ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 こんな所を見るくらいなら後書きを見て下さい。


かくして【影枝(スカイライン)】エルダ・マク・ディーヒタインは歴史の表舞台に立つ

 怪物祭(モンスターフィリア)から数日。

 

「……それで、最終的に『今度のロキ・ファミリアの遠征に同行すること』になったのかい?」

「ああ。少なくとも迷宮(ダンジョン)に何かしらの異変が起きているのは事実。本来は『深々層』に差し掛かる第100層直前に徘徊している『精魔種(スピリトゥス)』がわざわざ地上(オラリオ)くんだりまで出向いてきたのは、単なる迷宮(ダンジョン)偶然(あくい)による事件(もの)ではない。何者かの故意による必然(あくい)があってのもの――というのがウラノスの見立てだ。ロイマンも渋々だが、それに納得した」

 

 ギルドによる仲介(けんえつ)を挟んだロキ・ファミリアとの書面による非公式の会談を終え、クレスは本拠地(ホーム)居住空間(リビングルーム)にてリラックスする主神カオスにその結果を報告していた。

 上質な『ブル・エーリシア』革の張られたソファーに腰を深く沈みこませ、眷属の淹れた珈琲を片手に彼女は「私も同意だよ」と事も無げに呟く。

 

「素人意見だが、迷宮(ダンジョン)とはそういうものではないからね」

 

 その色の異なる両の眼は、正面の下座に腰かけるクレスの更に後方へと向けられていた。

 名ばかりの書斎から侵略する形で始まり、廊下を犠牲にして尚足るを知らず、ついにはこの居間に至るまで壁面にずらりと並べられたカオス・ファミリアの壮観なる書棚群『秩序亡き書庫(カオティック・ライブラリー)』(命名:カオス)。

 その一角に鎮座することを許された、色褪せの強い赤の背表紙――ロベルト・フォルギエーリ、小イライア・ダイダロス共著:『迷宮の構造変容史とその規律への能動的介入について』。

 

迷宮(ダンジョン)の行動理念は原則、『復讐(アヴェンジ)』だ。やられたらやり返す――つまり、こちらから(・・・・・)手を(・・)出さなければ(・・・・・・)何もしない(・・・・・)迷宮(ダンジョン)に変化が見られたのなら、それ則ち誰かが何かをしたから(・・・・・・・・・・)に他ならない。クレス君が常日頃からよーく体感しているようにね?」

 

 神時代が始まり、一定の平和が地上に保たれるようになって。

 人々が知識を積み重ねられる余裕を持ってから、様々な分野の学問が急速に発展してきた。

 その一つ『迷宮構造学(ダンジョン・メカニズム)』の開拓者である二名によれば、『迷宮(ダンジョン)内の構造は地上生物の肉体と同様に恒常性を有しているものであり、自発的な変化を行わない』ことが認められている。

 

 例えば、迷宮(ダンジョン)内で神威の発動が認められて初めて『神殺しの魔物(テルピュネ)』が産み出されるように。

 例えば、迷宮(ダンジョン)の構造が規定量を超えて破損させられて漸く『戦狂いの魔物(ジャガーノート)』が目覚めるように。

 『迷宮(ダンジョン)』はあくまでも外部から与えられた刺激(トリガー)に対して都度反応を返すものであって、自ら積極的に自らの変化を促すような現象はそれほど(・・・・)確認されていない。

 

 で、あれば。

 此度の一件もまた、先ほどカオスが述べたように「何者かの意志が介在している」可能性が高い。

 迷宮(ダンジョン)が自ら神時代以前の凄惨極まる地上を再現すべく(モンスター)を地上に放っていると考察するより、結果そうなるように仕向けている黒幕が存在していると考える方が合理的である――そう、天治の神(ウラノス)は判断した。

 

 故の、表向き『未知』である『精魔種(スピリトゥス)』について『既知』である経験者(クレス)の投入。

 

 古代において『神の恩恵(ファルナ)』に近しい役割を果たした『精霊』は、神に至らずとも『神に準ずるモノ』として人智を遥かに超えた力を有している。

 その『奇跡』を宿したモンスターたちと次回の『遠征』で接敵する可能性の高いロキ・ファミリアに現状唯一の対策を知る者であるクレスを同行させるというウラノスの神意に、ロイマンが反対できるはずもなかった。

 彼としても只でさえ面倒臭そうな企みを描いている『黒幕』の存在がちら見えする今、下手に表向きのオラリオの戦力を削られる訳にはいかないが故に……付け加えるなら、最近減りつつある彼の安寧(たいじゅう)のためにも。

 

「誰が何をしたのか、何を為そうとしているのか。もしも本当に全ての手を引く『黒幕』がいるとして、既に後手に回されたギルドとしては次に最も何かが起こりそうなところ(ロキ・ファミリア)の側に俺という重石を配置しておきたいのだろうな」

「それが今の君の目的であるところの『精霊の捜索』と合致していたのがロイマン君にとっては不幸中の幸いだったねェ。……どのみち胃痛は発生するだろうが、単に「何が起きるのか見通せないまま」なのと「何が起きても最悪どうにかなる」のでは安心感が段違いだろうし」

「とはいえ今回の協力はあくまでも偶然の一致によるもの、それは奴も十分に承知している。だからこそ、ウラノスと協議を重ねた上で今回の『遠征』における条件を付けてきた。こんな風にな」

 

 ロイマンは「クレス・カタストロフという存在が未だ下界の【禁忌(アンタッチャブル)】である」という姿勢を崩した訳ではない。

 その為、万が一にでもロキ・ファミリアの面々が今回の接触で彼の素性に辿り着くことのないように、クレスにいくつかの枷を嵌めることをギルド長の権限で以て決定していた。

 その内容が記された、やけに高価そうな金の刺繍が施された封書をクレスが指で弾くとカオスはそれを危なげなくキャッチしてその中身をかさりと開いた。

 そして――呵々大笑。

 

「プッ……あっはははっ!! なんだい君、まーた新しい名前を手に入れたのかい!? もうそんじょそこらの名刺入れに入り切れないほどの『二つ名』を持ってるってのに――もういっそ、今度全部束ねてどこぞの出版社にでも持ち込んでみたらどうだい? それだけで小さな図書館一つは開業できる大々々々連作が発行できるってんで、お相手さんはさぞ大喜びするだろうねェ!」

「馬鹿を言え――そういう訳で、今回の俺の『偽名(なまえ)』はエルダ・マク・ディーヒタインだ。しばらくは、外へ出て俺を呼ぶ時は注意してくれ」

 

 エルダ・マク・ディーヒタイン。

 今は亡きスカサハ・ファミリア出身のレベル2で、神カオスの下に一時身を寄せている研究者。

 二つ名は【影枝(スカイライン)】。

 数多くの『原初の魔法(オリジナル)』の保有者であり、その豊富な魔法知識をもとに戦う魔導遊撃手(フリー・ウィザード)

 それが今回のクレスのために急遽用意された、新たな肩書き(ペルソナ)であった。

 

「命名者はいつも通りウラノスだろうけど、しかし今回も凝った名前をつけたね。見た所、どうせ【勇者(ブレイバー)】繋がりで思いついたんだろうけど――これじゃあまるで彼への当てこすり(・・・・・・・・)みたいじゃあないか。イヤ、あの子にそんなつもりは毛頭ないだろうけど」

「そうなのか?」

「あぁ、君は知らないだろうけれど。【勇者(ブレイバー)】の目標は、自らが今は落ちぶれた小人族(パルゥム)の新たな希望(えいゆう)になることなのさ。その上で君の新たなその名前(エルダ・マク・ディーヒタイン)の持つ意味は、決して軽いモノじゃあない――ウラノスの狙いが透けて見えるねェ、ふふっ……。ま、君が気にするほどのことでもない。忘れたまえよ」

「御身がそう言うのなら構わないが」

 

 ウラノスの何らかの意図を読み取ったカオスは、用の済んだ封書を近くの蝋燭の火に翳す。

 薄い煙をたなびかせながら歴史の塵と隠滅された天空神の真意にほくそ笑みながら、彼女は「そんなことよりも」と愛しの眷属に向き合う。

 

「それで、その『遠征』とやらはいつ頃を見込んでいるのかな? また暫く君に会えなくなるんだから、私としてもその前に覚悟を決めておきたくてね」

「おおよそ一月後を見込んでいると聞いている。詳細は全てあちらに任せているから、俺はこの間に別件を片付けるつもりだ。――この通り、ちょうど神ディアンケヒトから情報が寄せられたからな」

 

 クレスが懐から取り出した、もう一つの手紙。

 差出人の名はなく、こちらは封筒も中身の紙もありきたりの安物。封蝋もこれまた安価な薔薇の印だ。

 ただ、宛名がキアン・マッキリーニーとなっていることだけが、これが神ディアンケヒトによるクレス・カタストロフへ向けた極秘の伝言(メッセージ)であることを示していた。

 

「来たる解呪の儀式を迎えるための素材の一つ、『王墓を仰ぐタイヨウコガネの目玉と薄羽』の在り処が見つかったとのことだ。ただし、入手の際に特殊な条件を達成する必要があるせいで俺が必要らしい」

「へぇ? 『タイヨウコガネ』と言えば……私の記憶が確かなら、『絶滅種(カメノス)』だったと思うけれど。それで、そんな貴重なものが何処にあったんだい?」

「カイオス砂漠だ。かの地に流れるニレ川の畔にかつて栄えたラー・ファミリア、その遺跡に副葬品として奉納されていたという情報をヘルメス・ファミリアが掴んだようだ。案内役はその旧団長だった人物が務める、とここには書かれている」

「ラー・ファミリアで使われていた副葬品? なるほどね……」

 

 顎の人差し指を当てる可愛らしい仕草で一瞬考えた後、カオスはニヤリと笑った。

 

「それを取りに行くってことは、つまり。そう言うこと(・・・・・・)だね?」

「そうだ。十中八九、御身の予想通りの『力』が求められると俺は見ている。……悪いが、出立までの間は調整(・・)に付き合って貰うぞ」

 

 『精魔種(スピリトゥス)』も良いがこっち(・・・)の方が面白いとばかりに頷くカオスに、クレスもまた首肯を返す。

 通じ合う二人の視線の先では、いつの間にか互いの右腕に握られていた『力』の証が輝いていた。

 ――主神は不敵に微笑み、眷属が不動の鉄面皮を構える。

 

「良いよ。こないだの朝の続きだ――また私が勝ち越しちゃっても許してくれるね?」

「あの時は遊びの『徴札宝籤(ボックスドラフト)』だっただろう。今回とは形式が違う――そも、通算では五分五分なのを忘れるなよ」

 

 何の前触れもなく取り払われた家庭(ファミリア)の安穏、その代わりとばかりに二人の間に荒砂の如く渇いた無情の雰囲気が敷かれ始める。

 突如として混沌(カオス)の名に相応しい場と化した拠点(ホーム)にて対峙する彼らはもはや、家族ではなく互いが互いを倒すべき敵として見定めていた。

 

 漂う、まさに一瞬触発の空気。

 

 睨みあう二人はやがて、宣言と共に互いの『力』を解き放とうとして――。

 

「と、その前に夕飯の仕込みをしなくっちゃ。今日は鶏肉が安かったからね、唐揚げだよ?」

「む。では俺は……風呂を掃除して沸かしておこう。干していた洗濯物も畳まなくてはな」

 

 やっぱり家事を先に済ませてしまおうと、ここは大人しく引き下がりあうのであった。

 

 嗚呼、今日もカオス・ファミリアは平和である。

 




《Tips》
・エルダ・マク・ディーヒタイン
 デヒティネ(ディーヒタイン)(マク)兄たる者(エルダー)
 その真名を語るにはまず、古代におけるフィアナと双璧を為す『とある小人族(パルゥム)の大英雄』を改めて知る所から始めなければならないだろう――そうして、エルフは吟遊(うた)い始めた。
「それでは語りましょうか。かの戦烈なるアルスタで紡がれた、猛る勇士たちの『誓いの歌』を」

《後書き》
 これでちょうど、原作及び外伝1巻分終了です。
 ちょっと疲れたので、一度ここで筆休めしてからまた本編に戻ろうかと思っています。
 そして今更だけど章タイトルをまだ一文字も回収してないってマジ? 「この作者マジ使えねーですわ」と共感してくれたそこの貴方、今こそ一人に10回しか行使が許されない貴重な☆0評価を使う時じゃよ♡

今後の展開どうするべ?(参考程度に)

  • ①本編にちまちま関わる
  • ②これまで通り『深々層』攻略
  • ③ファミリアクロニクル:クレス
  • ④カオス・レコード
  • ⑤迷宮神聖譚:『冥洞一灯伝』
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