ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 前略。


断章:かくして少年は理想に手を伸ばす

 

 その時、ベル・クラネルは逃走していた。

 

『ヴモオオオオオオオッッッッ!!!!』

「うわわわわわわわわっっっっ!?!?!?」

 

 背後に猛烈な勢いで迫る人型の暴牛――『ミノタウロス』。

 本来新米冒険者たるベルの探索する浅層では姿を見せることのないはずの、純然たる異常事態(イレギュラー)

 それに目をつけられた時、同時に戦力差を見抜いたベルは「戦うべきではない」と判断し、一目散に逃走を開始した。八割は差し迫る強敵に対して発揮された火事場の本能、そして残る二割は師父(クレス)の教えである「勝てない敵とは戦うな」による結論である。

 

 狭い洞窟型のフロアを、只管に相手を撹乱するように、入り組んだ経路を選択しながら疾駆する。

 しかし何故だか不運なことに、ミノタウロスは全てベルと同じ選択(ルート)を取ってきた。

 背後からさほど間を置かず迫る、敵の握った天然武器(ネイチャーウェポン)の穂先がガリガリと岩壁を削る音。

 追い立てられるように焦るベルは走って、走って、走って――慌てながら次の逃げ道を探す中で、他の冒険者を見つけた。

 

 見つけて、しまった。

 

「――なんだ?」

「おい、様子がおかしいぞ? どうした?」

 

 差し迫る命への危機に自ずと集中力の高まっていたベルは、気づいてしまう。

 親切そうに声をかけてくる彼らの装備が、自らのものと同じ貧弱な支給品であると。

 即ち、彼と同じく新米(ニュービー)

 

 その時、同時に彼の脳内には一つの選択が浮かんでいた。

 ――モンスターの擦り付け(トレイン)

 迷宮(ダンジョン)内では推奨されない卑劣な行為であると同時に、それを行った冒険者が生き延びるためには避けられなかった、完全に非難し切ることのできない最後の手段であるとも。

 ミノタウロスに彼らを売り渡せ(トレインすれ)ば、ベルは生き残られる。

 だが、彼らは?

 

 ――そう、悲しいかな。

 ベル・クラネルは貧弱な新米冒険者であると共に、英雄志望(自殺志願者)であった。

 

「――逃げてください! ミノタウロスです!」

 

 警告を発し、ベルは思考を逃走から闘争へと切り替える。

 ――このままだと、この階層を探索している他の冒険者たちの身が危ない!

 そう考えた瞬間、彼は逃げる現状から脅威を引き止める方向へ舵を切ることを決めたのだった。

 

「僕が奴をこの先の広間(ルーム)で食い留めます! だから、貴方たちは戻ってギルドに上級冒険者の応援を要請してください!」

「……っ、何言ってる! そんなことをしたらお前が――」

「なに言ってるの馬鹿! そんなことをしたらアタシたちだって道連れよ! ……幸運を祈るわ!」

 

 男性の冒険者が蛮勇を発揮しようとするところを、迫るミノタウロスの咆哮を聞いた仲間の少女が引き止め、来た道を慌てて戻っていく――それで良いんだ、とベルは彼らと逆の方へとわざとらしく音を立てながら駆けだした。

 そうしてある程度広い空間のある部屋へと飛び込み、足を止めて振り返る。

 

「さあ来い、僕は……こっちだ!」

『ヴモッ? ――ヴモオオオオオオオッッッッ!!!!』

 

 標的が立ち止まったのを認めたミノタウロスは、これを機にと狙いを定め猛突進を始める。

 いっそう勢いを増して直線的になった猛牛突進(オックス・チャージ)

 されどその加速は、ミノタウロス自身にも急な方向転換を許さない。

 

「っ!」

 

 巨体の単調な軌道をベルが躱し、ミノタウロスの角が先ほどまで彼の背後にあった岩壁を喰い破った。

 派手な衝撃音が辺り一帯に撒き散らされる――これで、異変に気付いた冒険者は近寄らなくなるだろう。

 そんな他が為の思考を頭の隅に走らせながら、ベルは頭に被った岩片を振り払うようにしてゆっくりと振り返ったミノタウロスと改めて相対する。

 

「(ミノタウロス、普通ならレベル2になってようやく戦いが成立する相手だってエイナさんは言ってた……だけど)」

 

 重ねて言おう、逃げられない(汝、英雄なれば)

 一つ息を吐いて、ベルはクレスの教えを思い返した。

 ――「迷宮(ダンジョン)で格上と戦うのは避けるべきだ。だが、同時に避けられない事態でもある。お前が伯母の鉄槌(ゴスペル)を恐れながらも、子供ゆえの無知に叱られることがあるようにな。だからこそ、対処法を覚えておけ。伯母の怒りを鎮めたい時は素直に謝るのが一番だが、迷宮(ダンジョン)の悪意に触れた時は……」

 迷宮(ダンジョン)で格上と戦う際の心構え、

 

「その1、自身の安全を最優先に確保すること――!」

 

 ベルの2倍はあろうミノタウロスの巨体を囲ってなお余裕のある、広々とした空間(ルーム)

 面と向かって迫りくる暴牛の石斧による振り降ろしを、ベルは大振りな動きを以て避ける。

 多少見極めが間違っていたとしても構わないように、なるべく余裕を以て相手の攻撃を回避するように動くのが第一の教え。

 

 獲物が相手を仕留めた手応えを得られなかったミノタウロスは、己の刃を振り抜いた先に立つ傷一つないベルに首を傾げて、ならばと乱舞を開始する。

 一撃で避けられるなら、二撃三撃と重ねてやれば良い――単純な獣の理屈による滅多切り。

 恐るべき嵐のような連撃を、ベルは相手(ミノタウロス)を軸に見立ててその左側へ――相手の利き腕とは逆の方向に回るように足を動かした。

 そして――避ける。

 避ける、避ける、ただひたすらに避ける――!

 

 格の違う相手の動きを見切ることにベルは慣れている。

 彼の三人の師の誰よりも動きの遅いミノタウロスに対して、その視線だけは追い付いていた。

 類稀なる先読みを活かして、ベルは教わった通りの回避を徹底する。

 

「その2、攻撃のポイントを見切ること――!」

 

 レベルが違えば、世界が違う。

 そう言い表される現実の中でも、弱点によっては格下による痛撃を与えられる場合もある。

 特にミノタウロスのような人型であれば、生物学の範疇からしてゴブリンやコボルド同様、人間と同じ構造上の弱点を持つに違いないとベルは推測を立てていた。

 

 ある程度回避に慣れたところで、動きに緩急をつけることで相手の動きがベルとズレる。

 刹那――急加速。

 ベルは大振りの一撃を放ってよろめいたミノタウロスの隙をついてその背後まで回り込み、支給品の短刀を使って脚の腱へと切りつけた。

 

『グモッ?』

 

 ミノタウロスからすれば、多少引っかかれたか、何をされたか分からない程度の損傷(ダメージ)

 ちょこまかと逃げ回る(えもの)が今度は後ろにいるらしいと悟って、振り返りざまに斧を横薙ぎに振るう……その一閃を避ける直前。

 ベルの目は確かに、たった今剣を振るった箇所に薄皮一枚程度だが確かな切り傷が入っていることを見て取っていた。

 牛皮(よろい)の薄い、脚の腱(じゃくてん)

 そこならば質の低いベルの短刀でも傷を与えられる――それなら。

 

「よーし……」

 

 攻略法は、見えた。

 回数を都度重ねて、腱の傷を徐々に深めていく。

 それから激しい動きで攪乱し、相手の腱に負担がかかる動きを誘発させ、ミノタウロスの自重で筋繊維を自らぶちぶちと引き千切らせていく。

 そうして移動が取れなくなったところで、改めて自分も逃げ出そう。

 

 ただ、油断して痛い反撃を食らわないように頭を冷やして。

 万が一被弾した場合であっても、気絶しないように覚悟を決めて。

 いざベルが冒険者らしく攻略を実施しようとした……その時。

 

 ――ザンッッッ!!!

 

 ベルがいざ立ち向かわんと目をかっ開けば、既に敵は賽子(サイコロ)状に斬り刻まれていた。

 

「――ハ」

 

 びしゃり、と滝のような鮮血がぶちまけられる。

 間近にいたことで最大限そのあおりを食らったベルの視界が、真っ赤に染まる。

 彼が「何が起きたのか」と慌てて目を拭えば、そこには美人(・・)が立っていた。

 

 自身の剣が生み出した風に、遅れてはらりと流れる黄金の長髪。

 薄くこちらを見つめる、髪と同じ色の瞳。

 美の神でも嫉妬するであろう、均整の取れた黄金比の肢体。

 その姿はまさに古の冒険譚(オラトリア)にも出てくるような、神聖なる女騎士。

 

 端的に言って、それはベルの性癖のドストライクであった。

 付け加えるなら、せっかく決死の覚悟を決めていた所へ突如安全が飛び込んできたことによる激しい感情の落差に、ベルの情緒が剥き出しになって、そこへ彼女の美麗なる立ち姿が大きくぶっ刺さっていた。

 

 もはやベルにとって、ミノタウロスの襲撃など二の次だった。

 ただ、その赤い兎のような瞳は女剣士の一挙手一投だけに奪われていた。

 彼女の艶やかな唇から放たれる、声――「大丈夫、ですか?」

 

「あ、その、えっと……」

 

 その、見せつけられた凄まじい力とは似つかわしくない、年頃の乙女らしい細い指先が伸びて……自身に触れようとした寸前。

 

「……う」

 

 田舎の農村で育ったベルには、恋愛経験なんてなかった。

 つまり、端的に言って。

 

 ベルは爆発しようとする心臓(初恋)を必死になって抑えながら、慌ててその場から逃げ出したのだった。

 

「――うわぁあああっっっ!!!」

 

 ――なんだろう、物語とかだともっとこう、順序を踏んで美人と出くわすはずなのに!!!

 そんな予兆(フラグ)一切なしに、強くて格好くて美人であるという自身の性癖三連コンボを決められて。

 咄嗟に英雄らしい女ったらしを発揮できるほど、この時のベルは女慣れをしていなかったのだった……ああ、哀れなるかな少年故の純情さよ。

 

 

 

 

 

 そして、時計の針が進んで。

 

 

 

 

 

 ――駆ける。

 ただ一心不乱になって、投げかけられた暴言に対する悔しさを燃やして、『豊穣の女主人』を飛び出したベルは夜の風となっていた。

 ベルはあの狼人(ウェアウルフ)の言い分を否定するつもりはなかった。

 なんなら内心で「ああそうさ」と受け入れてさえいた。

 ――あの時あの場で、確かに僕は雑魚だった。

 ――せっかく運よく出くわした美人に、お礼も言えないまま逃げ出してしまうくらいには情けなかった。

 

「恥ずかしいっ……!」

 

 死に近しい格上と一戦交える覚悟と、それを乗り越えることなく確保されてしまった安全との落差なんかに釣られて心臓が飛び跳ねてしまうなんて……伯母(アルフィア)の言葉を借りればまさに『愚の骨頂』。

 ――ああ、本当に情けないと、軋むほどに歯を食い縛る。

 

「くそっ、くそっ、くそぉっ……!!」

 

 己の内を駆け巡る悔しさに、肋骨を裂いて、剥き出しになった心臓を直接掻き毟りたくなって。

 がむしゃらに駆けだしたその衝動をありったけ吐き出して、その先で――今度こそ、あの女性(ヒト)に言えるようになりたかった。

 ――お嬢さん、窮地を助けてありがとう! お礼にお茶でも一緒にいかが? ……なんて。

 例え血塗れになっても、そうキザったらしく、一歩前に命を失ってかもしれない窮地を感じさせない笑顔で言ってみせたかった。

 

「――くそぉぉぉっっっ!!!」

 

 無我夢中になって飛び込んだ、迷宮(ダンジョン)の先。

 拭い切れていない冒険の疲労と、かき回されてぐちゃぐちゃになった情動によって、到底万全の状態にあるとは言えないベル。

 その隙を狙って、彼ら(・・)は容赦なく牙を剥く。

 

「……これは、」

 

 脚を止めた広間(ルーム)

 その壁から次から次へと溢れ出てくる、『ウォーシャドウ』、『コボルド』、『ゴブリン』等々の群れ……『絶死の檻(モンスターハウス)』。

 冒険者を数の暴力で取り囲み、圧死させる迷宮(ダンジョン)の悪意。

 だが、その渦中に置かれたベルは。

 

「ははっ……」

 

 それら全てへ向かって、彼は内に猛る青き衝動のままに――臆することなく、再び駆けだした。

 

「はははっ……」

 

 そうだ――決めた。

 ――僕は、あの人の隣に居られるくらい、強くなりたい。

 

「……ははははっっっっ!!!!」

 

 今こそは、この悪意こそ愛おしかった。

 彼の内から湧き止まない衝動を受け止めてくれる相手は、今のベルにとって彼らくらいしかいなかったから。

 ――「だから、僕は笑うんだ」と。

 笑う意識の中で、ベルの身体は昼にミノタウロス相手に発揮し切れなかった師らの教えを存分に発揮する。

 先頭に立つウォーシャドウの鉤爪を回避と手首を抑え、勢いのままに相手の胸元へ向かわせる。ベルの柔術(バリツ)によって影は自らの武器で魔石を傷つけられ、その身を崩れ落ちさせた。

 その、通常とは同族の末路に周囲のモンスターたちが心なしか一歩引いたようにみえる中で、己の理想を見定めたベルは次の獲物に狙いを定めた。

 

「おじさん、お義母さん、クレスさん――僕は、強くなります。そう、なりたいから」

 

 強く、燃え盛る。

 背に負った女神の『恩恵』が――ベルの本能が、情動が、その純白に輝く魂が。

 

 ――強くなるために。

 ――あの金色の幻想に、並び立てる英雄(ぼく)になるために。

 

 その背に、誰かが微笑んだ気がした。

 

 




【Tips】
・【導火継承(アド・アストラ)
 ・晩成する。
 ・大志(ねつ)の続く限り効果持続。
 ・大志(ねつ)の丈により効果上昇。

 明くる日。
 早熟し(リアリス・フレーゼ)、かつ晩成もする(アド・アストラ)という己の眷属の見せる矛盾(未知)に女神ヘスティアは思わず卒倒しかけたが、眷属(ベル)への愛になんとか奮起して、『神の宴』へと飛び出すのだった。

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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