PSYCHO-PASS _Orakel und Gesetz   作:鈴夢

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割れた鏡

 

 

 

 

 

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―――深夜未明

出島 外務省行動課オフィス―――

 

 

 

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暗がりの広いオフィスに2つの影。

1人は椅子に腰掛け、もう1人はその傍らで半ば苦しそうに表情を歪め、背筋を伸ばし立ち尽くしていた。

 

時計の秒針の音がやけに鼓膜に飛び込む。

傍らに立ち尽くす女性―――花城フレデリカは漸く口を開いた。

 

 

「"先生"は分かってくれると思いますが……」

「この件については"あの2人"には伏せておけ。」

「…………」

「余計な詮索をされて雑賀に勘づかれると厄介だ。」

 

 

外務省海外調整局局長の矢吹。男は秘密裏にとある計画を起こすらしい。そしてそれを唯一打ち明けられた課長の花城。事はかなり複雑らしく、花城でさえ面持ちは曇っていた。

 

 

「…………」

「いいな?」

 

念押しするように花城に視線を向ける矢吹。

すると花城は無意識に両手拳に力を込め、躊躇するように言葉を述べる。

 

「…ですが…雑賀教授はあの兄妹にとって親のような存在です。"最悪の事態"が起こった場合…どうすれば…」

 

雑賀は狡噛と舞白にとってかけがえのない存在だということは百も承知だった。だからこそ花城は"この件"に関して安易に頷く事が出来なかったのだ。

 

 

 

「汚名を受けても正義を貫く。…それが我々の仕事だ。」

 

 

 

 

 

 

「―――はい。」

 

 

感情を捨て、振り切ったような冷静な表情へと切り替える花城。矢吹の言う通り、自分たちには成すべき事があり、汚名を受けようが関係ないのだ。すべては正義のためだと必死に言い聞かせる―――

 

 

彼女の耳元の赤いピアスが光を放ち、ゆらゆらと揺れたのだった。

 

 

 

 

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―――翌日

出島中心部 海外情報センタービル―――

 

 

 

 

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昨夜の雨が嘘のように今日は朝から快晴だ。

 

雲ひとつない青空。冷たい空気が吹くも真冬の陽が静かに島全体に降り注ぎ身体を包み込む。

 

そんな柔らかな温度はどこか心地良ささえ感じていた。

 

 

 

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そんな晴れ空の元、一行の姿は国際私書箱が保管されている外務省管轄の高層ビルにあった。保管庫のある階層へと向かうため、全員がエレベーターに乗り込む。

 

 

これだけの人数がいるのであれば誰か一人くらい口を開いてもおかしくない。…というより、この重苦しい空気を打破したいと密かに脳裏に浮かべていた霜月。彼女は妙な距離感を生み出していた"4人"を視界に入れると半ば面倒くさそうにため息を漏らした。

 

 

「((…本当に鬱陶しい……。))」

 

 

常守と宜野座。狡噛と舞白。

それぞれがエレベーター内の端に立ち、視線すら合わせない。

 

中央に立つ霜月と雑賀。

同じく呆れた様子でその光景を見ていた雑賀も見ていられないと言わんばかりに兄妹に向けて言葉を呟く。

 

 

「……なんでお前達は"そう"なんだ……」

 

 

やけに頑固で天邪鬼。素直になれない兄妹。

 

 

「何がです?」

「…どうかしました?」

 

雑賀の言葉に意味を全く理解しない兄妹。

 

 

良くも悪くも…本当にこの兄妹は―――

 

 

「……はぁ…」

 

 

"鈍感でどうしようもない。"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――着きました。保管庫はこの階です。」

 

 

エレベーターは停止し、花城が目的階に着いた事を告げる。頑丈な扉が開くと常守が先頭に降り、続いて宜野座、須郷とシャフトから降りる。舞白と狡噛は雑賀の後を追うように最後に降りる。そして舞白は何かを感じたのか隣の兄を見上げ口を開く。

 

 

「ねぇ、お兄ちゃん。」

「何だ。」

「………ううん、なんでもない。」

「………」

 

消えそうな程に小さな声。

"考えすぎかもしれない"と舞白は自分を咎め、何事もないように雑賀達へとついて歩く。

 

 

 

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「常守、霜月。念の為、俺と須郷はここで待機する。」

 

 

 

保管庫の手前の踊り場。宜野座と須郷はその場に立ち止まる。

 

全員で保管庫に入る必要は無いだろうと。何かが起こった時の為にここで待機しておくべきだと判断したのだった。

 

 

 

「はい。2人ともよろしくお願いします。」

「どうせすぐ戻ってきますよ?大袈裟すぎません?文書を受け取ったら終わりなんだし。それにこの場所で執行官を単独で置いておくなんて逆に危険じゃないですか?」

 

「備えあれば憂いなし。そうだろ?」

「何かあれば直ぐに動けますし、外で見張っておくのも自分たちの仕事です。」

「心配しなくとも俺と須郷は逃げたりしない。そっちは頼んだぞ?"霜月監視官"。」

「…なんかムカつくわ……」

 

 

いつも通りの霜月の噛みつき。刑事課一係のやり取りを舞白はじっと背後から見据えていた。

 

宜野座の微笑が泛べられるように悠揚とした様子に舞白は例えようのないもどかしさを未だに引き摺っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

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保管庫へと続く廊下を突き進み、辿り着いたのは頑丈な大きな扉の前。

 

特殊な装置に雑賀が手を伸ばすと厳密なセキュリティチェックが始まる。細かな生体認証、IDや特殊な数列が目の前のモニターに映し出され、暫くすると私書箱へと続く扉が解錠されたのであった。

 

扉が開いたその時、雑賀はふと気になっていた事を口にした。

 

 

 

 

「――それにしても、今日はやけに人が少ないな?」

「旧正月の影響かと。」

 

あまりにも人気のない内部の様子を不思議に感じていた雑賀。その呟きに対し、花城は特に変わらない様子で理由を述べた。

 

 

人気のない超高層ビル。私書箱保管庫の他にも出島に住む人々が様々な理由で利用するような場所だ。いつもならば人で溢れているような出島のシンボルタワーにも関わらず"旧正月"という理由だけで自分達以外の人間が居ないのは明らかに違和感だった。

 

無機質な、しんとした静寂。ビル中央の吹き抜けになっている空間には太陽光が差し込み、天井のドーム型のガラス窓はその光が幾度と屈折していた――

 

 

 

そんな光が落ちる吹き抜けから下層階をじっと見据える舞白。

 

 

先程感じた"嫌な予感"。

何となく…感じる…

 

 

 

「…………」

 

 

吹き抜けのビルの中心部。最下層の1階部分にはホロの装飾を纏った大きな噴水が佇んでいた。そして何重にも連なる長いエスカレーター―――目を凝らして慎重によく見てみると身を隠すように待機する人影が確認できたのだった。

 

黒いキャップに黒いジャケット。

間違いない。外務省行動課の隊員タ

 

 

「――お兄ちゃん。」

「あぁ。」

 

舞白と同じく周辺を警戒していた狡噛。彼も同じく異変に気づいたのか表情に曇りを見せると花城へと即座に視線を向け、先程の台詞を否定するような言葉を放った。

 

 

 

「"違う"。一般人を避難させたな?」

「………ッ……」

「課長。どういう事ですか。」

 

 

 

狡噛と舞白の台詞と様子に未だに状況が飲み込めない監視官の2人。物々しい雰囲気で花城に詰め寄る兄妹を目の前に、突如常守と霜月のデバイスが通話を知らせる通知音を響かせた。

 

 

 

 

『――監視官。』

「須郷さん?どうかしましたか?」

『はい。敵味方識別信号に外務省局員が追加されました。…様子が変です。』

 

すかさず霜月もその通信に反応を示す。

 

「はぁ?様子が変?」

『ああ。さっきまでは見当たらなかったんだが…急に行動課の局員たちが集まり始めた。一体何が起こってる?そっちは何も異常なしか?』

「そっちって……別に何も―――」

 

 

デバイス上に複数の危険信号が浮かび上がる。外務省局員と思われる武装した人物達が赤くマークされ、その数は異常な程に数が多い。

 

明らかに"何かに備えている"。しかも武装する程に危険な事らしい。

 

 

そして、どうやらこの事態について狡噛兄妹にも知らされていない。誰がどう考えてもおかしいその状況に常守は眉を顰ませ、隣に立つ花城に視線を向けた。

 

 

「どういう事です?フレデリカさん。」

「…………」

 

口を開かない花城。

すると怒ったような真顔で舞白も再び視線を向けた。

 

 

「まさか…最初から先生を"囮"にするつもりだったのですか。」

「…………」

「…課長…、答えてください。」

 

 

行動課の中心メンバーである自分や兄にさえ秘密裏に計画されている事態。花城が"そんなことをする訳が無い"と、嘘であってくれと何度も唱える。

 

しかし、苦しげに俯く花城の姿から考えると嘘では無いらしい。

 

雑賀を囮にし、何かを計画している。

そしてそれは既に始まっていた。

 

 

 

 

 

「はぁ……そういう事だと思ったよ……。」

 

 

全てを理解した雑賀は困惑した様子で後頭部に手を伸ばす。特に怒るような様子ではなく"やれやれ"と諦めているようにも見て取れる。

 

 

するとその瞬間、常守と霜月も花城へと詰め寄った。

 

 

「私たちに何も相談がないなんて!」

「情報は共有すると、合同捜査をするにあたってそういう約束だったわよね!?ここまで来てそっちが裏切るっての!?」

 

 

眉を顰ませ"何故?"と言わんばかりの困惑した表情を浮かべる常守。目に角を立て、叩きつけるような口調で詰め寄る霜月。

 

 

 

「―――ごめんなさい。」

 

 

ただただ謝ることしか出来ない。

花城は上司の指示に従った迄。しかし彼女はそれを理由にして言い訳をするつもりもなかった。

 

 

 

「どうして…、どうして私達にさえ何も…」

「舞白、…ごめんなさい。」

「ッ……まさか矢吹きょ―――」

 

「舞白。」

「でも…そんな……っ…」

 

 

問い詰めようとする舞白の言葉を遮るように狡噛の声が割り込む。同時に背後から狡噛の手が伸びると諦めたようにその場で俯く。

 

 

 

 

「――で?仲間割れしそうな空気ですけど?どうするんですか?"花城フレデリカ"さん。」

 

言い方は悪いが"滑稽"だった。

どうやら本当にこの兄妹には知らされていなかったらしい。目的地目の前にして仲間割れに近い混乱を見せる行動課の姿に霜月は薄笑いさえ浮かべていた。

 

 

「必ず先生の身の安全は保証します。…常守監視官、霜月監視官。お2人も必ず。」

 

俯いていた花城の視線が真っ直ぐと常守と霜月へと向けられる。そして全てを吹っ切ったように表情から惑いを打ち消すように口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――どうして…、課長…」

 

 

舞白の表情は変わらない。

困惑を纏ったその様子を狡噛は何も言わず抑え込むことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「"コレ"だな。」

 

 

 

保管庫から取り出されたのはA3サイズのポリプロピレン製のドキュメントファイル。雑賀は中身を確認すべくフックとボタンで閉じられたロック部分に手を伸ばす。

 

 

それを静かに見守る5人。するとここまで沈黙を貫いていた狡噛が花城だけに聞こえる声の大きさで言葉を呟いた。

 

 

 

「―――矢吹局長の指示なら先生も騙すのか。」

「…………」

 

 

花城への狡噛なりの精一杯の反論とも取れる意見。さすがの狡噛でも思う事はあるようだ。狡噛にとっても雑賀はかけがえのない存在だ。上の指示であれ許せない部分もある事実。しかしそれ以上、狡噛は何も口にすることは無かった。

 

 

 

 

 

 

続く静かな空間。

暫くすると雑賀はファイルの中身を取り出し、入っていた"物"を目にすると不思議そうに眉を顰ませた。

 

 

 

 

「―――ん?」

 

 

文書のはずが入っていたのはヒビの入った手鏡。美しく手の込んだ装飾が施されているものの他になにかカラクリがあるようにも見えない。

 

 

 

 

「……鏡?」

「入っているのは文書のはずじゃ…何で鏡?」

 

常守と霜月も同じく不思議そうにそれを見据える。

 

すると舞白は何かピンと来たのか隣の雑賀に向けて言葉を呟く。

 

 

 

「…先生。"鏡"ですよ。」

「さすが、察しがいいな。」

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないです。」

 

 

博士はロシア人。昔から言い伝えられているロシア人の"迷信"がある。

 

"不吉な贈り物"

負のエネルギーや不吉な状況を意味する。あくまでも迷信に過ぎないがストロンスカヤ博士からの"警告"だと舞白と雑賀は理解した。

 

 

 

「文書はここには無い。これは"警告"だ。」

「何故?」

「彼女も用心深いって事さ―――」

 

 

警告と口にした雑賀に花城は事を理解できないまま眉を寄せ、その場で腕を組む。ここには文書がない事実―――

 

 

 

 

 

 

刹那、鉄槌が振り下ろされたような爆音が響き、地軸もろとも引き裂くような衝撃が体に加わった。

 

 

 

「なっ、何!?」

「……ピースブレイカー」

「はぁ!?」

「全て作戦通り、ですよね?課長。」

 

動揺する霜月の傍ら、舞白は対面側に立つ花城へと視線を送る。

 

"雑賀を餌に文書を欲している砺波率いるピースブレイカーを誘い出した"

 

ここで彼らを倒す、それが魂胆なのだろう。

 

だが大きなリスクを伴うのは否定できない―――

 

 

 

 

 

 

「"文書はここには無い"…って言っても信じないだろうな?」

 

 

奴らは文書の為に殺しにかかってくるだろう。それを相手に無かったと事実を伝えたところで引き下がるような連中でもないことは百も承知だ。

 

 

「直ぐに待避ルートへ案内します!」

 

 

花城は即座にデバイスを操作すると見慣れない誘導ドローンが姿を現す。そしてそのドローンの中には3丁のアサルトライフルが搭載されており花城、狡噛、舞白はそれを何も言わずとも手に取る。

 

物々しい雰囲気に圧倒される常守と霜月。

銃を手にする兄妹の何にも動じないその姿は人並外れた気味悪ささえ感じる。

 

 

 

「…狡噛兄妹、援護は頼んだわよ。」

 

「了解です。」

「……。」

 

 

 

狡噛兄妹を先頭に6人は保管庫から脱出するのであった。

 

 

 

 

 

 

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――出島 中央ビル上空

 

 

 

 

 

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高層ビルの頂点――ガラス製のドーム屋根をミサイルで破壊し、あっという間に大穴が出来上がる。その上空を飛ぶのは見覚えのある特殊な航空機。

 

グローツラング号を襲った"あの航空機"だった。

 

 

 

 

「"隊長"はクリアリング中だ!先に俺たちでターゲットの確保へ向かう!」

 

赤髪のドレッドヘアーが特徴的な男は仲間たちに指示を出す。その向かいでは顔に大きな火傷跡を持つ金髪の男の姿もあった。

 

特殊な武装具を纏う男達、彼らは間違いなくピースブレイカー。頑丈そうな鉄鎧は太陽高に照らされより一層光を反射する。

 

 

「――"甲斐"。次こそはしくじるなよ?」

「…ああ。」

「隊長の作戦、指示通り動けば問題ない。」

 

 

赤髪の男の口角が怪しく持ち上がる。

それに対し、金髪の"甲斐"という男はいつもと何ら変わらず無表情のまま相手を見据えていた。

 

 

 

 

「この世の邪悪に…鉄槌を――」

 

 

 

意味深な言葉を呟く赤髪の男。

そしてそれと同時に航空機から複数の紐が垂れ下がりピースブレイカー達は敵地へと降下していくのだった。

 

 

 

 

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