのは、ただ偏に自らへの叱咤一色だった。

 

 下界の者たちを侮っているが故の、上位存在(デウスデア)怠慢にして傲慢(じゃくてん)

 「そこをつけば恐れるに足らず」と判断してしまっていた自身の慢心(じゃくてん)をこそ、クレスは猛省していた。

 次こそは、もうこのようなことがないように……一分一秒とて惜しい迷宮(ダンジョン)攻略の時間を奪われないためにも。ついで主神を悲しませないためにも、クレスは頭の隅で次へ向けて思考を練っている。

 涙をクレスの胸元で拭う彼女の頭を撫で擦りつつ、彼がこれまで弑逆し、そして迷宮(ダンジョン)に取り込ませてきた神々()の司る概念を反芻する――もう、彼らに何をもさせることなく、クレスの側から一方的に仕留められるような計画(ハメ方)を考える。

 

「心配させたことは謝罪する。次からは最初から俺の持てる全てで以て奴らを迎え撃ち、滅ぼし尽くそう。だから泣き止んでくれ、カオス」

「うん、うん、うん……」

「故に、今必要なのは現状確認だ。俺は今、どうなっている(・・・・・・・)?」

「……ふー、分かったよ。うぅん、ちょっと待っててね……」

 

 シャツを脱いで横になったクレスの上に、カオスが「うんしょ」と馬乗りになる。

 そこへ己が神血(イコル)を垂らして恩恵の施錠(ロック)を開放した彼女は、神々の持つ直感で察した眷属の異変をその目で直接観察した。

 

「っ、これは……」

「カオス」

 

 絶句。

 もう千年も付き合って久しい眷属の見せる『未知』なる光景に主神が戦慄していると、ふと示し合わせるかのようにクレスがその名を呼んだ。

 その声に含まれているのは――全福の信頼。

 「我が主神ならば一切の嘘偽りなく自身の現状を開示してくれるだろう」という眷属の想いに応えて、彼女は己が瞳が告げるままに、眷属の背中(恩恵)の真実をその麗しい桜色の唇から説明することにした。

 

「……安心しなよ、クレス君。結論から言うとね、まァ、今の君の状態はそんなに悪いものじゃあない。今の君の中では私の力とサラちゃんの力が相克している……打ち消しあってる、と言うべきかな。君という強靭な『器』の中で、私と彼女が()いあってて上手くバランスが整ってる。イメージとしては、アー、太極図みたいなものかな」

「なるほど」

 

 自身の与えた恩恵を通じて、神眼を以てクレスの魂を観察するカオス。

 彼女の視界に映るのは、白き神(デウスデア)の力と黒き魔(モンスター)の力が互いに鎬を削り合う光景だった。

 互いに暴風の如き猛威を以て相手の力を削ぎ落し、屈服させんとする祝福と呪詛の(しの)ぎ合い。

 なお恐れるべきは、その力の衝突を魂魄に収めながらも苦悶一つ浮かべないクレスの胆力か。

 一つ誤れば内側から崩壊・爆発四散しそうなエネルギーの衝突を、本能的に御しながら『器』として機能している。

 そんな自身の眷属の強靭さに、カオスは安堵半分呆れ半分の表情になる。

 だが、こんな不安定な代物を「今は大丈夫だし、なにより面白そうだから」などと放っておけるほど彼女は神として真面目ではなかった。

 カオスはすぐさま顔を引き締めて、自身の決定づけた神託を告げた。

 

「だけど、このままと言う訳にもいかない。……良いかい、クレス君。極めて残念だけど、今から君の恩恵を封じるよ。君の昇華(レベルアップ)を一時的に全て対呪詛(アンチ・カース)に振り分ける。ただでさえ君の『神の恩恵(ファルナ)』は厄介なものを2つ(・・)も抱えているんだ、そうでもしないとサラちゃんの上位呪詛(ハイ・カース)にその内押し負けてしまうだろうからね」

「そうか、了承した。貴神(あなた)が言うのならそうなのだろう。疾くやってくれ」

 

 カオスの授けた無慈悲な決定に、されどクレスは一切の異を唱えることなく頷いた。

 これでまた迷宮(ダンジョン)が遠ざかる……その悔しさが彼に一粒もないと言えば、嘘になる。

 だが、その非が全てに自分にあることを彼は既に受け入れている。

 それに、自分よりも恩恵の取扱いに詳しい神の言葉なのだ。

 素直に受け入れるより迷宮(ダンジョン)に戻る道が近づくことはない――それを悟っているからこその、素直な納得。

 

 代わりにと己が不甲斐なさに恥じ入らんと拳を秘かに握りしめるクレス、その眷属の心中を見通しながらも、カオスは神の力(アルカナム)耀くその五指を躍らせた。

 

 ――蝶が繭へと戻るかのように、クレスの背中から恩恵の光が鎖されていく。

 そこへ刻まれた膨大な歴史の力の潮流が、ベクトルを変えられて対呪詛(アンチ・カース)へと効力を変えていく。

 念入りに十分ほどの時間をかけて、カオスは見事その目的を果たしたのだった。

 

 地上に降りた最古の女神の一柱として、如何なる神々よりも恩恵(ファルナ)の扱いに詳しいと自負する彼女の手によって施された堅牢な施錠(ロック)

 百重千重の神意で以て形作られたそれは、確かに眷属の魂を蝕む上位呪詛(ハイ・カース)を封じ込めることに成功したとカオスは見て取った。

 

「……ふむ。退いてくれカオス。今の身体の調子を確かめたい」

「えー、どうしようかな? だって今の君は久方ぶりに一般人くらいの力しかないんだよ? このまま組み敷いちゃって愛を確かめなおすってのも私的にはアリかなーって、きゃうん!?」

「馬鹿なことを言うな」

 

 手をわきわきとさせながら急にヘンなことを言い出した主神の下からするりと抜け出し、改めて只人として地面に立ったクレス。

 ――嗚呼、その身体のなんと言うことを聞かぬことか。

 ただ呼吸するだけで、肺が鉛のように重い。

 腕や足は骨に棒を差し込まれたかの如く固く、視界も光が幾分か遮られたかのように暗く見える。

 これが冒険者としての力を失った代償か――このような状態で『■■の■■』として戦っていたかつての自分が嘘であるかのように思えるほど、クレスは己の身体が己のものではないかのような感覚に襲われていた。

 昇華(レベルアップ)の際に伴う全能感とは真逆の、倦怠感。

 「これは慣れるまでに時間がかかりそうだ」――そう思いながら、クレスはカオスから離れるようにして別のソファーへと改めて腰掛けた。

 

「暫くはこの身体との付き合い方を覚えるまで療養(リハビリ)だな。解呪の儀式を始めるのはそれから、か」

 

 現状のクレスの力量は軽く見積もって、レベル5から6(・・・・)程度。

 物理法則すら突き破れない肉体の脆弱さを改めて噛みしめながら、彼はこれからの行動指針について、眷属に距離を取られて項垂れる己が主神に打ち明けた。

 

「さてカオス。御身のことだ、既に分かっていると思うが俺はこれから暫く地上で動く。サラの呪血を解くにあたっては、どうあっても日の光による『禊』が欠かせないからな」

「!! ――それじゃあ!」

「ああ。解呪の儀式を完遂させるためには、どうしても時間がかかる。その間に持て余す時間も出るだろう。その余暇は全て御身の意のままに使おう」

 

 そのクレスの宣言は、ずーんと遥か地の底へと向けられていたカオスの機嫌を180度転換させるに足るものだった。

 すぐさまぴょこん! とソファーの上で跳び上がった彼女は声を弾ませながら彼に向けて顔をほころばせた。

 

「やったぁ! うふふっ、それは嬉しいねェ! ……いや、本来喜ぶべきことじゃないのは重々承知の上だけど、それにしても眷属の久々の長期休暇ともなれば主神にとってはこの上ない喜びだよ!」

「構わん。たまにはこんな主神(おや)孝行も良いだろう。最も、そこまで多くの予定を設けられるわけではないが」

「ふっふーん、なァに構わないとも! その分一分一秒君の側にいる時間を噛み締めるだけだからね! さーてどうしようか、こういうこともあろうかと色々計画を練ってはいたんだけれど……そうだ! 知ってるかいクレス君、最近(数年前)からガネーシャ君の所で『怪物祭(モンスターフィリア)』なんて催し物を始めてね、そこが絶好のお出かけ(デート)機会(チャンス)と有名なんだ! 運よく直近のチケットもあるし、まずはそこへ一緒に行こうよ!」

「『怪物祭(モンスターフィリア)』? ……ああ、前に聞いたことがあったな。モンスターを使って行う調教興行(テイム・ショー)か。良いだろう、俺も調教(テイム)はあまりしたことがない。興味がある。後学のためにも是非観覧させてもらおう」

 

 なお、ここでいうクレスの調教(テイム)とは、竜騎士(ドラグナー)の如くモンスターを相棒として颯爽と駆る英雄譚のようなものでは断じてない。

 『ゴールデン・ワイアーム』の宝胃袋(ストレージ・オーガン)を無理矢理抉じ開けて金属精錬の道具にしたり、一つでも首が残っていれば他の首を無限再生させる『エイトヘッド・スネーク』に魔石を延々と食わせてその顔に宿る魔眼石を一度に大量に採取したりするような、彼らによる被害者でさえドン引きするような血生臭い『利活用』である。

 

 その眷属の行いを少なからず知るところのカオスは、苦笑いでクレスの真剣そのものと言った顔を見ていた。

 

「そーいうんじゃないんだけどなー……」

「分かっている、もちろん御身を楽しませることが主目的(メイン)だとも」

「あー、うん、まあ……よーし、ならまあいっか!」

 

 だが結局、自身の楽しみが一番とばかりに彼女はクレスの勘違いを訂正することを止めた。

 よっぽど人道にもとる行いに手を染めているのでもなければ、彼女はその他の神々と同じく眷属の行動を全肯定する女神(色ボケ)であった。

 

「では当日を楽しみにしていてくれ。俺は暫し外へ出て、ロイマンに今回のことを話してくる」

「良いよー? と、そうだ。ちなみに食材の買い足しはいらないよ? ちょうど彼らが次の一週間分を買い込んできてくれ――あ、戻ってきたみたいだね」

 

 そこへ、ガタゴトと玄関から荷を運び入れる音が響く。

 本来であればクレスとカオスしか――ウラノスは言わずもがな、ロイマンは権限があるとはいえ好き好んで足を運ぼうとしない――踏み入ることのない『時空の狭間(アラモス)』。

 彼らの前に姿を現したのは、見覚えのある二人の男女だった。

 

「――む。戻ってきていたのか? 随分と早いな」

「おぅ、おかえりクレスの旦那。なにかあったのか?」

 

 姿と気配を絶つ『透明外套(イグノタス・マント)』を脱いだ彼らの正体は、一方が黒き装束(ドレス)に身を包んだ女であり、一方が同じく漆黒の大兜と鎧に身を包んだ大男であった。

 その正体こそはアルフィアとザルド。

 前者は自ら堕ちようとしていた所をクレスによって導かれ、後者は何の因果かサラに目をつけられて死にかけていた所を救われた、前時代の遺物にして残響である。

 

 クレスたちによって命を繋がれ、また捨て去っていた理想(英雄願望)を取り戻した彼らは、個人的な事情によって少しばかり辺境に離れていた後、このオラリオへと戻ってきて再び冒険者家業に身を賭していた。

 とは言え、闇時代の象徴として一度君臨してしまった彼らの存在は依然として公に晒せるものではない。

 表向きには凡百の一つに過ぎないカオス・ファミリアに一時の眷属として仮契約している二人は、実はこっそりとここに設けられている迷宮(ダンジョン)第77階層直結の転移用魔道具(マジックアイテム)(クレスの転移魔法を魔道具に落とし込んだもの、推計二兆ヴァリス)を利用して迷宮(ダンジョン)に出入りしているのだった。

 

「色々あってな。暫く地上(ここ)に居ることになった」

「そりゃ珍しいこともあるもんだな。……ところで、今回はあの女はいないのか?」

「サラのことなら、今回は迷宮(ダンジョン)に残っているぞ。一応誘ったが、なんでも「面白い食材を発見したのじゃ」と言って聞く耳持たずでな」

 

 普段はむしろ彼女の方から「地上に行きたい」と言ってやまないサラがクレスの誘いを蹴ってまで迷宮(ダンジョン)に残る理由――それはむろん、『食』の探求のために他ならない。

 厨房にて鍋の中身に真剣に目を凝らしたまま、まったく彼に視線を寄こさなかったサラの語りがクレスの脳裏に鮮明に思い起こされる。

 

「『ダークブリンガー』。お前たちの知る所で言うと……ウォーシャドウの上位種だな」

「ウォーシャドウ? 食えるのか、あいつが? いや確かに『食べる』だけなら出来なくもないが……?」

 

 ザルドはかつて食べたことのあるその味を思い返し、顔を大きく顰める。

 ウォーシャドウの落とす『爪』は剣の代理にもなり得るように、鋭利で金属的な質感を持つ。

 決して食べられない代物ではないが、それはその辺りに落ちている土を強引に水で流し込むことに等しい。あくまでも臓腑に流し込めるだけで、特別なスキルでもなければ消化されることなく排泄されるだけの代物だ。

 そんなものを食材と呼ぶことは到底受け入れがたいとばかりに渋い顔をする彼に、クレスはもう少し詳しく説明してやることにした。

 

「らしいぞ。なんでも食べると「虚無っぽい味がするのじゃ!」とか。俺も実際に喰ったわけじゃないから、具体的な味を教えることは出来んが」

「イヤ、虚無っぽい味ってなんだよ」

「俺に聞くな」

「そうか……」

 

 複雑そうな声で、ザルドは思わず身体を震わせた。

 それもそのはず。

 同じ美食を好む同好の士ではあるものの、彼はサラに大して若干の苦手意識(トラウマ)を抱いているからだ。

 なにせ陸の魔獣(ベヒーモス)の毒に侵されて生死の境界を彷徨うばかりだった彼に、サラは「毒を食らわば皿までじゃ」とばかりにその身体がベヒーモスの毒への抗体を獲得するまで延々とかの魔物の血肉で作られた料理を与え続けたのだから。

 

 ベヒーモスのステーキ。ベヒーモスのハンバーグ。ベヒーモスの生姜焼き。ベヒーモスの南蛮揚げ。ベヒーモスの刺身。ベヒーモスのカツレツ。ベヒーモスの肉饅頭。ベヒーモスのレバーペースト。ベヒーモスのブラッディソーセージ。ベヒーモスのハギス。ベヒーモスの血割り酒。ベヒーモスの毒腺シチュー等々……。

 確かに味はうまい。どれも丁寧に下拵えされたものばかりであって、彼の舌を満足させるに足る皿であったのだが……やたら舌はピリピリするし頻繁に腹を下していた。

 挙句の果てにはそんなベヒーモスで満たされた満漢全席さえ完食させられた彼の記憶は、いくら食事をこよなく愛しているとはいえ早々抜け切るものでなかった。

 

 「今度もまさか、同じ劇物にはならないよな?」――そう遠くはないであろう未来に戦々恐々とするザルドをさておいて、アルフィアが閉じてばかりの瞳を薄く開いてクレスの現状(・・)を見て取る。

 

「そんなことはどうでも良い。それよりも、その情けない身体はどういう事情があってのことか?」

 

 鋭く詰問するかのような視線に、特に隠しているつもりもないクレスは素直に己が事情を吐露した。

 

「ああ、今の俺は一時的に恩恵を封じている。高く見積もって、精々レベル6程度が限度だ」

「はァ? 恩恵を封じてる? なんでわざわざ……しかもそれでレベル6ってどういうことモブッ!?!?!?」

「黙れザルド。そこまでしなければならない理由があった、ただそれだけのことだろう。それに……その昔、恩恵もなしに戦った英雄たちは『神の恩恵(ファルナ)』がなくとも今で言うところのレベル5、6はあったそうだ。ならばこの御方がそうであってもなんら可笑しくはなかろう」

「お、おう。そりゃそうだが、だからって一々殴んなよ……」

 

 恨めし気なザルドの訴えを黙殺し、アルフィアはクレスに鋭い目を向けた。

 彼らの関係性は変わらず、女王とその召使いのようなものであるらしい。

 

「それで? なにがあったかは知らないが、戻れるのだろう?」

「もちろんだ。ただ、その為には幾分か厄介な手順を踏む必要があってな。そのために地上に居ることが必要、という訳だ」

「そうか……なにか私たちに助力できることがあれば遠慮なく頼れ。この身体は御身によって救われた、迂遠ではあるがそこの木偶男もそうだ。返し切れないだけのこの恩を少しでも返せるのならば、惜しむことなどなにもない」

「おうともさ。俺だって旦那には恩を感じてる。なにせ俺が喰ったベヒーモスの肉はほとんどアンタが取ってきてくれたって話だからな。ただ救われただけじゃなくて、今もこうして武装に拠点と、色々提供してもらってる。返せるもんはキッチリ返さなきゃ、元ゼウス・ファミリアの名が廃るってモンだぜ」

 

 そう協力を申し出てきた彼らに、クレスは「ならば」と遠慮なく頷く。

 なにせこれから解呪の『儀式』を執り行うにあたり、少々の人手が必要だったからだ。

 その中でも特に、元大派閥である二人の人脈は大いに活用できるだろうとクレスは踏んでいた。

 

「そうだな。欲しいものは色々とある……だが、その中でも最も欲しいのは『情報』だ」

「情報?」

 

 二人と一柱が傾注する中、彼は今回の『要』となる最大にして最難の要素について厳かに告げた。

 

「そう、『精霊』の目撃情報だ。神々が盟約によって天上の力(アルカナム)を十全に振るえないこの下界において、それに次ぐ力を持つ奴らの力こそが今の俺には必要だ」

 

 




《Tips》
・『鬼化霊薬(ドラクライジア)
 サラの血を素材として用いた、吸血鬼(ドラキュラ)化の禁薬。
 現在レベル19ほどに達する彼女の血を用いたこの薬を服用した場合、レベル10以下であれば呪詛に耐え切れず身体が爆散し、レベル19未満であれば彼女の眷属となり、レベル20以上であれば逆に彼女を支配するに足る真祖の吸血鬼(マガ・ノスフェラトゥ)に転じることが出来る。
 言うまでもなく、歴代のギルド長によって地上への流通は禁じられている。
 バイオハザードを引き起こす劇薬だし、是非もないネ。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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