PSYCHO-PASS _Orakel und Gesetz   作:鈴夢

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煇のひかり

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荒れ狂う海の揺らぎの上を渡る船。

あの夜、あの船内の中で起こった真実。

 

 

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ミリシア博士の胸元に突き付けられる銃口。

 

『――それでも

あの子たちの未来だけは守る。』

 

同意の上だった。

博士はゆっくりと瞼を閉じ、彼に全てを委ねる。

 

 

『ミリシアさん。……必ず届けます。』

 

 

引き金に指が掛かる。

煇は覚悟を決め、人差し指に力を込めた。

 

鳴り響く銃声。

目の前の女性は力をなくしその場に倒れ込む。

 

「うっ……く……ッ!」

 

 

声にならない悲鳴を輝は必死に胸の中に隠す。

全てを背負い、苦しみに耐える。

 

――苦しい……苦しい――

 

 

 

 

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「"博士は……俺が殺した。"」

 

「「…………」」

 

煇の保護から小一時間が経過していた。

外務省本庁のビルの一角。完全に電波が遮断された暗室に狡噛兄妹と輝の姿があった。

 

煇を対面側に兄妹が椅子に座り様子を伺う。彼は疲れ切っていた。顔の火傷の隙間から見える美しい瞳の色だけは生き生きと輝いていたのだった。

 

 

 

「…そうするしかなかった。」

 

 

視線を落とす煇。

すると狡噛は内ポケットからタバコを1本取り出すと彼の口元へと持っていく。ライターで火をつけられると煇は深く吸い込んだ。

煙が肺の中に、胸の中に沈んでいく。そして空気を吐き出すと小さく深呼吸をした。

 

ほんの少しだけ彼の表情が楽になった気がした。

 

 

「何か飲みますか?」

「いいや、大丈夫だ。」

「……」

「君も怪我を負っているのにすまない。」

「大したことないですから。大丈夫です。」

 

対面に座る舞白を気遣う煇。その表情は優しいものだった。やはり彼は敵では無い。悪く言えば組織に利用された悲しい人なのだ。

 

「…………」

 

舞白は手元のデバイスで彼のID情報を確認する。

超極秘情報。アーカイブもそれなりの権限がなければ確認できないような仕様だった。

 

「((……彼にも家族がいる。……弟の存在――))」

 

 

指先で情報を漁る舞白。

するとその時、狡噛がようやく口を開いた。

 

 

「"ディバイダーとは?"」

 

脳内に埋め込まれているというディバイダー。この装置こそが全てを狂わせる鍵だった。

 

「精神を分割する装置だ。」

「……精神を分割?」

「ああ。自分を別の人間のように認識し 罪悪感を別の人間に委ねることができる。」

 

舞白は不思議そうに小首を傾げた。

デバイスの電源を落とし考える仕草を見せるとハッと目を開き隣の兄へ視線を向けた。

 

 

「それで色相をクリアに保てる……そういうカラクリ?」「なるほどな。ということは精神の一部を砺波に委ねるのか?」

 

狡噛兄妹の問いかけに輝は頷く。

 

「そうだ。宗教的興奮の科学的再現でもある。神に従うように。行動の全てを砺波に委託する。」

 

「こちらにも憑依は起きていた。外務省職員に……妹にも。」

 

狡噛は舞白に目を向ける。

煇も同じく彼女に視線を移動させると険しそうに眉をひそめた。

 

「クラッキングだ。」

「クラッキング?」

「ああ。外務省職員の脳には翻訳パッチが埋め込んである。それに取りつくんだ。範囲と時間は限定されるが。」

「なるほど。それだと俺や公安メンバーには効かない。だが "舞白には効いた"。」

 

舞白は反射的に自身の左首に手を伸ばす。

一点を指で押すと重い痛みが頭にかけて広がっていく。異物感を感じるその場所がモノが舞白を狂わせた張本人だった。

 

「私の首に残されたチップ。……納得いくよ。」

 

痛みは次第に消えていく。しかしその異物は何年もの間舞白を苦しめ消えることは無かった。疲労をうかべる舞白は小さくため息を吐く。対して煇は舞白の首元に視線を移動させると興味深そうに見つめた。

 

 

「起爆装置……だったか。」

「はい。」

「まさかそんな物にも反応するなんて。…脳神経に直接働きかける箇所に埋め込まれているのか?」

「詳しくは分からないんです。…ただかなり微妙なところに埋め込まれてるせいで摘出も難しいと言われています。」

「……本当に君は一体……」

「ちょっと昔に、ね?"コレ"を私に埋め込んだ人はとんでもない人だったので…。起爆は止められたにせよ何かしらの高性能なチップなんでしょう。」

 

平和な日本で生まれ育った舞白。

しかし輝は感じ取っていた。

ここ数回で見た彼女の行動。それは明らかに過酷な戦地を巡ってきたであろう姿だった。

 

銃火器の扱い。容赦なく業火の中に入り込む姿勢。傷を負っても慣れているような立ち振る舞いだった。

そんな少女の兄だという狡噛の存在。見た目などから明らかに血縁者だと言うことは分かる。

 

煇の脳裏に"弟"の姿が浮かぶ。

こちらに手を伸ばし"兄さん"と慕う弟の――

 

 

 

 

「――そろそろ本題を聞かせてくれ。あんたの目的はなんだ。」

 

狡噛のハッキリとした口調に我に返る輝。

気づけば手元の煙草も灰が落ちている。灰皿にそっと煙草を置き一息つくと再び目の前の2人に視線を向けた。

 

 

将軍(ジェネラル)と呼ばれる最高指揮官の居場所だ。」

「それは一体何者なの?」

「名前も分からず 会ったこともない。」

「「…………」」

 

この件の全てを握っているであろう砺波。しかしその上にさらに最高指揮官がいるというのだ。潜入捜査官として潜伏していた彼でさえ何も知らないという。一体どのような人物なのかも想像さえつかない。

 

「……だがようやく居場所をつきとめた。」

「どこだ?」

 

狡噛の問いに輝は覚悟を決めたように真っ直ぐと瞳を光らせ口を開く。

 

「――日本の最北 北方列島だ。」

 

北方列島――北海道の北東部に位置する択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の4つの島々の総称。過去には北方四島とも呼ばれていた場所。

100年以上前、日本とロシアの間で領土について何度も問題になった場所だということは分かっていた。今は誰も住んでおらず廃棄区画のような場所であると何となく聞いたこともあった。放棄された日本の領土――そんな場所にピースブレイカー率いる最高指揮官がいるというのだ。

 

 

「北方領土……確か今その場所は――」

 

舞白が言葉を発したその時。

電波暗室の扉が開く。

 

 

 

「「「――!?」」」

 

3人の視線が一気に扉へと向く。

 

 

 

「…………」

 

現れたのは無言の矢吹の姿。

しかし様子がおかしい。言葉を発することなくこちらの様子を伺うようにキョロキョロと目を泳がせた。

 

"そしてその手には銃が握られていた"

 

 

咄嗟に狡噛が勘づくと声を上げる。

 

「……んっ?」

 

 

そして同じくこの状況を理解した舞白が荒々しく声を上げた。

 

「伏せて!!」

 

 

舞白の声が響くと同時に矢吹は人差し指のトリガーに力を込めた。容赦なく放たれる銃弾。

 

「うっ!がっ……」

「ッ!お兄ちゃん!!」

 

狡噛は咄嗟に舞白を庇うように椅子から転がり落ちると苦しそうに声を上げたのだった。

兄の脚から流血している。恐らく銃弾が貫通したのだろう。

 

 

「――"やるじゃないか。甲斐"」

 

矢吹から放たれた言葉は明らかに"本人のものでは無い"。

 

「くっ……!」

 

煇は眉を顰め、強く男を睨みつけた。

そう。目の前に立つ男は自分の上官の矢吹ではない。

 

矢吹に取り憑いた"砺波"だったのだ。

 

 

 

 

「砺波!!」

 

「フッ……」

 

煇の声に余裕の笑みをこぼす砺波。

相も変わらず銃口は狡噛へと向けられたままこちらの様子を伺っている様子だった。

 

下手をすれば兄の狡噛も矢吹も死に至るかもしれない。危機的状況を打破するためにどうすればいい?

 

「((電波暗室内のせいでデバイスも使えない!……銃口はお兄ちゃんを捉えてる。イグナトフ捜査官は拘束具を付けられたまま……どうすればいい!?))」

 

舞白は兄の背を支えながらグルグルと頭を回転させる。銃を収めているのはジャケットの内ポケット。今の体勢から内ポケットに手をのばすには大きな動きが必要だ。万が一少しでもミスすれば間違いなく砺波は今度こそ兄の頭を撃ち抜くかもしれない。

 

その時、横目に鉄製の椅子が目に入る。

 

「((……右脚を伸ばせば十分に届く。砺波との距離もそこまで離れてない……物理攻撃で気を逸らして一気に叩く――!))」

 

舞白はゴクリと息を飲むと脳内で動きをシミュレーションした後に直ぐに実行に移した。

 

 

「"……ぐっ!"?」

 

舞白は椅子を蹴り飛ばすと砺波の気を逸らす。砺波の手に握られていた銃が滑り落ちるのを確認すると舞白は勝ったと言わんばかりの興奮を見せた。

 

……しかし――

 

 

「……なっ……ぁ……」

「"あまり調子に乗らない方がいい"」

「うっ……ぐ、ぐ……」

 

脳が焼けるような痛み。

鋭い細い音が容赦なく脳内を犯せば舞白は苦しそうに頭を抱え込んでその場に膝をついた。

 

「ッ!舞白に手を出すな!!」

「"おっと。動くな。"」

 

「……ッ……ぅ……ぐ」

「"俺が元軍人だということを忘れるな。"」

 

砺波はパンツのポケットからもう一丁の銃を取り出した。

念には念を、抜かりない男の行動に舞白は悔しそうに歯を食いしばりぽたぽたと額から汗を滴り落とす。

 

 

 

「"女。両手を上げてその場に立て。"」

「ッ……」

「"妙な動きをするな。"」

 

転がる銃には到底手は届かない。

今更反撃は出来ない。ビリビリと首から頭にかけて支配される感覚に吐き気さえ感じる。

 

 

「"聞かないのなら目の前でお前の兄を殺す。"」

「……っ……」

 

銃口は兄に再び向けられる。

煇と狡噛の距離からして派手に動いて反撃も難しいだろう。

 

 

 

「"甲斐、女を拘束して電波暗室から出ろ。……拒めばこの2人を殺す。"」

 

「くっ!」

 

煇は苦悩に顔を歪める。

どうしようも無いこの状況に焦りを見せていた。

 

 

「……っ!」

「よせ!撃つな!!」

 

煇の叫びが響き渡る。

砺波は満足気に笑い、銃口を容赦なく突きつけた。

 

 

 

 

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――同時刻

外務省本庁 40F 屋外スペースにて――

 

 

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しとしとと薄く売り注ぐ小雨。生温い夜風が吹き抜ける屋外スペースに常守と慎導の姿があった。

 

簡易的なテーブルを真ん中に挟むように長ソファが置かれていた。2人は向き合うように腰掛けると何やら重苦しい空気が漂う。

 

 

 

「――何故 彼に潜入捜査を?」

 

常守は疑うように曇った声のトーンで問いかける。自分の上司である慎導が外務省の局長と共に秘密裏に潜入捜査を依頼していた、という異常事態。矢吹はともかく慎導は厚生省の人間。外務省が対応するべく案件に深い関わりを持っていたという事実に疑念しかない。

 

「砺波は日本人を信用しない。それに輝君自身が志願した。正体がバレないよう自ら顔を焼き 任務に就いてね。…決死の覚悟だよ。」

「……今回の事件 ずっと引っかかっていたことがあります。」

「何かね?」

「なぜ極秘で入国したストロンスカヤ博士は襲われたのか。」

「……情報漏れだ。」

 

「正確には"あなたと矢吹局長が意図的に情報を漏らした。"……砺波をおびき出すために。」

 

常守のハッキリとした言葉。

慎導はまるで自分の急所を衝かれた人間がよくするように平然とした態度を持続しようと努力するようにもみえた。顔の表を狼狽の色が走る。

 

 

「違いますか?」

 

対して常守は更に静かに畳み掛けた。

男の瞳が一瞬揺れ動く。

そしてしばらくして小さくため息を漏らすと再び視線を常守へと戻す。

 

「想像力が豊かだね。」

 

否定しているわけでも認めているような回答でもない。しかし慎導の反応を見る限り全てを否定している様子でもない。恐らく常守の想像通りなのだろう。

 

「あなたの経歴を調べましたが何ひとつ不審な点はなかった。ただし 違和感を覚えた。」

 

霜月に依頼していた慎導の経歴などの情報。それをデバイスで開く。

完璧なキャリア、経歴。厚生省に入局して監視官を経て完璧な出世コースを歩む男の人生。

 

「"あなたは失敗をしない"。常に正しい道を選択しそれがキャリアに結びつく。……まるで初めから用意さた階段を上っているように。」

 

常守は真剣な面持ちで前を見ていた。睨んでいるというほうが近い。

 

「"あなたは何者なんですか?"」

 

慎導の顔つきがより厳しいものに。

 

「そして……

"狡噛舞白に執着する理由を"――」

 

確信に迫ろうとしたその時、

常守のデバイスから着信を知らせる通知音が鳴り響いた。

 

相手は狡噛慎也だった。

 

 

「……狡噛さん?どうしたんですか?」

『砺波が……っ!』

 

鬼気迫る苦しそうな声だった。

常守と慎導は互いに視線を向け合うと只事では無いと理解した。

 

『イグナトフ捜査官に憑依し…舞白を連れて………逃げた』

「「!?」」

『矢吹局長は……ッ……』

 

 

 

 

 

 

 

『"死亡"』

 

無茶苦茶な状況だ。

輝が再び憑依され舞白を連れているという。そして狡噛の様子からして何かしらの負傷を負っているのだろう。

 

 

『すぐに対処を!!』

 

刹那、通信は遮断された。

常守と慎導は直ぐに椅子から立ち上がると互いにデバイスで位置情報などを掌握した。

 

 

「今なら煇君の居場所が分かるはずだ。」

「教えてください!!」

 

慎導のデバイスに映るのは何者かの位置情報。赤い点マークが場所を示す。

 

向かうはヘリポート。

砺波操る輝、そして舞白はその場所へと向かっていたのだった。

 

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ヘリポートに待機する軍用ヘリ。

その扉が開くと砺波は舞白に指示を出した。

 

「"早く乗れ"」

「ん…ぐっ!!」

 

後ろ手に組まれた両手を手錠で拘束されている舞白。先程より痛みに慣れてきたこともあるのか必死に抗っていた。ここでこの男の手に落ちれば自分は死ぬ可能性が格段に跳ね上がる。そして仲間たちにも被害が及ぶ可能性も十二分にある。

 

「"さっさと乗り込め!!"」

「……ッ……い、や」

 

男の手が舞白の頭を掴みあげる。

そのままヘリの機体に押し付けると苦しそうに舞白は声を上げ男を睨みつけた。

 

「……ッ……煇……イグナ…トフッ……さん!」

「"何?"」

「戻ってきて!!お願いッ!」

「…………く……」

 

舞白の声に反応する輝。

しかし体は言うことを聞かないらしく砺波の力が更に加わる。

 

「((……こんな事で……終わらせないッ……))」

 

舞白の脳内に浮かぶ仲間たちの顔。

 

「((やっとここまで来た……!……戻ってきたのよ!))」

 

まとっているジャケットから"彼"の香りが微かに鼻を掠めた。

 

「((――ノブ兄!!))」

 

舞白の瞳から一筋の涙が零れた。

それは無意識に流れ出た彼女の本音――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"止まりなさい!"」

 

警告音とともに轟く女性の声。

砺波と舞白の動きがそれに反応する。

 

「……っ!朱さん!」

「舞白ちゃん!」

 

ヘリポートの入口から現れたふたつの影。

それは常守と慎導の姿だった。

 

 

「"……慎導篤志……こいつも捨て駒にしたのか?"」

「…………」

 

砺波は舞白を押さえつけたまま銃を片手に慎導を睨みつける。対して慎導は表情を変えることなくただただ真っ直ぐとその姿を捉えるだけだった。

 

 

「ぐ……ッ……」

「その子から手を離しなさい!」

 

舞白は苦しそうに悶えることしかできない。完全に弱りきった少女を目の前に常守も珍しく声を荒あげドミネーターを構えたのだった。

 

銃口を向ける相手はもちろん砺波。

しかし男は余裕そうに笑っていた。

 

「"無駄だ。"」

 

精神を分け、色相をクリアに保つディバイダーがあればドミネーターはただの鉄くずに過ぎない。

今までの原理が正しければ――

 

 

 

 

 

 

『犯罪係数 "オーバー100"

――執行対象です』

 

しかしドミネーターは男に審判を下した。

執行対象のラインであるオーバー100の数値。

 

その時、煇の体に異変が起こる。

苦しそうに大きく目を見開けば舞白から手を離し自身の頭を抑え込むように苦しみ始めた。

 

「"ディバイダーが……オーバーロードした……!"」

 

砺波――煇の本能なのか理由は分からないがディバイダーに過負荷がかかっていたのだった。必死に抗う体の持ち主が砺波の精神を遮断しようとしていた。

 

 

「うっ!ぐっ……」

 

煇は延々ともがき苦しんでいた。

 

 

舞白もようやく解放されるとその場に倒れ込む。グラグラと揺れる視界、曇る目の前の光景。音が耳鳴りのように鼓膜を叩く。

 

 

「((……っ……手錠さえ外れれば。だけど私が憑依されたら……このままの方が良いのか――))」

 

倒れ込んだまま必死に後ろ手に組まれた手を揺らす。身動きの取れない状態に眉をひそめた。しかしいつ自分が砺波に憑依されるか分からない。身動きが取りにくい状況の方が良いとも考えられる。

 

 

 

 

「"これでは……脳が焼ける!"」

 

その傍らでは煇が必死に抗い続けていた。

砺波の声が口から漏れる。

 

そしてついには銃口を自らに突きつけ始める。

煇の精神が自我を取り戻しつつある。そして輝本人はここで自害する覚悟でもあるらしい。

 

「"っ……初めから死ぬつもりだったか?甲斐!"」

 

ここまでの一端を砺波は振り返った。慎導と矢吹指示の元、顔を焼いてまで砺波の元へと現れた煇。人を殺し、仲間を裏切り続けた事実。任務といえどそれは決して許されないことだ。現に輝は薬を服用しながら必死にその状況に耐えていた。誰にも言えない極秘任務。"弟の結婚相手の母親を殺し"、仲間を殺し――

 

"死ぬ覚悟で臨んでいたことだ。"

 

 

 

 

 

『――対象の脅威判定が更新されました』

 

常守のドミネーターが新たに反応を見せる。

 

 

『犯罪係数301

リーサル エリミネーター』

 

「ッ!?」

 

常守は慌てて銃口を煇から逸らす。

"ドミネーターは男を始末するべきだと判断した"

 

しかし彼を今ここで裁くわけにはいかない。だがそのリミットは常守の意志とは裏腹に突然現れる。

 

 

 

 

「俺は……ッ」

 

ピタリと動きが止まる輝。

銃口を胸に突きつける。

 

「煇……イグナトフだ!!!」

 

 

 

煇の声が大きく響き渡った。

同時に力が弱まるようにゆっくりと瞼を閉じる。

 

 

 

「"……バカな……ヤツだ"」

 

舞白の視線にうつる煇の姿。

突きつけられた胸元の銃口。人差し指がトリガーにしっかりと引っかかっているのを目視した。

 

 

「っ!ダメ!!」

 

舞白は必死に声を振り絞り叫んだ。

しかしその声は届かず、無念にも銃声が2度鳴り響いた。

 

 

「ぐっ……」

 

 

煇の胸元が赤く染っていく。

同時に両膝をつき、意識を必死に保ちながら声を上げた。

 

 

「今だ!殺せ!!」

 

煇の叫びだった。

砺波の呪縛から開放された心の底からの叫びだった。煇・イグナトフとしての死を彼は懇願していた。

 

慎導はそんな彼にゆっくりと近づく。

傍らで倒れ込む舞白には目もくれず、真っ直ぐと。

 

 

 

「……ッ……イグナトフ…捜査官……」

 

舞白は地面に倒れ込んだまま2人の姿を視界に映す。そして自身に取り憑かれるのではないかと必死に精神を保つ。

 

 

 

 

 

 

「慎導さん……"炯"を……お願いします。」

「…………」

「あいつには…俺とは違う生き方を……」

 

煇の意識が徐々に遠のいていく。

倒れそうになる体を最後の力を振り絞り、必死に慎導を見上げる体勢で懇願し続けた。"炯"という人物の名を口にし、その人物の人生をまるで慎導に委ねるように。

 

 

「約束は守る。」

 

慎導は強い意志を込めた瞳を煇に向け頷く。

その言動に安心した煇はゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

「……あとは任せなさい。」

 

男はゆっくりと優しい口調で、煇を宥めるかのように呟いた。

 

「…………」

 

慎導の指にかかる命の引き金。

同時に街の中心地の方向から花火が打ち上がる大きな音が炸裂した。

 

旧正月を祝う美しい光。

それと共に消えるひとつの命。

 

明暗のコントラストが舞白の目の前で再現された。

 

 

「((…………))」

 

 

それは耳を聾する炸裂の音と一緒に、夢のようにはかなく、一瞬の花を咲かせ暗闇の空の中に消えて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「"長い雨は――もうすぐやむ。"」

 

 

花火の音とともに舞白の耳に入り込んできた言葉。

それは慎導が放った言葉だった。

 

 

 

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"狡噛舞白"

 

 

 

 

 

"… 憎みや怒りは、愚か者の心の中にだけ存在するものだ…"

 

 

 

"――聞こえているかい?"

 

 

 

 

 

 

 

 

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