PSYCHO-PASS _Orakel und Gesetz   作:鈴夢

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委ねられたその先に

 

 

 

 

 

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「((……私は……何を…している?――))」

 

 

 

霞む視界の先、勝手に動く体――自分自身のすべてが制御出来ない。

 

 

 

「((音が……ッ…聞こえない……。あれ?……何これ……))」

 

 

耳鳴りのような錆びた鉄条網のあいだを抜けていく海の風のような籠った音が耳と脳に詰まっているようだった。

 

心地悪い高い信号音に似た音。それは微かに鋭く鳴り続けている。その為に周囲の物音だけでなく、見るもの触れるもののすべてが、舞白から感覚を全て奪い、言動や思考が妨げられていた。

 

 

 

 

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更に混乱に陥るビル内部。銃声音や乱闘音は止まることなく延々と響く。

 

 

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「舞白!!!」

「…………」

「ぐっ……!」

 

 

繰り返される重い打撃。狡噛は反撃をしようとするも本気で手を出すことが出来ない。隙のない身のこなし、狡噛をも圧倒する戦法――間違いなく目の前にいるのは実の妹の舞白で間違いない。しかし僅かだが"何かが違う"。

 

打撃の重さと重心とスタンスの僅かなズレ。いつも目にしている格闘体術とは僅かに違うのだ。"まるで赤の他人が舞白を乗っ取り操作している――" そうとしか見ることが出来ない。

 

 

「((どうにか動きを封じようとも隙がない!……相手が舞白じゃなければ急所に一撃入れば――))」

 

 

狡噛は相手の打撃を交わしつつ、横目で辺りの状況を把握しようと視線を動かす。

 

すぐ近くでは落下しかけている雑賀、それをたった1人で救おうと手を伸ばす常守。状況から見て時間の問題だ、あのままでは常守も落下死してしまう。

 

そして後方の離れた場所では物陰に潜む花城と霜月の姿。その向かいではグローツラング号で一瞬だけ見かけた金髪の男、そしてピースブレイカーの兵士たちが容赦なく2人に攻撃を仕掛けていた。

 

宜野座や須郷に連絡を取る間もない。しかしこの状況を打破しなければ――

 

 

作戦は失敗。そして誰かが必ず死ぬ――

 

 

 

 

「クソっ……舞白!目を覚ませ!」

「…………」

「聞こえないのか!?直ぐに止めろ!!」

「…………」

 

 

焦点の合わない瞳が狡噛を捉え続け、息をつく間もなく妨害は止まらない。銃で一発、頭でも胸でも足でも弾を打ち込めば解決するかもしれないがそれは出来ない…………

 

 

……いや、やるしかない。

 

 

 

「((すまん……舞白――))」

 

 

後手に回っていた狡噛。しかしその瞬間、強靭な力が舞白を襲う。覚悟を決めたような獣の瞳が舞白に迫り、隙を見つけ地面にに体ごと押さえつけるとほんの一瞬苦しげに眉を寄せ、手に持っていた銃を舞白の左腿に突き付ける。

 

 

「許してくれ……」

 

 

抑えた低い声が狡噛の口から漏れた。操り人形のように機械的な動きを見せる舞白の虚ろな瞳はそんな実兄を静かに見上げていた。

人差し指に添えられた引き金がいつも以上に重く感じる。その指は密かに震えていた。

 

不思議とこの空間だけがスローモーションになるかのように動きが鈍く感じてしまう。

 

それほどに躊躇った、引き金を引くことを――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ!!!ぐっ……!!!」

「ッ…………」

 

周辺の乱闘音に混じり、更に重なるように銃声が鳴り響いた。同時に少女の苦しげな短い嘆声が狡噛の耳に飛び込む。そして地面に倒れ込む少女は力を失い、手足をだらりと地面に落とす。

 

死んではいない。ただ動きを封じ込めただけ。

だが実の妹に銃口を突き付け、撃ち込んだその行動を兄の狡噛は酷く憎んだ。しかし今はそれにとらわれる訳にはいかない。寧ろここまで乗り越えてきた兄妹だ。きっと舞白はこの行為を咎めることもなければ恨むことも無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「((常守と先生を――――――))」

 

 

次なる脅威が来る前に2人を救わなければ。必死に身を呈して腕を伸ばす常守の姿が視界に入ると狡噛は体を起こし、2人の元へと駆け出す。

 

 

雑賀を常守と引き上げ、動きを封じた舞白と共に直ぐに退避させる。後は花城達を襲っている奴らを何とかすればこの状況を打破できる。

 

グルグルと頭の中で動きを巡らせる。

大丈夫だ、誰も死にはしない。

 

 

 

 

「常守!先――」

 

 

2人を助けようと数歩足を踏み出したその時、背後から殴りかからんばかりの勢いで突進する強い衝撃。それは隙を見せていた体格の大きい狡噛をいとも簡単に押し倒し、その人物は馬乗りになると容赦なくナイフを振り下ろす。

 

 

「ッ……くッ…ぅ……!?」

 

 

ギリギリ額の真上でナイフを受け止める。信じられない力に大きく目を見開く。

 

相手は動けなくなったはずの舞白だったのだ。弾を撃ち込んだ左腿からはだらだらと血液が溢れ"普通なら"ここまでの動きや力は発揮できないはず。

 

 

「((その脚で動けるだと!?))」

「………………」

 

 

変わらずその瞳は別人のように虚ろだった。

 

狡噛は必死に足掻くも攻防戦が続くのみ――

 

 

 

 

 

 

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唇が歪み、心臓がねじれるような苦しい表情に染まる常守――

 

 

 

 

「ッ…先生!!!」

 

 

 

四方八方で銃声が響く。弾丸は金属音を伴って乱れ飛び、常守や雑賀に当たっていないのが奇跡のような状況だった。しかしその2人の状況は誰よりも最悪かもしれない。

 

宙吊り状態の雑賀の手を必死に掴む常守。しかし小柄な彼女の腕は既に限界だった。なんとか体を支えているもう片方の腕も無意識に震え始め、これ以上この状態が続けば2人とも落下するのは確実――

 

目が眩むほどの高層ビル。吹き抜けの空間の真下には美しい噴水。勿論クッションになるような場所はどこにもなければ落ちれば硬い地面に体を打ち付け即死は免れない。

 

 

 

「((……絶対に……離さない――))」

 

さらに感覚が無くなっていく右腕。常守の体が雑賀の重さに引かれていく。

 

 

「((先生を…死なせない!!))」

 

 

苦痛に歪む彼女の顔。

雑賀はそんな彼女を見上げ、ほんの一瞬眉を顰め瞼を閉じる。

 

そして次の瞬間、雑賀は覚悟と諦めを含んだ息を吐き、真剣な顔で常守を見据える。微かに手を掴む力が弱まっていくのを感じた常守はそんな相手の異変に目を見開いた。

 

 

 

「――常守朱。正義も真実も多面的だ。上から見なければ理解できないこともある。」

「ぅ…ぐ……っ!」

「君にはそれができる。」

「なに……ッ……言って……!」

 

 

雑賀は言葉と共に頬に寂しい自嘲のような笑みを浮かべた。まるで悔いは無いと言わんばかりの微笑。自身の瞳に、最期に映る人物が常守朱で良かった――なんて、

 

 

 

 

 

 

 

「――……"あの子"を頼んだぞ。」

「!?」

「守ってくれ。あの子はきっと君の鍵になる。……舞白を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――頼む。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ――――!!!!!!!」

 

 

 

 

 

手と手が離れる。声にならない悲鳴は辺りの轟音に掻き消される。

 

落下していく雑賀に手を伸ばすが届くはずもない。その瞬間だけ、まるでスローモーションのように時が過ぎていった。耐え難い現実、為す術ない状況。

 

 

狂人のような悶え。

体を焼き尽くすような苦痛が全身に痺れていく。

 

 

「先生ーーーーーーッ!!!!!!!」

 

 

 

悲鳴が轟く。

しかしその声は既に雑賀には届かなかった。

 

 

 

 

 

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「ッ!キリがない!」

「何とかアイツらを止めないと!何か策はあるの!?」

「行動課の増援を待つ他ないわ!後は狡噛達が今どうなってるのか――」

 

 

 

物陰で必死に抗う花城と霜月。そのせいで今の状況がどうなっているのか把握もできず、ただただ行く手を阻まれていた。陰から銃口を向け発砲するも明らかに頭数も違えば圧倒的不利なのは一目瞭然。戦闘力が殆どない霜月を無理に動かす訳にもいかず、花城は必死に彼女を守っていた。

 

 

「((……あの金髪の男…、顔に大きな火傷跡――舞白が言ってた人物と一致してる。))」

 

 

じりじりとこちらに近づく複数の陰。その中でも一際異彩を放つ金髪の男。先日のグローツラング号で舞白が見たという人物と完全一致していた。あの男がピースブレイカー隊のキーマンであることは間違いないだろう。

 

 

 

 

「このままじゃ……私たち死――」

 

 

霜月が決死の声を上げたその時、突如銃声が鳴り止む。そして複数の乱れた足音が離れていくと再び花城は陰から辺りを見回した。

 

あの金髪の男と他のピースブレイカー達の姿が消えていたのだ。まるでもう自分達には用が済んだというような状況。しかし姿が見えなくなった分、奴らがどこに消えたのか――

 

 

 

 

「なに……何なの……一体……」

「まだ何が起こるか分からないわ。霜月監視官はここから動かないで……」

 

 

花城は銃を構えたまま物陰からゆっくりと足を踏み出す。煙幕の白い煙が未だに漂っており、僅かに遠くでは戦闘音が聞こえていた。恐らくまだ奴らは撤退していない。なんせ目的はストロンスカヤ文書だ。実際ここには無かったのだが、雑賀がそれを握っていると奴らは考えているだろう。

 

早く雑賀と合流しなければ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ねぇ、……」

「何?どうかした?」

「"あの2人"……何やってんの…」

「え?」

 

 

ひょこっと陰から顔を出し、霜月は人差し指を指す。その示す先に花城は遅れて視線を向けると稲妻のような迅速な驚愕を目に表した――

 

 

 

 

 

 

 

「……狡噛……?舞白!?」

 

 

 

 

 

数十m先で激しく揉み合う兄妹。よく見ると舞白の左腿は真っ赤に染まっており、狡噛も僅かに傷を負っているのが分かる。ナイフを片手に兄に襲いかかる妹、必死にそれを止めようと抗う兄――――ただの兄妹喧嘩のはずも無ければ、いつもと違う舞白の動きに気味悪ささえ感じる。

 

それに先程、間違いなく舞白は雑賀に襲いかかった。状況が飲み込めず訳が分からない。

 

 

 

 

そして1番問題なのは雑賀と常守の姿がどこにも見当たらない事だった。

 

 

 

 

 

 

 

「アイツら何やってんの!?こんな時に兄妹喧嘩!?」

「何がどうなってるの…ッ……」

「それに先輩も雑賀教授も居ない…」

「直ぐに位置情報を掌握して!私はあの兄妹を止めるわ――」

 

 

花城はその場から一気に駆け出した。天井の吹き抜けから照らされる太陽光は兄妹を照らし、妙なコントラストに見える。

 

絶え間なく互いに攻撃し合う兄妹。この2人が訓練など手合わせをしている姿は花城自身幾度となく目にしてきたが明らかに"違う"。舞白は本来、空手を嗜んでいた事もあり、アジア圏で身につけたシラットなどの型を中心に扱う得意としていた。

 

だが目の前の舞白は全くの別物。男性的な動きでひとつひとつの殴打にかなりの力も加わっており、別の意味で"ベテラン"な動きをしていた。"戦い慣れしすぎている"動き、ただただ目の前の狡噛を捩じ伏せる……いや、殺そうとしている動き。

 

――この人物は誰だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「狡噛!」

「――ッ!」

 

2人の間に割って入るように花城の蹴りが落ちる。すると舞白は一定の距離を空け、構えはそのままで動きを止めた。狡噛は息を荒らげているのに対し、舞白は虚ろな瞳で平然とこちらを見据え、息一つ荒れている様子もない。

 

 

「狡噛!あなたは金髪の男を追って!」

「舞白はどうする。」

「私が何とかする。それに今一番戦闘力を持ってるのはあなたよ!あの男を押さえることが出来れば――ッ」

「……ッ…」

 

 

 

この場から離脱しろと狡噛の背中を押し、花城が前へと立つ。すると刹那、デバイスから霜月の声が飛び込む。

 

 

 

 

『先輩の位置情報を掴みました!多分下の階に向かってる様子。だけど先輩と連絡はつかないし、雑賀教授がどこにいるか分からなくて……』

「……まさか………」

 

花城が呟いたその時、ふと背後の狡噛へと振り向く。相手の表情を読みとると言葉をかわさずとも直ぐに理解したのだった。

 

 

アイツらが自分たちを襲うのを止め、撤退した理由――もし勘が当たっていれば――

 

「………((先生は既に――))…」

 

 

 

崩れた建物、不安定な足場。

下層階へと向かっている常守。次々とピースがハマっていくと最悪な結末へと繋がっていく。

 

 

 

「……狡噛。」

「あぁ。分かった。」

 

 

平坦な声。

狡噛はその場から踵を返し、花城の指示通り金髪の男を追う――

 

 

「舞白を頼む。」

「……ええ。」

 

 

 

離れる足音。そしてぶつかる2人の視線。先程まで俊敏な動きをしていた少女は静かにこちらを見据えるのみ。

 

 

 

 

 

「舞白?あなた…一体何が――」

「……ッ……」

「舞白!」

 

 

色を失った瞳が苦しげにゆらゆらと揺れる。何かに悶えるように体を震わせ、花城に訴えかける。

 

 

 

「……かちょ……わた、し――」

 

「"――殺す"」

 

 

「せんせ…い……ッ……わたし、が……ッ」

「"まだお前の役目は終わってない――"」

 

 

交互に声色と顔色が変化し言葉を吐き続ける。それはまるで二重人格。

 

 

「……舞白。手に持ってるナイフを捨てて――」

 

無闇に近づくのは危険だ。あくまでも相手はあの舞白。強靭な狡噛をも捩じ伏せる力を持つ危険人物に変わりは無い。それに今は敵か味方かも分からない。雑賀をナイフで刺したあの瞬間が脳裏で再び再生された。

 

そして舞白もまた、目の色を変える。

 

 

 

 

 

「ッ……誰なの……!」

「"くっ……!?"」

 

 

 

刹那、舞白は手に持っていたナイフを首目掛けて自分に突きつける。しかしそれを制御するかのように抗いを見せた。

 

自分を止めようと自分自身の体を傷つけようとしている"舞白"。それを止める別の"舞白"との攻防。ありえない光景に花城はただただそれを見据えることしかできない。

 

 

 

 

「"……チッ……この女――!!"」

 

彼女らしからぬ台詞と共にナイフが手から離れると、舞白は勢いよくその場から逃げるように駆け抜ける。血塗れのナイフが音を立てて床を滑り、花城の足元で動きを止めた。

 

 

 

「!?――舞白!待ちなさい!!!」

 

 

花城は舞白の跡を追いかける。

状況が一切掴めないまま、何者か分からない相手をひたすらに――

 

 

 

 

 

 

 

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