ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 またまたお待たせしました作者です。
 疲れて頭が回らないので、座った椅子ごとくるくる回ることで無理矢理書き上げてきました。私ってば天才に違いない。
 おかげで気持ち悪いことこの上ないですが、考えていた(自主規制)をちゃんと吐き出せたのでこれで良かったんだと思います。
 皆さんも是非、やってみてください。


Walk in the moonlight

 

 夜。

 天には無数の星々が、そして地上にはそれ以上に華やかな酒場の明かりが灯る時分。

 慣れた様子で『豊穣の女主人』の前に顔を合わせたクレスとカオスは、足並みを揃えて賑やかな声の響く店の中へと足を踏み入れた。

 

「――いやァ、待たせてしまってすまないね。君もさぞお腹が減ったことだろう?」

「そうだな。今日はいつも通り師らに顔を見せた後に生活雑貨関連のところを多く回ってきた。久々に違う道を歩けば、軽い『冒険』をした気分だったよ」

「あっはっは! そりゃあ攻略お疲れさまというやつだね! じゃ、その苦労をここでしっかり労うとしようか。と、そこに居るのはリューちゃんじゃないか。案内を頼むよ、一柱と一人(ふたり)ね」

「はい。本日もご来店ありがとうございます、カオス様。本日は予約がありましてテーブル席が使えません。そのためカウンターでの相席となってしまいますが、よろしいでしょうか?」

「なーに、構わないよ。どこで食べたってミアちゃんの料理は美味だからね! クレス君も、それで良いだろう?」

「俺は何処でも構わない」

「分かりました。それではご案内いたしますので、こちらへどうぞ」

 

 彼にとって記憶に薄い(どこかで見た)エルフの店員によって、クレスは主神と共にカウンターの一角に案内された。

 そこには先んじて白髪の少年が座っており、側で彼と話していた鈍色の髪のウエイトレスが「そこを退いて下さい、シル。お客さまです」「はーい」と弾むような足取りで去っていく。

 風貌としては駆け出しの冒険者に見える軽装の彼を挟む形で二人は座り、カオスが代表して謝罪を述べた。

 

「隣、失礼するよ少年? すまないね、せっかくのお食事を邪魔してしまって」

「いっ、いえ別に僕は……って、クレスさん!?」

 

 自身の隣に座ったうち片方――クレスを見た少年は、その顔に驚愕を露にする。

 「知り合いかい?」と目線で問うカオスに、彼は紹介も兼ねて少年――ベルに語りかけた。

 

「久しいなベル。……しかし、そうか。もうオラリオに来たのか。思っていたよりも随分と早い」

「えっ、君たち知り合いなのかい? というかクレス君、君に私の知らない知り合いがいるなんて初耳だよ!?」

「知らないのだから初耳なのは当たり前だろう、変な言葉を使うな。そこまでして驚くことか……」

 

 ……自己反省(それもそうか)

 一瞬のうちに自身のこれまでの振る舞いを振り返ったクレスだが、悲しいかな。

 大げさに驚いているカオスの反応にこそ正当性があることを、彼はまったく否定できないのであった。

 なにせ迷宮(ダンジョン)攻略に必要ないものにはほぼ関わらない生活を送ってきたクレス。人との交流も勿論最低限に断っており、よほど自身に利のある事態で無ければ、手を出すことなどなかったのだから。

 

 それでも「まあ良いか(反省の色なし)」と、クレスは仏頂面のままベルとの関係をカオスに説明してやることにした。

 

色ボケ爺(ゼウス)の所でな。冒険者志望と聞いて、こいつのおじ(ザルド)おば(アルフィア)と相談されて一緒に少しばかり(・・・・・)手ほどきをした。……そう言えばあの爺はどうした。お前がこんな女店員ばかりの店に来ると知れば、一人で行かせるような性分(タマ)ではあるまい」

 

 その時クレスの頭の中では、「ベルだけにカワイコちゃん達の相手などさせちゃおれんわい! 儂も行くぞうおおおぉぉぉっ!!!」と全力疾走しようとする老神(ゼウス)の姿がありありと映し出されていた。

 なお、そのオチは「ハ?」と凄絶な笑みを浮かべた(ヘラ)に首根っこを掴まれて寝室へ引きずられていく哀れなものであるとする。

 

 しかし、そんなクレスの想像の中で行われる下らない喜劇とは裏腹に、ベルはパスタを巻いていたフォークを置いて悲しそうに顔を伏せた。

 

「お爺ちゃんは少し前に、亡くなりました。その、村でモンスターに襲われて……」

「なに、死んだ? それほど強力なモンスターが出たのか?」

「はい。コボルドとそれに追われるゴブリンの群れが出没したらしくて……とはいっても、僕はその時山菜取りに出かけてて、後で事後処理に追われる村の人たちから口伝てに聞いただけなんですけど……僕自身は、せっかく教えてもらったのに何も出来なくて……」

 

 ……あの時、少なからず上級冒険者の薫陶を受けた自身がいれば、祖父も助けられたのではないか。

 そう当時のことを振り返って、ベルは悔し気に拳を握り込む。

 健気な孫の様子をよそに、クレスとカオスは彼を挟んだまま目を合わせた。

 互いの瞳の中に浮かぶのは共通して、『疑義』。

 率直に今の話の真偽を疑った彼らは、目線で意見を交換する。

 

「(あの老神がそこらのモンスターに襲われたくらいで大人しくくたばる(・・・・)? 俺にはそうは思えんが)」

「(同意だね。死んだように見せかけて姿をくらました、と考える方が自然さ。理由は分からないけれど……まあ、あの子(ゼウス)には色々と心当たりがありそうだし。それこそヘラに居場所がバレた、とか……ああ、適当に言っていてなんだけどこれが一番可能性が高そうだ。悪運だけは昔から強いからね、きっと悪童なりの直感かなにか働いて「ヤバ! 八時方向に(ヘラ)の接近を感知! 三十六計逃げるにしかずじゃわい!」とか思ったのかもしれない)」

「(やはりな。俺もそう思う)」

 

 ――恐るべきは、神ヶ峰(オリュンポス)どころか天界でも随一の信頼のなさか。

 一切合切ゼウスが死したという話を信じないカオスの目に頷いて同意を示したクレスは、顔を伏せたままのベルにその時の周囲の様子を確認した。

 

「ベル。その時現場にこそいなかったとはいえ、そう遠くに離れてはいなかっただろう。祖父が死んだ頃、村の方向に巨大な光の柱が立ったのは確認したのか?」

「光の柱、ですか? ……いえ、そんな不思議なものは見ていませんよ。でも、それがどうかしたんですか?」

「見ていないならそれで良い。変なことを聞いたな、忘れろ」

「(神の送還は発生していない、と。……おやおや、これはどうやら確定のようだね?)」

「(だが、敢えて真実を伝える必要もない。ここはあの好々爺の思惑通りに黙っておいてやるか)」

 

 いずれにせよ、ゼウスの神意は不明なまま。

 実はクレスたちが想像したところとは360度真逆の、いたって真面目な理由を以て姿を隠した可能性も……千に一つ、いや万に一つはあるかもしれない。

 ならばここでかの老神の生存をベルに明かすことで、後々の災いが彼らの方向に転がり込んでくるかもしれない。

 加えて、主神級の企みと言えば大概碌なものではなく、そして果てしなく面倒臭い事態へと発展していく確率が高い危険物であることを彼らはよく知っていた。

 そんな理由でクレスとカオスは一致団結して、これ以上この件に踏み込まないことを暗黙の裡に決めたのだった。

 

 不都合な予感のする話題を切り変えるべく、クレスはベルの今について語る方向へ舵を切る。

 

「ところで、冒険者にはもう成ったのだろう。ここは日銭稼ぎ(アルバイト)で来られる値段の店じゃないからな。何処のファミリアに入った?」

「あ、それはヘスティア様って女神様のところです」

「……聞かない名だな。知っているか、カオス?」

 

 聞き覚えのない女神の名にクレスが首を傾げていると、代わりとばかりにカオスが相槌を打った。

 

「無論知っているとも! なにせ同郷だからね。しかし、降りてきていたとは知らなかったな。私だって毎回出席してるわけじゃないが、神会(デナトゥス)でも見た覚えはないし……だけど、あの娘(ヘスティア)を選ぶとは中々に優れた目をしているねェ君。ちょっとぐーたらな所もあるけれど、根は善神だ。きっと良く君の力になってくれるだろう」

「はい! ヘスティア様には色々お世話になっていて……! バイト先で売れ残ったジャガ丸君も持ってきてくれるんですよ! 今はまだ僕しか眷属がいませんけど、いつかきっと、立派なファミリアを作って恩返ししたいです!」

 

 祖父のことでしょげていたのが、打って変わってニコニコと笑いながら話すベル。

 どうやら主神とは良い関係を築けているようで、これなら今後の活躍も見込めることだろうとクレスは小さく頬を緩めた。

 聞いたところヘスティア・ファミリアは出来立てほやほやのようだが、クレスらの時代と違い、今はギルドに相談すれば最低限の指導を受けることもできる。

 旧時代の先人たち(【暴喰】【静寂】【禁忌】)による贅沢な指導もあって生半可なことでは死なないようになっているベルならば、初動にこそ時間がかかれども、すぐにオラリオに名を馳せるようになるに違いない。

 

 一方のカオスも、眷属としてあるべき理想的な献身を語るベルに対して満足そうに微笑むのだった。

 

「うむうむ、その調子で精進したまえ。あと、たまにだらけているようなことがあったらケツの一つでもひっぱたいてやると良い。曽々祖母たる私が直に許そう」

「そそそ、そんな恐れ多いことは出来ませんよ……!」

「はっはっは、本当に初々しいなー少年! ま、それでこそ処女神たるあの()とウマが合ったのかもだね」

「神との距離感は最初は戸惑うものだが、そのうち慣れる。お前が思っているほど高潔でもなく、むしろ下界の人間より俗物的な連中がほとんどだ。ファミリアによっては眷属が変態行為(セクハラ)を行った神を躊躇なく殴るところもある。その辺りをよく見極めるのが神と付き合うコツだ」

「そうだね、うんうん。クレス君の言う通りだとも。君もそんなに肩肘張らなくったって良いのさ。もっとどーんと気楽に構えてくれた方が、私たちとしてもありがたいよ。……ところで、もしかして前半部分のことって暗に私のことでも皮肉っちゃってたりするのかな?」

「そのつもりはなかった。だが、もしや心当たりでもあったか? 俺には思い当たるような貴神の欠点はないのだが、傷つけたようなら謝罪する」

「うわーん! クレス君が真心100%な言葉の刃を突き刺してくるぅー! よよよ……ベル君、君はこんな悪い大人になっちゃダメだよ? お姉さんとの約束だからね」

「あ、あはは……」

 

 そんな茶番劇を交えた団欒を繰り広げながら、料理を注文したりしていると、途中で団体客がどかどかと雪崩れ込むように店の中に入ってくる。

 

「ロキ・ファミリアの皆様ご来店ニャー!」

「「「いらっしゃいませー!」」」

「……おや、ロキのところの。予約席は彼らのだったのかい」

「中々の疲労が見える、恐らく遠征帰りだな」

 

 自然とそちらへ目を向けたクレスは、団体の中に今日擦れ違った少女たちが紛れ込んでいるのを目敏く見つけた。彼と同じで迷宮から帰ってきたばかりだったからこそ、同じ場所に訪れるのも必然だったか。

 ふと側を見れば、ベルがその中の一人に熱烈な視線を注いでいた。

 

「……ふむ。あの金髪の娘が気になっているのか?」

「!!! クレスさん!?」

「意外だな。お前は祖父に似てエルフスキーだと思っていたが」

「ち、違いますって!」

 

 慌てて首を振るベルだが、その酒を呑んでもいないのに赤く染まった頬はクレスの問いに「正解」と告げているも同然だった。

 どこまでも純朴風味な少年(おつまみ)、そこへ隣に女神(おんな)が座っているとくれば、次の話題はもう決まったようなもの。

 

「【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。ロキ・ファミリアのレベル5、あの若さにして既にオラリオ内外に認められた立派な上級冒険者だよ。神々の間でもよく噂になる成長株の一人さ、最短レベルアップの記録保持者(レコードホルダー)でもある」

「そう言えば、一時期ロイマンが騒いでいたな……あの年齢でそれだけ行ければ、まあ最低限の見所はあると言える。ちゃんと名前を覚えておいて損はないか」

「恐らくね。……しかし、踏み越えるべき壁は高いかもしれないね、少年。なにせ他のファミリアとの恋愛沙汰は通常ご法度だ。禁じられた恋物語(ロマンス)は誰だって大好物だが、それは現実のハードルが高いという事実に裏付けられてこそだからね」

「……アハハ、やっぱりそうですかね?」

「む……お前がそう思っているうちはそうなるだろうな、ベル」

 

 カオスの溢した残酷な事実に諦観したようなベルに、クレスはあえて肯定も否定もしないような口振りでそっけなく答えた。

 

 なにせ良くも悪くも、オラリオは実力主義がまかり通る場所だ。

 そしてベルは気弱そうに見えて、やる時はやる人間だとクレスは知っている。

 その意志についていけるだけの肉体の素養もまた、十分に仕込まれている。

 彼がその気になればレベル5くらい、一年も経たずになれるだろうとクレスは師匠として色眼鏡なしに考えていた。

 

 だが、その心にくべる『熱』は他者に与えらえた言葉によって成るものではない。

 ベル自身の『想い』は、ベル自身で見つけ出さなければならないものだから。

 

 完全に心が折れて間違った道に走り出すのでもなければ、クレスは極力弟子の思うがままにやらせる方針だった――それが彼が数々の師に与えられた試練でもあった、ということもあって。

 安い情けの言葉を与えることなく、彼は黙りこくってしまったベルのことを静かに見守るのだった。

 

 それから暫し、無言の食事が続いて。

 ロキ・ファミリア側の宴が佳境に入った所で、怒鳴り散らすような狼人(ウェアウルフ)の大声が一つ、酒場内の空気を引き裂くように響いてきた。

 

「――そうだ、アイズ! お前の話を聞かせてやれよ! 帰る途中で逃げてったミノタウロス、その、お前が5階層で始末した奴の時の話をよ! あのトマト野郎――!」

「……ふむ?」

「なんだい、うるさいねェ。せっかく食事を楽しんでいた所なのに」

 

 聞こえるのは、ロキ・ファミリアの遠征帰りでの出来事。

 偶然接敵したミノタウロスの集団が大所帯の彼らを相手にして敵対ではなく逃走を目論み、挙句層を超えてまで散っていったために、最後の最後でその処理に追われたのだと言う。

 

 しかし、群ではなく個を優先し、強敵を相手にすれば闘牛のように襲い掛かる気質の強いミノタウロス。

 それが徒党を組むだけでなく、更には強敵を前に昂り襲い掛かるのでなく一目散に逃げるなど――。

 

「……ミノタウロスの生態としては珍しい。統率する個体でもいたのか?」

「【血塗れのトロール】みたいな強化個体かな?」

「魔石を食らって強化されるのは筋力や魔力と言った表面的なステイタスだけでなく、知力等の内面的なものもそうだ。だが、それを踏まえても今回の事例は珍しい。【学区】の迷宮生態学(ダンジョン・イコロジー)のサンプルにもなるだろう、後で連中の報告(レポート)をロイマンに写させるか」

 

 上層で起こり得る事例は、当然『深々層』でも起こり得る。

 そのモンスターが本来持ち得ないような特性を獲得する――『未知』の多い深々層で度々外見に騙されて痛い目を見るクレスにとって、実際に起きた事例を頭に叩き込んでおくに越したことはない。

 

 学問的視点から話を聞くクレスとそれに相槌を打つカオス。

 間に挟まれたベルもまた、後学のためにとその内容を聞いているのかと思えば――どうやら、それどころではないようだった。

 

「……ベル?」

「……」

 

 クレスが声をかけるも、ベルは反応を見せず固まっている。

 否。食事の手すら止めて、先ほど祖父の話をしていた時と同じように、顔色を暗くしている。

 

「――お前がせっかく助けてやったってのに、くっせぇ牛の返り血を全身に浴びちまってよー? 奇声を上げながら情けねぇ逃げ足で逃げてっちまったんだぜ! 真っ赤っ赤なトマト色になって――」 

「……っ!」

 

 その時、フォークを握るベルの手がカタカタと小さく震えた。

 クレスとカオスは咄嗟に顔を見合わせ、互いに悟った。

 

 ――あの話題の中に出てきている『情けないトマト野郎』とは、どうやらベルのことを指しているらしいと。

 

「(……ちょっと、私が黙らせてこようか? ロキには天界の頃の貸しもあるし)」

 

 愛する眷属(クレス)の知り合い、そして同郷の女神ヘスティアの子が馬鹿にされていると知って黙っていられる女神ではないカオス。

 立ち上がりかけた彼女、しかしその腕をクレスが静かに掴んで引き留めた。

 

「(待て)」

「(何故だい? 君だってこういうのは好かないだろう? 私たちの食事だって不味くなる、いい迷惑なんだよ?)」

 

 不満そうに眉を顰めるカオスを、クレスは沈黙に徹して制止する。

 その傍らで、彼はベルの様子を伺っていた。

 

 今この場で最も怒りと屈辱を感じているであろう、『トマト野郎』のことを。

 

「アハハハっ、そりゃ傑作やぁー!」

「ふ、ふふふ、ごめんなさい……でも、流石に我慢できないわ……!」

「ったく、あんな奴が俺たちと同じ冒険者だなんて虫唾が走るぜ!」

 

 その、自らへ向けられたあまりにも辛辣な評価。

 話し手たちの口の軽さとは裏腹に、受け止める側にとっては何十倍も重くのしかかる嘲笑。

 心を直接鑢がけされるような痛みを、しばらく堪えるように受け止めていたベルは――。

 

「――だよなぁ、アイズ。お前も認めてるんだろ。

 ……雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇってな!」

 

 最後に放たれたその一言を切っ掛けに、食事を完全に中断して『豊穣の女主人』を飛び出していった。

 夜の闇に消えていった少年の背中を遠くに見送り、クレスはようやくカオスの腕を離す。

 その横顔を見て、彼女は遅れて己の眷属の真意を理解したのだった。

 

「そういうことかい……これが狙いだったとはね。いつから君はそんな悪趣味になったんだい?」

「あの年頃の男子(おのこ)なら、同情してやるよりよほど効く。「自分は惚れた女に釣り合わない情けない男だ」などと……下らんあの誤魔化し笑いを吹き飛ばせるのは、他ならぬベル自身だけだ」

 

 同情を与えたところで、それに甘えていつまでもうじうじと引き摺り続けてしまうのが人の常。

 ――それよりも、たとえ虚勢であってもいい。

 悩みを己の意志で振り切ってこそ、行く道を自ずから切り拓いていける。

 その在り方こそが『冒険者』なのだとクレスは身を以て知っている。

 だからこその、目の前で行われた残酷な見世物(ショー)の放置。

 

 そら、暗闇に溶けていった未熟な少年……その背中を見よ。

 惨めに丸くなることなく、むしろ天に向かって吠えるように真っ直ぐに伸びている。

 それは決して、嘲笑を浴びるに相応しい敗残者の姿などではない。

 

 己が目指すべきものを見定めた、新緑の萌芽の如き魂の輝きだ。

 

「そうだ、ベル。己の価値を決められるのは、他ならぬ己だけだ」

 

 月の光に照らされて、今は未だ小さき少年の背中は『迷宮(ダンジョン)』に向かう。

 「迷宮(ダンジョン)にこそ全ての答えがある」――そう教え込んだ師たるクレスは、目論見通りに成った弟子(ベル)の輝かしい門出に頬を吊り上げていた。

 

「次に会う時を楽しみにしておこう。……さて店員、追加の注文を頼む。この一列の端から端までを持ってきてくれ」

「分かりました。……ところで今の彼は、食い逃げですか」

「なに、それくらい俺が追加で払う。あと、あの狼人(ウェアウルフ)はもう用済みだ。さっさと黙らせてくれ。ああ、料理に合わない伴奏を添えるのがこの店の流儀と言うのなら、店選びを間違えた俺たちの落ち度だが」

「用済みって、君ねェ……。それはそれとして、やっぱり彼の発言は気に入ってなかったんだね。……それで、そこのところどうなのかな? ミアちゃん」

「そうだね。――いい加減やかましいんだよアホンダラ! 他の客の迷惑も考えなぁッ!」

 

 ――ゴツッッッッッッッッッ!!!!!!!!!

 

「――ぐああああぁぁぁぁぁっっっっ!?!?!?」

 

 耳障りな雑音はこれにて成敗。

 一件落着とばかりに食前酒(ベル)の余韻を舌に名残惜しみながら、ようやくクレスたちは此処へ来た本来の目的に存分に舌鼓を打つのだった――。

 

 

 

 

 

「それにしても、サラ君がここに居なくてよかったね。そう思わないかい? ええ?」

「ああ。アイツがいれば、到底こんな穏便なものでは済むまい」

 

 ――食事とは、単にその皿一つだけで完結するにあらず。

 場所や時間、伴う人などによっても大きく左右される。

 それをブチ壊しにする要素があるとすれば、それこそ、彼らのよく知る食狂い(サラ)は容赦なく排除しにかかったことだろう。

 

 酒精(アルコール)のせいということを鑑みても、有罪(ギルティ)

 良くて半殺し、それどころか9割殺しくらいは平気で行うに違いないのだった――。

 

 




【Tips】
・どこかで見たエルフの店員
 彼女が『豊穣の女主人』で働く理由、その答えもまた迷宮(ダンジョン)の中に眠っているのかもしれない。
 知りたいのならば、再び剣を執りて地の底へ潜るが良い。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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