PSYCHO-PASS _Orakel und Gesetz   作:鈴夢

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二分心仮説と憑依

 

 

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――熊本県 "阿蘇"

 

 

 

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九州 熊本に位置する"阿蘇"

南部にある阿蘇山は五つの峰を持ち、中でも中岳は火山活動が活発だ。また日本最古の神社のひとつとも言われている阿蘇神社というものも過去にはあったらしい。今現在、その姿は無くなっていた。

 

昔は人々で栄えていたこの場所。

人口が都市に集中し始めてからはこの広大な土地を上手く利用しようと発電所が建設された。

 

地熱、風力、火力発電――しかし結局は廃棄されてしまった発電所。

 

人々に忘れ去られたこの古い発電所は今。ピースブレイカー隊員達の密かな住処でもあり、集会所のようになっていたのだった。

 

 

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発電所内の中央制御室にて、ピースブレイカー隊員達は真剣な面持ちで椅子に腰かけていた。

 

外の環境音がやけに耳に飛び込む事から建物がかなり古く、軟弱なのは明らかだった。壁は亀裂が入り、窓ガラスも汚れやヒビだらけだ。

 

しかしそんな窓ガラスから僅かに外の陽の光が差し込む。それはまるで協会の雰囲気を思わせるような美しい光にも見えた。あちらこちらから差し込む光はまるでステンドグラスのようにも見える。

弾けるような、屈折する鮮やかな陽の光。

 

この空間は中央制御室の集会所、言い換えれば彼らにとっては美しい教会の祭壇でもある。

 

そんな祭壇に佇む一人の男――砺波告善。まるで神の使いのような、神父のように振る舞う砺波の背中に隊員達の視線が向けられていたのだった。

 

 

「――兄弟たちよ、、死を恐れるな……我らは主の剣であり盾である。力を尽くし仲保者としての使命をまっとうするのだ。」

 

砺波の威厳ある声が響き渡る。

対しピースブレイカーの隊員たちは彼の熱心な信者のようにじっと黙って耳を傾け続ける。

 

手を合わせ祈る者。

真っ直ぐと目の前を見据える者。

哀愁なのか歓喜なのか分からない涙を流す者。

 

皆それぞれの想いを抱きながら砺波を崇めて居るようだった。

 

「………」

 

そんな時、集会所に現れたのは顔に傷のある男だった。神のように振る舞い、大げさな言葉を使う砺波。そしてそれに祈りを捧げる隊員達の歪な光景が男の視界に映り込む。

 

滑稽だった。馬鹿馬鹿しいと思うほどに。

男は密かに、その空間に異常さを感じながら冷たい視線を砺波に向けていた。

 

 

 

「我らが主……将軍(ジェネラル)がお越しになる。みな、魂に言葉を刻め…」

 

砺波が言葉を放ち、膝をついたその瞬間。"ジェネラル"と思われるホログラムが頭上に浮かび上がった。

砺波を照らしていた神々しい陽の光がそのホログラムへと降りかかるとジェネラルと思われる人物が言葉を言い放った。

 

『…わが兵士たちを称えます。恐れを捨ててすべてを捧げなさい。ほどなくして、約束の地がみなを迎え入れるでしょう。世界に正義と秩序を。私は常にみなと共にいます』

 

淡々とした男の声だった。そしてジェネラルのホログラムが消えると砺波は両手を広げ、天を仰ぎ、陶酔したような瞳を向ける。

 

 

 

「…この身をもって、あなたの預言に殉じます。」

 

 

 

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――午後20時過ぎ

外務省宿泊施設ビル 雑賀の個室――

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈

 

 

 

今は亡き雑賀が利用していた個室に狡噛の姿があった。

 

テーブルに並べられた事件資料。パソコンにデバイス、そして酒の入ったロックグラス。時たま酒を口に含みながら先日の事件について整理していく。

 

 

 

 

「……((顔に傷のある"あの男"――))」

 

 

狡噛はセンタービルで戦った兵士の言葉を思い出した。

 

 

――"もしも百年が……この一瞬の間にたったとしても、何の不思議もないだろう"――

 

「((あれは一体何だったんだ。…メッセージか?))」

 

カタカタとキーボード音を鳴らしながらその言葉を検索。すると三好達治の"大阿蘇"というワードが次々と現れたのだった。

 

 

「三好達治、大阿蘇…」

 

今度は傍らのデバイスでそのワードを検索した。過去に三好達治という詩人の作品や言葉が利用された事件などが無かったか?全ての可能性を視野に入れ様々な憶測をも立てながら検索結果を待つ。

 

するとその直後、告文が画面に表示される。

 

 

 

『"警告 公安局担当事件。ファイルは開けません"』

 

やはり予想通りだった。どうやら外部に簡単に漏らすことの出来ないような機密作戦に引っ掛かったらしい。その情報はかなり機密レベルの高いもの。そして強いプロテクトによって保護措置が取られていたのだった。恐らく開くことは出来ない。

 

「((潜入捜査か何か…やっぱりそうか。))」

 

予想は確信をついた。公安局担当事件となっていれば関わっているのは間違いなく慎導篤志に違いない。狡噛も常守と同じく"あの男"に妙な引っ掛かりがあった。

 

 

 

狡噛は暫く考える仕草を見せた後、東京に居る分析官"唐之社志恩"に連絡をとる事に。

 

 

 

 

『――あら慎也くん。どうしたの?』

 

艶っぽい声が部屋に響いた。もう既に夜も深けているが唐之杜はまだ分析室に居たらしい。昔と変わらず頼れる存在だった。

 

 

「こんな時間に悪いな。」

『別に全然大丈夫よ〜。』

「…送った例のナイフの分析は?」

『ナイフの分析結果?』

「ああ。俺が回収したやつだ」

『ちょっとお待ちを…』

 

 

デバイス越しに聞こえるキーボード音。そして同時にタバコに火をつける音がすると分析室の画面に現れた結果を続けて口にする。

 

『…刃に付着した血液は慎也くんのものだけ。柄に馬の毛が結ばれてたわ。』

 

 

画面に映し出された特殊な形をしたナイフ。柄の部分にはタッセルのようにも見える部品が着いており見慣れないものだ。

 

例の顔に傷のある兵士――外務省ビル急襲の際に狡噛にそのナイフを突き刺したまま立ち去った。しかし狡噛は考えていた、あれはきっと"わざと"だと。

 

あれは何らかの"メッセージ"ではないかと。

 

「その馬の産地を調べてくれ。場所は……九州の阿蘇だ。」

『地域を限定しちゃっていいの?そりゃこっちは範囲が狭いほうが楽だけど。』

「大丈夫だ。頼む」

『……』

 

 

再び聞こえるキーボード音。そして暫くするとタバコの煙を吐く音が聞こえ真剣な唐之杜の声が狡噛の耳に飛び込む。

 

 

『……教授のことは、残念だわ。』

「………ああ」

 

唐之杜にとっても雑賀の存在はかけがえのないものだった。短期間ではあったものの過去には常守の協力要請により、分析官としてメンバーに加わっていたこともある。豊富な学識経験だけでなく、人としても尊敬できる部分が沢山あった。

 

 

唐之杜はそれ以上多くは語らない。再び事件の話に戻す。

 

 

『…それと須郷くんが送ってくれた死体の分析結果が出た。重武装した兵士の死体…殆どが自爆のせいで木端微塵だったから参考になるか不安だったけど、脳に特殊なチップが埋め込まれてる事が分かったわ。破損が酷くて詳しくは時間がもっと必要よ。』

 

 

何かが乗り移ったように戦うピースブレイカー隊員達。他にも自害したと思われる外務省局員。謎めいた事ばかりだった。加えほとんど痕跡を残すことなく、彼らは消えた。

 

 

――あれはまるで何者かが乗り移っていたようだ。…例えるなら"憑依"――

 

 

 

「…なあ分析官、憑依ってどう思う?」

『はあ?なにそれいきなり。』

「人間の精神に別の何かが憑依する…そんな現象に、医学的科学的な見地から何か説明をつけられないか?」

『憑依ねぇ……天使とか悪魔とか?』

「あと、神様とか」

『……』

 

二人の間に沈黙が走る。憑依、天使に悪魔、現実的では無い夢物語のような空想話。

 

すると唐之杜がふと言葉を放つ。

 

『……ねぇ慎也くん。人間と他の動物とでは、その精神構造に決定的な違いがある。なんだと思う?』

「いくつかあると思うが、共感やジョークの概念……この会話の流れだと客観性か?」

『そうそう、そのセンで。』

 

狡噛はロックグラスを片手に椅子から立ち上がると部屋の壁面に収納されている書籍の数々に視線を向ける。

 

「人間は自分自身を第三者の視点、いわゆる"神の視点"で眺めることができる。これは、他のどんな動物にもできない。」

『客観視できるからこそ、他者との比較や他者への共感が可能になった。この能力のことを、ある脳科学者は"心に神が住んでいる"と表現した。』

 

「…つまり人間の精神は最初から、動物の部分と神の部分で二つに別れているのかもしれない。」

『そう。そして神の部分は、第三者のように独立性が強い。"神の声が聞こえる"状態に。』

 

 

唐之杜との会話の中でハッと何かを察した狡噛。ふと過去に読破した書籍を脳裏に思い浮かべた。

 

 

「…ジュリアン・ジェインズの"二分心仮説"だ。」

 

1976年の著作『神々の沈黙-意識の誕生と文明の興亡』により提唱された古代人の意識についての仮説。

 

『近い考え方かもね?――"遠い昔、人間の心は命令を下す"神"と呼ばれる部分と、それに従う"人間"と呼ばれる部分に二分されていた。』

「二つ分かれた精神と神の声、か――」

 

 

狡噛は再び椅子に腰をかけるとロックグラスに酒を継ぎ足した。そして今度はもうひとつの案件に関する資料をデバイスに映し出す。

 

 

「事件資料には目を通してるよな?」

『そりゃ勿論よ。…話の流れからして慎也くんが言いたいのは舞白ちゃんの事?』

「ああ、そうだ。」

 

 

何故、舞白は"ああなった"のか。あの時、妹の身に一体何が起こっていたのか。今は意識も取り戻し、なんら問題なく会話もできる。そして当の本人はあの時の記憶が無いというのだ。最後に見えた景色は舞白の急変に心配を浮かべていた雑賀の顔だったという。

 

その後ナイフを雑賀に向けたことも、狡噛や花城、宜野座に襲いかかった事は覚えていなかったと。ただ唯一、他にも覚えていたこと。突如激しい痛みが首から脳天にかけて走ったらしい。だんだんと音が聞こえなくなり、気を失ったかのように真っ暗になったと。

 

 

「アイツも何者かに憑依されていた。一時的なものだったが……」

『それは今解析に回してるわ。時間はかかりそうだけどね。』

 

ピースブレイカー隊員や外務省局員と同じく。舞白の原因に関しても解析に回されていた。

 

 

「……"変なこと"を言ってもいいか?」

『ん?何?』

 

ふと狡噛は呟く。自ら"変なこと"と例え、それを口にするとは珍しい。

 

 

「…"槙島聖護"。舞白はたまに妙なことを口にすることがある。」

『妙なことって?例えば?』

「上手く例えようがないんだが。…まるで槙島聖護に憑依されてるような…舞白の中にあの男が居る。」

『どういうこと?』

「話し方、話す内容…纏う空気、仕草。それが完全に槙島聖護なんだ。」

『ちなみに今回の舞白ちゃんの豹変。それは槙島じゃないの?』

「あれは槙島じゃない。全くの別人だ。」

 

舞白と槙島。

狡噛は分かっていた。寧ろ狡噛自身も過去に"槙島聖護"という呪縛に翻弄されていた一人だ。

 

しかし舞白のパターンは少し違う。時たま見せる謎めいた言動を見る限り"あれは憑依に近い"と。しかしそんな話を普通の人間にした所で理解されるはずもない。だからこそ狡噛はこの件に関しては"妙なこと"と口にしたのだった。

 

「……悪い。変なことを言ったな。忘れてくれ。」

『……』

 

唐之杜はなんとなく察するもあえて何も話すことは無かった。しかしそんな唐之杜も舞白に関することで気になることがあった。

 

『この話の流れで何だけど……私からもひとつだけ。送ってくれた別のデータ、舞白ちゃんの例のチップについてなんだけど…』

「何か分かったか?」

 

唐之杜に半ば食いつくように声を張る狡噛。焦りのような、彼にしては珍しい様子を察した唐之杜は再びキーボードに手を伸ばした。

 

 

 

『数年前の"あの事件"の時に彼女に埋め込まれた超精密小型チップ。槙島が一体どうやって埋め込んだのかは分からないけど、取り出すのはやっぱりかなり難しそうよ。』

「…そうか。」

 

"あの時"。槙島は舞白の左首に特殊なチップを埋め込んでいた。元は起爆装置に近いものだったのだが舞白の咄嗟の判断で何とか起爆を防ぐことは出来た。しかしそのチップ自体は未だ埋め込まれたままだ。唐之杜もそのチップの居所を突き止めたもののかなり複雑な場所に埋め込まれており、簡単に摘出できないと判断していた。

 

人間の首は急所の塊でもある。首を通って脳へ血液を送る主な血管"頸動脈"。そしてそれは脳へ血液を送る"内頸動脈"へと枝分かれしている。

 

下手をして取り出そうとすれば確実に死に至る。しかしこのまま放置をすれば何かしらの影響は間違いなく発生するだろう。脳神経へも影響が出てしまえば未知数のリスクが発生することも十分に有り得る事だ。

 

そんな舞白に対処出来る医者を探しきれていないのだった。

 

 

『…ね、慎也くん。舞白ちゃん他にも病を患ってない?』

「………」

『血液にも異常があった。それと甲状腺異常……もっと精密に調べようと思ったけど何だか怖くて。データだけは残してるけど……私はその続きを見ることがまだ出来ていないわ。』

 

分析室の画面が次々と切り替わる。舞白の血液から抽出された検査結果らしきものを目の前にすると唐之杜は険しい表情を浮かべたままだった。

 

 

『舞白ちゃん。海外にいた時、強い放射能を浴びたりした?』

「舞白と一緒に過ごしていた時にそういう場所には行っていない。だが別行動をとってからは…正直どこをほっつき歩いていたのかまで把握はしてないからな。…だが、アイツの行動範囲の中にそれっぽい場所はあった。多分その場所が原因だ。」

『……本当に…あの子ったら。』

 

本当にどこまでも無茶をする困った子だ、なんて心情を浮かばせつつため息を漏らす唐之杜。

 

「髪の毛が白いのもそのせいだろう。あとは単にストレスか何かの精神疾患。…全くもってそのようには見えないが俺たちに言えない"何か"を抱えてる。」

『"何か"?』

「…ああ。」

 

先程話した憑依についてそれに近いもの。

 

もしくは――誰にも言えない何かを抱えている。

 

 

『…本当に舞白ちゃんをこのままにしておくつもり?』

「……ツ…」

『直ぐに高度な技術を持った医者を探した方がいい。私も東京(こっち)で調べてみるわ。…舞白ちゃんは安静にしていないといつ何が起こるか分からない。』

 

 

狡噛も分かっていたことだ。しかし唐之杜に念押しされるように言われるとなんとも言えない心苦しさに苛まれる。

 

『それに……宜野座くんに何て説明すればいいの?』

「ギノ?」

『ええ。宜野座君からも逐一連絡が入るの。"舞白の検査結果が出しだい教えろ"って。』

 

唐之杜のデバイスに並ぶ"宜野座伸元"の名前。着信やメッセージ、内容は事件捜査に関わる事など多種多様ではあるものの、必ずその文の中には舞白に関して心配する彼の様子もあった。

 

『久しぶりに再会した時のあの様子を見る限り何を言っても今の宜野座くんに何でもかんでも穏やかに伝わるなんて無理そうね。』

「…そうだな。」

『宜野座くんだけじゃない。私も舞白ちゃんの事を昔から知ってる。弥生も…朱ちゃんも。征陸元執行官も…だからこそ皆彼女のことが心配なのよ。』

 

唐之杜は短くなったタバコを灰皿に押し付け、モニターに映された舞白のID写真に視線を向ける。

 

『…あの子が幸せそうに無邪気に笑ってる顔。今の今まで忘れたことなんてない。』

 

潜在犯でも健常者でも関係ない。舞白は昔から優しかった。分け隔てなく誰とでも心を開いてくれた。潜在犯で公安局ビルから出られない唐之杜にとって彼女は救いだった。

 

唐之杜はそんな舞白を心の底から愛している。皆と同じだ。

 

 

 

『――あの子は私の"娘"みたいなものだもの。』

 

 

唐之杜の表情が苦し気に、しかしホッとしたように緩む。いつもの美しい眼と唇は様々な想いを反映するかのようにぼやけて見えたのだった。

 

 

 

 

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┈┈┈┈┈┈

 

 

 

 

 

 

 

「――おはようございます。朱さん。」

 

 

朝、常守の個室に舞白が現れた。

驚いたことにしっかりと両脚を地につけて歩いている。たった数日で脚の怪我も回復したらしい。驚くべき回復力だった。

 

 

「おはよう舞白ちゃん。…よかったら部屋に入って?」

「はい。失礼いたします。」

 

常守は舞白を室内へと促した。

そろそろ現れる頃だろうと考えていた常守はテーブルに温かい紅茶を用意し待っていたのだった。

 

 

「それより舞白ちゃん。もう体は大丈…」

 

椅子に腰掛け、笑みを浮かべる常守の対面側で舞白は深々と頭を下げた。

 

「申し訳ございませんでした。」

「…舞白ちゃん。」

 

ゆっくりと彼女の肩に手を伸ばす。舞白の面持ちや口調からして本気なのは十分に分かっていた。

 

数日前のピースブレイカーによる急襲。奪われた雑賀の命。間接的に舞白が加担してしまった事実。

 

しかし常守は彼女に対して怒りなどの感情は無かった。

 

肩を優しく擦り、舞白の顔を覗き込む。

 

 

「あなたが謝ることじゃないわ。顔を上げて。」

「……っ…」

「ほら、まだ全快じゃないでしょ?とにかく座って…無理したらダメよ?」

 

そんな優しさに舞白は複雑だった。

あの場でもっと自分がしっかりしていれば最悪な結果にならなかったかもしれない。だが原因が分からない以上もどかしさがふつふつと湧き上がるのみ。無意識に左首に手を添え、舞白は常守に視線を向ける。

 

 

「朱さん。」

「うん?何?」

 

「私、戦います。」

「……」

 

常守は温かい紅茶を口に含み、ゆっくりと喉に通す。微かに手元を絡ませるように両手を動かすと彼女の台詞にどこか不安そうに眉を顰めた。

 

 

 

「…リスクは承知の上です。先日のような事態になったことは私自身の反省点でもあります。でもある程度原因が分かったかもしれないんです。」

 

首に触れる手をゆっくりと摩るとチップが埋め込まれている付近を指で突く。まだ確定では無いが…恐らく"コレ"が何かしらのキーを握っているに違いないと。

 

 

 

「狡噛さんは許したんですか?」

 

ふと常守は彼女に問いかける。

 

「はい。兄は承諾してくれました。…それと宜野座さんも。花城課長は…どちらかと言えば戸惑ってましたが。」

「そっか。…分かったわ。」

 

微かな笑みを向けられるも、舞白は引っ掛かりをおぼえる。"分かった"と承諾しているように見えるがどこか納得していないような様子。舞白は姿勢よく背筋を伸ばしたまま、そんな相手に真っ直ぐと言葉を放った。

 

「……朱さんは反対ですか?」

 

常守は表情を変えることなく舞白の漆黒の瞳を捉えた。

 

「あのね。…勿論私は舞白ちゃんの能力値の高さは認めてるわ。機転もきいて判断も早い。実際、あの時も舞白ちゃんが居なかったらもっと死人が出ていたと思ってる。多分、私も美佳ちゃんも危なかった。」

 

狡噛兄妹が臨機応変に動いていなければ最初の爆発であの場にいた全員が死んでいただろう。他にも、煙を撒かれた時もピースブレイカーの男に殺されていたに違いない。

 

常守は違う視点で舞白を心配する。

 

「私が心配をしているのはそこじゃないの。……私は、雑賀先生にあなたの事を頼まれてるの。」

「…先生が?」

「ええ。先生の最期の言葉、それはあなたの事だった。…"あの子を頼む"と。」

 

間違いなく雑賀はそう口にしていた。忘れるわけが無い。それが彼の最後の言葉だった。懇願するような、お前にしか頼めないと言わんばかりの声だった。きっと雑賀は分かっていた。舞白の事を誰よりも分かっていたに違いない。

 

「あなたは槙島聖護と同じ"免罪体質者"。そして国外に逃亡した事実。閲覧不可のあなたの過去のデータ。…厚生省の本部長である慎導篤志はあなたの事を知っていて何かを"企んでいる"かもしれない。」

 

舞白を取り巻く不可解な出来事。そして今回、あの慎導篤志も彼女に対して何かを知っている、何か考えを持っているのはハッキリと分かっていた。

 

「色々考えていたの。あなたが傷つかない方法がないかなって。…実際、既に東京のチームには本部長の身辺調査も依頼してるの。」

「……」

「この事件の先に…あなたの未来も絡んでいるとしたら。私は慎重になるべきだと思ってる。」

 

常守の柔らかい表情がだんだんと芯のあるものへと変化していく。真剣な眼差しだった。覚悟をも感じる。

 

「だけどそれは私が決めることじゃない。あなたは自分で取捨選択して"今ここに居る"。腕を失っても、ボロボロになっても、あなたはここに居るの。」

 

シーアンから数年後。まさかまた彼女がこのような形で現れるとは思わなかった。しかしそれは彼女の選択によって拓かれた道。それを間違いだとは常守は思っていない。

 

 

「成すべきことを…あなたは自分で理解した上で行動を興している事実。お兄さんの狡噛さんと同じ。兄妹でここまでたどり着いた。ここまで生き延びている。」

「…………」

「だからこそ私は舞白ちゃんが選んだことを曲げることは無い。…精一杯、あなたを助けるわ。」

「…朱さん。」

「舞白ちゃんも私を助けて。…あなたがいないと、この件は解決できない。――そうでしょ?」

 

常守の温かい手が舞白の左手に触れる。その表情は穏やかで、優しいものだった。

 

 

「……私達公安局も狡噛兄妹の力が必要よ。だから頼むわ、舞白ちゃん。」

 

決意に燃える瞳。

舞白はそれに応えるように頷くと手を握り返した。

 

 

「ありがとうございます。朱さん。」

 

 

 

刹那、室内に一筋の陽の光が差し込んだ。

それは二人を照らし、互いの瞳に光が宿る。

 

 

 

 

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