ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている 作:七海香波
ちょうど昨日の17時頃に書き上げる→Ddos攻撃のせいでうp出来ずキレるという間抜け面を晒した阿呆で申し訳ございません。
そういう訳で月曜日の朝から恐縮ですがよろしくお願いします。
待ちきれなくなったあまり感情の勢いに任せてクレスの部屋への突撃を敢行したカオスは、既におめかしを済ませた御姿で開口一番高らかに宣言した。
「さあ、おはようの時間だクレス君! 起きているね? そう――私が来た。待ちに待った
「……
「あっはっは、つまらないことを言わないでおくれよ。今日この一日において彼の心労なぞ些末な問題さ。後で適当に胃薬でも送り付けといてやれば良い。それよりもっと面白いことをこそ考えるべきだ、違うかい――ほら!」
「ああ、似合っている。今日のために新調してきたのだろう」
肌をしっかりと隠すタイプの、暖色系の装い。
貞淑を示す白色のブラウスに、落ち着いたカーキ色のプリーツスカート。そして羽織られた水色のジャケットは……クレスの目が確かであれば、
少し地味目に落ち着いた見た目だが、そこをカバーするのが華やかな女神カオスの笑顔。
単に彼女を一瞥しただけの者では、その記憶に彼女の存在を長く留まらせることはないだろう。
しかし彼女の顔を間近で見るクレスにだけは、その愛らしさが十分に意識される。
それらを加味して頷いたクレスは、素直に感想を述べた――
「可愛いよ、その姿の貴神もまた」
「ありがとうクレス君。そう言ってくれるなら、私としてもちょっとばかり早起きして頑張った甲斐があったというものだよ」
「そうだな……だが、少し落ち着いてから今の時刻を思い出せ」
クレスは自身の腰掛ける、畳んだばかりの毛布の側に置かれていた時計を軽く叩いた。
寝ぐせの少々ついている、女神の足音で
「まだ
「……うぐっ」
「反省したら、リビングまで行くぞ。珈琲を入れるから、祭りの時間まで
「ウン、悪かったよ……」
この後滅茶苦茶
漸く人々が動き出した時分になっていよいよ街へと繰り出した二人は、
また人通りは少ない時間帯ながら、それでも準備はほぼほぼ終わっているようで通りにずらりと並んだ多くの屋台が彼らの眼を惹く。
「ふむふむ、流石はお祭りと言ったところだね。人々の財布の紐の緩む隙を狙って実に多くの出店が並んでいるよ。ならばここは消費者らしく、彼らの営業努力に報いてやらねば無作法というもの――前菜にはどれがいいかな?」
「俺はどこでも構わん。御身が行きたいところに行くと良い」
欲しい物があれば目星をつけておいて、後日売れ残りを捌く
その中には主神の如何なる要望にも応えられるだけのヴァリスが入っており、何を求められようと問題のない自信が彼にはあった。
そんな彼のつまらない言葉に「クレス君らしいね」と苦笑しながら神カオスが最初に目をつけたのは、何種類もの木彫りのお面が店頭に並んでいる……いわゆるお面屋だった。
「見なよクレス君、モンスターを模した仮面だ。実に
「はいはい、500ヴァリスだよ」
「俺が支払おう。ところで、それは本当にモンスターなのか?
「おっと、お兄さんは冒険者なのかい? だったら都市外の流行について知らないのも無理はない、こいつはな、最近ヤハウェ ・ファミリアの支配下にある学園都市で人気の――」
聞き覚えのあるファミリアの名前を聞いたクレスは、思わずその場で眉間に皺を寄せた。
外界との交流を積極的に行う『学区』とはまた趣の異なる、神ヤハウェによって用意された鎖された箱庭の如き『学園移動都市』。
隔離されたその学び舎の中では時に外界の感性とは異なる発想が花開くとされており、彼も内部から流出した品々から
「……今時はこんなものが人気なのか。俺にはその感性はよく分からんな」
「私は気に入ったけどね。それじゃあ、早速装着させてもらおうかな……ふむふむ、これは私のチャーミングさに磨きがかかったと言えるかな? よーし、次はあっちを見てみよう!」
続いてカオスがクレスの手を引いて向かったのは、的当ての屋台だった。
いくつかの景品が段々になった台の上に並べられており、それらを弾の出る『銃』で打ち倒せば見事
店主に「試しに持ってみるかい?」と薦められてその玩具を手に取ったカオスは、その手触りを確かめた後に感心したように頷くのだった。
「ふーん……これが『銃』とかいう
「だが、モンスターの素材から造った弓と比べれば威力が低過ぎて
「おっ、詳しいね兄ちゃん。うちも『ゲマなんとか』って商会から流れてきて「こいつは面白い!」ってんで試しに仕入れてみたんだが、触った経験があんのかい?」
「手慰み程度にな。――さて、なにか欲しいものはあるか?」
カオスからもう満足だ、とばかりに受け渡された空気銃をくるくると手元で回して重心を確かめながら問うクレス。
彼女が「んー」と目を凝らして品定めを終えてから指さしたのは、上段も上段に位置する特等の景品だった。
クレスの見立てが正しければ、それはどうやら本物の『魔法杖』としての機能を持つ『銃』のようだ。
「ぶっちゃけピンとくる感じの物はなかったし、とりあえずここの目玉っぽいアレで頼むよ。一番高そうなヤツで」
「了解した。では挑戦させてもらう、店主」
「おいおい、端からアレを取られちゃあたまったもんじゃないぜ? まあ良いさ、一回300ヴァリス、打てるのは2回までだ」
まるで彼女の前で格好つける彼氏のように振舞うクレス、その様子に肩を竦めながら店主は代金を受け取った。
既定の料金を支払い終えて、クレスは空気銃の
その堂に入った構えに店主は思わず「本当に開店して早々に特等を奪られるのではないか?」と危惧するも、すぐに「思い違いだ」と内心で断じた。
というのも、祭りが始まって早々に目玉景品を回収されることを避けるべく、店側でも景品にはちょっとした
それをゴブリンの肌さえ通せないほどに威力の弱められた
「可哀そうだが、この少年は彼女ちゃんの前で格好つけただけ恥を晒すだけ」――「こっちも商売だしな」などと店主は申し訳なさ半分、微笑ましさ半分で軽く考えていた。
そんな大人の視線に晒されながらも、クレスは景品たる黒塗りの
「――さて」
クレスの指が空気銃の引き金を引く。
コルク製の弾丸がポンッ! と小気味良い音を立てて飛翔し、狙いを僅かに逸れて『銃』を飾る台座へと着弾した。
「こんなものか。なら次は……店主、そこを離れていた方が良い」
「あん?」
続いてクレスは、許された二回目の射撃を行った。
その弾丸が吸い込まれるように着弾したのは、彼が手元で引いたのと同じ『銃』の
通常それだけでは何の意味も持たない命中だが、しかし。
――突如として響き渡る、炸裂音。
「おわぁっ!?」
なにかが破裂したような音を立てて急に台座から飛び跳ねた『銃』は、驚きの余りに腰を抜かした店主の側に落下する――その前に、店奥へ踏み入ったクレスの手の中に危なげなく収まった。
それをチラつかせ、クレスは「これで問題ないな?」と示すように店主に肩を竦め返した。
「……知らなかったようだから、教えておく。これは『銃』の中でも粗悪品で、安全装置がなくちょっと刺激を与えればこうして暴発する可能性がある類の安物だ。腐っても『魔法杖』だから運搬時は魔力のない人間が握っても反応しなかったんだろうが……ここオラリオでは大気中の魔力濃度が高いせいで誰でも少し刺激を与えれば暴発するリスクがある。どうせ、
「な、な、な……!」
「それで、どちらが良い? 一歩誤れば事件になっていた景品について警備のファミリアに通報されるのと、ここで大人しくこちらに引き渡して何もなかったことにするのと」
石畳の上に座り込んだまま首をブンブンと横に振る店主の答えは、実に明瞭なものだった。
「懲りたら、面白そうだからと容易くなんでも仕入れるのは今後よすことだな」――そう釘を刺した後、音を聞いて近づいてきたガネーシャ・ファミリアの人間に「なんでもない」と言い訳して、クレスはカオスと共に余計な騒ぎに巻き込まれることを避けるべくその場を颯爽と離れるのだった。
店が見えなくなるくらいの距離をとって、ようやくカオスが口を開く。
「いやぁ、しかし驚かされたねー。
「普通は素人が下手に触ってもああならないようになっている。この『黒星』シリーズが特別なだけだ。……御身の自衛用にも良いだろう、今度安全装置を取り付けてから改めて渡そう」
「えぇ……良いよ、別に。そこまで欲しかったってわけでもないし、そこいらの連中にやられるほど落ちぶれちゃいないからね。クレス君がそのまま持っておきたまえ」
「そうか? とはいえ俺も要らん、下手に倉庫の肥やしにするくらいなら分解して捨ててしまうか。自前の『銃』も既にあるしな」
「そうなのかい? なら今度見せておくれよ。……と、びっくりしたせいでお腹が減ったなー。こうなってくると、なにか甘いものでも食べたいかな――おや」
そうこう話していると、側を通りかかる女性客たちの持つクレープをカオスが目敏く見つけた。
「――知ってる? あそこの屋台、ミックスベリー味が目玉なんだって」
「え、でもそんな味なかった気がするけど……」
「んふふ、ならばこの恋愛マスターたる私が教えて進ぜよう! それはね――」
「ほぅ、面白い話をしているねェ――よし行こう、クレス君! 善は急げだよ!」
なにかしら彼女の神としての
その後ろをついて歩くクレスと一緒に目当ての屋台に辿り着いた彼女は、ニコニコ顔でその前に掲げられていたメニュー表を一瞥する。
「ふーむ、確かにないね!」
「そのようだな」
「実に面白い謎だ。……だけど、これは私も知っているよ。クレス君に教えてあげよう――店主、私と彼でこのイチゴのとブルーベリーのを一つずつ頼むよ!」
「あいよ。二つで一二〇〇ヴァリスね」
違う種類のクレープを注文したカオスに変わってクレスが支払うと、店主はすぐに赤と青の二つのクレープを手渡してくる。
両手でそれらを受け取ったクレスはイチゴの方をカオスに渡したのち、すぐさま自身のブルーベリー味の方も彼女に突き出した。
「ありがとう。……え?」
「食べたいんだろう? ミックスベリー味を」
ちらちらと誘うように自分のクレープをカオスの口元へ近づけるクレス。
それが当然と言った彼の行動に、カオスは遅れて、何も知らないような反応を返していた自らの眷属がその実この話について知識を持っていたことを悟ったのだった。
「知っていたのかい?」
「これだけ長生きしていれば、触れたことはなくとも噂話程度に聞き齧ったことはある。それで、要らないのか?」
「……いるよ!」
――せっかく可愛い眷属の知らなそうな知識を与えてあげようと思えば、既に知っていたという事実!
「そのようだな」などと不愛想な反応を返した彼の真実におちょくられたような気分になったカオスは憤慨の余り、クレスの持つクレープに思いっきり噛みついてやった。
そのまま彼女は続けて自分のイチゴ味を食む――そうすれば、口の中でミックスベリーの出来上がりという訳だ。
彼氏と彼女で違う味のものを頼んで、交互に分け与えることでしか味わえない特別な青春の味の出来上がり……などと言う
「……ほら、君も食べると良いよ」
「では頂こう」
カオスはお返しとばかりに、自分のクレープもまたクレスへと差し出す。
もちろんちょっとした意趣返しも兼ねて、わざわざ自らの齧った部分を近づけるようにして。
だが、クレスは何ら躊躇することなく自身に差し出された箇所を素直に齧った。
――間接キスだが、そんなことを無論彼が気にするはずもなく。
「むむむ……」
「美味い。――どうかしたか?」
「なんでもないよ。だけど、これくらいは言わせておくれ。……面白くないねェ、君は」
「悪いな。そんなものは
「じゃあ今すぐ取ってきたまえよ」
「構わないが、
「良い訳ないよね、冗談に決まってるじゃないか。……まったく、そういう所だよ。君の悪い癖だ。もうちょっと改める気になりなさい。あーあ、なんだか疲れちゃったなぁ」
一休み、とばかりにカオスはちょうど辿り着いた小広場の中央に設置されていた噴水の縁に腰かける。
クレスもまたその隣に腰かけると、彼女はその肩へそっと自分の肩を寄り添わせた。
見れば周囲には、同じ目的で休憩している者たちが大勢いた。
奇しくもその内訳は、クレスとカオスと同じ男女一組がほぼほぼ十割を占めている。
……どうやらここは絶好のデートスポットというヤツらしい、とクレスは甘えてくるカオスをそのままに考察した。
甘酸っぱい雰囲気を漂わせながら密着したり、時折思い出したかのように離れてみたり……そんな初心な姿を見せる若者たちもいれば、常に適度な距離を保って節度ある休憩を楽しんでいる熟年夫婦もいる。
その一員と化した二人は、カオスの積極的に甘えてくる姿故に、逆に目立たなくなっている。
寄りかかられるだけでなく、胸に手を添えられたり、膝を撫でられたり。
足や腕を絡ませられたり、首筋を妖しい手つきで擦られたり……そんな無言のスキンシップを只管に繰り返され、良いように使われるクレスは無言でされるがままになっていた。
――こういう時は、彼女の思うがままにさせておく方が良い。
そう数々の過去の失敗から学んでいるクレスが暫く彼女の好きなように自分の身体を使わせていると、やがて満足したのか、カオスは小さく息を吐いた。
「ふぅ、満足したよ。……ほんの少ーしだけシラけちゃったところもあるけれど、まァ楽しいね。なにせ愛しい
「……
とはいえ。
実の所、クレスとしては未だ
本番たる調教競技をまだ見ていないことはさておいて、現状、空気も余興もこれと言って特筆すべきものは見当たらない。伊達に千年近くの時を生きてきたクレスにとって、心を動かされるような事象に出会うことなど早々ないのだ。
だが――、
「なにせ、御身が楽しんでいる様子だからな。それを見られるのは悪くない」
「……? なんだい、その言い回しは」
「祭り自体は今の所、大して見るべきものもない。しかし、こうして楽しんでいられる貴神の姿を見られることそのものが俺にとっては価値があると言うことだ」
そう、臆面もなく言い切ったクレス。
「……いつもは
――
クレス曰く、「俺にとっては
その
「ふっ、ふふふっ……」
「カオス?」
「……あっははははは!! 言ってくれるねェクレス君、やはり君と私は相思相愛というわけだ! 下界ってのは本当に素晴らしいよ――断言しよう、こんなにも私の気持ちを掻き乱してくれる存在なんて天上界には絶対に居やしない! 私も君がそうして楽しんでくれるというのなら、なおさら楽しくなってきたよ。これこそが人の『感情』、互いに影響し合う事で尽きることなく生み出される『魂』の
「分かった。だが、そろそろ時間だな。祭りの主題を見るために、
「と、そうだった。あっちが今日もメインイベントだからね、そうと決まれば善は急げだ。急ぐとしよう――うん?」
すっかり機嫌を直したカオスが踏み出そうとした矢先、その手をクレスが引き止める。
「どうしたんだい?」
「待て」
その視線の先から――僅かに遅れて、祭りには似つかわしくない悲鳴が聞こえ始める。
響く地面の揺れ、立ち昇る土煙。
逆流するように戻ってくる人々の焦る表情……そして。
「――きゃあーっ!!」
「脱走だ!! モンスターがガネーシャ・ファミリアの檻から脱走したぞーっ!」
「なるほど……相も変わらず君の直感は鋭いね。それで?」
「こちらに来ているのはトロールか。近くに他の冒険者は……いないのか」
色々な理由で独身者の多い冒険者たちは(主に自分が惨めに思えるせいで)、このデートスポットに近づくことを控えていた。
そのためか、遠目に見える怪物の姿に対峙している者は誰一人としていない。
ずんぐりむっくりとしている大柄の人型。
動きは鈍重だが、棍棒を構えたそのトロールの姿は一般人には恐ろしい物のように映っているに違いない。
「……周囲は粗方逃げたか。なら、片付けよう」
危機意識の高い民衆は既に安全な場所に避難しており、この場に取り残されたのはクレスとカオスだけ。
その中で、彼は『
その蛮勇に釣られて、トロールがのしり、のしりと彼の方へ迫る。
されどクレスは怯むことなく、平然とした顔で――
「【契約に応えよ、怒れる大地。我が命に従い牙を研ぎ大口を開け】――【ランド・フォール】」
『
それは『
クレスの掌の中で輝いた小さな魔法陣は、しかしトロールに何の影響も齎すことなく一瞬で消え去る。
彼が何をしたのか分からないままに、トロールは更に前へと一歩。
獲物をその手に握った棍棒で殴り倒そうと踏み出して……足元の石畳が、不意に割れる。
『ガァアアッ――――――ァァッッッ!?!?!?』
その下に広がる、深い落とし穴。
バランスを崩したトロールの巨体がその中に呑みこまれたかと思えば、僅かな悲鳴の後、その身体は時を置かずに輪郭を崩して黒い塵へと還っていった。
あっけなく討伐されたトロールの理由を見ようと落とし穴に近づいたカオスがその内部に目を凝らすと、奥には返しのついた大杭が一つ突き立っていた。
落下したトロールは他ならぬ自重によってその身体を魔石ごと縦に貫かれてしまった、という訳だ。
「うわ、えげつないね」
「これでも昔の戦争で使われていたのよりマシな方だ……それにしても、気になるな」
「モンスターが脱走したことが、かい? 確かに他のところでも暴れられているようだけど、こんな集団脱走なんてガネーシャの所が今更起こすとも思えない。……誰かが何かを企んでいる、って?」
「それもあるが、それよりもだ。
「なにがだい?」
私には何も分からないけれど、と鼻をひくひくさせるカオスの身体をさっと抱きかかえてクレスはその顔を顰めながら駆けだした。
「――懐かしい、『
《Tips》
・ヤハウェ ・ファミリア
言わずと知れた、第29話初出の『とある大工の息子のファミリア』のこと。
現代では陸上型『学区』とも呼ばれる特殊な『移動型都市』を
今後の展開どうするべ?(参考程度に)
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①本編にちまちま関わる
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②これまで通り『深々層』攻略
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③ファミリアクロニクル:クレス
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④カオス・レコード
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⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』