PSYCHO-PASS _Orakel und Gesetz   作:鈴夢

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紛争係数

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――ピースブレイカー拠点

奇襲から数時間後――

 

 

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――夜霧が地面を濡らす深夜

 

満月の月明かりと轟々と燃え盛る炎が凄まじい闘いの後を照らしていた。

 

負傷した行動課の人間が次々と専用ヘリへ。黒いビニールシートで覆われた死体もちらほら視界に映る。

 

火薬のにおい、血のにおい。

慌ただしい人々の声。足音。

舞白にとってどれも既視感があるものだった。

 

 

「…………」

 

シートが掛けられた死体が並ぶ横に舞白も腰をかけ目の前の光景を静かに見据えていた。

久しぶりに酷く疲れた。よくよく考えてみれば脚の傷も癒えていない。さっきはアドレナリンが分泌されていたのだろう。痛みも何も、恐怖さえ麻痺していた。

 

「((……あの時と同じ光景――))」

 

冷静になるとズキズキとあらゆる箇所が痛みを発す。そして舞白は過去の戦場を――親友が死んだあの時のことを――まるでフラッシュバックのように脳内で再生させた。

 

 

 

 

 

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槙島を追った先。

救えなかった親友。

 

 

 

「……あ……ぁあ……」

 

"身体中にまとわりつく親友の血肉"

 

「……さく、ら……っ……咲良ぁ!!」

 

肉片となり目の前で散った親友の姿を。

 

 

 

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喊声と砲声と銃声とが、怒涛のような響きとなって聞こえてくる紛争地。

 

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 

自分の腕の中で命を失った子供。

破壊された街の片隅で、砂煙を浴びながら舞白は身体を震わせる。

 

やせ細った少女の体から真っ赤な鮮血が滴り落ちる。ジワジワと自分の手の平も血に染り、血なまぐさい臭いが鼻腔を通って脳を麻痺させた。

 

 

 

『誰かぁぁぁぁ!』

『助けて!!私の子供がッ……子供がァ!』

『もう……ダメだ……もう……』

『みんな死ぬ……死ぬんだ……ッ……』

 

次々と人が死んでいく紛争地帯。

舞白は少女の亡骸を抱きながらその場に立ち竦んだ。

 

 

「はぁ……はぁ……」

『……………』

「……誰……」

『…………』

 

舞白の目の前に幻影の男が姿を現す。

その男もまた子供の亡骸を抱き、呆然と立ち尽くしていた。顔から希望の色は既に蒸発し、目の中に絶望の色がうつろう。

 

"取り返しのつかない絶望"に陥った表情だった。

 

 

 

……砺波も……あの男も……

戦場で流れる血のにおいに狂わされたのか――

 

 

 

 

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「"舞白"」

「…………」

「おい!舞白!」

「ッ!」

 

ぼんやりと俯いていたその時、舞白は声の持ち主に現実世界へと引き戻された。

 

「あ……ノブ兄……」

「顔色が悪い。大丈夫か?」

「うん、大丈夫。」

「…………」

 

地面に座り込んでいた舞白の前に現れたのは宜野座。片膝を立て、跪くように彼女の様子を伺っていた。

血の気が引いたような陶器のように白い肌。疲労にまみれた彼女の体は限界に近かった。立つことも歩くことも苦しい。

 

 

「左腕、手当してやるから上着脱げるか?」

「大丈夫だよ。後で自分で」

「早く処置しないと化膿して悪化する。お前の"後で"は何時間後になることか……」

 

行動課のマークが背に記されたレイドジャケットを指さす宜野座。よく見ると舞白の左腕にナイフで削がれたような痕と血が滲んでいた。

気付かぬ間に傷を負っていたらしい。意識すると痛みが増し、舞白の表情が歪んでいく。

 

「私は大丈夫だから。ノブ兄は公安局側の仕事があるでょ?」

「つべこべ言うな。……なら、今ここで押さえつけて無理やり処置されるのと、大人しく指示に従って処置をされるのとどっちがいい?」

「…………」

「ん?どっちなんだ?」

 

宜野座の右手が舞白の左手首を掴む。触れる体温と体温に何故か反応してしまった。言葉は乱暴だがその体温は優しかった。"意地悪なノブ兄"。昔からそうだ。こちらがいくら無視しても、どんなに冷たくあしらっても彼に囲われてしまう。有無を言うことも言えなくなるような彼のあしらい方に舞白は小さくため息を漏らした。

 

 

「……オネガイシマス。」

「素直じゃないところは相変わらずお子様だな。」

「っ……」

 

観念した舞白を前に宜野座は満足気だった。舞白は宜野座に視線をあわせることなくただただ下を見続けた。

 

その反面、宜野座は様子を変えることなく傍らの鉄製の箱からガーゼや消毒薬を取り出す。舞白が上着を脱ぐと中はシンプルな白いタンクトップ1枚。剥き出しの右腕は義手と素肌の境目をハッキリと見せ、思わず宜野座は視線を逸らす。

 

決して綺麗とは言い難い肌だった。

腕には様々な傷。この数年で彼女はどんな目に遭ってきたのだろうか。そっと素肌に触れる度に宜野座の心情が揺れ動く。

 

 

「いっ……」

「染みるか?」

「……少し」

「我慢してくれ。これを塗ったらガーゼを当てて包帯を巻くだけだ。」

 

血液に染まっていくガーゼ。そこから宜野座の手に舞白の鮮血が付いていく。舞白は申し訳なさを感じながら今度は傷口をじっと見つめた。

 

 

「あの……ノブ兄」

「何だ?」

「色々ありがとう。」

「別に礼を言われるような事はしていない。」

 

 

結局宜野座に何度も救われた。

自分の身は自分で守る、そんなことを口走ったくせに結局彼がいなければ死んでいただろう。力を貸してという言葉をただただ愚直に守り通した宜野座の信念に、優しさに金輪際頭が上がらないだろう。

 

 

「俺も助かった。お前の臨機応変な立ち回りか無ければ俺も死んでたかもしれないからな。」

「怒らないの?」

「怒られるようなことをした自覚があるのか?」

「その聞き方嫌。」

「ははっ。」

「((……笑った。))」

 

再会してから今の今まで彼の素の笑顔を見たのは初めてだった。つい数日前に公安局で再会した時の気難しく恐ろしい顔からは想像できない温かさを感じた。

 

いくら歳を重ねても宜野座の不意に見せる笑顔は変わっていなかった。心を柔らかく握り締めるような、あの印象的な微笑み。彼は顔一面に喜びを見せるような所謂"大笑い"というものは見せない。微かに口元を緩め、昔から大人びた微笑みを見せるような人だった。

 

こんなふうに私たち幼は話をしたり、他愛のないくだらない言い合いをしたり――"懐かしかった"

 

そんなことを考えているのは舞白だけでは無い。

 

 

「――お前は昔からそうだった。」

「え?」

「自分が何か怒られるようなことをしたら、俺からグチグチ文句言われるのがわかっていた時もお前は必ず俺の顔色を伺うように"怒らないの?"って確認をとってきていたな。」

「だって直ぐに怒るでしょ?」

「それはお前が言うことを聞かなかったからだ。」

「怒らせるとお兄ちゃんより面倒臭いんだもん。」

 

昔から舞白は何か問題を起こしたとして――実兄の狡噛は舞白に言い返されると頭を抱えながら"……もう勝手にしろ"なんて呆れていたことが多い。その反面宜野座は"言い訳をするな。理由を一から話せ"なんて実兄よりも兄では無いのか?と思うほどにうるさかった。

 

「……本当に……ノブ兄は……」

 

"いつも自分のために行動をおこしてくれていた"

 

どんなときも味方でいてくれた。

実兄がそばにいられなくなった時も独りにさせないと言わんばかりにそばに居てくれた。

 

そして今も、あんなことがあったのに。

姿を晦ませ、突如現れ、一時は怒りをぶつけられ。

 

もう修復不可能と思われていた関係性も気づけば昔と変わらない仲に戻っている。

 

お互いの心の奥底に

離れられない何かがある。

 

語源化できない"何か"が。

 

 

「……結局のところ」

「?」

 

宜野座の視線が腕から舞白の瞳へと映る。手当された腕からは痛みは感じ無くなっていた。相手の言葉に、視線に、麻酔をかけられているような感覚だった。

 

 

 

「"俺はお前に甘いらしい"」

 

 

宜野座の顔が浮かべる表情は概ね憂鬱と深い愛情のあいだを行き来しているようだった。悲しいような、苦しいような。愛しくてたまらないような……

 

いっそ忘れられたら

いっそ嫌いになれたら

――だがそれは出来なかった

 

 

 

 

「……何言って……ノブに――」

 

舞白も同じく言葉を発しようとしたその時、遮られる機械音。舞白のデバイスが着信を知らせると我に返った様子で応答した。

 

 

「はい。狡噛です。」

『舞白?そろそろ時間よ。』

「直ぐに向かいます。……では後ほど。」

『ええ。後で。』

 

相手は花城だった。

このあとすぐに本部に戻り"謎の男"の聴取に立ち合わなけれならない。

 

先程まで疲労に塗れていた体は不思議と軽かった。それはきっと宜野座のおかげだろう。何となくふたりの間に流れていた重い蟠りが消え去った様子に安心したのかもしれない。

 

優しく丁寧に処置された左腕の傷。微かに感じる鈍痛が何故か今は心地よかった。

 

 

「それじゃあ私は行くね?腕の手当てありがとう。」

 

宜野座の手を借り、ゆっくりと立ち上がる舞白。そして先程まで羽織ってた血濡れたレイドジャケットを羽織ろうとした時それを宜野座が阻止した。

 

「俺のジャケットを着て行け。」

「でもノブ兄は?」

「いくらでも替えはあるさ。血塗れのそれを着てるよりマシだろ。」

 

"ほら"と差し出された宜野座のスーツジャケット。有無を言わせる間も与えず汚れたジャケットを奪われると反射的に差し出された宜野座のジャケットを手に取る。

 

「すぐに羽織れ。風邪ひくぞ。」

「風邪なんて引かないし子供扱いしないでよ。」

「俺は心配してるんだ。」

 

目の前で羽織っていかないと多分面倒だ。

舞白は賢く理解すると目の前でジャケットを羽織る。レイドジャケットより重く、そもそもサイズも大きい。文句を言いたいことはいくらでも思いつくが今はやめておこう。

 

"なんとなく、彼の懐かしい匂いがしたことも"

口にすることなく、胸に留めておくと。

 

 

狡噛(アイツ)にも言っておいてくれ。無茶するなってな。」

「伝えておくけど多分従わないよ。」

「だろうな。」

 

テンポのいい会話に舞白は思わず口元に笑みを見せた。

 

 

「"またね"」

 

舞白はそう言い残しその場から立ち去った。

逞しくなった背中を前に、宜野座は彼女が見えなくなるまで静かにその背中を見つめ続けた。

 

狡噛(アイツ)の面影も、舞白らしい少女の可憐な気配も。全てを感じさせる舞白の後ろ姿に不思議と目を奪われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宜野座さん。」

 

 

暫くして背後から自らの名を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「常守。」

「すみません。合流が遅くなりました。」

「大丈夫だ。」

 

公安局のレイドジャケットを羽織った常守が現れる。彼女の様子を見る限り怪我を負っていない。その様子を見て宜野座は安堵した。

 

「舞白さんの様子はどうでしたか?」

「…何で舞白(あいつ)の名前が出るんだ?」

「違いましたか?」

 

常守はクスリと笑った。宜野座の反応を面白がるような、ちょっとした意地悪ささえ感じる。

 

きっと宜野座は舞白の元へ向かうと常守は分かっていた。それがどんな形であれ、口喧嘩をするなり、昔と変わらず気にかけたり――きっと彼ならそういった行動をすると分かりきっていた。

 

 

「…怪我をしていたが問題ない。軽く手当してやっただけだ。」

「…………」

「なんだその顔。何か言いたげだな?」

 

宜野座は両腕を組むと小首を傾げ常守に問いかけた。対して常守も彼を見上げる。

 

 

「"変わらない"…ですね?」

「ん?」

「宜野座さんと舞白さんからは特別な何かを感じるんです。」

「何か…?」

「絆、愛情…そんな言葉で例えられない別の何か。」

「…………何か……」

「すみませんこんな時に。でも伝えたかったんです。」

 

常守から見た舞白と宜野座の関係性。

同じく言い表せない不思議なものなのだが何かがあると常守も感じていた。

 

「何があっても、状況が変わっても変わらない縁。」

「縁か。……それなら常守。お前もあるんじゃないのか?」

「私ですか?」

「ああ。狡噛(アイツ)との事だ。」

「……」

「そんな気難しい顔をするな。」

 

狡噛のことを口にすると考え込むように悩ましい顔をしていた。宜野座から常守と狡噛を見た時も喩えられない何かがあると感じている。似たような、同じようなものだろう。しかしそれは複雑だ。当事者同士でも分からない摩訶不思議なものだった。

 

 

ただ――確実に分かっていることはひとつ。

 

 

「"結局のところ俺たちは……狡噛兄妹(きょうだい)に振り回される運命らしい"」

「ですね?」

 

きっとこの先もそうなるだろう。

しかし苦ではなかった。失踪した時、シーアンで奇跡的な再会をした時、兄妹揃って公安局に現れた時。

引き寄せられるように彼らは現れる。何が起こっても、自分たちの傍からあの兄妹の存在は消えることは無いのだろう。

 

 

 

「それと宜野座さん。ひとつ報告が。」

「何だ?」

「私も聴取に立ち合うことになりました。なので一時、宜野座さんの執行官監視対象を無効にし、ここの捜査指揮をお願いします。」

 

突然の報告に目を丸くするも任せられた職務に対し宜野座は目付きを変えた。

 

 

「了解だ。何かあればすぐに知らせる。"あなた"も気をつけて。」

「ええ。」

 

常守は穏やかな表情を浮かべその場から立ち去っていく。

 

 

 

 

 

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行動課が所有する輸送機内にて。

狡噛、舞白、花城、常守。意識を手放したまま担架に横たわる矢吹。

そして先程の場所で拘束した金髪の男の姿があった。

 

広い通路を挟み、脇にはロングシート。

狡噛の隣に男、その対面側に常守、舞白、花城の順で座っていた。

 

ましろの目の前にハッキリと金髪の男が目に入る。よく見ると端正な顔立ちだった。火傷のような痛々しい傷が顔の半分程を覆っていたため今までどのような骨格をしているのかも定かでは無かった。

 

――綺麗な目をしていた。

青く、海のような色。今までの彼の姿からは考えられないほど穏やかで優しい。そんな空気を放っていた。

 

 

「あなたについて教えてちょうだい。」

 

花城が切り出す。

すると男は真っ直ぐと前を向き応じた。

 

「俺は"煇・ワシリー・イグナトフ"。矢吹局長指揮下で潜入捜査をしていた。」

 

舞白は同時にデバイスで開示された彼の情報を集めていく。映し出され情報はどれも怪しいものではなくソースはしっかりとしていた。

ロシア系帰化移民。日本名が入っていることにも納得だった。

 

「ボスからは聞いてないわ。」

「矢吹さん以外では厚生省の慎導篤志さんが証明してくれる。」

 

「…え……本部長が?」

「ああ。」

 

課長の花城でさえも知らないトップシークレットの内容。且つ全く関係の無いはずの厚生省の人間である慎導が把握しているという情報。それについては常守が真っ先に反応を示した。

 

「…………」

 

舞白は会話を耳に入れながらも情報を次々と網羅していく。そしてふと先程の奇襲の時のひっかかりが脳裏を過ぎった。行動課が阿蘇の基地を急襲することはピースブレイカー側の人間たちは知らなかったはず。しかし何故か分かっていたかのように煇は矢吹を連れ自分たちの前へ現れた。それなりに"あえて"臨戦態勢だった事も……疑問点が線で繋がっていく。

 

「……なるほど。理解出来ました。

だから兵士たちは予め適材適所にあえて配置されていた。前もって慎導篤志があなたに何かしら情報を渡していた……ということですよね?」

 

舞白の言葉の後、その場にいた全員の視線が煇へと向けられた。

 

 

「その通りだ。今回の作戦も慎導さんからの暗号通信で知った。」

「死人が複数出ました。」

「…………」

「こういうことに"そういうこと"は付き物です。……でも…何で……」

 

舞白は眉間に皺を寄せ、膝の上で強く拳を握りしめた。死んで行った仲間の姿、屍。そして自分がこの手で殺した兵士の命まで。

"こういうことにそういうことは付き物"。わかっている上で口にしている。しかし酷いものだ。

 

「…………」

 

常守も同じく無言で拳を握りしめた。そして横目で隣の舞白を見ると同じように胸中で呟いていたのだった。

 

 

「大凡は理解した。それで?砺波はどこだ?文書は手に入れたのか?」

 

狡噛はその空気を遮るように煇に問い詰める。

 

「手に入れてない。…俺が持ってる。」

「あなたが?」

 

所有しているという事実に目を見開き、花城は若干前のめりに。煇は頷くと自身の頭に人差し指を突き付けた。

 

「脳に機密作戦用のチップを埋め込んである。博士の研究成果はそこに入れた。」

「自分の脳の中に……」

 

常守はじっと彼の頭を見つめた。簡単そうに彼は口にしたが現実的に考えてみると恐ろしいものだ。そしてそれを自身の上司である慎導が指示したと言うのであれば余計におそろしい。

 

 

「教えてちょうだい。そもそも砺波の目的は?文書を手に入れて何がしたい?」

 

「文書と呼ばれているが実際はシミュレーター理論だ。民族対立や大衆の暴走を予測し数値化した――」

 

 

舞白達の視線が再び男に――

 

 

 

「""紛争係数""を測定する。」

 

 

 

煇の‪言葉に全員がそれぞれ重い表情を浮かべた。

犯罪係数という身近な用語とは違い、さらに大きなスケールに感じる。そしてとても恐ろしく、とんでもないものだと瞬時に理解した。

 

 

「これを使えば紛争を事前に防ぐことも拡大させることも可能だ。」

 

砺波が考えていることは――

 

 

「砺波がどちらに使うかは……言わなくても分かります。」

 

舞白はそう応えると唇を強く噛み締めた。

氷が裂けるように、表情にゆっくりと亀裂が走ったのだった。

 

 

 

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――外務省特別管理特区

本部ビル屋上ヘリポートにて――

 

 

 

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それぞれが移送機から降り立つ。

花城は矢吹の傍から離れず、未だに意識を戻さない上官に心配の色を滲ませていた。

 

舞白は紛争係数という用語に未だに混乱している様子だった。狡噛の後ろをついて歩き気難しそうに眉をひそめている。

 

「データを摘出するまで俺を電波暗室で拘束してくれ。」

「憑依を恐れているのか?」

「……ああ、そうだ。」

 

煇は狡噛に願い出た。

その彼の表情は深刻なもので恐怖に怯えているようにも見える。

 

 

「俺の脳に埋め込まれたもうひとつのチップ……"ディバイダー"。ヤツはこれで人に取り付く。」

 

 

煇の視線が狡噛の背後を歩く舞白に向けられる。ふたりの視線が交わった時、煇は舞白に向けて発言した。

 

 

「君も取り憑かれただろう。」

「…………」

「君の脳内には何が仕込んである?もしくは直接脳神経に働きかける別の伝達機器のようなもの。」

 

煇は興味深そうにしていた。

本来クラッキングまでが限界。しかし舞白に砺波は完全に取り憑いた。

 

「この辺り……詳しく調べたことはないけど頸動脈の近くにチップがあります。」

 

舞白は自身の左首筋辺りを指差す。

 

「そのチップの目的は?」

「本来は起爆装置みたいです。正直それも本当なのか分かりません。」

「起爆装置?一体君は…」

 

槙島聖護が残した異物。

それはまだ舞白の中で生きている。

 

煇は再び何かを問おうとしたが舞白の前に常守が立つ形でそれは遮られた。

 

 

「話は後にしましょう。雨も降ってきましたから。」

 

 

空から冷たい雨が降り注いでいた。

しとしとと肌に落ち、滑り落ちる感覚。

熱くなっていた体が良いタイミングで冷めてきそうだ。

 

 

「それじゃ、私は念の為ボスの検査に付き添う。狡噛兄妹(ふたりとも)、彼の聴取をお願い。」

 

「ああ。」「了解。」

 

2人が返答すると花城は口元に微かに笑みを浮かべ矢吹を乗せた担架と共に中へと戻っていく。

 

するとそれと入れ替わるように別の人物が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「"煇君"」

「…"慎導さん"」

 

厚生省大臣官房統計本部長 慎導篤志

舞白はじっと彼を観察し始めた。

 

「辛い勤めだったな。」

「……いえ。問題ありません。結果として無事戻れましたから。」

 

篤志は煇の肩に手を添え、よくやったと言わんばかりに彼を称える。穏やかな表情だった。対して煇も安心したように頬を緩ませる。

 

しかし舞白には違うように映っていた。

この人はどんな人物なのか、言動や表情から未だに読み解くことができない。

つい先日、自分に近づいてきたことも"なにか裏があるのではないか"と警戒する。

 

パッと見人当たりも良い。

監視官から高級官僚へと成り上がった凄い人でもある。きっと過去に様々な経験をしてきた人だ。

 

だからこそ恐ろしかった。

あの穏やかな曇りの無い瞳で声をかけられた時、喩えられない凄みを感じるほどに。

 

 

「慎導さん。事情を聞かせてください。」

「ああ。勿論だ。」

 

常守は篤志に近づき険しい表情で見上げる。

応えるように男も素直に頷く。

 

 

 

「舞白。俺たちは聴取の準備に入る。」

「うん。」

「未だ気を抜くな。お前も憑依される可能性がある。十分に気をつけろ。」

「分かってるよ。」

 

狡噛は一息つくようにタバコに火をつけると煙を空へと吐き出した。雨はポツポツと小雨のまま降り続けていた。

 

そんな時、狡噛は横に立つ妹を見下ろした。

何となくわかる雰囲気。兄妹だからこそ感じ取れる妹の心情。

 

「…何に苛立ってる。」

「苛立ってない。」

「嘘をつくな。俺を騙せると思うなよ?」

「……いたっ!」

 

コツンと額を指で弾かれると反射的に舞白は額を押えた。むうっと兄を見上げるとこちらを真面目に、静かに見下ろす兄と視線が合う。

 

 

「気持ちは分かる。お前が今考えていることも大凡は予想が着く。」

「…………」

「感情的になるな。今はな。」

「……後で感情的になっていいの?」

「全部終わったらな。その時、俺が全部聞いてやる。いくらでも、何時間でも。」

「…………」

 

 

 

 

「その役目は俺じゃない方がいいか?」

 

"ん?"とわざとらしく顔を覗き込む狡噛。

俺じゃなくてギノの方がいいか?と遠回しに言われると何故か羞恥心が湧き上がる。

 

「もう!お兄ちゃんは黙ってて!」

「まだまだ子供だな。」

「なんで今このタイミングでふっかけてくるの?」

「ふっかけてない。」

 

 

わざとらしい言動。それは狡噛の兄として、妹のための行動だった。

 

重苦しかった舞白の表情に色が戻る。

 

 

 

「…………」

 

 

 

それを静かに見据える篤志。

深く隠された感情が時々きらきらとひらめくようなものだった。

 

 

 

 

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