ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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「冒険者は冒険をしてはならない」

 

 毒霧の奥に悠然と佇む異形の王。その御前に再び辿り着いたクレスの瞳には、揺るぎない自負の光が瞬いていた――「為せるだけの用意は全て終えてきた」と。

 今の彼が五体に纏う武装はいずれも、目前の迷宮の孤王(モンスターレックス)ただ一個体のためだけに用意したもの。深緑と白銀入り混じる戦闘衣(バトルクロス)も、腰と背にそれぞれ吊り下げられた数種の武器群も、ポーチ及び防具裏のスロットに収納された薬品類も……その全てが対紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)戦に備えて念入りに調整を施された逸品だ。

 それらの階層主征伐用装備をかっちりと着込んだクレスが、纏わりつく毒霧を肩で切って前へと歩み出る。

 

 四肢に勝利への確信を。臓腑(はらわた)に生き残ることへの執念を。

 そして気骨へと、迷宮(ダンジョン)の完全なる攻略への渇望を十全に漲らせて。

 

 いざ開戦の銅鑼(ゴング)を鳴らさんと、掲げた左手を垂直に振り下ろす。

 

「(取っ掛かりだ。まずは総数100振り(・・・・・・・)の魔剣豪雨――これで環境を整える)」

 

 天蓋に開く、本来ならば紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)に餌を与える用途で迷宮(ダンジョン)が設えた大穴。

 しかし今この時において、それは彼が用意した戦場の仕掛け(ステージギミック)として機能した。

 穴の外側、現在クレスと紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)がいる下部の大広間とは逆の方に展開された簡易弩砲(バリスタ)群。彼の放った合図(魔力)を受けたそれらが、予め弦に装填されていた氷属性魔剣(・・・・・)の矢を雨霰の如く戦場に射出する。

 

 その光景はまさしく、藍氷の剣雨。

 

 こと対迷宮の孤王(モンスターレックス)戦において、出し惜しみなぞ愚の骨頂。

 持てる力の限りを以て、お前を圧殺する――そう言わんばかりに容赦なく降り注ぐ青輝の魔法剣群は、着弾すると同時に砕け散り(・・・・)効力を発揮する。

 魔剣にして低位の特殊武装(スペリオルズ)。『一撃で使用不能となることを代償にその威力を増大させる』という極めて単純な足し引きを付与された刃の時雨が、瞬く間に戦場(セカイ)を塗り替える。

 

 猛毒の沼が、霧が。

 階層そのものが――極冷の白氷に閉ざされる。

 

「(疑似顕現、『凍棺氷獄(アイシクルヘル)』。かつてはその猛威に苦しめられたが、今回はお前に助けてもらうぞ)」

 

 『凍棺氷獄(アイシクルヘル)』とは、『深々層』の一階層を形成する氷海環境(フィールド)。その氷山奥部より採取した白棺鉱(コキュライト)を原料に打ち出された魔剣の数々は見事、クレスの思惑通りに仕事を為した。

 足を絡めとる毒沼はぶ厚い氷層に覆われ、肺を侵す毒霧は冷気の流れによって払われ……今や一変した環境において、この階層最大の障害であった猛毒の脅威はほぼ意味を失っていた。

 

「ふぅ、寒いがこれでようやくマトモに息が出来るな」

 

 副作用として呼吸制限と視野の狭窄をもたらしていた鬱陶しい被り物(マスク)を脱ぐ。

 ここ暫くの友人であった閉塞感から解放され、気分と合わせて少しばかり身軽になった彼は続けて腰の両方からしゃらん、と双剣を引き抜く。

 美しき虹色の刀身を持つ姉妹剣『アブソリュート・デュオ』。

 無論(・・)特殊武装(スペリオルズ)であるそれらの柄頭に色合いの異なる二種の魔剣をそれぞれ取り付けて、彼は周囲の環境と同じく凍り付いた紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の足元を目指し駆けだす。

 

「魔剣装填完了、属性刃出力開始。――行くぞ」

 

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)は外側こそ氷の層に封じられたように見えるものの、芯まで凍り付いているわけではない。その肉体は相も変わらず内部で接触している地面から食事を続け、内側から膨れ上がることで自身を覆う氷牢を破壊しようとしている。

 それが為されるより早く第一の作戦目標を達成しようと、敵の懐へと潜り込んだクレスは猛烈な勢いで左右の剣を振るい始めた。

 

 虹色から、藍と翠の単色へとそれぞれ色合いを変えて――透き通る氷と渦巻く風を一時的に宿した二つの魔刃。

 鋭く振るわれたその二連斬が、モンスターの巨体に確かな瑕を刻み込む。

 

「柔らかく、されど硬くもある異質な肉体。だが、冷やし凝固化させた上で(・・・・・・・・・・・)衝撃を与えれば(・・・・・・・)攻撃は通るのだったな!」

 

 初回会敵時における実験(情報収集)において、クレスは土の魔剣より放たれた岩石の一つが階層主の落下物の一部に傷をつけたことを見て取っていた。そしてそれは、コンマ数秒の差で先に氷の魔剣による一撃が着弾したことで凍り付いていた場所でもあった。

 つまり、氷結+物理攻撃。

 その組み合わせを用いた時のみ、この強固なモンスターの肉体にダメージを通すことが出来る。

 それを知った彼の選んだ武器(双剣)が、着実に紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の肉体を傷つけていく。

 

 『アブソリュート・デュオ』。通常魔剣の芯に用いられる触媒金属『虹色鉱(プリズムメタル)』を刃に転用した特殊武装(スペリオルズ)。その効果は、『柄に装着した魔剣に応じた力を引き出し刃に纏う』というもの。

 左の姉剣が司る今の属性は氷。絶対零度の刃が、接した面を刹那のうちに凍らせる。

 右の妹剣が司る今の属性は風。唸る疾風の刃が、凍結した紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の肉を華麗に切り刻む。

 また、『過剰共鳴(オーバーロード)』――振るう一瞬にのみ担い手の魔力を込めることで、瞬間火力を増大させる絶技。

 それらの複合した魔刃の双舞(ブレイドダンス)が、孤独なる王の柔剛重なる紫の腐肉を容赦なく抉り削る。

 

 弱点が存在しない? ならば作り出して叩くのみ。

 「冒険者は冒険(無謀)をしてはならない」。その原則に基づいた彼の計算(チャート)通り、瞬く間に紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の肉体は地面との接触を断たれていく。

 

「(切断面をすかさず再度凍らせることで、肉体と地面との間に氷の層を挟み込む。……こうすれば、その厄介な捕食回復(クソゲー)は中断せざるを得まい)」

 

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)からの反撃がないのを良いことに、クレスの振るう左右の連撃は勢いの留まるところを知らず突き進む。

 猛吹雪(ブリザード)の如く吹き荒れる二属性の刃が、微かな軌跡の残光だけを残して彼の手元で閃く。

 その勢いのままに、クレスはモンスターと地面との接合部を素早く剥がす。

 外側から内側へと、着実に。抜かりの無いよう細心の注意を払いながら掘り進めて、肉体と毒沼の接する面積を徐々に狭めていく。

 

 そうして切削し尽くした果ての、最後の一点を断ったところでクレスはばっと飛び退いた。

 

 モンスターの肉体と地面との間に彼が作りだした空間、それが最後の支柱を破壊されて圧壊する。重量のある肉体が落下したことによって大きな衝撃が生まれ、小規模の地震が戦場(ステージ)を揺らす。

 その衝撃は同時に、限界を迎えつつあった紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の氷による封印を解いてしまった。

 

『……リ、リリリィィィー……』

「それがお前の鳴き声か。漸く聞けたが、さて……」

 

 元より内側からの圧力で破砕寸前だった氷が、細かい飛沫となって散り果てる。

 その向こうから漏れ出る、甲高い鳴き声。

 それは、ついにこの空間の主が活性化したことを示していた。

 クレスが粘性体(スライム)のようだと評した肉体が、彼の視線の先でずるずると名残惜しむように食事を探して氷の大地を這い回る。されど、それは百の魔剣が生み出した氷の壁に阻まれており手が届かない。

 

 ――このような残酷な仕打ちをしたのは誰だ?

 ――住みやすい寝床をいつの間にか荒らしていたのは、いったい誰だ?

 

 ここまでは視線を散乱させるばかりでまったく意味を成していなかった、紫毒の巨塊(キング・ポイズンスライム)の肉に浮かぶ百の目玉が一斉にクレスを凝視する。

 

『……リリリ、ケリ、リリリ・リリリ……』

 

 ようやく邪魔な羽虫(クレス)の存在を知覚した紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)が、それを排除しようと動き出す。

 ぐにゅりぐにゅぐにゅグチュグチュぐじゅり、と奇怪な音を響かせる悍ましい肉の蠢きを以て、その身体に蛸や烏賊のような触腕を生え揃う。――その総数、太長細短あわせておよそ200と少し。

 どれ一つ取っても同じ縮尺のものが存在しない歪な手足の先端が、緩慢な動きで宙を揺蕩うように這い回る。その姿は生物としてあまりに異端と言う他なく、見る者によっては恐怖による一時的行動不能(スタン)や何かしらの精神的異常が呼び起こされるかもしれないだろう。

 それらの触手をクレスに向けた紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)が、啼く。

 

『ケリ、リリリ、テケリ・リリリリリ……テケ・リ・リ……!』

 

 胎動する紫毒の巨塊(キング・ポイズンスライム)

 その変化した異様なる威容を前に、クレスはその攻撃形式(パターン)を見極めるべく一度双剣(アブソリュート・デュオ)を引っ込めた。

 続けて背から取り出した盾を右腕に構えて、防御・回避体勢に移行する。

 

「ここまでは実質準備運動。ここからやっと、本番が始まるな……!」

 

 何が来ようと対処出来るよう、クレスは形態変化後の初動に備えて様子を伺う。

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の一挙一動を見逃さぬよう、ひたすらに凝視する。

 その視線が、まばたきで極僅かな間だけ遮られた――それは稀によくある、『深々層』における命取りの一つであって。

 

『リ』

 

 気づけば既に加速を終えていた(・・・・・・・・)触手による強烈な横薙ぎが、次に眼を開いた彼の視界いっぱいを占領していた。

 

 

 




《Tips》
 主人公の第三魔法は(設定上)決まっていて、二次創作主人公にありきたりな属性だぞ。ただし迷宮内では絶対使えない設定なので関連エピソードを書くまで登場できないであろう上に、なおかつそれに関連する神様が原作だと名前だけ出てきて詳しいことが分かっていない神様なので扱いに困っており、どうしようか悩み中だぞ。
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