ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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 読者の皆様、感想・評価・誤字報告諸々纏めてありがとうございます。
 誤字脱字においては本当はあっちゃいけないのに、どうしてか何度見返しても生まれる不思議。二次創作という迷宮において、もうこいつは作者にとってのモンスターだよ(戒め)。
 でもまあ、それを許してくれる心優しい皆様であれば、つい筆が走っちゃって二倍くらいの長さになっても許してくれますよね☆
 ……ホントごめんなさいでした。


熾天の蝕毒と英雄ならぬ冒険者

 

 魔銃【ブラック・バレット】の齎した極光が収束するまで、たっぷり十秒程度を要した。

 神の力(アルカナム)に限りなく近しい電力(エネルギー)の暴嵐が徐々に落ち着き、世界に色彩が戻って。

 ――そこには、何一つ残っていなかった。

 

 見る者に不吉な予感を抱かせて止まない醜悪なる肉塊の姿は、影の一つも見当たらない。

 ただ水分と言える水分が蒸発し尽くして、干ばつ地帯のように罅割れた()毒沼だけが在る。

 

「……ちぃ、また作り直す必要があるか。少し調子に乗りすぎたな」

 

 その中に一人佇むクレスは、熱雷の反動でほぼ炭と化して加護を失った樹精霊の骸衣(ドライアド・ネクロス)を破るように脱ぎ捨てた。

 晒された彼の上半身、そこには融けて捲れ上がった皮膚とその下に無数に走る惨たらしい樹状の火傷跡があった。

 レベル21の耐久を易々と貫く、偽の神雷(ケラウノス)の代償。神経までもが焼き切れているおかげで逆に痛みはなく、その閲覧(グ〇)注意な自分の肉体に対してクレスは粛々と収納袋(スロット)から引き抜いた回復薬(ポーション)を振りかけて治療を施した。

 ――このくらいの代償は安いものだ。恩恵(ファルナ)と『深々層』製の薬があれば、冒険者の身体はちょっと死の淵を乗り越えたとしても戻ってこられるのだから。

 

 大事にされている(カオス)に聞かれたら大目玉を食らうような、これまでの実体験(・・・)に基づく認識の下で。

 彼は修復の始まった肉体が次第に生気を取り戻し、またその過程でじくじくと痛みが復活していくのを堪えながら、今の今まで相対していた階層主(紫毒の巨塊)について思考を巡らせる。

 

「五体は無事、走馬灯も見て(死にかけても)いない。使ったのは精々魔剣100本と、双剣に盾に重弩に回復薬(ポーション)数本……」

 

 その、大戦果と呼んでも差し支えない今の自分の状況を振り返って彼は顔を顰める(・・・)

 

「少ない。あまりにも少なすぎる。だって、まだ用意した装備の半分も消費していないんだぞ?」

 

 これで決着がついたとすれば、いくらなんでもあっけなさすぎる――そう、有り得ないほどに。

 もし、今の戦いが予め情報を仕入れた上で挑む『既知』の階層主(モンスターレックス)相手であれば分からないでもない。徹底的に分析した敵の戦闘思考(アルゴリズム)を誘導し、状態異常(毒・麻痺)や拘束罠などを活用して動きを封じ、露出させた弱点を粉砕する。そのような周回行為(素材集め)の時ならば、どれだけ強大なモンスターであろうとクレスにとって鎮めるのは容易い。

 しかし、今回は話が違う。

 

 『未知』の迷宮の怪物(階層主)を相手にしておきながら、大して苦戦もせず倒してしまえるだなんて。

 そんな都合のいい話があるものか? ――ああ、もちろんそんな訳がない。

 

 クレスの直感が、これまでに積み重ねてきた経験が、叫ぶ。

 思考回路に鳴り響く警鐘(サイレン)が、神の加護(ファルナ)越しに甲高く訴える。

 

 まだ、終わっていない(・・・・・・・・・・)と。

 

「――っ!」

 

 彼の予想を、親愛なる迷宮(ダンジョン)の悪意は裏切らなかった。

 一滴の潤いもなく干上がり切り、生命の鼓動が消え失せたはずの洞窟が突如鳴動を始める。

 乾燥して固まった毒沼の直下から……迷宮(ダンジョン)の奥深くから。

 神の一撃に等しい暴挙(ブラック・ブレット)を受けてなお健在であった、心胆を寒からしめる声がクレスの耳をつんざく。

 

『――――ィィィ・リ・ティキリ・リリリィィィ――――』

 

 それを聞いた彼が「やはりか」と納得するや否や、それ(・・)は地面から盛り上がるようにして姿を現した。

 

「……随分と様変わりしたな」

 

 少しばかりの間をおいて彼の目の前に姿を見せたもの。

 それは、光沢放つ美しき真球体(スフィア)だった。

 一切の瑕疵が見当たらない、理想的な玉体(ぎょくたい)……しかしそれから感じられるおどろおどろしい気配はまさしく、この場所の主である紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)のものであった。

 

第一(捕食)形態、第二(反撃)形態ときて第三(新しい)形態か。まだ変化を残していたとは驚きだ。それにしてもあの黒雷弾(ブラック・ブレット)を受けて、まだ(魔石)が無事だったとは。予想はしていたとはいえ、そちらもまた信じがたい」

 

 とはいえ、クレスのやることに変わりはない。

 また動きを一通り観察して、それから討伐までの手順を組み立てる。

 そのために改めて取り出した盾を構えて、様子見の体勢を整える。

 

『……リリリリ……テ・ケリ・リリ……リリリ……』

 

 彼の視線の先で、真球体の表面にぴしりと一筋の罅が入る。

 それを起点として、紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)が徐々に変貌を遂げていく。

 先ほどまでの触手による猛攻が嘘であるかのような、どこか余裕さえ垣間見えるゆったりとした変態行為(へんしん)

 色合いだけは相変わらず不気味な紫色のそれが割れて、中身に隠れていたものが見えてくる。

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の移ろいゆく様子を観察するクレスはなんとなしに、あの形状が意味している所を悟った――あれは、繭だ。

 外敵から身を守る盾。絶対不可侵の防御膜。

 それを今になって解くことの意味――それは。

 

「――まさか、これからようやく起きた(・・・)のか?」

 

 先ほどまでの形態はいずれも、孵化前の未覚醒状態(スリープモード)

 破れる殻の隙間から漏れ始める、これまでとは比べ物にならないほどの重く粘つくような殺意。

 魂の根底を凝視し揺さぶってくる深き遠きものの意思……それを目の当たりにして、クレスはようやく「ここまで怪物は目覚めてすらいなかった」のだと理解した。

 

 そしてついに、分厚い泥の揺籃を破って。

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の真体が、ここに降臨する。

 

「あれは……天使?」

 

 それは、とある神話体系に語られる主神(デウスデア)の御使いの姿に酷似していた。

 軋み擦れるような不協和音を立てて回転する汚泥の光冠。

 滲み滴る体液に濡れ、ぬらぬらとした悪意の輝きを放つ八枚翼。

 それらを生やす、見た目こそクレスと同じ人型(ヒューマンタイプ)であるもののどこか畏怖を禁じ得ない黄金比の肉体――。

 

 繭の中から生まれ出でたその在り様は相変わらず悍ましく、そして――美神が聞けば怒りに満ち震えること間違いなしだろうが――クレスが思うに、理性を超越して万人を納得せしめる『美』をそこに感じさせた。

 

「……ヤバいな。あれは間違いなく、ここまでのより段違いで強いぞ……!」

 

 ここへ来て、クレスは自身の内側から鳴り響く警鐘が最大限に稼働しているのを察した。

 肉体面の負傷は既に治療を終えている。構えた盾の裏で残る魔力不足を補うべく精神力回復薬(マジックポーション)を急ぎ飲み干し、彼はここまで以上の集中力で以て相手の初動を見切ろうと目を凝らす。

 

 その冒険者の姿を前に、繭の残骸を振り払った紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)だったナニかが鎌首をもたげて。

 

 何の前触れもなく、全身が爆ぜるかのように全方位全距離への弾幕を撒き散らした。

 

「くっ!?」

 

 放たれた弾幕は超高速かつ、超高密度。

 それは一つ前の形態において振るっていた触手攻撃の乱打よりも更に緻密に過ぎて――回避不可。

 かつ、直感的に防御ではなく切り払うべきだとの判断を下して、クレスは盾と入れ替えにして咄嗟に引き抜いた魔剣【ネガ・ファトゥム】を一閃。

 超級冒険者の能力値(ステイタス)を全乗せした斬撃が、弾幕の一部に辛うじて彼一人分の隙間を作り出す。

 その隙間を目掛けてクレスは身体を滑り込ませ、

 

 そこには既に照準を合わせていた(人差し指を向けていた)紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の姿が先回りしていて――!

 

「――ちぃっ!」

 

 ――それが何の兆候なのかは分からない、ただ確実に何かをするつもりには違いない!

 すかさず回避行動に移ろうとしたクレス。

 しかしそれが実行に移されるより早く、焼け付くような感覚と共に右胸の下を貫かれる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 クレスの眼が捉えた攻撃の正体は、水圧砲(ウォーター・カッター)

 しかも、これまた前の形態で【セイリュウの厄潤胸核】を司る触手が扱っていた高圧水流刃(アクアジェット)より威力が高い。

 その一撃は迷わずクレスの脇腹を喰い破っており、すんでのところで心臓への直撃こそ避けたものの肝臓が傷ついている。傷跡からどくどくと流れ出す血液、それを意識して抑えながら彼はすぐさま不死鳥の涙を溶かし込んだ最上級治療薬(ハイパー・ポーション)を呷った。

 それで事なきを得たと一安心したのも束の間、傷跡に目をやった彼はすかさず追加で解毒薬(ポイズン・レジスト)を飲む。たった今塞がったばかりの傷跡……その周囲を侵食していたドス黒い変色部分が、薄れていく。

 

水圧砲(ウォーター・カッター)の中身はその腐った体液か? 血か組織液か、なにを飛ばしているのかは知らんがここでの暮らしで厄介な病原菌(ウイルス)を相当種体内に溜め込んでいるようだな。放置すれば俺でさえ敗血病であの世へまっしぐらとは――がっ!?」

 

 その厄介さに舌打ちするより先に、クレスは続く側面からの衝撃によって吹っ飛ばされた。

 いつの間にか真横に移動していた紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)が、左足を振り抜いていたのだった。どうやら蹴っ飛ばされたらしい。

 しかも最悪なことに、その直前の動向を彼は一切(・・)捉えられていなかった。

 

「く……ごほっ。ついに本体が動くか、それも眼の追いつかない速さでだと? もう俺の転移魔法(シュレディンガー)と変わらないじゃないか。なぁ?」

 

 これまでの戦いは全てお遊びに過ぎなかったのだと、その行動で以て語る紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)

 受け身を取って衝撃を殺したクレスが口に溜まった血を吐いて体勢を立て直す。

 再び盾を構えながら相手の方へ目を向け直すと、なんとその姿が3つ(・・)に増殖していた。

 

「分裂? いや、残像か。器用な真似をするものだ」

 

 その輪郭が微かにぼやけていることから、恐らくは高速軌道による残像だろうとクレスは見る。

 レベル21の眼で以てしても捉えきることのできない、超加速移動……しかもその上、よくよく見れば本体からは細い糸のようなものが垂れていて常に泥沼と繋がっているときている。

 

「なるほどな、ここへ来てついに始まったか神回避と高耐久と超回復の絶望的階層主戦(ハイパークソゲー)。それだけじゃない、どうせまた耐久も上がってるんだろう? 神々でもこんな試練は与えてこないだろうな普通……いや、やっぱやるかもしれんな。あいつら、自他ともに認めるロクでなしだし」

 

 そうまでして迷宮()の奥に辿り着かせたくないのか、とクレスは自身を取り囲むように周囲を飛び交い始めた紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の姿を前に呆れるように独り言ちる。

 されど彼の眼には臆するだとか怯えるだとか恐怖だとか、そういった類の負の感情は映らない。

 

「だが、神の試練を打ち破ってこその人というものさ。迷宮(ダンジョン)、また今回もお前に教えてやろう。どれだけ高い壁を用意しようと、人間は諦めさえしなければいつかそれを乗り越える。そしてその中でも特に諦めが悪いのが、冒険者(俺たち)というものなんだとな!」

 

 常人ならば絶望・失禁・発狂の三連続技(コンボ)を返礼し、命を以て領域に土足で踏み込んだ無礼を速やかに詫びるところ。

 しかしクレス・カタストロフという人間は――どうしようもなく救えない冒険者であった。

 

 そこに苦難があるならば乗り越える。

 足を引っ張ろうとする奴がいれば踏んづけて引っぺがし、立ち塞がる奴がいれば殴り飛ばして。

 諦めようとする己さえ燃料にくべ、手が千切れようと足がもがれようと構わず、前へ。

 それこそ(タマ)を取られようが、未練たらたらに現世にしがみついて先の見えない明日へと挑む。

 そうやって歩みを止めず進んできた。

 そんな、これまで通りの冒険譚の一頁をここでもまた書き綴るだけ。

 ――それが迷宮(ダンジョン)に心囚われた者の定めなのだと、クレスはとうに覚悟を決めている。

 

「よし、行くか」

 

 これまでと変わらず、クレスは頭を回転させる。

 まず、絶対に避けるべきは汚泥光線(ポイズンレーザー)だ。触れればすぐさま回復のために余計な行動(ワンアクション)を挟まなければならなくなる。だが発射前にわざわざ人差し指を向けてきたりするなど、前兆が見切れるのならば理論上その後の攻撃も避けられる。

 それ以外の単純な物理攻撃においては、先ほどの感触からして即死はない。

 受け損ねても精々が内臓破裂くらいで済むと、口の中に隠していた濃縮最上級治療薬(ハイパー・ポーション)密閉容器(カプセル)を噛んで考えを纏めたクレスは紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の前に立つ。

 

 その目に宿る不屈の意思を叩き折らんと、本領を発揮した紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)が複雑な軌道を描いて彼へ襲い掛かる。

 

『テ・ケリリリ……テケリ・リリ……!』

 

 汚泥の天使が、毒の窟に舞う。

 

 音も光さえも置いて宙を駆ける孤独なる王の歓待は、その渦中に身を置いたクレスの肉体を思うがままに痛めつけ存分に弄ぶ。

 迫る紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の手刀・殴打・蹴撃・体当たり(タックル)噛みつき(バイティング)等々……神秘的な見た目をしている割に野生的な荒々しい攻撃の嵐に、なんとか防御を間に合わせながらも揉まれて吹っ飛ばされる。

 そうして受け身を取った矢先、既にそこに待ち構えていた紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の次撃によって再び体が宙を舞う。

 

「……!」

『テケリ・ケli・リ――リリリlililiリリリlilili……!』

 

 最低限、芯を捉えられることだけは避ける。

 だがそれ以外の衝撃を逃がす余裕は、今の彼にはない。

 

「がっ! ぐっ! ふぅッ! ……くっ、効くなっ!」

 

 以前までとは文字通りレベル(・・・)が違う、段違いの攻撃。

 より密度の高まった超質量(体重)×その巨体を支える超威力(パワー)×音を超えた超速度(スピード)

 その三つが重なって累乗的に破壊力を増し、レベル21冒険者の肉体に血反吐を吐かせる。

 正面から迫る心臓狙いの正拳を体幹を捩って右肩で受け、側頭部狙いの回し蹴りを腕に装着した丸盾で弾かれるように避け、目視できない後方下部から股間を狙って放たれた貫手を腰をずらして太ももに掠らせる――!

 どれも凄まじい威力を伴うために、打撲痕は赤黒く染まり骨が折れ、裂傷からは勢いよく血が噴き出す。

 その中でクレスは冷静に、数ある死の未来の中から許容可能な被害(コラテラル・ダメージ)だけを選び抜く。それらを受けつつ、時には相手の攻撃で回復薬(ポーション)の容器を割らせて中身を浴びるなどという曲芸染みた動きもこなしながら、相手の動き(モーション)を必死になって覚える。

 

『テ・ケリ・リリ――Tekelilili――lili!』

 

 ひたすらに暴力の荒波に溺れさせられ続ける今のクレスの姿はまるで、巨大なモンスターの掌の中で良いように弄ばれる(ピンボール)のようにも見える。

 しかしそのような状況下で自らの血に全身を染めながらも、彼は考えることを止めていなかった。

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)によって好き勝手に嬲られながらも、急所だけは絶対死守。

 額から流れてきた生暖かい血で赤く染まる視界の中、クレスは少しずつ慣れてきた眼で観察する。

 

「(……どうやら、俺の方からこの速度に合わせるのは正直言って無理だ。おそらくレベルにして2つ分は、敏捷のアビリティが違う。そんなのに正面から向き合うことほど、無意味なものはない……だが、それはそれでやりようがある!)」

 

 ここへ来て、クレスは防御一辺倒だった方針を変える。

 殴られながらも己の内側で練り上げた魔力(怒り)に、スキルで以て点火する。

 【寡黙不語(カタラヌモノ)】、効果発動。

 

「――【プロメテウス】!」

 

 詠唱を破棄された【プロメテウス】が、火花を散らして爆ぜる。

 それは更に破れた氷の封印の向こう側から再び流れ込んできていた毒(ガス)を巻き込んで、大爆発。

 激痛に苛まれる身体が紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)諸共焔に呑まれ、焼き焦がされて――その中で、クレスは乾く喉の奥から続けてその名を叫ぶ。

 

「――【プロメテウス】ッ! 【プロメテウス】ッ! 【プロメテウス】ッッ!」

 

 詠唱破棄の四連打。

 落とされたはずの火力は環境効果(可燃性ガス)によって再び上方修正され、瞬く間に生み出されたその四恒星が空間全体を光と熱の暴威に溶融させる。

 いくら炎に耐性があると言え、流石の紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)もその火力の中で無暗に動こうとはしなかった。否、動けなかった。

 自爆覚悟という『未知』。本来生き物であれば取るはずのない不可解な動きを前にモンスターは踏み止まってしまい、その苛烈だった攻撃が一時停止する。

 

 そして対照的に、自らの炎に燃やされる感覚を知っていたクレスはなお平気な顔で動いていた。

 

「――そら行けッ!」

 

 消えゆく焔光の中から姿を現したクレスが、いつの間にかその両手の指の間に握っていた都合八つの小さな(ボール)をばら撒く。

 その速度は紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の平均速度と比べればお粗末にも早いと言えるものではなく、当然のように相手は自らの方に跳んできたその(ボール)を払い除ける。

 それにも構わず、クレスは懐から更に同じものを取り出しては投げ、投げて投げ続け――紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)は困惑しながらもそれを防いで。

 ようやく投げ終わったクレスを再び攻撃しようと瞬間移動した、その時。

 

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の肉体が、七つに裂けた。

 

『LilIィィィ――テ・Keリlili……?』

 

 すぐさまその身体は泥の補充によって元通りの形に戻ったものの、紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)は続けて動こうとはせず不可解そうに立ち止まる。

 それを前に、クレスはようやく今の一方的な死合(ワンサイドゲーム)に一区切りつけてやったと不敵に笑った。

 

「追いつけないなら、追いつく必要をなくせばいい……。今の俺は動けないが、お前ももう動けない。気を付けろよ、なにせ此奴は千切れない(壊れない)ことに定評があるからな。下手すれば体内の魔石が細切れになるかもしれんぜ?」

 

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)は気づく――己の身体を切り刻んだものの正体に。

 それは一つ前の形態で自分(モンスター)が使っていた、『設置斬撃』に近しいものだと。

 よくよく目を凝らせば、この空間一帯にきらきらとした細い線状の何かが張り巡らされているのが分かる。

 自身の目の前にあったそれを指先でピンと弾いたクレスは、親切にも説明を口にした。

 

「俺がさっきそこらに撒いたのは【キプト・アルウィン】。昔のそのまた昔に鍛冶アビリティの実験で作った玩具(おもちゃ)の一つで、その時は不壊属性(デュランダル)がどんなものに付与できるか色々試しててな。こいつはその過程で出来た不壊属性(デュランダル)を付与した緋々色金(ヒヒイロカネ)製の弦糸を、何重にも巻きつけた(ボール)なんだよ。投げれば糸が解けて伸びて、周りの地形に引っ掛かって即席(トラップ)を作れる。今みたいにな。どうだ、面白いだろう?」

 

 「何がいつ役立つか分からんものだな」と、これを作ってかつ捨てていなかった過去の自分を褒め称えていたクレスは雄弁に語る。

 

 ただ、これはあくまでも実験作(おもちゃ)に終わったものだった。

 興が乗って当時のギルド長に見せびらかしたところ、邪神の眷属(イヴィルス)による悪用と撤去困難による二次被害を防ぐためにとその場で直々に使用禁止を言い渡されてしまったからだ。

 クレスはそんな大昔の己の発明品を、先の【プロメテウス】による光を目晦ましとして【シュレディンガー】で拠点から回収してきていたのだった。

 無論、持ってきたものはそれだけではない。

 

『テ・ケリ・リ……Teke-li-lilili――!!』

「はっ、段々その五月蠅い声の聴き分け方も分かってきたぞ。そうかっかと焦るなよ。さて、ここからのお前の取れる行動は二択だ。また触手を出して糸の隙間を潜り抜けさせるか、もしくは水圧砲(ウォーター・カッター)を使ってくるか……」

 

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の取った選択肢は後者だった。

 構えた両手両足の指先から、広げた翼に生える羽のようなものの先端から。身体の内で圧力をかけた体液を無数に射出し、周囲に展開された糸に構わず遠距離攻撃を放ってくる。

 不壊属性(デュランダル)を付与された糸はもちろん切れないものの、水はそれを擦り抜けてクレスの下へと飛来する。

 それらに対して彼は、【キプト・アルウィン】のほかに回収してきていた大盾の内側に身を隠して水流攻撃を防ぐ。銘こそ与えていなかったものの、下部の(パイル)を地面に打ち込んで固定化する特殊な機構を持ち合わせている盾だ。それは同じ不壊属性(デュランダル)によって、見事紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の砲撃を防いでのけた。

 

『テ・Ke-リ・リlili……』

 

 悩むような鳴き声と共に、砲撃が止んで場が静かになる。

 

「……ふむ?」

 

 クレスが盾の淵からこっそりと顔を出して様子を伺ってみれば、紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)は触手のように伸ばした不定形の翼と手足を毒沼に深く突き刺して大口を広げていた。

 それは彼の盾の設計と同じ思想……すなわち、対象をその場に固定する役割を持つ。

 そして、砲身に見立てた口腔内に、傍から見ても分かるほどに膨大な圧力が凝縮されていき――魔力の燐光が迸り出す。

 

「まだそんな手を隠し持っていたのか。しかもこの威圧感……来るか、必殺技が」

 

 盾の中に完全に身を潜め、クレスは唸る。

 経験を積んで成長したモンスターの中には、冒険者と同じように切り札とも言うべき奥の手を隠し持つ個体がいる。

 今から放たれるのは紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)のそれだと読んだクレスは、その発射を秘かに待つ。

 相手の魔力の波長を心眼アビリティで見抜き、その揺れ幅から威力の触れ具合を察して――今。

 

『Teke-lililililililililililili――!!』

 

 その一撃はまさに、紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の全てを煮詰めたかのような一撃だった。

 黒紫色に濁る汚泥の奔流。

 魔力の放出(ブースト)を掛け合わせて放たれるそれは概念的な破壊さえ伴い、不壊属性(デュランダル)をも呑み込んで蝕み溶かしていく。

 

「……名づけるなら、蝕毒瘴息(ブレス)か。なんとも恐ろしい一撃だ」

『Teke-li-li……?』

 

 だが、それはやはり容易く連発できるものではないようで、毒を吐き終えた紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)が疲労を見せるかのように一息置くそぶりを見せる。

 その姿を背後から見ていたクレスの落ち着き払った声に、相手は驚いたように振り返った。

 

「そこに盾があるからと言って、俺がいると思ったか」

 

 蝕毒瘴息(ブレス)が放たれる直前、クレスは盾を残してしれっと転移魔法(【シュレディンガー】)でその場から逃げていたのだった。

 

「ああもちろん、糸も盾も予備はある。それこそ腐るほどにな」

 

 すぐさま溶けた糸結界の一部を張り直し、大盾の二代目を構えてクレスはその裏で回復薬(ポーション)を飲みつつ放たれる水圧砲(ウォーター・カッター)を耐える。

 しかしその威力は蝕毒瘴息(ブレス)の反動のせいか前と比べて落ちてきており、彼の力でも受け流せる程度になってきている。

 

「……こっちは牽制のつもりか、その裏でまた別に蝕毒瘴息(ブレス)用の力を貯めているみたいだな。ふぅむ」

 

 更に相手の行動を縛るべく盾の裏から【キプト・アルウィン】の糸を緻密に張り巡らせながら、状況を膠着にもつれ込ませた生まれた思考の余裕の中でクレスは先の光景を思い返す。

 

 ――そもそも、【ブラック・ブレット】を食らって魔石が無事だったのは何故だろう?

 あの段階で戦いが終わるというのもあり得ない話だったが、それと同等に彼にとってはこの事実が不可解だった。

 もしあの瞬間に魔石へ守りを集中させていたとしても、それごと纏めて破損させる自信が彼にはあった。

 

「とはいえ事実として、魔石が生き残っていたからこうして奴も俺に攻撃してきているわけだが。それでもまるっきり無事だったとは思えない。少なくない欠けとか罅とかは、間違いなく入っているはず。それでも構わず、超高火力の蝕毒瘴息(ブレス)を放てるから元気(パフォーマンス)を維持できる絡繰りはなんだ? ――と」

 

 考える内に、どうやら二発目の蝕毒瘴息(ブレス)蓄積(チャージ)が終わったらしい。

 

「【シュレディンガー】」

『Teke-lililililililililililili――!!』

 

 再び転移でそそくさとその場から退避しながら、クレスはついでとばかりに持ってきた二十個近くの大盾を予備兼身代わりとしてそこら中に設置する。

 索敵をあれだけ多かった目に頼っている紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)はどの盾の裏にクレスが潜んでいるのか分からなくなったようで、案の定、怒ったかのように見境なく全てを攻撃し始める。

 その中でクレスが相手の動きをちらちらと伺っていると――気づく。

 

「……なんというか、隙だらけだな。守ろうとする様子が微塵もない。確かに肉体の耐性はまた上昇しているだろうが、さっきまで殴られていた感覚だとまだ【ブラック・ブレット】はギリ通じそうな感じだったはず。二発目が怖くないのか? まあ、あれは今回はもう撃てないし恐れなくて正解なんだが……」

 

 一度撃てば大きな整備が必要となる、その事情を紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)が知っているはずがない。

 つまりそれは……もう一度魔弾に穿たれることを恐れていない、ということ。

 【ブラック・ブレット】によって己の魔石を仕留められることを、予想していない。

 肉体を粉々に吹き飛ばされても、魔石は無事。

 その、本来ならばモンスターにあるまじき絡繰りのタネとは?

 

「……そういうことか!」

 

 盾の裏に隠れ潜みながらも紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の観察を止めなかったクレスは、その攻撃に垣間見える違和感を捉えた。

 洞窟内の至る所に設置された、彼の大盾。

 それらを順次攻撃する紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)水圧砲(ウォーター・カッター)に答えを見たクレスは、やがて放たれた三発目の蝕毒瘴息(ブレス)を傍目に眺めながら一振りの刃を手に取った。

 

『Teke-lililililililililililili――!!』

 

 甲高い鳴き声から放たれる蝕毒瘴息(ブレス)に空間が揺れる感覚を肌で察知しながら、彼は手元の刃を眺める。

 それは剣と呼ぶにはあまりに小さく、またナイフと呼ぶにも細すぎた。

 モンスターと渡り合うには、ましてや階層主(モンスターレックス)の打倒を狙うにはあまりに心許ない刃に見えた――事実、その通りだった。

 

 クレスが取り出したのは、医療用の手術刀(メス)

 彼の指の第一関節まで程度の長さしかない刃渡りは、本来は彼の身体を切るための役割しか担えない。

 だが今はこれが、彼の思い描いた結論を導き出すための計画(チャート)に必要な鍵だった。

 

「……」

 

 その刃に魔力を込めた彼は、心眼・集中アビリティなどを総動員して相手の気配を読む。

 そして、計三発の蝕毒瘴息(ブレス)を撃って疲弊中の紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の隙を見計らって、投擲。

 

 音もなく、影もなく。

 攻撃とさえ呼べるはずもないその小さな一撃は紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の身体さえ狙わず、地面に突き刺さって――。

 

『Te?』

 

 地の奥深くに潜り込んだ後、パキンッ! と彼の狙いすました通りに固い音を響かせた。

 

『Te・Te・Te……TekelililiTekeliliTekelililiiiiii――!!!???』

「読みが当たったな」

 

 これまで【ブラック・ブレット】を覗いてクレスの攻撃に一切応えた様子を見せなかった紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)が、突如苦しむかのようにその身を悶えさせ始めた。

 周囲の糸に身体を切り刻まれることさえ意に介さずジタバタと足掻く様を前に、クレスは盾の内側から姿を見せる。

 

「今俺が投げたのは【アーベント・シュナイド】。治療専用のメスさ。ただし俺専用の……レベル21の身体をぶった切るための、とっておきのな。属性は祝福属性(アヴァロン)呪詛(カース)やデバフを物理的に斬って解呪するんだが、もう一つ追加効果があってな。込めた魔力を刃先に一点集中することで、切断力が際限なく上がっていくんだ。まあ、こんな地面くらいものともせず潜っちまうくらいにな。

 それで毒沼の底に隠れてる(・・・・・・・・・)お前の魔石を貫いた、ってわけだ」

 

 乾いた泥の地面をよく見れば、水圧砲(ウォーター・カッター)の跡が妙に少ない区画があった。

 まるで意図的に狙いを逸らしているかのような、不自然な一帯。

 そこにクレスは疑問を抱いた――攻撃をしないだけの理由がそこにあるとすれば、それはなんだ?

 攻撃を当ててはならない、当てたくはない……当ててしまっては困るような場所。

 それはつまり、弱点と同義ではないのか。

 

 そう考えた時、クレスの脳内で点と点が繋がった。

 

「全身が爆散しても魔石が無事……つまり、だ。今のお前の身体の中には魔石はないってことだ。じゃあどこにある? その答えはお前と毒沼を繋いでる(ライン)にあった。俺はてっきり毒を補充するための食道に過ぎないと思ってたが、違うんだろう? それは外に出ている天使型の触手(・・)と毒沼の奥なる本体の魔石を繋ぐ、神経でもあったんだ」

 

 少なくとも第一形態の時には、まだ魔石は体内にあった。

 でなければ毒沼との接触を断った際に、見えていた身体が崩壊していたはずだから。

 恐らく、魔石の位置が動いたのは第二段階になってからとクレスは読んでいた。

 素早い触手の動きで相手を翻弄し、そちらに目を惹きつけておいて。その裏で強かに、動いていなかった肉体の下でこっそりと氷を掘り進めていたに違いない。そうして魔石をやられる可能性の高い地上から地下へと移したのだ。

 

「目に見える姿から、地上の天使(お前)が本体だと騙されていたよ。いやはやこの年になっても勉強になることはあるものだな。……その様子からして、長くはもつまい。俺は怪物趣味(モンスターフィリア)でも、ましてや加虐主義者(サディスト)もない。せめて介錯くらいはしてやろう」

 

 とはいえ、敢えて近づくような危険を冒すつもりもない。

 クレスは二振り目の葬呪用メス(【アーベント・シュナイド】)を取り出して安全と見立てた距離から投擲の構えに入るが、それを見た紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)ののたうち回る動きが止まる。

 

「む?」

 

 その天使を模した泥体の眼が、確かにクレスを捉える。

 そこに移るのは死を目前にした諦観でも、介錯を希う弱弱しい光でもない。

 死なば諸共道連れにしてくれようという、爛々と輝く狂気の燐光であった。

 

 天使の身体が崩れるのにも構わず、全身から触手を伸ばしてその場に肉体を固定。

 その顎が喉元までぱっくりと裂けた悍ましい口腔に、これが最後ということもあってか余すことなく魔力を充填し始めて――。

 

「ちっ、隠れ――なにっ」

 

 いつの間にか伸びていた触手の一本が糸の隙間を掻い潜って、クレスの側の盾を彼の手の届かないところにまで弾いた。

 身を隠す場所のなくなった今、彼が紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の認識から逃れる手段はなく、【シュレディンガー】の発動条件を満たせない。

 眉を顰めたクレスは、その手の刃を握りしめながら発射体勢に入った相手を前に口を小さく開く。

 

「よく足掻くな。しかし……よりによって最後に選ぶのが道連れとは。ここで死んだふりでもして、秘かに傷を癒し生き永らえることもできなくはなかっただろうに。と、共通語(コイネー)を理解できないお前に言っても詮無きことか」

 

 その態度を潔いと見るか否かは、人によって意見の分かれるところだろう。

 しかしクレスは紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の選択肢を好かなかった。

 もとより命運を共にする道理もないと、彼は同情を一かけらも見せることなく速やかに手にしていた【アーベント・シュナイド】を放った。

 地中に存在する魔石に二つ目の()が撃ち込まれ、元々生まれていた罅が更に広がって致命的な割れ目となる。

 

『Tekeli-lilili――!!?? ――Teke-lili-liiiiii――!!!』

 

 その弾みで一瞬意識を飛ばしたのが、切っ掛けとなって。

 紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の溜め込んだ最期の蝕毒瘴息(ブレス)は暴発気味に、僅かに上方向へと狙いが逸れながらも解き放たれた。

 その特大の波動は層を隔たる天井を易々と数階層分突き割ってなお留まるところを知らず、遥か高みを目指して撃ち上がる。

 そして、やがて30階層分近くまで風穴を開けたとことで勢いが萎れていき、少しずつ細まって消え失せた。

 それと同時に肉体の制御が途切れたのか、肉体の輪郭が崩れてどろどろと崩れ去っていく。

 クレスの感知するところによれば、地下に存在する魔石もどうやら完全に砕け散ったようだ。

 

「これでようやく討伐完了……か。ふぅ、疲れたな。と、その前に一応やっておかないとな」

 

 念のためにともう一度魔石のあった場所に三つ目の【アーベント・シュナイド】を投げつけて、クレスは相手が完全に絶命したのを確認する。そうして今度こそ第四形態なんてものがないことを理解してから、彼は目の前の紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)だったものの残骸を見やる。

 

 額を流れる血汗を拭い、クレスは今回の戦いを振り返る。

 計三段階にも至る形態変化と、その過程で上昇を続ける物理・魔法耐性。

 加えて異常な速度と回復能力を有する、深淵の孤王の名に相応しい在り様。

 本当に苦労させられたものだ、と全身に疲労がどっと重く伸し掛かる。

 

「だが、休むのは拠点に戻ってからだ。……さて、素材(ドロップアイテム)はあるか?」

 

 これだけ強力な相手だったのだから、きっとその素材も相応の価値を有していることだろう。

 それを元に何が作れるだろうかと考えながら、クレスは紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)の死骸に近寄って積み重なる黒い塵の中を漁っていく。

 

「やはり此奴から作れるとしたら毒武器だろうか? いや、逆に徹底的に毒を抜いて耐毒の防具として運用するのもありか……となるとまた毒消しの素材をかき集めてこなきゃならなくなるか。ううむ、解毒薬でその手のものは大概使い果たしたからなぁ、また一からとなると少々面倒だ。やはりかねてより考えていた迷宮開拓(ダンジョンフォーミング)計画を……しかし……」

 

 ぶつくさと言いながら手際よく戦利品の回収を進めていくクレス。

 その頭は既に次回以降の討伐手順の策定及びギルド(ロイマン)への報告書をどう書こうかといった内容で占められており、最後に紫毒巨塊(キング・ポイズンスライム)が見せた足掻きについての想いは既に消えていた。

 

 ――死んでもことを為そうとする。

 その行為を否と断じ続けてきた結果が、今の彼なのだから。

 

 自分の願いを誰かに託すことほど無責任なことはない。

 己が願い、己が背負い、己がいずれ叶えるのだ。 

 

 かつてクレスを「英雄の戦いを知らぬ愚者、死の誉れを知らぬ臆病者」と誹る神がいた。

 彼は答えた――「死した程度で終われるとは、英雄とはなんと気楽なものだな」と。

 

 諦めることなく夢を追い、神の定めた終わり(下界の定命)を超えてなお己が両足で歩み続ける者。

 それこそが冒険者(神時代)なのだと背中で語りながら、荷物を担いだクレスは拠点に帰還する。

 

 幾度の絶望を乗り越えてなお歩みを止めない冒険者(クレス・カタストロフ)

 その隣に肩を並べる仲間(彼の想いを共に背負う者)は今、誰一人として存在しない。

 その孤独な背中が、大きく見えるか小さく見えるかは定かではないが。

 

 その歩みが明日もまた続くことだけは、確かなことだった。

 




《Tips》
 ~もし黄金の林檎に纏わる審判がクレス君に委ねられた場合~
ヘラ 「王の座」
アテナ「勝利」
アフロ「美女」

クレス「自分以外の付加価値に頼る時点で既に自分で負けを認めてるし、そもそも本当の美の女神ならこんな比べあいに参加しないで泰然と構えてるものだ。というか別に全部いらん」

 結果、三女神同盟から戦争遊戯(ウォーゲーム)を仕掛けられるのでしたとさ。
 ちゃんちゃん。

P.S.
 ついでにそろそろ原作の流れに絡ませていく予定じゃよ。
 とりあえず最初は暗黒期からかなー。
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