ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている 作:七海香波
意識の間隙を穿つ一撃。
その不意打ちをクレスが凌げたのは、ひとえに積み重ねた経験の賜物だった。
「っ!」
直感的に、迫っていた
しかし音速を超えた暴威は凄まじく、それだけで完全に威力を打ち消しきることはできなかった。
残った分の勢いを逆利用してクレスは、弾かれるような形で後方に距離を取ろうとした。
『テ・ケリ・リ!』
「……!」
されど
うねり騒めく数多の触手が続けざまに彼の下へ殺到、大気を引き裂く雷鳴のような音と共に衝撃波を撒き散らして四方八方からクレスへ襲い掛かる――!
『テケ・リ・テケリリィィィー……ケケ・リリィィィ――ッ!』
先ほどまでの「沈黙は金」を表した態度を脱ぎ捨てて、鞭と化した触腕の数々を恐るべき
視界どころか空間そのものを埋め尽くす勢いで迫るその飽和波状攻撃に、されどクレスは落ち着きを以て目を凝らした。
「これだけの手数、
レベル21ともなれば、音速を目で捉えることなど赤子の手をひねるより容易い。
左右上下、左左上上下下右右。
右上左下右下左上、前方後方斜め正面2時3時7時8時……!
『テケ・リリ・テ・ケリケ・ケリリリ・リィィィ……!』
「まだこの程度なら問題ない。さては
様々な角度から迫る触腕の勢いは振り回されるたびに徐々に勢いを増し、常人の眼にはもはや残像さえ捉えられない速さとなっている。もしその打撃が
しかし、その渦中に置かれた彼の五体は未だなお健在だった。
俊敏かつ破壊力抜群な触手の
視覚のみならず、聴覚や嗅覚など五感の全てを動員して回避、回避、回避。
襲い掛かってくる触腕の中から完全に避けるべきものとそうでないものを見極め、一部の攻撃をあえて盾で受けて流すことで威力を掠め取って己の機動力に転化する。
評価値Sの器用アビリティは伊達ではない。一見して死地のような肉鞭の檻に身を置きながらも、彼は針の穴を通すような繊細な立ち回りで傷を負わないでいた。
またそうして逃げ続けながら、クレスは
「――触腕は
『リリリリー……テ・テケリ・リリリ・テ・ケリリリ……!』
クレスは降り注ぐ触手の流星雨の中で、観察した触手攻撃の特徴を記憶に書き留める。
触手そのものは伸縮自在にして強靭無比。
本体に星の数ほどある目のおかげで彼を見逃すこともなく、一度得物に狙いを定めたならば決して逃がそうとせずぐんぐんと迫ってくる。
そして人の両手両足を合わせた指以上の数が並行して動かされているが、それら同士の衝突は今のところ一つも起きていない。
総じて、猟犬のような
しかし、どうやらその万能さにも限界がないわけではないようらしい。
回避と防御に専念しながらクレスが分析したところによれば、一つの触手の伸縮距離は最大30
それを悟ったクレスが試しに攻撃の圏外に脱してみると、それでようやく、本体が追いかけようとして
「一応、本体がまったく動かないわけでもないと。……しかし意外だが、そちらの自己崩壊の様子は捕食が途切れても前と
当初の光景と変わらず、あまりに巨大なその図体からは肉片が剥離を続けている。捕食が出来なくなったからと崩壊が自動で止まるわけではないようだ。
そして落下した肉片は残る魔剣の冷気によって凍り付いて、そのまま氷の床に張り付いてしまう。
再吸収の出来ない自壊、となればこのまま「耐久戦で
「そう都合のいい
クレスの予想した通り、なかなか彼を排除できない
『テケ・リリリ……テケリテケリ・ケリ・リリリィィィ――!!』
一度触腕を全て体内に戻し、新たにぎゅるりと四つの触腕を生やす。それまでと比べて一回りも二回りも太く逞しいそれらは、どうやら特別製のものに見える。
更にその先端にはしっかりと、
「見覚えのある
記憶の中から各々の名称を引っ張り出したクレスが、納得と共にそれらを言葉にする。
「【ウダイオスの黒王剣】に【クリュオサルの黄金帝剣】。あとは【セイリュウの厄潤胸核】と……最後の一つは初見だな。俺のこれまでの
ウダイオス、クリュオサル、セイリュウ。
それらはいずれもクレスが知るところの、悪名高き
となれば自ずと残る一つも、同程度の力量を持つモンスターなのだろうと判断をつける。
今名を上げた彼らが自らこの階層を訪れたのか、逆に
「
ひとまず
なにしろあれは軽く
「最後の一つは未知数……あれの効果を見るまで下手な反撃の手は打てんな。外観は鱗と結晶の生えた翼の膜部分、形状は蝙蝠のそれともドラゴンのそれとも見えるが。はてさて、どう動く?」
『テケリィィ――……』
視線の先の
「ちっ、早速か!」
彼の所見によると、その威力は
現在の対毒重視装備で受けるのは厳しいと判断し、すぐさまその場を飛び退く。
独特の振動音を以て宙を駆ける高圧水流の方は容易く氷を切断し、浅くない傷を残す。
黄金剣による斬撃の方もまた、氷床にクレス2人分くらいの深さの
「威力は間違いなく、先の触手攻撃を軽く上回っている。喜ばしいことではないな」
いずれもあまり乱射されると、当たり所次第では氷のフィールドの崩壊を早めることに繋がってしまう。
氷下の毒液がそこから漏れ出したら元の木阿弥になりかねない……となれば。
「早々に決着を狙うべきか……いや、焦るな俺よ」
割れたり薄くなった氷床に控えの魔剣を振って補強しながら、クレスは隠された残り一つの能力を見極めようと前に出る。
しかし、斬撃が飛んでくるわけでも、水流の刃が飛んでくるわけでもない。
その一撃をなんなく避けたクレスは首を傾げた。
「特殊能力がない? いや、そんなことはないだろう……ふむ」
ひとまず背面に回った触腕から迫る
そちらは先ほど謎の触腕攻撃が通った後の場所であり、そこに近づいた瞬間。
彼の胸元が、ぱっくりと
「これは……!」
すかさず、傷を生んだ原因となる場所に目をやるクレス。
音速を見切る彼の眼が、
僅か一筋の黒い線が、そこに走っている。髪の毛の何百万分の一よりも細い、空間に刻まれた罅。
クレスは傷に
「む」
その線のような空間の歪みに触れた瞬間、氷は真っ二つに割れた。
まるで斬られたかの如く美しい切断面を見せて落下するその様子を見て、クレスはやはりかと頷いた。
「名づけるなら『
何はともあれ、これで敵の新たな攻撃手段は一通り知れた。
四種の斬撃の間を掻い潜りながら、それらを踏まえた上でクレスは変化した戦いを決着に導く方法を考える。
「とにかく、一番厄介なのは斬撃を置いてくる奴だ。いつまで残留するか……少なくとも一、二時間で消えてくれるほど生易しくもなかろう。となれば、長期戦は不利。短期決戦を狙うべきだ」
ほぼ不可視の斬撃結界が完成した場合、それへの対策を持たない今のクレスは身動きが取れなくなってしまう。
その状況に陥るより先にこちらが
そう暫定的な方針を見据えた彼は、反撃にうって出るべく再び『アブソリュート・デュオ』を抜いた。
触手の数を減らした弊害で、先ほどまでの特徴だった恐るべき手数も失われている。
着実に攻撃を避け、迫る触手をすれ違いに斬ろうとするが、
「
氷属性を宿した刃は、先ほどまでと違いほぼ効果を発揮することなく弾かれた。
激しい触手の動きが熱を持って、魔剣の冷気を以ても凝固点を下回れないのか……なんにせよ、氷に対する耐性が変化しているようだ。
そうなれば、クレスは攻撃手段を考え直さざるを得ない。
しかし彼の顔には、悲観的な感情は写っていなかった。
「……曰く、世の中に完全な無敵ってやつは存在しない。あるなら最初っからそれを作ればいいだけの話だからな。どんな奴にも弱点はあるし作れる。そうじゃないから、
どこかで聞いた話を思い返しながら、クレスは冷静な面持ちで改めて遭遇時に試した実験を執り行う。
発火性の毒煙を封じた今、火と雷を含めた全属性の魔剣を振って試す。
――その中で効果を示したのは、雷だった。
「雷撃による一時的な硬直。こいつを介せば攻撃は通るみたいだな。んでもって、速攻を狙う……ならば今の
双剣をしまったクレスが、腰の後方から取り出した折り畳み式の武装をガチャンと展開し構える。
その全長、およそ5
長槍にも似たその形状だが、しかしこれは弓であった。
その銃身には、かつて
問題なのは先の魔剣と同じく、一発限りのじゃじゃ馬であること。一度撃つと銃身がプラズマ化して焼け付いてしまい、作り直しに近い
しかしその威力は、
「最大充電まで最速十分。それまでにお前が俺を仕留めるか、そこまで至った俺がお前を仕留めるか。鬼ごっこと行こうか」
パチパチと弾ける電子の嵐が、クレスの手の中で荒れ狂う。
その有様に秘められた威力を本能で察したのか、モンスター側からの攻撃頻度が更に上昇する。
なんとしてでも
やたらめったらに振るわれる触手剣には通常冒険者の使う剣技の術理が存在せず、軌道は複雑で読み辛い。
しかしその動きにまったくの規則性がないと言われれば、その認識には語弊があるとクレスは思う。
染み付いた癖、肉体の特性に寄る甘え。これまでは『深々層』の
刃筋を立てるだとか残心を取るだとかをロクに知らない動きは、彼にとってどうぞ手玉に取ってくださいと言われているようなものだった。
脅威であった設置斬撃も、それを振るう触腕が常に一定の範囲から抜け出さないように立ち回ることで封じられる。一部に危険地帯を集中させ、そこに踏み込まないようにする。
その他激しく猛追してくる攻撃の中を、クレスは宙に舞う木の葉のような動きで避け続ける。
決して、無理になるような機動は行わない。常に数手先の自分が無事である道筋を見定めて、そこに至るまでの道程を踏み外すことなく駆け抜ける。
彼の手中で脈動する
舞い散る電子の奔流がその手を焼くのも構わず、クレスは惜しむことなく魔力を注ぎ込み続ける。
器用さを主としながら満遍なく
己の作った武器の限界を見極めながら、潤沢な魔力を注いで。
注いで、
注いで、
注いで――
「さて、あの
古代には一時期、詠唱破棄の技法が流行った時期もあった。
しかしそれは自然と廃れた――何故か。
なにかと一部の
声に出して詠うことで、戦いの空気に酔いしれる中でも魔力の流れを練習した通りに整えられる。その澱みない魔力の流れを用いることで、魔法の
そんな当時最先端の『学区』の研究成果を投資者の権利としていち早く手にいれていたクレスは、いざ必要となれば惜しみのない全霊の声で詠う。
「【盟約により我が手に
散々
「【招来するは神意を滅ぼす魔蠍を穿つ
連中の要望として苦渋を噛み締めながら取り入れた詠唱外の文句も練習を経た結果、我ながら感心するほど流暢に詠えているものだとクレスはふと過去を懐かしんだ。
「【万雷折り重なりて
ほぼほぼ光の塊と化した銃身を構え、
そう言えばと試射の折、かつて建設途中だった
「――【ブラック・ブレット】、発射ァ!」
引き金が引かれ、撃鉄が落ちる。
その合図とともに、装填された弾丸が溜め込まれた力場の影響下へ。
物理法則と魔法法則の累乗が常識を超えた加速を生み、漆黒の銃弾は雷鳴の如く銃身を駆けて光となる。
超神速にして亜光速。
神域の狙撃に達した弾丸は、咄嗟に防御態勢を取った四つの触手をその
疑似的な長文詠唱に見合うだけの威力を以て、一瞬にして
『――――――――――――――――!!!』
風穴より伝わる余波熱により、全身が瞬く間に沸騰。
内側から気化して膨れ上がる体積、その圧力に巨体が耐え切れるはずもなく。
超新星の如き大爆発が、洞窟内を白一色に染め上げた。
咄嗟に壊れた銃身を投げ捨て、身体を丸めて防御態勢に移行したクレス。
彼は光と衝撃が収まるのを待って、呟く。
「……やったか?」
《Tips》
クレスくんに
一人暮らしをしているとやりがちな癖だから、みんなも気を付けよう。
たまーに地上に帰って市井に出た時には、平然とひとりごとを話していて周囲からしれっと距離を開けられたりしているぞ。
《Tips2》
一応、地上に降りた原初の神々の中にはクレスくんのことを知っている神もいるぞ。もっともその大半は既に彼が寿命で死んだものと思っているぞ。