ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている 作:七海香波
まあ過労死ラインをここ暫く踏み越え続けてるから、物理的にぽっくりイッても仕方なかったし許してちょ(全裸土下座)。
なお今回のお話は八割方出オチです。これも許してネ。
巨塔バベルの地下深く。ウラノスの坐する『祈祷の間』同様、
身長差によって彼の胸元から顔を出す形になったカオスへと、クレスはいつものように声をかける。
だが、平常と変わらないクレスの態度と比べて、彼女の様子は普段と幾分か違っていて――?
「ただいま戻った、カオス。急な帰りですまない」
「おかえり、クレス君。それにしても――ふふっ、おかしなことを言うね? 「急な帰りですまない」だなんて、いやいや全然構わないに決まっているじゃあないか! というより寧ろ全然ウェルカムさ? だって愛しの君が帰ってくるんだよ! なら主神の私はいつだって全力全開で大歓迎に決まってるじゃあないか! まったく君ってやつは私たち神の『
――例えば下界の子供たちは「海より深く山より高い」なんてよく言うけれど、
イヤ、むしろ下界の君たちが思うところの
なにせ
分かり切った神生ってのはそれ即ち終わり切った神生に等しい。だからこそ私たちは『未知』を、同じ『
確かに私は地上に降りてからこれまで他の女神たちのように――国一ツや大陸一ツ、あと星一ツなんてのもいたっけ? まあいいや――ナニカを滅ぼしてまで君を手元に置いておこうなんて馬鹿げたことをしでかしたことはないけれどね。だって、本当にいい
だけどさクレス君? だからと言って私の『愛』がそんな節操のない女神たちと比べて劣っているだなんて思われているんだとしたらそれは心外だよ? 表に出さない分だけ、私は愛情をこの胸の内にたっぷり溜め込んでいるのサ。ほら
「長い。いったいどうした? 三行で纏めてくれ」
「急に感じてた君の『
「そうか、悪かった」
ギュゥウウウっ、といっそう強く抱き付き始めた主神の身体を支えながら、軽く謝罪の言葉を述べたクレスは
そこで離れて対面へ座るように促すも、ちょっと
「ウラノスの依頼もあって
「そうかい、
「ああ。全ては俺の気が緩み過ぎていたが故の過ちだ。しかし、こうして
くっついたままのカオスは、クレスの胸にそっと恋人のように耳を添わせる。
普段ならばそこから感じられる、活火山のように激しい心臓の脈動はない。
まるで伽藍洞のように静かになってしまった眷属の
――しかし、その奥には未だ確かに、燻る灰の如き
「俺自身の咎だ、今回のことは甘んじて受け入れよう。だが何度も同じ過ちを許せるほど暇ではない。次こそは必ずや、油断も隙もなく奴をこちらの意中に嵌めて討ち果たす」
そう語るクレスの顔に宿るのは、ただ偏に自らへの叱咤一色だった。
下界の者たちを侮っているが故の、
「そこをつけば恐れるに足らず」と判断してしまっていた自身の
次こそは、もうこのようなことがないように……一分一秒とて惜しい
涙をクレスの胸元で拭う彼女の頭を撫で擦りつつ、彼がこれまで弑逆し、そして
「心配させたことは謝罪する。次からは最初から俺の持てる全てで以て奴らを迎え撃ち、滅ぼし尽くそう。だから泣き止んでくれ、カオス」
「うん、うん、うん……」
「故に、今必要なのは現状確認だ。俺は今、
「……ふー、分かったよ。うぅん、ちょっと待っててね……」
シャツを脱いで横になったクレスの上に、カオスが「うんしょ」と馬乗りになる。
そこへ己が
「っ、これは……」
「カオス」
絶句。
もう千年も付き合って久しい眷属の見せる『未知』なる光景に主神が戦慄していると、ふと示し合わせるかのようにクレスがその名を呼んだ。
その声に含まれているのは――全福の信頼。
「我が主神ならば一切の嘘偽りなく自身の現状を開示してくれるだろう」という眷属の想いに応えて、彼女は己が瞳が告げるままに、眷属の
「……安心しなよ、クレス君。結論から言うとね、まァ、今の君の状態はそんなに悪いものじゃあない。今の君の中では私の力とサラちゃんの力が相克している……打ち消しあってる、と言うべきかな。君という強靭な『器』の中で、私と彼女が
「なるほど」
自身の与えた恩恵を通じて、神眼を以てクレスの魂を観察するカオス。
彼女の視界に映るのは、
互いに暴風の如き猛威を以て相手の力を削ぎ落し、屈服させんとする祝福と呪詛の
なお恐れるべきは、その力の衝突を魂魄に収めながらも苦悶一つ浮かべないクレスの胆力か。
一つ誤れば内側から崩壊・爆発四散しそうなエネルギーの衝突を、本能的に御しながら『器』として機能している。
そんな自身の眷属の強靭さに、カオスは安堵半分呆れ半分の表情になる。
だが、こんな不安定な代物を「今は大丈夫だし、なにより面白そうだから」などと放っておけるほど彼女は神として真面目ではなかった。
カオスはすぐさま顔を引き締めて、自身の決定づけた神託を告げた。
「だけど、このままと言う訳にもいかない。……良いかい、クレス君。極めて残念だけど、今から君の恩恵を封じるよ。君の
「そうか、了承した。
カオスの授けた無慈悲な決定に、されどクレスは一切の異を唱えることなく頷いた。
これでまた
だが、その非が全てに自分にあることを彼は既に受け入れている。
それに、自分よりも恩恵の取扱いに詳しい神の言葉なのだ。
素直に受け入れるより
代わりにと己が不甲斐なさに恥じ入らんと拳を秘かに握りしめるクレス、その眷属の心中を見通しながらも、カオスは
――蝶が繭へと戻るかのように、クレスの背中から恩恵の光が鎖されていく。
そこへ刻まれた膨大な歴史の力の潮流が、ベクトルを変えられて
念入りに十分ほどの時間をかけて、カオスは見事その目的を果たしたのだった。
地上に降りた最古の女神の一柱として、如何なる神々よりも
百重千重の神意で以て形作られたそれは、確かに眷属の魂を蝕む
「……ふむ。退いてくれカオス。今の身体の調子を確かめたい」
「えー、どうしようかな? だって今の君は久方ぶりに一般人くらいの力しかないんだよ? このまま組み敷いちゃって愛を確かめなおすってのも私的にはアリかなーって、きゃうん!?」
「馬鹿なことを言うな」
手をわきわきとさせながら急にヘンなことを言い出した主神の下からするりと抜け出し、改めて只人として地面に立ったクレス。
――嗚呼、その身体のなんと言うことを聞かぬことか。
ただ呼吸するだけで、肺が鉛のように重い。
腕や足は骨に棒を差し込まれたかの如く固く、視界も光が幾分か遮られたかのように暗く見える。
これが冒険者としての力を失った代償か――このような状態で『■■の■■』として戦っていたかつての自分が嘘であるかのように思えるほど、クレスは己の身体が己のものではないかのような感覚に襲われていた。
「これは慣れるまでに時間がかかりそうだ」――そう思いながら、クレスはカオスから離れるようにして別のソファーへと改めて腰掛けた。
「暫くはこの身体との付き合い方を覚えるまで
現状のクレスの力量は軽く見積もって、レベル
物理法則すら突き破れない肉体の脆弱さを改めて噛みしめながら、彼はこれからの行動指針について、眷属に距離を取られて項垂れる己が主神に打ち明けた。
「さてカオス。御身のことだ、既に分かっていると思うが俺はこれから暫く地上で動く。サラの呪血を解くにあたっては、どうあっても日の光による『禊』が欠かせないからな」
「!! ――それじゃあ!」
「ああ。解呪の儀式を完遂させるためには、どうしても時間がかかる。その間に持て余す時間も出るだろう。その余暇は全て御身の意のままに使おう」
そのクレスの宣言は、ずーんと遥か地の底へと向けられていたカオスの機嫌を180度転換させるに足るものだった。
すぐさまぴょこん! とソファーの上で跳び上がった彼女は声を弾ませながら彼に向けて顔をほころばせた。
「やったぁ! うふふっ、それは嬉しいねェ! ……いや、本来喜ぶべきことじゃないのは重々承知の上だけど、それにしても眷属の久々の長期休暇ともなれば主神にとってはこの上ない喜びだよ!」
「構わん。たまにはこんな
「ふっふーん、なァに構わないとも! その分一分一秒君の側にいる時間を噛み締めるだけだからね! さーてどうしようか、こういうこともあろうかと色々計画を練ってはいたんだけれど……そうだ! 知ってるかいクレス君、
「『
なお、ここでいうクレスの
『ゴールデン・ワイアーム』の
その眷属の行いを少なからず知るところのカオスは、苦笑いでクレスの真剣そのものと言った顔を見ていた。
「そーいうんじゃないんだけどなー……」
「分かっている、もちろん御身を楽しませることが
「あー、うん、まあ……よーし、ならまあいっか!」
だが結局、自身の楽しみが一番とばかりに彼女はクレスの勘違いを訂正することを止めた。
よっぽど人道にもとる行いに手を染めているのでもなければ、彼女はその他の神々と同じく眷属の行動を全肯定する
「では当日を楽しみにしていてくれ。俺は暫し外へ出て、ロイマンに今回のことを話してくる」
「良いよー? と、そうだ。ちなみに食材の買い足しはいらないよ? ちょうど彼らが次の一週間分を買い込んできてくれ――あ、戻ってきたみたいだね」
そこへ、ガタゴトと玄関から荷を運び入れる音が響く。
本来であればクレスとカオスしか――ウラノスは言わずもがな、ロイマンは権限があるとはいえ好き好んで足を運ぼうとしない――踏み入ることのない『
彼らの前に姿を現したのは、見覚えのある二人の男女だった。
「――む。戻ってきていたのか? 随分と早いな」
「おぅ、おかえりクレスの旦那。なにかあったのか?」
姿と気配を絶つ『
その正体こそはアルフィアとザルド。
前者は自ら堕ちようとしていた所をクレスによって導かれ、後者は何の因果かサラに目をつけられて死にかけていた所を救われた、前時代の遺物にして残響である。
クレスたちによって命を繋がれ、また捨て去っていた
とは言え、闇時代の象徴として一度君臨してしまった彼らの存在は依然として公に晒せるものではない。
表向きには凡百の一つに過ぎないカオス・ファミリアに一時の眷属として仮契約している二人は、実はこっそりとここに設けられている
「色々あってな。暫く
「そりゃ珍しいこともあるもんだな。……ところで、今回はあの女はいないのか?」
「サラのことなら、今回は
普段はむしろ彼女の方から「地上に行きたい」と言ってやまないサラがクレスの誘いを蹴ってまで
厨房にて鍋の中身に真剣に目を凝らしたまま、まったく彼に視線を寄こさなかったサラの語りがクレスの脳裏に鮮明に思い起こされる。
「『ダークブリンガー』。お前たちの知る所で言うと……ウォーシャドウの上位種だな」
「ウォーシャドウ? 食えるのか、あいつが? いや確かに『食べる』だけなら出来なくもないが……?」
ザルドはかつて食べたことのあるその味を思い返し、顔を大きく顰める。
ウォーシャドウの落とす『爪』は剣の代理にもなり得るように、鋭利で金属的な質感を持つ。
決して食べられない代物ではないが、それはその辺りに落ちている土を強引に水で流し込むことに等しい。あくまでも臓腑に流し込めるだけで、特別なスキルでもなければ消化されることなく排泄されるだけの代物だ。
そんなものを食材と呼ぶことは到底受け入れがたいとばかりに渋い顔をする彼に、クレスはもう少し詳しく説明してやることにした。
「らしいぞ。なんでも食べると「虚無っぽい味がするのじゃ!」とか。俺も実際に喰ったわけじゃないから、具体的な味を教えることは出来んが」
「イヤ、虚無っぽい味ってなんだよ」
「俺に聞くな」
「そうか……」
複雑そうな声で、ザルドは思わず身体を震わせた。
それもそのはず。
同じ美食を好む同好の士ではあるものの、彼はサラに大して若干の
なにせ
ベヒーモスのステーキ。ベヒーモスのハンバーグ。ベヒーモスの生姜焼き。ベヒーモスの南蛮揚げ。ベヒーモスの刺身。ベヒーモスのカツレツ。ベヒーモスの肉饅頭。ベヒーモスのレバーペースト。ベヒーモスのブラッディソーセージ。ベヒーモスのハギス。ベヒーモスの血割り酒。ベヒーモスの毒腺シチュー等々……。
確かに味はうまい。どれも丁寧に下拵えされたものばかりであって、彼の舌を満足させるに足る皿であったのだが……やたら舌はピリピリするし頻繁に腹を下していた。
挙句の果てにはそんなベヒーモスで満たされた満漢全席さえ完食させられた彼の記憶は、いくら食事をこよなく愛しているとはいえ早々抜け切るものでなかった。
「今度もまさか、同じ劇物にはならないよな?」――そう遠くはないであろう未来に戦々恐々とするザルドをさておいて、アルフィアが閉じてばかりの瞳を薄く開いてクレスの
「そんなことはどうでも良い。それよりも、その情けない身体はどういう事情があってのことか?」
鋭く詰問するかのような視線に、特に隠しているつもりもないクレスは素直に己が事情を吐露した。
「ああ、今の俺は一時的に恩恵を封じている。高く見積もって、精々レベル6程度が限度だ」
「はァ? 恩恵を封じてる? なんでわざわざ……しかもそれでレベル6ってどういうことモブッ!?!?!?」
「黙れザルド。そこまでしなければならない理由があった、ただそれだけのことだろう。それに……その昔、恩恵もなしに戦った英雄たちは『
「お、おう。そりゃそうだが、だからって一々殴んなよ……」
恨めし気なザルドの訴えを黙殺し、アルフィアはクレスに鋭い目を向けた。
彼らの関係性は変わらず、女王とその召使いのようなものであるらしい。
「それで? なにがあったかは知らないが、戻れるのだろう?」
「もちろんだ。ただ、その為には幾分か厄介な手順を踏む必要があってな。そのために地上に居ることが必要、という訳だ」
「そうか……なにか私たちに助力できることがあれば遠慮なく頼れ。この身体は御身によって救われた、迂遠ではあるがそこの木偶男もそうだ。返し切れないだけのこの恩を少しでも返せるのならば、惜しむことなどなにもない」
「おうともさ。俺だって旦那には恩を感じてる。なにせ俺が喰ったベヒーモスの肉はほとんどアンタが取ってきてくれたって話だからな。ただ救われただけじゃなくて、今もこうして武装に拠点と、色々提供してもらってる。返せるもんはキッチリ返さなきゃ、元ゼウス・ファミリアの名が廃るってモンだぜ」
そう協力を申し出てきた彼らに、クレスは「ならば」と遠慮なく頷く。
なにせこれから解呪の『儀式』を執り行うにあたり、少々の人手が必要だったからだ。
その中でも特に、元大派閥である二人の人脈は大いに活用できるだろうとクレスは踏んでいた。
「そうだな。欲しいものは色々とある……だが、その中でも最も欲しいのは『情報』だ」
「情報?」
二人と一柱が傾注する中、彼は今回の『要』となる最大にして最難の要素について厳かに告げた。
「そう、『精霊』の目撃情報だ。神々が盟約によって
《Tips》
・『
サラの血を素材として用いた、
現在レベル19ほどに達する彼女の血を用いたこの薬を服用した場合、レベル10以下であれば呪詛に耐え切れず身体が爆散し、レベル19未満であれば彼女の眷属となり、レベル20以上であれば逆に彼女を支配するに足る
言うまでもなく、歴代のギルド長によって地上への流通は禁じられている。
バイオハザードを引き起こす劇薬だし、是非もないネ。
今後の展開どうするべ?(参考程度に)
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①本編にちまちま関わる
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②これまで通り『深々層』攻略
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③ファミリアクロニクル:クレス
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④カオス・レコード
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⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』