ダンジョンに英雄を、伴侶を、名声を、正義を、混沌を。果ては出会いなどを求めるのは間違っている   作:七海香波

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ヒャア、我慢できねぇ! 書き上がったからには投稿だァーッ!
……お目汚し失礼いたしました。つい脳内の世紀末モブが漏れ出してしまいました。
今回のはまだ暗黒期っぽくないというか、伏線っぽいのを適当に散らかしただけのお話です。
そんなので申し訳ありませんが、きっといつか回収するのでお目溢しいただければ幸いです。


神は踊らせ、人は踏み外し、歴史はまた巡る

 

 地上への帰還を果たし、胃痛を抱えるロイマンとの間で報告(爆弾投下)を兼ねたいくつかのやり取りを終え、そして主神カオスの手料理をいつも通りたらふく平らげて。

 拠点(ホーム)たる『時空の狭間(アラモス)』の自室で安眠から目を覚ました翌朝のクレスは、先に起きていた主神カオスからの熱烈な誘い(ラブコール)街中(オラリオ)へと繰り出すこととなった。

 

「主神とその眷属が親睦を深めるのは絶対にして必然の宿命! という訳でさぁ始めようクレス君! 古来より語られし、()()とで執り行う神聖かつ不可侵の儀式――私と君との逢引き(デート)をね!」

「ふむ。別に付き合ってもいない只人の男と女神の組み合わせをそう呼ぶのが正しいのかは知らないが、それがお望みならば付き合おう。それが今日一日の存在する意味だからな」

「――ぐふぅっ!? くっ、朝一番からきっつい一発(クリーンヒット)をキメてくるねェ君は。ここまで女神を徹底して軽んじる下界の子どもはそうはいないよ?」

「軽んじているつもりは微塵もないが」

「それを特に申し訳なくしようともせず無表情で言えるところが軽んじているって言うんだよッ! ……ホントにまったくこれだから、君ってやつは。ええい、それ以上余計な口を開く前に兎に角準備をしてさっさと出るッ! 今日の夕方にはもう君は帰ってしまうんだから、時間は有限! 急げや急げ、さあ急げ(ハリーハリーハリー)!」

 

 そんな三文芝居を繰り広げつつ、準備を整えていざバベルの外へ。

 青と赤の反射光が走る神秘的な黒髪を一本の馬尾のよう(ポニーテール)に纏めた主神に付き従いながら、クレスは素顔を晒さないようフードを目深に被って久々となるオラリオの主要道路(メインストリート)を歩いていた。

 世界の中心と呼ばれるだけあって発展目まぐるしいこの街は、一年経てばそれなりに見違える。その活気ある変化を適当に眺めながら、積もり積もった女神のご要望に一つ一つ応えて機嫌を取っていく――それが普段の、帰還した彼の地上での主な過ごし方だ。

 

 しかし、今回は少しばかり様子が違っていた。

 

「……なるほど、ロイマンの言っていた通りか。カオス、失礼するぞ」

「おや、なにかな? ――って、ちょっ!?」

 

 主神の身体を半ば強引に引き寄せ、彼女と自分の腕を強引に絡ませる。

 手つなぎから一つ段階を超えた、男女(人と神)の腕組み。

 ――「これは逢引き(デート)なのか」などと戯けた言葉を吐いていた男のする行為か、これが!?

 言葉と行動の伴わない眷属による突然の不意打ちに、カオスの思考回路が混乱(ショート)に見舞われる。

 

「い、いったいこれは何のつもりなのかな? まさかこんな人通りの多い往来でこんな、所有権を主張するような行為など……ハレンチな! そんなに私が君の()であることを周りに知らしめたいのかい!? そんなに君からの愛が深かったなんて……もちろん応えるつもりはあるんだが、その、実際にその場面に遭遇すると心の準備がだねっ!」

「何を慌てている? (眷属)貴女(主神)愛する(大切にする)のは当然のことだろうに。それよりも気をつけておけ。俺の側から離れるな」

「う、うん。もちろんだとも、私が君から離れることなどたとえ天地を切り裂く一撃を受けようと有り得ないよ! というか今さり気無く聞き捨てならない宣言をしていたような……クレス君?」

 

 まさに頼れる男、と言ったような深いクレスの声色にカオスは感極まって彼の顔を見上げる。

 だが、そこに浮かんでいたのは彼女の期待したような甘い甘い恋愛劇的(ラブコメチック)な表情ではなかった。

 それとは真逆の真剣な目つきを受けて、彼女は緩んでいた己の頬を引き締める。

 

「懐かしい、絶望の匂いがする」

「……」

「何度も嗅いだ、鼻奥が焦げ付くような嫌な空気。ここ暫くは臭うと言ってもまだ薄かったが……今回のはひと際濃い。あの時代と同じだ。モンスターという破滅と隣り合わせにあって、皆が息を潜めつつ必死になって暮らしていた時代と。かつての都会(イルコス)王都(ラクリオス)を思い返す……ロイマンから聞いてはいたが、これほどとはな」

 

 クレスの厳しい眼には、今の街に表れている人々の不安が余すことなく映し出されていた。

 店先に並べられた品が一つもない寂し気な商店――それは、外に置いておけば盗まれるから。

 腰に、脇下に、背中に刃を潜ませて街を行く人々――それは、いつ襲われるか分からないから。

 擦れ違うたびに血と汗の臭気を漂わせる警邏(パトロール)――それは、水浴びすらも満足に行えないほど彼らが切羽詰まっているから。

 

 その哀しき光景を前に、クレスは黙考する。

 目を閉じれば蘇る、古き悪しき時代の記憶が彼にはあった。

 怨嗟と殺戮、絶望と崩壊が連鎖を呼んだ時代。

 人が人を支えるのではなく、競って相手の梯子を外そうと目論んだ過去。

 過ぎ去ったはずのその歴史が再び顔を覗かせつつあるのが、今のオラリオだった。

 

「この神時代。極まった先に恩恵を背負った者が新たな脅威となることは火を見るよりも明らかだったし、事実これまでにも何度もそういったことはあったが……今回のはひと際だな」

 

 そう呟く彼の瞳に映るのは――義憤でも、はたまた諦観でもなかった。

 世の中とは所詮そのようなものだという、年を重ねればいずれは誰もが悟る一つの境地だった。

 長き戦争と短き平和。その繰り返し(サイクル)が今再び、破壊の方に大きく振れているだけのこと。

 また面倒な時期がやってきたな、とクレスはその現実に向き合いながら周囲に見えない警戒網を張り巡らせる。

 

 恩恵という何よりも優れた鎧を着込んだ彼はまだ、どうとでもなる。

 しかし全知零能となった今のカオスは、襲撃に巻き込まれればひとたまりもない。

 そんなか弱き主神を守護するべく目を光らせる眷属(クレス)の溢していた言葉に、彼女は同調した。

 

「……そうだね。今はもう語る者もいない、八百年前の『封神大戦』、五百年前の『巨災戦役』。そして直近だと、三百年前の『錬魔戦線』か。どれも神とその恩恵を受けた人が起こした戦争だった。一応どの時も最後には「このような愚かな争いはもう止めよう」と手を取り合っていたはずなのに……またあんなことが起き始めている」

「今は爆発寸前と言ったところか。前の痛みを忘れた馬鹿のタガが外れ、周囲を巻き添えに暴発する……その三歩手前くらいには空気がヒリついている。戦後の再建に必死になって貢献したあの時の連中は、今頃子孫の愚かしさを嘆いているだろうな」

「かもね。一つの脅威を退けた先の平和は人々(子供たち)が信じるよりずっと淡く儚くて、泡沫の夢に過ぎない。寿命の無い私たち(神々)と例外の(クレス君)は実体験として戦争の齎す悲劇をずっと覚えていられるけれど、普通の子どもたちは定命だから……世代を重ねるにつれて、悲劇の経験を単なる知識に風化させてしまう。だから、繰り返してしまう」

 

 一年の九割九分九厘を迷宮(ダンジョン)で過ごすクレスよりも、地上で活動するカオスはずっと人々のことを知っていた。

 だからこそ、彼女は哀れに思いながらも、下界の人間たちのことを愚かだと責めはしなかった。

 悲しいことを忘れて前へと進む、それは間違いなく子供たちが持つ美徳の一つでもあって。

 そうして過ちを繰り返しながらも、彼らは小さな一歩を刻んで着実に前へと進んでいるのだから――と。

 

 されど、そこに与する一部の同胞(神々)については別だった。

 表情を一転させ、彼女は今のオラリオの裏で蠢く悍ましき邪神たちについて明確な嫌悪を示す。

 

「だけど、今回は少し話が違う。神々の井戸端会議(デナトゥス)で小耳に挟んだんだけど、今回は複数の邪神が積極的に裏で糸を引いているらしいんだ。神が人を思いのままに踊らせて……それがまともな結果に終わった試しはない。君も知っているようにね(・・・・・・・・・・・)

「ああ……」

 

 その時、これまで仏頂面だったクレスの顔がはっきりと歪んだ。

 眉間に皺を寄せ、立ち止まり、瞑目。

 

 ――唾棄すべき邪悪。追放すべき悪辣。自らを正しいと信じて止まぬ賢神が犯した愚。

 それに振り回された昔日の愚かな自分が、瞼の裏に蘇る。

 

 迷宮(ダンジョン)に囚われていたクレスが唯一地上に残していた心残りと、それにまつわる悲劇(英雄譚)

 

 人と『異端』の交差。隻眼神の謀略。そして――終焉の時(■■■■■)

 

「そうだな。嫌な過去だ」

「思い返させてしまってごめんね。でも、この今のオラリオを取り巻く現状を語る上で敢えて避けたところで、君は否が応でも思い出すだろうから」

「いや、構わない。あれは確かにあの時の俺が選んだ選択で、負うべき咎は貴女ではなく他の神にこそあるのだから。……しかし、道理でやたら嫌な予感を覚えるわけだ」

 

 とはいえクレスには、今のこの街で起きている変化に介入するつもりはなかった。

 彼がロイマンから聞き及んでいる、『正義』と『悪』の戦争。

 それは一度入り込めば深く足を囚われてしまう泥沼のようなものだと、彼はその身に深く学んでいた。

 善と悪の争いは、始まってしまえば相手を徹底的に叩き潰しきるまで終わらない。

 ほんの指先一つ分でも関わってしまうだけで、際限なく迷宮(ダンジョン)攻略の時間が削られて行ってしまうことが目に見えている。

 

 自らの身に関わってさえ来なければ、構わない。

 やりたい奴が勝手にやっていれば良い――それが迷宮第一主義者(ダンジョナリスト)たる彼の立ち位置(スタンス)であった。

 

「まあ良い、どうせ俺たちが積極的に関わることもないんだ。この話はここまでにしよう。それに、せっかくの一日をこんなつまらん空気で過ごすのも我が主神の望むところではないはずだ」

「……うん、そうだね! こんな話をしてたってなんにも変わりはしない! 今日は一年に一度の私たちの絆を深めるための日なんだから、もっと有効活用しないとね! そのための逢引き(デート)なんだし、もっと明るくいこう! 気にしない気にしない(ケ・セラ・セラ)!」

 

 ここはクレスの言う通り、下界の子どもたちに倣おうとカオスは笑う。

 暗い過去はさておいて、明るい今の時間をこそ楽しもうと。

 その輝かしく尊い神意に従うように、彼もまたフードの下で意識の矛先を転じるべく頭を働かせた。

 

「そうだとも。貴女にはそちらの笑顔の方がよほど似合っているからな。という訳で話題を変えるか……そうだな。カオス、そういえば今の俺たちはそもそもどこへ向かっているんだ?」

「ああ、言ってなかったっけね。今向かってるのは食事処さ。たまには君も私以外の料理以外も食べたいかなーって思って、今のオラリオで一番人気なお店を予約してあるのさ! ……って、ん?」

「ほぅ、そうなのか。しかしだな。その心配は杞憂だし、なんなら我が主神の手料理が俺の中で最も美味であって感謝こそすれ不満など何一つないのだが……まあ良いか。その想いは想いでありがたく受け取るとしよう」

「やっぱり聞き間違いじゃ――かふっ!?」

 

 そして、先ほどまでの真剣味(シリアス)は何だったのかと言わんばかりの眷属の一言にまたもやぶん殴られる(ノックアウトされる)主神(カオス)

 

「き、君はまた……っ! また平然と私の心を射抜いてくるなんて……このカオス、一生の不覚だよっ!」

「?」

「なんでそこで分からないといった顔が出来るのかなぁ!? もう、はぁ……なんだ。君は一度、いや五十回くらい刺されてきた方がいいと思うよ」

「そんな神ゼウスのような扱いをされるような話をしていたか、今の俺は?」

「たぶんアレよりもっとたちが悪いよ……」

 

 訳が分からないよ、といった様子の真面目腐った顔に戻ったクレスを一度ぶっ飛ばしてやりたい衝動にカオスは駆られた。

 しかし殴った所で自分の手が痛むだけ。むしろそれどころか労わられながら「大丈夫か? 今朝からやたら情緒不安定に見えるが予定を取りやめて治療系ファミリアで診察でも受けてくるか」などと変な心配をされるのが目に見えていたので、すんでのところで彼女は超必殺☆マジカル女神パンチ(今命名)を取り止めたのだった。

 

 そうこうしている内に、二人の足は目的地へと辿り着く。

 その酒場には、一つの立派な看板が掲げられていた――『豊穣の女主人』。

 

「聞き覚えがあるな……ああ、ここがあいつ(・・・)の言っていた楽園か」

 

 騒がしい隣人(・・)の声がふと耳元にちらついたような気がして、クレスは興味深そうにフード下の眼を揺らした。

 




《Tips1》
 神は人の嘘を理解する→ならば隠さず臆さず悪びれず、思った通りのことを伝えればいいのでは? そう吹っ切れているクレスは、割と考えたことをそのまま口にする傾向が強いぞ。
 特に永年の付き合いとなる主神については遠慮がなく、地上にいるにつれ人の心を学んでいくカオスはそのせいで、たびたび人より人らしく大げさにダメージを受けているぞ。

《Tips2》
 前々話後書きの続きというか蛇足。
「なお、美しさはともかくとして、この中で最も理想的な女神を挙げるならば俺はヘラを選ぼう。なぜならあれほど浮気性な夫を持ちながらも決して見捨てることをしないからだ。もし妻を持とうとする男がいるのであれば、貴女のような貞淑さと嫉妬深さを持つ者をこそ選ぶべきだろう。そうすれば、男が良夫である限り、妻も最上の愛で以て応えてくれることが約束されるからだ。
 あとNTR系は(誰とは言わないが)生理的に無理だから、俺からの評価は諦めろ」
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