PSYCHO-PASS _Orakel und Gesetz   作:鈴夢

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首輪を捨てた兄妹

 

 

 

 

 

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「手に入れたのか。矢吹。」

「ああ。少々手こずったがな。」

 

 

 

磯の香りが漂う海岸線。

人気もなく、静まり返った海岸に慎導と矢吹の姿があった。会話の内容は2人にしか理解できないようなものだった。何かを手に入れたと口にする矢吹の言葉に慎導は表情は変えずとも満足気だった。

 

 

 

 

先程まで晴れ晴れとしていた空は灰色に染まり、昼過ぎだと言うのに辺りは薄暗い。しかし雨の気配はなく分厚い雲のみが空を浮遊していた。

 

 

波の音が耳を掠める。

その時、慎導は足元に転がる平らな小石を拾い上げ親指と人差し指で器用に掴む。

 

 

「―――にしても……深く潜らせ過ぎだ!」

 

腰を落とし右手で石を勢いよく投げるとそれは水を切り、遠くへと弾き飛んで行く。水面を走るようにまっすぐ突き進む小石。しかし力を失ったその石は途端に沈み、海の底へと堕ちていく―――

 

 

「そういえば会ったのか?"彼女"に。」

「ああ、先程少しだけだが。予想通りの反応だった。」

 

矢吹の問いかけに慎導は振り向くことなく応える。

 

彼女とは狡噛舞白の事だろう。

矢吹は能面のように頑なに表情を崩さないまま彼の背を見据えていた。

 

 

「まさか、外務省が彼女をスカウトしたとは意外だった。」

「こちらとしては彼女の能力を買った迄だ。抜群の洞察力に身体能力。とにかく兄妹揃って勘がいい。"奴ら"を潰すのに必要な人材だ。」

「…………」

「あの兄妹の過去には興味は無い。この件が片付いたら狡噛舞白はお前に引き渡すつもりだ。」

「……ああ。」

 

矢吹は小さくため息を漏らすとその場から踵を返す。

 

 

「いずれにせよ動き出したからには立ち止まる訳にはいかない。―――我々も"成すべきを成す"。」

 

 

去り際に放ったその言葉。

矢吹と慎導の間に、彼らにしか知りえない何かを隠している様子だった。

 

 

 

 

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同日、午後17時過ぎ―――

―――所沢矯正保護センター

 

 

 

 

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いつもと同じ、珈琲の香りが漂う窓ひとつないシックな室内。

 

出入口は1箇所のみ。頑丈な鉄格子の上に、更に二重に覆われる重厚な扉。この部屋に身を置く物は自らの意思で外には出ることは出来ない。一定の犯罪係数の高さに応じて隔離される特別な部屋―――

 

その部屋に"雑賀譲二"の姿があった。

 

 

 

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「―――博士が……それは残念だ。」

「……はい。」

 

 

ミリシア・ストロンスカヤ博士の訃報に哀しみを見せる雑賀。傍らのソファに腰掛ける常守も同じく訃報に眉を下げていた。

 

 

 

そんな博士が最後にメッセージを残した相手。そんな2人の関係性はただの関係ではないと察した常守は彼に問いかける。

 

 

 

「先生と博士はどこで知り合ったのですか?」

「元は慎導さんからの紹介だ。……紹介したい人がいると言われてな?行動経済学、統計学。彼女は才能に溢れていたさ。本当に惜しい人を亡くした。」

 

慎導の名前が再び現れる。まるで全てのつながりに関わっているような男の存在に常守は敏感に反応するも表には出すことはなかった。

 

 

「そういえば聞いたぞ?出世したそうだな?」

「はい……もう頭がパンパンです……」

「お前さんにしちゃ珍しいな?」

 

 

重い空気を和らげようとしてくれたのだろうか。雑賀は常守の昇進について触れるとほんの少しだけ彼女の表情が和らぐ。ソファに腰掛ける常守は背もたれに体を預け、気を抜いたように天井を見上げた。

 

どこまでも優しい雑賀の言動に常守は安心しきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――それで本題だったな?俺に送られてきたメール……」

 

 

マグカップを片手に雑賀はノートパソコンを操作し、画面を常守へと向けた。そこに映し出されていたのは短いメッセージと何やらどこかの機関の案内メールだった。

 

 

「"研究データを渡したい"と。どうやらそのデータは出島の私書箱にあるみたいだ。しかもご丁寧に、俺が直接行かないと開かない仕様でな?」

「協力していただけますか?」

「そりゃあ勿論。」

 

九州、出島の海外情報センタービルの私書箱の案内。

 

そこに預けられた博士の"ストロンスカヤ文書"。その確認をするには雑賀の協力が不可欠。彼は常守の依頼に快く二つ返事で応えたのであった。その表情には微かに笑みも含まれていた。

 

そんな雑賀の様子に常守も口角を持ち上げる。協力を得ることが出来たその時、ふと心の奥底で疑問視していた事を口にする。

 

 

「ところで…慎導本部長とはどのような関係なんですか?」

「大学の先輩後輩だ。……会えばいつも論争になってな?まあそれはチャットでも同じか。」

 

ため息混じりの言葉。変に真剣な、引きつったような様子からして特別仲が良いとも思えなければ不仲でも無さそうだ。だが雑賀の声色を耳にした常守はやはり慎導に対して妙な気を感じていたのだった。

 

 

 

「それに、慎導さんは公安局に俺の教室を開いてくれた人物でもある。」

「……そうだったんですね。」

「だが、いつも利用されている感覚があった。」

 

雑賀はマグカップをテーブルに置くと椅子から立ち上がり、外へ出る準備を始めた。クローゼットからトレンチコートを取り出す男の背中をじっと目で追いかける常守。"利用されている感覚があった"と口にした雑賀の表情は見えない。しかしその言動から慎導の怪しさが滲み出ていた。

 

グルグルと様々な考えを巡らせる常守。彼女もソファから腰を持ち上げ、スカートのシワを直すように手で払うと、コートを羽織り出入口へと向かう雑賀に自分の考えを投げかけた。

 

 

「私も利用されると?」

「…火中の栗を拾わされるかもしれん。」

 

 

他人の利益のために危険をおかす行為を"させられるかもしれない"。その諺を口にした雑賀からの警告とも見て取れる。同時に常守の身を心の底から按じていたのだった。

 

 

 

 

「ところで…この件に関して慎導さんはどこまで関与している?」

「博士をゲストとして招集したまでかと…」

「―――そうか。」

 

 

重厚な扉の前に立つ2人。

そして警告音とともにその扉は開かれる。

 

常守と雑賀。

2人は肩を並べ扉の外へと歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

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―――19時過ぎ

厚生省公安局ビル―――

 

 

 

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スーツ姿の職員たちの中に紛れる4人の人物達。うち2人の女性は外務省のレイドジャケットを羽織り、髪色のせいもあるのかやけに人目を引いていた。

 

外務省海外調整局行動課、花城、そして狡噛兄妹。それを率いる局長の矢吹。異質な4人の纏う空気に公安局の職員は不思議と道を開けていく。

 

 

 

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「――私と局長で禾生局長の所へ行ってくるわ。」

「先程伝えた通り、刑事課一係との共同捜査になる。お前たちは先に合流しておいてくれ。」

 

 

エレベーターの前で2人は狡噛兄妹に向けて指示を出す。それに対し舞白はこくりと頷き、狡噛は無表情のまま見据えるだけだった。

 

 

「…………」

「はい。了解です。」

 

 

 

 

 

 

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41階にある刑事課のオフィスフロア。

その階を目指しエレベーターに乗り込む狡噛兄妹。

 

狡噛にとっては久しぶりの元職場。

舞白にとっては人生で数回しか訪れたことのない慣れない場所だ。執行官堕ちした兄との面会の時。数年前の事件の際にはビル内の医療施設にて世話になったことも。そして忘れられないのが槙島を追い詰める為にメモリースクープに応じた時。

 

近未来的でハイテクな建造物の無機質な造りに舞白は多少の緊張感を浮かばせていた。

 

 

 

そして何より"刑事課一係との合同捜査"が始まるという事実。となれば避けては通れない"彼"との再会―――

 

 

 

「………………」

 

 

回数を示す電子盤を見上げる舞白。41という数字が近づくにつれて心拍数が上がっていく。……らしくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――怖いか。」

 

 

10階を通過したその時。隣の狡噛が舞白に言葉を放った。

 

 

 

「何?急に。」

「…………」

 

「別に何も無いよ。」

「…………」

 

「逆に、私はお兄ちゃんの方が心配だけど。」

「…………」

 

「元々一緒にいた仲間。半ばそれを裏切った形で姿を消したお兄ちゃん。……まあ、そうさせたのは私のせいだけど。」

「お前のせいじゃない。」

 

舞白は左に佇む兄を見上げた。

男は同じく右隣の妹を見下ろすと、どこか申し訳なさを感じさせるような表情を浮かべていた。

 

 

「そんな顔しないでよ……お兄ちゃん。」

「お前はこの件から手を引いてもいいんだぞ。」

「"呆れた"。らしくなさすぎ。何言ってんだか……」

「……」

 

電子盤は20階を指す。

 

 

「もしかして、ノブ兄との事気にしてるの?」

「それだけじゃない。お前の体のことも心配してるんだ。」

「そんなのお互い様だよ。お兄ちゃんこそ、ノブ兄にシーアンで殴られて、次は本当に殺されちゃうかもよ?」

 

 

冗談交じりでクスクスと笑いながら口にする舞白。その視線は狡噛から逸らされ、再び電子盤へと向けられた。狡噛の視線は舞白へと向けられたまま、彼女の微細な本音を読み取ろうとしている様子だった。

 

 

―――30階

 

 

 

「私は成すべきことを成すために日本に戻ってきた。お兄ちゃんと同じ。新疆ウイグルで課長に救われて、能力を買われて、私はそんな課長に恩返しもしたい。"ピースブレイカー"の悪質非道な行為を止めさせたい。今の私に出来ること、求められていることを全力で成し遂げたいの。」

 

 

正面の顔を見た時は怜悧そうに引緊っていた妹の顔。しかし側面から見るとまるで微細な本音を隠しているかのような、力弱く見えたのだった。

 

 

「私情は挟まない。……私もノブ兄に何を言われても覚悟してる。もう昔みたいには戻れないって分かってる。それを覚悟で…私もお兄ちゃんと日本から逃げ出したんだから。」

 

 

 

電子盤は41階を表示する。

そしてエレベーターが停止すると重厚な鉄製の扉が静かに開けられた。

 

 

「――ね?お兄ちゃん。」

 

 

ふいに妹の手が兄の左手を掴む。

柔いその手は温かく、血の繋がった妹の温度に兄の狡噛は複雑な心境を浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

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―――88F 局長執務室

 

 

 

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「―――ここから先は行動課との合同捜査になる。」

 

 

公安局局長 "禾生壌宗"

女は椅子に深く腰かけ、妙に威厳と落ち着きを加えた声で目の前の4人に真剣な眼差しを向けていた。

 

外務省局長 矢吹、花城。

そして常守、霜月。

 

両者視線を交えるもそこには極く微妙な、例えようのない神経的な不調和がな雰囲気が漂う。

 

明らかに外務省側は秘密裏に何かを行っていた。常守はそれを深く怪しみ、隣の霜月も不機嫌そうに外務省の2人を睨みつける。

 

 

 

「あくまでも指揮権はこちらにあります。」

 

「情報が共有される限り構いません。ストロンスカヤ博士の死、海外船舶グローツラング号での銃撃戦。……それを引き起こしたとされる要因について教えて頂けますか?」

 

花城の強気な台詞。常守も負けじとハッキリと言葉を述べる。

 

 

するとその時、局長のデスクのモニターに様々な上方が映し出される。武装した鎧を身につけた集団の画像、そしてその詳細。4人はそのモニターに視線を移すと淡々とした口調で花城は語り始めた。

 

 

「"外務省海外調査部現地調査隊"。通称"ピースブレイカー"―――外務省の強行派が破壊工作の為に海外に潜伏させた部で5年前に部隊は解体。しかし隊員は誰一人帰国せず未だに破壊活動が続けられている。」

 

 

聞いた事のない隊の名前。

しかし外務省に縁のある舞台だということはその説明ではっきりと理解できた。"破壊工作の為の武装集団"、そしてそれに加担した者たちは誰一人として戻っていないという事実。事の重大さは明白。

 

明らかな仲間の裏切り行為とも取れるピースブレイカーの行動に霜月は小馬鹿にしたような笑みをこぼし、皮肉混じりの言葉を花城に向けて言い放った。

 

 

「飼い犬に手を噛まれたと?」

「………ッ…」

「馬鹿馬鹿しい。そんな意味不明な部隊なんて作るからよ。収拾つかなくなって最終的には私たち公安局と手を組むなんて。都合が良すぎる。有り得ない。」

「霜月監視官。」

「………言葉が過ぎました。すみません。」

 

皮肉った言葉を制止する常守。

確かに彼女の言うことも分からなくは無い。相手は重武装した危険な集団だ。都合よく自分たち公安局も巻き込むなんて正直快く引き受けたくない気持ちも無くはない。

 

そんな様子を今まで静かに見ていた矢吹。常守と霜月に改めて向き直ると威厳ある声色で口を開く。

 

 

「日本に現れた今が奴らを仕留める最大のチャンスだ。」

「その為に我々は"人員"を集めた。"彼ら"なら力になるはず。あなた達刑事課に危険な目には合わせないわ。」

 

「―――"人員"?」

 

 

矢吹に続き花城も真剣な口調で言葉を続けた。どうやら今回の合同作戦にはある程度の人員が集められたらしい。

 

常守がその人員について疑問を浮かべていた時、禾生が不敵な笑みを零しながら常守を見据え言葉を放つ。

 

 

「……我々は一度首輪を外した猟犬を飼い直す事は無い。だが牙を向いた狼の群れに対抗するには……"奴"は適任だろう。」

「どういう事ですか?」

「ああ、それともう1人。君に縁のある"娘"も参加するそうだ。かつてこの国から失踪した"兄妹"……恐ろしく獰猛な獣だ。――上手くやれ。」

 

 

 

禾生の言う兄妹。

常守には心当たりがあったのだった。

 

思い浮かぶのはあの2人―――

 

 

 

 

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―――41F 刑事課一係オフィス

 

 

 

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「まさか雑賀教授も加わってくれるなんて……嬉しいわ。」

「こんな老耄もでも、まだ役に立つ事があって良かったさ。」

 

 

艶のある声がオフィス内に響く。公安局総合分析室 分析官"唐之杜志恩"。彼女がかつて、共に分析官として職務を果たしていた雑賀の登場に喜びの色を見せていた。

 

 

「あの……ところで急に呼び出されましたけど…僕、何も知らなくて。」

「先程の外国船舶の事で進展があったみたいです。どうやら外務省との合同捜査になるとか。」

「昼の様子から考えて、明らかに全ての権限は外務省に委ねられてそうだけどね。」

「俺たちはあくまでもその指揮下―――」

 

一係の執行官たちもそれぞれデスクに腰を下ろし監視官たちを待っていた。

 

 

銃撃戦の痕跡が残されていた怪しい海外船舶での事件。そして外務省絡みの極秘案件。それだけでも事の重大さと危険さは各々が十分理解していた。

 

 

「……全く。嫌な役回りだ。」

 

 

宜野座は本音を呟くとふと室内の室外機に視線を移す。海外船舶での事件、激しい銃撃戦に複数の死体。日本国内では有り得ない、考えられない事件だった。

 

紛争に塗れた外の世界を思い出す。数年前、常守とともにシーアンに渡った時のこと。日本の平和な世界とはかけ離れたあの場所に"あの兄妹"が居たことを。そんな危険な場所をあの2人はまだ放浪しているのだろうか。結局、舞白を連れ戻せる手立ては見つからないまま年月だけが過ぎ、宜野座は複雑な心境を抱えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、オフィスの扉の開閉音が響く。

常守と霜月が戻ってきたのだろう―――そう誰しもが考えていた。

 

しかし、現れた2人組に全員が大きく目を見開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ッ!?」

 

中でも一際反応を見せたのは宜野座だった。反射的に椅子から立ち上がると雷に打たれたような、呆気にとられた不思議な感覚に陥る。

 

 

 

数年前と全く風貌に変化のない漆黒の髪を持つ男。そしてその隣で目鼻立ちのハッキリとしたショートボブの白髪の少女。どこか似た雰囲気を纏ったふたりは間違いなく兄妹。

 

宜野座をはじめ六合塚、唐之杜、そして雑賀。雛河と須郷に至ってはシーアンで少し顔を見た迄だ。

 

しかし何となく分かる。ただの2人組では無いということを。とくに白髪の少女に至っては不思議な雰囲気を感じる。どこか冷めたような、諦めたような漆黒の瞳。荒んでいるとも見て取れるかもしれない。かなり若いはずなのにやけに大人びた印象。隣の兄と引けを取らないような凄みを感じるのだった。

 

 

 

 

「慎也君?それに舞白ちゃんまで…」

「一体どういう事?何故2人が此処に―――」

 

 

唐之杜と六合塚も席から立ち上がると2人をじっと見据えた。居るはずのない人物、誰もが予想しなかった再会。

 

 

 

 

 

 

「……久しぶりだな。」

「お久しぶりです。」

 

 

漸く2人は口を開く。

淡々とした落ち着いた口調。しかしその冷めたような声色が宜野座の心を掻き乱す―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様らッ!!」

 

宜野座は怒りを顕にし狡噛へと掴みかかった。相手の体は背後のガラス壁に押し付けられ、襟元の服の皺を見る限り、かなりの力が加わっていることが分かる。

 

 

 

「狡噛!二度と姿を見せるなと言ったろう!?」

「ギノ。"ケースバイケース"と…ッ…行こうじゃないか。」

「っ!!」

 

 

余裕気な男の返答。ケースバイケースなどふざけた台詞を放たれ、宜野座は更に怒りが込み上げていた。

 

そしてその視線は隣に立つ舞白へも向けられる。

 

 

 

 

「お前も…どうやって此処に戻ってきた!?」

「……………」

 

僅かに気まずそうに視線を落とす舞白。

まるで五臓六腑が煮えくり返っているような様子だ。

 

予想通りの宜野座の様子。舞白は覚悟していた。きっと彼は自分に対して怒りを顕にするのは間違いないだろうと。

 

しかし、いざその相手を目の前にした時動揺してしまう。上手く言葉が出ない。目もまともに見られない。

 

 

 

 

そんな時、宜野座の両手が狡噛から離れると傍らの舞白へと伸びる。

 

その両手は舞白の両肩を掴み、力強く揺さぶった。

 

 

 

「何とか言え!舞…」

 

 

 

 

突如、宜野座の表情が"?"というような顔つきに変化した。眉間にくっきりと皺を寄せ、困惑したようにも見える。

 

宜野座が掴んでいる舞白の右腕。明らかに左腕とは柔さが違い無機質に感じたのだ。よく見ると右手だけに嵌められた革製の黒い手袋。自分の左腕と似たような感触に宜野座の表情は怒り混じりの曇った表情へと変化していく。

 

 

 

「お前…その腕…」

「………」

「…おい……どういう事だ……」

「…………ッ……」

 

 

一向に視線を合わそうとしない舞白。

宜野座の困惑したその声に何も言い返せない。

 

すると再び宜野座の手にかかる力が強まっていく。少女の両腕をこれでもかと強く握りしめ、その手は微かに震えていた。

 

 

 

「ッどこまでお前は馬鹿なんだ!!!"貴様"も堕ちる気なのか!?」

「うっ…………!」

 

宜野座の台詞に大きく動揺する舞白。痛みを感じるほどに強く握られる腕に彼の感情の全てが流れ込んでいるようだった。

 

 

神経が張り裂けそうな程の哀しみと同時に憤怒と諦念の間を彷徨する。いつも冷静な彼でさえ血相を変えて怒りをぶちまけるその姿に一係の面々は驚いた様子を見せる。

 

 

 

「……ッ……お前が傍に居たんじゃないのか!?狡噛!!」

「……ギノ。」

 

 

舞白を頼むと、宜野座は狡噛に伝えていた。

その結果がまさか"コレ"だと。

 

 

 

「お兄ちゃんは……関係、ない……」

「何……?」

「私が……自分で……ッ」

「…舞白……お前は―――!」

「ッ!!!!」

 

 

宜野座の右手が振り上がる。

舞白は反射的に目を閉じ、顔を背けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宜野座、落ち着きなさい。」

「局内ですよ!」

 

 

須郷と狡噛の手が宜野座を制止し、舞白の前に立つ六合塚。収拾のつかなくなった状況にその場にいる全員が息を飲んでいた。

 

 

「…………っ……」

 

 

 

息を荒あげ、肩を上下させる宜野座。

どうしても狡噛兄妹の事が理解できなかった。舞白に対してもただただ怒りという感情しか浮かばない。

 

自分が大切に思っていたものが呆気なく壊されていくような感覚だった。

 

 

 

 

 

そんな感情を露わにする中、宜野座はオフィスの外でこちらを見ていた人物と目が合う。ガラス張りの壁の先に居たのは常守、霜月、花城。通路からこちらをじっと無表情で見据えている常守の瞳がハッキリとその状況を飲み込んでいた。

 

 

明らかに様子がおかしいオフィス内。

霜月が先陣を切って室内に駆け込むと緊迫した様子の面々に向けて声を放つ。

 

 

 

 

 

「ちょっとあんた達!何やってん…の――」

 

 

見慣れない2人の人物を目の前に霜月は目を大きく見開く。

 

 

 

「狡噛慎也……、狡噛舞白?」

 

 

シーアンで彼らを見たのが最後。

直接接点はなく、過去に日本から失踪したという危険な兄妹である事しか理解していない。しかし何故かその兄妹が此処にいる。居るはずのない人物が、何故――

 

 

 

 

 

霜月に続き、遅れてオフィスに姿を現す花城と常守。何となく雰囲気を感じ取った花城は小さくため息を漏らし、口を開く。

 

 

「紹介の必要はないわね?」

 

 

そして改めて狡噛と舞白は常守へと視線を向ける。

 

 

 

「久しぶりだな。"監視官"。」

「…お久しぶりです。"朱さん"。」

 

 

「…………」

 

 

彼らを目の前に、常守は怒りとも落胆ともつかない感情がはっきりとしない表情で2人を見据える。

どのような思いを抱えているのかも想像つかないほどにその表情は無に近かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クソっ……」

 

 

宜野座は悔しそうに唇を噛み締める。

 

 

 

 

シーアンでの舞白の涙。

たしかにあの時、いつか彼女が戻ってこられるようにと宜野座は誓った。

 

 

しかし目の前の少女はまるで別人だった。

青白い肌に冷めた瞳。そして無機質な鉄の右腕。まるで自分の想い全てが拒絶されているような雰囲気だったのだ。

 

何年も想い続けていた相手の突然の登場に、裏切られた気分が込み上げる。

 

 

 

 

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