ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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【漆黒の雷弾】、カッコ良い詠唱は必要じゃよネ! by変態エ〇好々爺

 

 意識の間隙を穿つ一撃。

 その不意打ちをクレスが凌げたのは、ひとえに積み重ねた経験の賜物だった。

 

「っ!」

 

 直感的に、迫っていた紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の触腕と身体の間に盾を持った右腕を差し込む。それで防御を間に合わせた彼は、その衝撃が肉体の芯を捉えるより先に盾の角度を僅かに変えて攻撃の伝播する方向を側面へと逸らした。

 しかし音速を超えた暴威は凄まじく、それだけで完全に威力を打ち消しきることはできなかった。

 残った分の勢いを逆利用してクレスは、弾かれるような形で後方に距離を取ろうとした。

 

『テ・ケリ・リ!』

「……!」

 

 されど紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の持つ触手の数は優に百を超えており、その内のたった一本を使った程度で相手が満足するはずもなく。

 うねり騒めく数多の触手が続けざまに彼の下へ殺到、大気を引き裂く雷鳴のような音と共に衝撃波を撒き散らして四方八方からクレスへ襲い掛かる――!

 

『テケ・リ・テケリリィィィー……ケケ・リリィィィ――ッ!』

 

 先ほどまでの「沈黙は金」を表した態度を脱ぎ捨てて、鞭と化した触腕の数々を恐るべき速度(スピード)で振りかざす紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)

 視界どころか空間そのものを埋め尽くす勢いで迫るその飽和波状攻撃に、されどクレスは落ち着きを以て目を凝らした。

 

「これだけの手数、先ほどの微塵切り(アブソリュート・デュオ)の意趣返しのつもりか? しかし階層主であるのなら、まあ……これくらいは普通だな」

 

 レベル21ともなれば、音速を目で捉えることなど赤子の手をひねるより容易い。

 左右上下、左左上上下下右右。

 右上左下右下左上、前方後方斜め正面2時3時7時8時……!

 

『テケ・リリ・テ・ケリケ・ケリリリ・リィィィ……!』

「まだこの程度なら問題ない。さては(やっこ)さん、まだ本気ではないと見える」

 

 寄せては寄せる(・・・・・・・)怒涛の連撃は、例えるならば一つの荒波を乗り越えた先にまたそれをまるっと呑み込む大荒波が口を開けて待ち構えているようなものだ……と揉まれる側の立場にあるクレスは呑気に思った。

 様々な角度から迫る触腕の勢いは振り回されるたびに徐々に勢いを増し、常人の眼にはもはや残像さえ捉えられない速さとなっている。もしその打撃が命中(クリーンヒット)した場合、標的を挽肉より挽肉(ミンチよりひでぇや)状態に変えるであろうことは想像するに容易い。

 

 しかし、その渦中に置かれた彼の五体は未だなお健在だった。

 俊敏かつ破壊力抜群な触手の豪連打(ラッシュ)だが、彼に言わせれば「まだ避けるだけの隙間がある」。

 触腕と触腕(ワン・ツー)の間に存在する小さな隙間へと身体を捻じ込むことで、クレスは絶妙な立ち位置を維持しながら生き残っていた。

 視覚のみならず、聴覚や嗅覚など五感の全てを動員して回避、回避、回避。

 襲い掛かってくる触腕の中から完全に避けるべきものとそうでないものを見極め、一部の攻撃をあえて盾で受けて流すことで威力を掠め取って己の機動力に転化する。

 評価値Sの器用アビリティは伊達ではない。一見して死地のような肉鞭の檻に身を置きながらも、彼は針の穴を通すような繊細な立ち回りで傷を負わないでいた。

 またそうして逃げ続けながら、クレスは紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)本体の動向を少しずつ探っていた。

 

「――触腕はそれなりに(・・・・・)動かしても、本体は未だ元の位置からほぼ動かずか。完全にそういう型(固定砲台タイプ)なのか……いや、まだ決めつけるには早い。そして……」

『リリリリー……テ・テケリ・リリリ・テ・ケリリリ……!』

 

 クレスは降り注ぐ触手の流星雨の中で、観察した触手攻撃の特徴を記憶に書き留める。

 

 触手そのものは伸縮自在にして強靭無比。

 本体に星の数ほどある目のおかげで彼を見逃すこともなく、一度得物に狙いを定めたならば決して逃がそうとせずぐんぐんと迫ってくる。

 そして人の両手両足を合わせた指以上の数が並行して動かされているが、それら同士の衝突は今のところ一つも起きていない。

 総じて、猟犬のような執念(しつこさ)と蛇のような柔軟さを兼ね揃えていると言ったところか。

 

 しかし、どうやらその万能さにも限界がないわけではないようらしい。

 回避と防御に専念しながらクレスが分析したところによれば、一つの触手の伸縮距離は最大30(メドル)。それ以上腕を伸ばそうとすれば紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の操作可能範囲を逸脱してしまうようで、その先端がぐずりと崩れ落ちるような兆候が見て取れた。

 それを悟ったクレスが試しに攻撃の圏外に脱してみると、それでようやく、本体が追いかけようとして鈍々(のろのろ)と動き出す。

 

「一応、本体がまったく動かないわけでもないと。……しかし意外だが、そちらの自己崩壊の様子は捕食が途切れても前と頻度(ペース)が変わらないな」

 

 当初の光景と変わらず、あまりに巨大なその図体からは肉片が剥離を続けている。捕食が出来なくなったからと崩壊が自動で止まるわけではないようだ。

 そして落下した肉片は残る魔剣の冷気によって凍り付いて、そのまま氷の床に張り付いてしまう。

 再吸収の出来ない自壊、となればこのまま「耐久戦で紫毒巨塊(あっち)が勝手に死ぬのを待つ」という手も考えられるが――クレスはその考えを一蹴する。

 

「そう都合のいい展開(こと)など迷宮(ダンジョン)にあるはずもない。……ああ、やはりな」

 

 クレスの予想した通り、なかなか彼を排除できない紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)が業を煮やして次なる一手を打つ。

 

『テケ・リリリ……テケリテケリ・ケリ・リリリィィィ――!!』

 

 一度触腕を全て体内に戻し、新たにぎゅるりと四つの触腕を生やす。それまでと比べて一回りも二回りも太く逞しいそれらは、どうやら特別製のものに見える。

 更にその先端にはしっかりと、新たなる攻撃手段(・・・・・・・・)が用意されていた。

 

「見覚えのある奴ら(ドロップアイテム)がいるな……モンスターが一丁前に武装(・・)とは。だが、こと階層主(モンスターレックス)に至ってはそれくらいする方が逆に不思議ではない」

 

 記憶の中から各々の名称を引っ張り出したクレスが、納得と共にそれらを言葉にする。

 

「【ウダイオスの黒王剣】に【クリュオサルの黄金帝剣】。あとは【セイリュウの厄潤胸核】と……最後の一つは初見だな。俺のこれまでの地図作成(マッピング)に見落としがなければ、更に深い階層の素材(ドロップアイテム)か?」

 

 ウダイオス、クリュオサル、セイリュウ。

 それらはいずれもクレスが知るところの、悪名高き迷宮の孤王(モンスターレックス)だ。

 となれば自ずと残る一つも、同程度の力量を持つモンスターなのだろうと判断をつける。

 今名を上げた彼らが自らこの階層を訪れたのか、逆に紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の方から遠征に乗り出したのかはクレスには分からない。いずれにせよそれらは最終的に此処の主の贄となって、骨の髄まで啜られつくして……使える、と判断されたのだろう。

 

黒王剣(ウダイオス)のはまだ良い、頑丈なだけだからな。しかし黄金帝剣(クリュオサルの)には斬撃を飛ばす能力があるし、厄潤胸核(セイリュウの)といったらあれは代名詞の高圧水流刃(アクアジェット)の発動に使う器官だぞ……まあ、わざわざ引っぺがして取っておくくらいだ。当然そいつも使えるんだろうな」

 

 ひとまず高圧水流刃(アクアジェット)には気を付けないとな、とクレスは気を引き締める。

 なにしろあれは軽く20階層分(・・・・・)を貫く威力があり、初めてその存在を知った時には自らの身体を以てであったという苦い経験が彼にはある。幸運にもその時には右腕を吹っ飛ばされただけで済んだが、敵の正体を判明させるまでいつまた水流が来るか分からず、ひときわ慎重な攻略を強いられた。

 飛翔する斬撃(ストライクアウェイ)高圧水流刃(アクアジェット)、この二つによってここまでの紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の弱点だった『触手の可動範囲による攻撃制限』は失われた――そして。

 

「最後の一つは未知数……あれの効果を見るまで下手な反撃の手は打てんな。外観は鱗と結晶の生えた翼の膜部分、形状は蝙蝠のそれともドラゴンのそれとも見えるが。はてさて、どう動く?」

『テケリィィ――……』

 

 視線の先の紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)が、武具の着心地を確かめるかのように腕を小刻みに振るわせる。威嚇のようにも見えるその動き――次の瞬間、黄金剣の斬撃と水流の刃がクレス目掛けて遠慮なしに振るわれる。

 

「ちっ、早速か!」

 

 彼の所見によると、その威力は本家本元(オリジナル)同様なんら侮れるものではなかった。

 現在の対毒重視装備で受けるのは厳しいと判断し、すぐさまその場を飛び退く。

 独特の振動音を以て宙を駆ける高圧水流の方は容易く氷を切断し、浅くない傷を残す。

 黄金剣による斬撃の方もまた、氷床にクレス2人分くらいの深さの凹み(クレーター)を刻み込んでいた。

 

「威力は間違いなく、先の触手攻撃を軽く上回っている。喜ばしいことではないな」

 

 いずれもあまり乱射されると、当たり所次第では氷のフィールドの崩壊を早めることに繋がってしまう。

 氷下の毒液がそこから漏れ出したら元の木阿弥になりかねない……となれば。

 

「早々に決着を狙うべきか……いや、焦るな俺よ」

 

 割れたり薄くなった氷床に控えの魔剣を振って補強しながら、クレスは隠された残り一つの能力を見極めようと前に出る。

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)は割と簡単に誘いに乗ってきて、彼に対してその謎の素材(ドロップアイテム)が纏われた腕を振るってきた。開いた翼が鎌のように展開し、黒板をひっかいた時のような甲高い音を鳴らして迫る。

 しかし、斬撃が飛んでくるわけでも、水流の刃が飛んでくるわけでもない。

 その一撃をなんなく避けたクレスは首を傾げた。

 

「特殊能力がない? いや、そんなことはないだろう……ふむ」

 

 ひとまず背面に回った触腕から迫る一撃(黒王剣)を避けるべく、更に前に踏み込もうとしたクレス。

 そちらは先ほど謎の触腕攻撃が通った後の場所であり、そこに近づいた瞬間。

 彼の胸元が、ぱっくりと裂ける(・・・)

 

「これは……!」

 

 すかさず、傷を生んだ原因となる場所に目をやるクレス。

 音速を見切る彼の眼が、結晶翼(ドロップアイテム)纏う触腕の軌跡に残っていた微かな空間の違和感(・・・・・・)を捉えた。

 僅か一筋の黒い線が、そこに走っている。髪の毛の何百万分の一よりも細い、空間に刻まれた罅。

 クレスは傷に回復薬(ポーション)をかけて止血しながら、その黒線へ向けて試しに足元に転がっていた氷の破片を蹴飛ばしてみた。

 

「む」

 

 その線のような空間の歪みに触れた瞬間、氷は真っ二つに割れた。

 まるで斬られたかの如く美しい切断面を見せて落下するその様子を見て、クレスはやはりかと頷いた。

 

「名づけるなら『設置斬撃(トラップ・スラッシュ)』か。見えんことはないが、戦いの中で気を配るのは面倒なやつだ……ここは、後で出てくる厄介なモンスターの攻撃手段を知れたと楽観的に捉えておくか」

 

 何はともあれ、これで敵の新たな攻撃手段は一通り知れた。

 黒王剣(ただ頑丈な剣)黄金帝剣(飛翔斬撃)厄潤胸核(水流斬撃)結晶翼(設置斬撃)

 四種の斬撃の間を掻い潜りながら、それらを踏まえた上でクレスは変化した戦いを決着に導く方法を考える。

 

「とにかく、一番厄介なのは斬撃を置いてくる奴だ。いつまで残留するか……少なくとも一、二時間で消えてくれるほど生易しくもなかろう。となれば、長期戦は不利。短期決戦を狙うべきだ」

 

 ほぼ不可視の斬撃結界が完成した場合、それへの対策を持たない今のクレスは身動きが取れなくなってしまう。

 その状況に陥るより先にこちらが紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)を仕留めなければならない。

 そう暫定的な方針を見据えた彼は、反撃にうって出るべく再び『アブソリュート・デュオ』を抜いた。

 触手の数を減らした弊害で、先ほどまでの特徴だった恐るべき手数も失われている。

 着実に攻撃を避け、迫る触手をすれ違いに斬ろうとするが、

 

効かない(凍らない)だと?」

 

 氷属性を宿した刃は、先ほどまでと違いほぼ効果を発揮することなく弾かれた。

 激しい触手の動きが熱を持って、魔剣の冷気を以ても凝固点を下回れないのか……なんにせよ、氷に対する耐性が変化しているようだ。

 そうなれば、クレスは攻撃手段を考え直さざるを得ない。

 しかし彼の顔には、悲観的な感情は写っていなかった。

 

「……曰く、世の中に完全な無敵ってやつは存在しない。あるなら最初っからそれを作ればいいだけの話だからな。どんな奴にも弱点はあるし作れる。そうじゃないから、迷宮(ダンジョン)は多種多様なモンスターを揃える……」

 

 どこかで聞いた話を思い返しながら、クレスは冷静な面持ちで改めて遭遇時に試した実験を執り行う。

 発火性の毒煙を封じた今、火と雷を含めた全属性の魔剣を振って試す。

 ――その中で効果を示したのは、雷だった。

 

「雷撃による一時的な硬直。こいつを介せば攻撃は通るみたいだな。んでもって、速攻を狙う……ならば今の紫毒巨塊(お前)に相応しい武器は決まった。こういうこともあろうかと持ち込んでおいてよかったな」

 

 双剣をしまったクレスが、腰の後方から取り出した折り畳み式の武装をガチャンと展開し構える。

 その全長、およそ5(メドル)

 長槍にも似たその形状だが、しかしこれは弓であった。

 

 電磁加速式重弩(レールバリスタ)、『ブラック・ブレット』。

 

 その銃身には、かつて雷神(ゼウス)(ヘラ)にお仕置きされていた中で流した神血(イコル)をしれっと拝借して(パクって)練り込んである。魔力を込めることで電流と磁場が発生し、装填された専用弾――神殺しの蠍(アンタレス)の近縁にして深淵種である『ブラックロック・エスコルピオの重殻』から削り出したもの――を加速して撃ち出す。

 問題なのは先の魔剣と同じく、一発限りのじゃじゃ馬であること。一度撃つと銃身がプラズマ化して焼け付いてしまい、作り直しに近い整備(メンテナンス)をしないと次弾が撃てない。

 しかしその威力は、好々爺(ゼウス)保証(ドン引き)付きでもあった。

 

「最大充電まで最速十分。それまでにお前が俺を仕留めるか、そこまで至った俺がお前を仕留めるか。鬼ごっこと行こうか」

 

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)に、その提案を拒むことは許されなかった。

 

 パチパチと弾ける電子の嵐が、クレスの手の中で荒れ狂う。

 その有様に秘められた威力を本能で察したのか、モンスター側からの攻撃頻度が更に上昇する。

 なんとしてでも充電(チャージ)を中止させようとする紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の反応に、クレスは確信する――どうやらこの一撃は、奴を仕留めるに値するようだと。

 

 やたらめったらに振るわれる触手剣には通常冒険者の使う剣技の術理が存在せず、軌道は複雑で読み辛い。

 しかしその動きにまったくの規則性がないと言われれば、その認識には語弊があるとクレスは思う。

 染み付いた癖、肉体の特性に寄る甘え。これまでは『深々層』の階層主(モンスターレックス)相応のステイタスによるゴリ押しで乗り切ってきたであろうことがありありと読み取れる、素人(トーシロ)の剣捌き。

 刃筋を立てるだとか残心を取るだとかをロクに知らない動きは、彼にとってどうぞ手玉に取ってくださいと言われているようなものだった。

 

 脅威であった設置斬撃も、それを振るう触腕が常に一定の範囲から抜け出さないように立ち回ることで封じられる。一部に危険地帯を集中させ、そこに踏み込まないようにする。

 

 その他激しく猛追してくる攻撃の中を、クレスは宙に舞う木の葉のような動きで避け続ける。

 決して、無理になるような機動は行わない。常に数手先の自分が無事である道筋を見定めて、そこに至るまでの道程を踏み外すことなく駆け抜ける。

 

 彼の手中で脈動する疑似神雷(ディオス・ケラウノス)の輝きが、幾千の鳥の囀りのようにけたたましく鳴く。

 舞い散る電子の奔流がその手を焼くのも構わず、クレスは惜しむことなく魔力を注ぎ込み続ける。

 器用さを主としながら満遍なく能力値(ステイタス)を鍛えてきたクレスの魔力は、近接戦闘手ながらも熟練の魔導士のそれに匹敵する。

 己の作った武器の限界を見極めながら、潤沢な魔力を注いで。

 

 注いで、

 

 注いで、

 

 注いで――来た(・・)

 

「さて、あの好々爺(エロジジイ)が言うからには事後承諾の条件は「儂の血を使うからにはカッコいい詠唱が必要条件! それが出来んのなら使うのダメ、絶対じゃもん! 大神(わし)に相応しい、超絶カッコいいの頼むからのー!」ときているのでな。ここで本邦初披露だ。理解できるかは知らんが、冥途の土産にでも聞いていけ」

 

 古代には一時期、詠唱破棄の技法が流行った時期もあった。

 しかしそれは自然と廃れた――何故か。

 なにかと一部の冒険者と神(バカ)どもが「それじゃキメられねぇだろ!」と騒いだのもあるが、その本質は『魔法円(マジックサークル)と同様、詠唱には魔法威力の向上にある』と認められたからだ。

 声に出して詠うことで、戦いの空気に酔いしれる中でも魔力の流れを練習した通りに整えられる。その澱みない魔力の流れを用いることで、魔法の過剰消費(ロス)が減少しかつ威力が向上するのだ。

 そんな当時最先端の『学区』の研究成果を投資者の権利としていち早く手にいれていたクレスは、いざ必要となれば惜しみのない全霊の声で詠う。

 

「【盟約により我が手に(はし)れ天空の王よ】――雷装銃身(ケラウノスバレル)充填完了(セット)

 

 散々大神(ゼウス)とその眷属に駄目だしされた詠唱だが、彼は作り手なだけあってそれなりに気に入っている。

 

「【招来するは神意を滅ぼす魔蠍を穿つ嘶光(イナビカリ)】――三眼演算式(システムトライクロプス)照準固定(オールグリーン)

 

 連中の要望として苦渋を噛み締めながら取り入れた詠唱外の文句も練習を経た結果、我ながら感心するほど流暢に詠えているものだとクレスはふと過去を懐かしんだ。

 

「【万雷折り重なりて(ソラ)を征けよ浄火】――射出準備、完了(トリガーセット、レディー)……」

 

 ほぼほぼ光の塊と化した銃身を構え、紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の本体を正面にして。

 そう言えばと試射の折、かつて建設途中だった巨塔(バベル)を吹っ飛ばしてしまい「神の怒りだ」なんだと騒がれる黒歴史を生み出してしまった記憶がふと思い出されて――。

 

「――【ブラック・ブレット】、発射ァ!」

 

 引き金が引かれ、撃鉄が落ちる。

 その合図とともに、装填された弾丸が溜め込まれた力場の影響下へ。

 物理法則と魔法法則の累乗が常識を超えた加速を生み、漆黒の銃弾は雷鳴の如く銃身を駆けて光となる。

 

 超神速にして亜光速。

 

 神域の狙撃に達した弾丸は、咄嗟に防御態勢を取った四つの触手をその装甲(武装)ごと纏めてブチ抜いて。

 疑似的な長文詠唱に見合うだけの威力を以て、一瞬にして紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の肉体を打ち抜き――風穴を開ける。

 

『――――――――――――――――!!!』 

 

 風穴より伝わる余波熱により、全身が瞬く間に沸騰。

 内側から気化して膨れ上がる体積、その圧力に巨体が耐え切れるはずもなく。

 超新星の如き大爆発が、洞窟内を白一色に染め上げた。

 

 咄嗟に壊れた銃身を投げ捨て、身体を丸めて防御態勢に移行したクレス。

 彼は光と衝撃が収まるのを待って、呟く。

 

「……やったか?」

 

 




《Tips》
 クレスくんに台詞(ひとりごと)が多いのはぼっち生活が長いからだぞ!
 一人暮らしをしているとやりがちな癖だから、みんなも気を付けよう。
 たまーに地上に帰って市井に出た時には、平然とひとりごとを話していて周囲からしれっと距離を開けられたりしているぞ。

《Tips2》
 一応、地上に降りた原初の神々の中にはクレスくんのことを知っている神もいるぞ。もっともその大半は既に彼が寿命で死んだものと思っているぞ。
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