PSYCHO-PASS _Orakel und Gesetz   作:鈴夢

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1章
慎導篤志という男


 

 

 

 

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――厚生省本部ビル

通称〈ノナタワー〉――

 

 

 

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太陽が天頂を通過した頃――

 

 

都市のシンボルとも言われている"ノナタワー"。外観はホログラムに覆われておりその存在は象徴と言われながらも異質だった。天高く聳え立つ摩天楼――

 

その一室に錚々たる顔ぶれが集まっていた。

 

 

外務省、法務省、厚生省、総務省、農林省、国土経済省――ありとあらゆる行政機関のトップが巨大な円形テーブルを囲むように腰を下ろし、何やらひとつの議題に対して揉めている様子。

 

尚、殆ど全員が歳を召した男性だった。圧倒的な凄みを感じさせるオーラを放ち、威厳を感じさせる。

 

しかしその中にただ1人若い女性の姿があった。清潔感漂うショートボブヘア。服装はタイトなスカートスーツを纏い、やけに若さを感じさせる。

 

その人物の座札が表す役職と名前。そこには"厚生省公安局統括監視官 常守朱"と記されていた。

 

 

 

常守はそんな威厳ある人物たちに怯むことなく正々堂々と言葉を放つ。目を光らせ、名僧の説話に聴き入る信者の表情のように真剣な表情を浮かべて――

 

 

 

 

「シビュラシステム統治下において法律など不要。本当にそうでしょうか?」

 

 

 

 

2118年――日本ではシビュラシステムでの統制下で法の必要性に関して議論が巻き起こっていた。

 

シビュラシステムという完全なシステムの元。人々は何不自由なく人生を謳歌している。"法律"というものはもはや必要が失くなったのだと世論は口にしていた。

 

 

そしてその世論に反するかのように頑なに法の撤廃に関して慎重に意見を述べる常守。彼女の言動に不服そうに息を吐く中年男性は半ば呆れたように彼女に向けて言葉を放った。

 

 

「…君はなぜそこまでして法の撤廃に反対するのかね?」

「法の撤廃は国際法をも覆します。日本が開国政策を進める観点から鑑みても相応しくない行為かと――」

 

 

常守の発言に尾根を寄せる男性達。重々しい空気が漂う中、彼女は凛とした姿勢を崩さず真っ直ぐとした瞳を見据え続ける、

 

 

 

「だが、法律を撤廃しシビュラシステムに全てを委託した"シーアン"。…事実、シーアンは予想通りの結果を出した。シビュラシステムの恩恵によってより良い社会を作り出したのだ。」

 

「そもそも法治国家とは――――」

 

 

堂々巡りの口論。

徐々にそれはヒートアップしていき、常守に対し次々と男性達の意見が突きつけられていく。

法治国家、シビュラシステム…法律とは…開国――

 

 

あらゆる視点から各々が意見が述べられる中、常守の視線が1人の中年男性へと向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

「――法務省の意見もお聞きしたいのですが。いかがでしょう?」

 

常守の真剣な眼差しの先…そこには法務省の本部長の姿があった。その男性はまわりの空気に圧倒され怯んでいる様子さえ伺える。緊張で強ばる手を隠すように両手を強く握りしめ、弱々しい声色で発言した。

 

 

「あ…いやあ……"法律の撤廃"…となれば法務省は解体……あまりにも乱暴かと……」

 

惑うように目を泳がせ、まわりの顔色を伺うかのような控えめな発言。

 

法秩序の維持や国民の権利擁護、国の利害に関係のある争訟の統一的かつ適正な処理を担う…言わば法律の全てを担う法務省の人間でさえそのような状態だ。

 

この場にいる人間の殆どが法の撤廃を推進している事実。味方が全く居ないアウェイな空間でも常守は全く姿勢を崩さない。

 

 

たった1人で論争に立ち向かう常守。

 

そんな若い女性に対し、痺れを切らした1人の男性が詰問するような鋭い言葉を放った。

 

 

 

 

「シビュラシステムは厚生省管轄の包括的生涯福祉支援システム。君がその身を置く厚生省に対し、君自身がそれを軽視しているのかね?」

 

「違います!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――いいんですか"慎導さん"?放っておいて。」

 

問い詰められる常守を按じる男性。彼は隣で静かに様子を伺う"慎導"という男に向け、耳元でボソリと呟いた。

 

 

「彼女の色相。君よりもクリアだろう。」

「……まあ……そうですが…」

 

男の呟きに対し、"問題ないだろう"と言わんばかりの台詞を威厳と落ち着きを加えた声で放つ男。

 

その人物は厚生省大臣官房統計本部長 "慎導篤志"。

短い白髪に眼鏡をかけ、その風貌は穏やかで優しそうな雰囲気を纏う。だがその反面、強力な磁場でさえぎられたように近寄りがたい雰囲気も併せ持っている圧倒的オーラを放つ男だった。

 

慎導は敢えて何も発言することなく、同じく厚生省の部下でもある常守の様子を見守る。

 

 

 

 

 

「―――この件に関してはノナタワーの密室で行うのでは無く、国民の総意を問うべきです。」

「その総意が法の撤廃に賛成しているのだよ!」

「ッ……!」

 

 

その言葉を皮切りに次々と論争は更に荒立つ。

 

 

 

「馬鹿馬鹿しい――」

「傲慢だ――」

「システムの推進こそ――」

「そもそも日本国において法律とは――」

 

 

 

意見が礫のように飛び交う。

常守はその光景を目の前に拳を強く握り唇を噛み締めた。

 

 

 

「…………」

 

 

哀れともみてとれる論争に静かに息をつく慎導。

すると彼の手元に置かれていたデバイスがメッセージを受信する――

 

 

 

 

"パッケージの死亡を確認。公安に介入された"

 

 

 

メッセージを目にしたその時、慎導は微かに表情を曇らせため息を漏らした。そして同時にゆっくりと重い腰を持ち上げ、手の付けようのなさそうな罵り合いを放つ男たちに冷静沈着な柔さを含む声を放つ。

 

 

 

「――まあまあ皆さん。落ち着いて。」

 

 

慎導のその一言。

大声を上げた訳でも声高な諍いを上げた訳でもない。

 

しかし男の言葉に全員が一斉に静まり返ると視線は彼に向けられた。

 

 

「これじゃまるで、シビュラ導入以前の混乱のようだ。」

 

 

立腹、慙愧、様々な感情が合併した状態で落ち着かない顔付きの男たち。例えようのない複雑な表情を露わにする彼らに慎導は言葉を続ける。

 

「実は此処に…日本と世界の関係を明らかにするゲストが来るはずでした。」

 

「見当たらないが?」

 

「ああ。"彼女は間に合わなかった"――」

 

 

 

 

慎導は神妙な面持ちで微かに視線を落とす。

 

するとその時、会議室内に何者かのデバイスの通信音が鳴り響いた。その主は常守朱。自身のデバイスに緊急連絡が入ったことを確認するとその場で会釈をし、踵を返す。

 

 

 

「…失礼します。」

 

 

 

 

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会議室外に出た常守は緊急連絡に応答する。

相手は刑事課一係監視官"霜月美佳"

 

彼女は事件現場へと急行していた。

 

 

『――海上保安庁からの通報です。外国船舶が都内近郊の港に漂着…、船内は銃撃戦の痕跡が残されてます。死体も多数――』

「銃撃戦?」

『とにかく早く来てください。"政治家ごっこ"してる場合じゃないですよ?先輩。』

「直ぐ向かうわ。」

 

いつも通りの皮肉混じりの彼女の言葉。

確かに今は再び会議に戻れるような状況では無さそうだ。

 

常守は通信を終わらせると再び会議室へと視線を向ける。すると何故か各省庁の男性たちが次々と会議室から出ていく。あの白熱した状況から考えても会議は終わっていないはずなのだが―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会議は終わらせておいたよ。」

 

 

会議室を後にする男性たちに混じり慎導が現れ、会議を終わらせたと穏やかな口調で常守に伝えた。どうやら先程の状況を察してくれたのだろう。慎導らしい計らいに常守は謝辞を述べた。

 

「……申し訳ありません。」

「構わないよ。…事件かね?」

「はい。外国の船で事件が。」

 

"外国の船"

そのワードに微かに反応を示した慎導は彼女に問いかける。

 

 

「――もしかして……"グローツラング号"?」

「…え?」

「私も同行して良いかな?」

「本部長が?……構いませんが…」

「それに、君と2人で話もしたかったんだ。――」

 

 

慎導の朗らかな優しい笑顔。

常守はそんな彼に不思議そうな眼差しを向け、微かな違和感を感じていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――

――

 

 

 

 

 

首都高速道路を走る公安車両。

緊急出動のサイレンを光らせながら一直線に走り抜ける。

 

 

天気は快晴。一面に広がる青空。

慎導は助手席に座り、その晴れやかな外の景色を眺めていた。

 

 

 

 

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「本部長が先程言っていた"ゲスト"。一体何者なんですか?」

 

沈黙を割くように話を切り込む常守。

心做しかハンドルを握る両手に力が篭もる。

 

 

 

「――ミリシア・ストロンスカヤ博士。彼女は行動経済学、統計学の世界的な権威である研究者だ。」

「慎導本部長はその方とどこで?」

「入国管理局でね。彼女はとても優秀だった。そしてある研究を行っていてね。よく話をしていたよ。…君に会わせたかったんだが。」

 

 

聞きなれない女性の名前。勿論常守が知るはずもなく疑問は膨らむばかり。一体その女性が今回の会議にゲストとして訪れたら何が起こっていたのだろう。

 

 

「彼女が研究し、作り上げた文書…通称"ストロンスカヤ文書"。それを使えばシビュラが世界に与える影響を予測できる。」

「……シビュラが世界に与える影響――」

 

 

正直、パッとイメージが湧かない内容の話だった。むしろそんな文書が存在することに疑念さえ浮かぶ程に。

 

どこか困惑気な常守に助手席側から視線を向ける慎導。そんな空気を察してか男は話を切り替える。

 

 

 

「ところで常守さん。開国と法がセットの理由――何だか分かるかね?」

 

「……入国者のほとんどが紛争経験者だからです。シビュラ基準ではなく国際法、法律を元に対処が必要かと。」

「その通りだ。」

「慎導さんはおひとりで入国者の受け入れを実現したとか。どうようにして実現されたのですか?」

「まず、今の君と同じように周りに疎まれないように努力した。」

「……っ……はい」

 

慎導の口角に浮かぶ微笑み。

どんな質問にも期待値通り、もしくはそれ以上の答えが返ってくる常守の生真面目さ、優秀さ。周りに疎まれないようにと彼女なりの努力を見てきた慎導はそんな常守を見込んでいたのだった。

 

 

 

「君は監視官を長くやりすぎだ。上を目指しなさい。常守さんには期待してるんだから。」

「…いえ、そんな事ないですよ。」

「謙遜しないで欲しいな。君はシステムに疑いを抱きながらも…その色相は美しい。」

 

 

ただただシビュラシステムの全てを受け入れるのではなく、社会秩序を守るそのシステムを疑う姿勢。本来出れば色相が濁ってもおかしくない事なのだ。しかし彼女は濁らない。過酷だと言われている刑事課の監視官という役職につきながらも彼女は自分の強い信念を持っているようだった。

 

 

 

 

「私はシステムの価値は認めています。ただ…私は他に信じているものがあるんです。」

 

 

 

 

 

「――いいね。そういうの。」

 

 

ひどく相手の言ったことに感心したような語調で男は呟いた、

 

 

 

 

 

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――東京港

 

 

 

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神奈川との県境あたりに点在する東京湾最奥部。

廃棄区画が近いのか人気はなく、かなり錆びれている様子が見て取れる港。

 

その港の一部に、日本ではあまり見かけない大きな海外船舶の姿があった。激しい荒波や嵐の中を突っ切ってきたのか、やけにその船体は汚れが目立ち廃船のような不気味な雰囲気を放つ。

 

そして何よりも異様なのが"全く人の気配が無い"のだった。

 

 

 

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「国内の捜査権は…我々公安局にある。」

 

 

刑事課 監視官の特徴的なジャケットを纏う女性。

その女性は目の前の人物に向け不愉快そうにムッとした顔を向けると周辺に木霊するほど大きな声を響かせた。

 

 

「とっとと帰れ!"外務省"!」

 

「…あのね、私たちは穏便に済ませたいの。」

「うるさい!聞く耳なし!」

「…………」

 

その言葉を浴びせられた金髪の女性は小さくため息を漏らす。なんせ目の前の"彼女"は言い出したら最後だ。その頑固な性格のせいか"てこ"でも踏みとどまる。

 

頑なに相手を拒み、腕を組むその女性。

先程、常守に通報内容を連絡した霜月だった。

 

そして霜月の視線の先に佇むのは外務省に所属する"花城フレデリカ"。彼女は過去に数ヶ月だけ刑事課一係に出向しており、霜月とも面識は十分にあった。

 

しかし見ての通り2人の相性は最悪。何故か霜月にいけ好かない奴だと認識されており違う組織同士で関わることになった今、その関係性は更に面倒なことになっていた。

 

 

「…花城。」

「参ったわね…」

 

花城の隣に立つ男。

恐らくは彼女の上司だろう。物静かな厳格そうなその男も目の前に立ち塞がる霜月に酷薄な視線を向ける。

 

 

「とにかく!私たちの捜査が終わるまで立ち入り禁止よ!それにまだ先輩も―――」

 

 

刹那、すぐ近くの駐車場に停車する公安車両。

"やっと現れた"と言わんばかりに霜月は腕を組んだまま眉を寄せると降り立つ人物に視線を向けた。

 

しかし降りる人物は常守だけでは無かった。

眼鏡をかけた白髪の男。霜月はその人物が何者であるか理解はしているもののなぜこの場所に"常守と"一緒に現れたのか、若干不服げに表情を曇らせた。

 

 

 

「すみません。遅くなりました。―――フレデリカさん?」

 

 

急ぎ足で霜月の元へと向かう常守。

そしてここに居るはずの無い人物の存在に一瞬驚いた様子を見せる。

 

 

「ご無沙汰してます。常守監視官。」

「…外務省海外調整局 局長の矢吹だ。――この船の捜査件を我々に委ねて欲しい。重要な外務省の極秘案件でね。」

「……外務省?」

 

 

 

なぜ海上保安庁の通報に外務省も合流しているのか。それに花城だけでなく局長と名がつく人物まで現れている始末。

 

微かな違和感を感じていたその時、背後から少し遅れて現れた慎導はデバイスで何者かに連絡を取りながら常守達へと近づく。

 

 

 

「…現着です。皆揃ってますよ。」

 

 

その言葉の後、慎導はデバイスを翳しレーザーのような光を放った。その光とともに現れたのは公安局局長"禾生壌宗"。

禾生は常守と霜月に視線を向けるといつもの様に淡々とした声色で彼女たちに言葉を放った。

 

 

 

『監視官。君たちは下がりたまえ。』

「えっ…」

『詳細は後ほど公安局で話す。』

 

「…………」

 

 

状況が飲み込めない。

なぜ、公安局が捜査権を奪われ撤退する必要があるのか。

 

そして慎導の行動。局長との繋がり。

不可思議な事が多く、常守と霜月はどこか納得いかない感情を持ちながらも局長指示に従うのであった。

 

 

 

 

┈┈┈

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捜査権を奪われ、仕方なく船から離れる一係一行。

先に船に乗り込み、調査を行っていた宜野座、六合塚、雛河、須郷。ようやく彼らも常守と合流することに。

 

次々と船に乗り込む"SAD"と記された黒ジャケットを羽織った人物たち。それを横目に常守達はこれまでの状況をまとめるのであった。

 

 

「捜査権が外務省に移った…一体何があったんだ?」

「すみません。私も詳しくはまだ把握していなくて…。」

 

「…でも…情報も掴めましたし。今は船内に残されていたデバイスの情報を解析しています。」

「ありがとう。雛河君。」

 

「それと、私と須郷で船内に残されていた武装品を幾つか見つけて解析に回してるわ。」

「助かります。」

 

 

捜査件は奪われたものの既にこちらもいくつかの証拠品や情報を手に入れていた。宜野座をはじめ他執行官達もそれぞれの役目を果たしていたのだった。

 

 

 

「…ていうか!先輩があんな偉い人連れて来るからですよ!!」

「本部長の関係者が今回の件に関わっているかもしれなくて――」

 

 

常守はそう答えると一呼吸間を置き、改めて5人に向き直る。

 

 

 

「――船内に本部長が呼んだゲストが乗っていたはずなの。"ミリシア・ストロンスカヤ博士"。女性よ。」

 

「「………」」

 

 

常守の発言に顔を見合わせる執行官たち。

すると六合塚と宜野座が真剣な眼差しで常守を見据えると船内での調査で知り得た情報を口にする。

 

 

 

「船内に残されていた死体に唯一1人だけ女性のものがありました。」

「恐らく博士で間違いないだろう。――ただ…身元の確認に時間がかかりそうだが。」

 

「…何故です?」

 

 

 

 

「――死体は激しく損傷し、そしてその頭部は見つかっていない。」

 

 

宜野座は険しい顔つきで事実を述べる。船内に残されていた死体。その中の唯一の女性の姿。胸を撃ち抜かれ、その後首を切断された事が分かっておりそれによって身元の確認に時間を要するのだった。

 

 

 

「首が…?」

 

 

ただの殺害目的ならまだしも、なぜ首を切断する必要があったのか?それにその頭部が見つかっていないとすれば…何処に?

 

 

「監視官。船内に残されていた銃の解析データが来ました。…該当データ有り。登録データは外務省の物で間違いありません。」

 

 

須郷が一丁の銃を差し出す。

何ら変哲もないただの黒鉄。常守はそれに視線を落とせば考え込むように顎に手を添えた。

 

 

「外務省が秘密裏に博士を護衛していた――」

 

 

深まる謎。

外務省、そして慎導との関係性。

常守の脳内で様々な思惑がグルグルと回り出す。

 

 

そしてその横で霜月が呆れたような表情を浮かべる。

 

 

「こちらに無断で重武装の特殊部隊の配置……やってくれるわ…。―――花城も矢吹ってのも相当な食わせ物ですよ?――胡散臭い!ゴミの臭いがする!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霜月の罵詈雑言が周辺に轟く。

刹那、霜月の背後から突如現れた慎導。彼は彼女の両肩に手を置き警告するかのように視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

「―――ひぃぃっ!!」

 

音もなく現れた慎導にゾクッと背中を震わせる霜月。慌てて慎導に向き直ると怯えたように眉を顰めた。

 

 

「あまり人の悪口は言わない方が良い。」

「えっ……」

「――あいつ。高性能の補聴器付けてるから。」

 

 

"あいつ"と指さす相手。

それはかなり遠くに佇んでいた矢吹の姿。

 

 

「…う……」

 

その耳元を目を凝らして見れば左耳に機械が埋め込まれているのがわかる。矢吹もまたそんな彼らの様子に気づいたのかこちらを怪訝そうに見据える。ギョッとした様子の霜月。彼女はゆっくりと宜野座の背に隠れるように後退した。

 

 

「お前な……」

「うっさい!……最悪……」

 

霜月の言動に呆れ返る宜野座。

まさか外務省の重役に自分の愚痴を聞かれているなんて……と。珍しく自分の悪態に後悔の色を見せた。

 

 

 

「…ところで、本部長は今回の"極秘案件"についてどこまで関わっているんです?」

 

常守は疑問を投げかける。

厚生省、それに慎導は本部長だ。ここまでの経緯を脳裏で纏めた彼女は"外務省の極秘案件"に何故か関わる慎導の言動に変わらず不信感を抱いていた。

 

「"極秘"とは誰にも言えないことだから極秘と言うんだよ。」

「………ッ……」

 

困惑交じりの愛想笑い。

何を言っても極秘案件に関して口にしない、というような露骨な雰囲気と表情に常守もそれ以上何も言い返すことが出来なかった。

 

やはりこの男の考えていることが分からない。穏やかな笑みの裏に隠された微細な違和感は払拭しきれない。

 

 

 

 

 

 

「…あの……監視官。博士のパソコンの解析結果が出ました。」

 

 

その空気を割くように雛河がデバイスを片手に常守に近づく。

 

先程掴んでいた証拠品でもある博士のデバイス。その解析結果を報告する。

 

 

「何か情報は?」

「はい。事件当日にとある人物にメールを送信しています。」

「国内の人物?」

 

「はい。"雑賀譲二"教授です――」

 

 

 

 

 

 

 

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"雑賀譲二"

臨床心理学が専門の元大学教授。

 

 

臨床心理学が専門の元大学教授。かつては公安局の刑事に向けた犯罪心理学の特別講義を行っていた経歴を持ち、臨時分析官の任に就いた事もあった。しかし現在は潜在犯隔離施設に自主的に入所している。

 

 

 

「…………」

 

博士が最後に連絡をとった人物。まさかそれが雑賀だったとは予想外だった。常守は公安車両に乗り込み、雑賀に連絡を試みる。

 

 

待つこと2コールほど。すぐに応答があった。

 

 

 

『――急に連絡とは珍しいな?』

「突然申し訳ありません。」

『問題ないさ。…で?何があった。』

 

"ストロンスカヤ博士について―――"常守がその言葉を放とうとしたその時、運転席側の窓をこつこつと叩く音が聞こえる。窓を指で叩き車両の外から覗き込む慎導の姿。

 

常守が車窓を開けると慎導は窓枠に肘を添え、覗き込むように常守のデバイスに視線を向けた。

 

 

『……ん?どうした?』

 

 

「久しぶりだな、"譲二"。」

 

 

 

思いがけない慎導の台詞に目を丸くする常守。

 

雑賀と慎導。2人は何らかの関係性らしい。

 

 

 

 

『……何故…あなたが。』

「敬意が足りないぞ?」

『―――お久しぶりです。"先輩"。』

 

 

雑賀は不意をつかれたような様子を声から感じさせる。言葉の通り"なぜあなたがここに居るのか"と。その声色から微かな動揺をも感じ取ることが出来た。

 

 

 

「隔離施設はどうだ?」

『悪くないですよ。』

「……ところで……、聞きたいことがある。ストロンスカヤ博士の事なんだが…」

 

 

常守は2人のやり取りを静かに見据えていた。

 

慎導の事を"先輩"と口にした雑賀。明らかな上下関係である2人。自分が出る幕なく博士の事を聞き出せるだろう―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その件に関しては"常守監視官にしか話したくない"。』

 

 

 

先輩だと慕う相手に対しても容赦ない返答。

それは明らかな拒絶だった。

 

 

 

「……はぁ……分かったよ。」

 

 

根負けしたようにため息を漏らす慎導。

そして彼は車両から離れ、その場を後にした―――

 

 

 

 

 

 

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―――東京港 船舶停泊場

 

 

 

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完全に外務省に捜査権が移った大型の海外船舶、グローツラング号。次々と外務省のジャケットを纏った調査員たちが乗り込んでいく中、傍らに停められた外務省車両から1人の少女が降り立った。

 

 

大型船を目の前に見上げる白銀の少女。昨夜未明にこの船に兄とともに潜入したばかりだった。変わり果てた船舶の様子に怪訝そうに眉を顰める。

 

 

 

そんな時、上司である花城が彼女に歩み寄った。

 

 

 

「――舞白、予定より早かったわね?」

「お疲れ様です。課長」

 

 

相手に向けて敬礼する舞白。

彼女も同じく外務省のジャケットを羽織り、スーツパンツを着用していた。

 

 

 

 

「やっと捜査権限が下りたわ。船内の調査部隊に合流してちょうだい。」

「はい。了解です。」

「……悪いわね。急にあなたを呼び出して。殆ど寝る暇も無かったでしょ?」

「いえ、全然大丈夫です。特に大きな怪我もしてないですし。仮眠もしっかり取れてます。」

「だったら良いんだけど……」

 

 

自分よりも一回りほど離れた少女。あっけらかんとした様子で呑気に微笑む彼女を見る度に花城は心配の色を見せていた。

 

 

「そういえば頭痛は?狡噛が心配してたわ。」

「今は何とも。よくある事ですし。」

「……この件が落ち着いたらあなたの"それ"も対処しないとね。」

「ご心配なさらず。そもそも、もう私には何も危害はありませんから。」

 

トントンと左首を指さす。本人は本当に全く気にしていない様子だった。

 

 

「―――では、また後ほど。」

「ええ。頼んだわよ。」

 

 

調査の為にと船内の入口に向かうため踵を返す。巨大船舶は入るにも面倒だ。昨夜のように空から降り立つことができれば……なんて。

 

 

そんなくだらない事を考えながら船の周辺を歩いていたとき、敏感に自分に突き刺さる視線を感じとった舞白。足を止め、ゆっくりと振り返る―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――?」

 

 

数メートル先からこちらを眺める人物。歳は50代辺りだろうか。短髪の白髪に眼鏡。ジャケットを纏ったその男はどこか威厳ある風格をも思わせる。

 

そして目が合うとその男はにこやかに口角を持ち上げこちらへと歩み寄って来る。

 

 

 

 

 

 

「どうも。私は厚生省大臣官房統計本部長の慎導篤志という者だ。」

「……はい?」

「君の上司、矢吹とも知り合いでね。」

「矢吹局長と?……あの……失礼ですが私になにか御用ですか?面識は無いはずですが。」

「ははっ。驚かせてしまったなら申し訳ない。」

 

 

"君の上司"。まるで自分のことを全て知っているかのような口ぶり。舞白は目の前の男に覚えもなければ名前さえ知らない。

 

しかし舞白には引っかかるものがあった。目の前の男が"厚生省の重役"であることは間違いない。自分の過去を知るものかもしれないという懸念があった。

 

 

温厚篤実そうな雰囲気。だがその裏になにか感じる嫌な気配。舞白は無意識に身構える。

 

 

 

「会えて嬉しいよ。"狡噛舞白"さん。」

「…………」

 

「また今度、君に会えることを願っているよ。」

「―――失礼します。」

 

 

彼の言葉に返す言葉が上手く見つからなかった。

 

舞白はゆっくりと後退すると軽く会釈をし、その場から背を向け踵を返した。

 

 

 

 

背を向け歩き出しても背中に感じる男の視線。

あの男―――"慎導篤志"。

 

妙に胸が騒ぐと舞白は無意識に左首に手を伸ばしていたのだった―――

 

 

 

 

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