Fragment of the Daybreak   作:サイハ

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緒戦

 

・京都 某所

 

 穏やかな昼下がり。伏せった病人の呼吸音が穏やかであるコトに心が凪ぐ。

だが、それが途絶え、視線を感じるコトでその吐息の主が目覚めたコトを認知する。

 

「……兄さん」

「ああ、おはよう。もう昼だな」

「帰ったんだね、仏蘭西から」

「そうだ。触媒の当てが付いたぞ。とある貴族の屋敷に巣食っていた異人を斬った。

その礼として何か英雄に由来する物を所望したところ、下げ渡されてな」

「異人か……って、向こうでは兄さんが異人じゃないか。つまり、人ではない者ってコト?」

 

 頷くだけで、賢い弟は色々と察してくれるだろう。俺は話しを続ける。

 

「準備は整ったと言っていい。間に合うかもな」

 

 ――何に。それは口にするまでもないコトだ。

 

「本当に聖杯戦争の時期だったんだね。一昨年か、来年かと思っていたけど。

 ……兄さん、今からでも手を引かないかい? この戦いに勝者はいないはずなんだ」

「全滅するという話か? それでもいいだろう。この国の神はお前の命を救わないのは俺が神仏を敬わないのを関係なしに、既にその力を伏《い》っしたからだ。ならお前の好きな魔法とやらに縋ってもよかろう?」

「縋ってるのかな? 兄さんは勝ち取ろうとしているんでしょ? いや、強奪かな?」

「俺はそこまで強くはなかろうよ。だが、ささやかな願いの為に他者を踏みにじろうとはしている。そこが傲慢ではあるかもしれん」

「ボクが死んでなければ間に合うかも。だから……訃報が届いたら、退く事を覚えてね兄さん」

「聖杯は必ずお前に届ける。だからもう少し長生きしろ。時間や時代がそれを許さんかもしれん。だが、それをはね退ける元気をお前は手に入れるんだ」

 

 身体の調子を確かめる為、額に掌を乗せ熱を確かめる。そこまでではない。

だが、これからも気温は下がり続けるだろう。それまで弟が寒さへ抗うに熱を生みだし続けてもらう為にも、俺は――

 

「ではこれより、冬木へ発つ。

 触媒は向こうの港に届いているはずだ。奉行所預かりだから、確実だぞ?」

「些細な権力の使い方だね、兄さん」

「分相応と言え。俺は国を代表して海を渡れる男だぞ?」

「うん、兄さんは優秀だ。汚れ仕事の極みの検使役から、大出世だ」

「そういう家に生まれたから仕方ない。だが、今はいい時代だ。実力があればどこまでも上に行ける。可能性だけでなく、何か後押しがあるようにさえ感じる」

「武士、最後の時代だからね。戦で物事を決めれる侍がいれるのは……今より先はそう長くないんだ兄さん」

「お前が言うなら、そうだろう。

 だがな、戦えるのはいいコトだ。それでこそ男の本懐というものだ」

「――武士だね、兄さん」

「お前も戸籍はそうなのだぞ。それに父上はお前に家を継いで欲しがっていた」

「それは兄さんが陰陽道にまるで興味を示さないから……この家はそういう家なのに」

「お前に術の素養があってよかった。俺もお前にこの家を継いで欲しいのだ。

 ――だから、死ぬなよ」

 

 俺は自身の勝利を疑ってはいない。だが、全てが順調に進むと信じてもいなかった。

 

 

 そしてその予感は実際のものとなる。

 

「荷が届いていない、とは?」

「はっ! それが……」

「船が転覆でもしたか? それともただ遅れているだけか?」

「――申し訳ございませぬ!! 積み荷は船ごと奪われましてございます!」

 

 言葉を濁す自らの上役を遮り、下座に控える俺よりまだ若い男が問いに返した。

なるほど、船ごと……か。幕府の廻船を襲うにはそれなりの集団が必要だ。

なら、長州が最有力か。だが、そこまで下を押さえる力が藩主殿から消えている――

いや、同調しているのか。元々が海賊上がりの連中だ。そして、幕府を敵としか考えてない国でもある。

 

「上に報告はあげたのか」

「いえ、まだ……」

「お手前が差し止めているのか?」

「いえ、それがしは――」

 

 その言葉を言い終える前に、『殺気』は既に納めていた。

実際に剣は振るってはいない――が、反応は面白いところから表れた。

 

「斬らぬのですね」

 

 下座にいた軽輩の男。おそらく旗本ですらないが、だが共に仕える人を同じくする者。

どこかさかやきが似合っていない彼に俺は答える。

 

「兄《ケイ》から謝罪は既に受け申した。故、怒りはさほど抱いてはおりもうさん。

 いや、自身にそれは向いている。さほど大きな荷物でもない。自ら身につけておればよかった……そう後悔しているまで」

 

 お庭番だろう武士となった青年にそう返答する。

代々の家の仕事ではなく自らが望む者になろうとする者が、俺は好ましい。

指輪などは箱からだして、肌身離さず持ち歩けたのだから自らの失態だと言える。

だがまぁ、船が襲われたのは彼らのせいでもなし。だから仕方のないコトなのだ。

 

「それがしはこれにて」

 

 もう会話は必要ないと言外に切りあげ、退室する。

見どころのある青年になりかけの忍び、その上役を置いて俺は奉行所を辞した。

さて、どうしようか。だがまぁ、取りあえずは召喚の儀を取り仕切ろうと思う。

召喚される英霊《サーヴァント》、その位《クラス》は早い者勝ちだというのだから。

 

 

◇召喚

 

 

『閉じよ《満たせ》』と五回。想いを込めて唱える――

あとの詠唱は適当でもかまわないと、弟は言った。

それは正しかった。

懐紙を組み合わせ畳に敷いた、血で記された魔法陣は役目を終えた。

それを旅籠《はたご》の囲炉裏にくべながら、俺は報告を待っている。

他にするコトがなかった。戦は既に始まっている。が、今は待ちの時間なのだろう。

主《マスター》は信じて待つのが、一番肝要なのだとか。特に単独行動の業《スキル》を持つ英霊《サーヴァント》の主は。

主《マスター》が戦うべきは他の主が単身で英霊《サーヴァント》に守られていない時のみ、らしい。

俺は大筋ではその方針に従うつもりだ。……ならば、まず敵を知らねばならない。

好戦的で他の英霊と戦う為、その姿を晒して徘徊する組もあるやもしれない。

いや、かならず顕わるはず。

 

『主《あるじ》よ』

「御苦労、戻ったな」

『はっ』

 

 背後には何の気配もない。

声も俺にのみ聞こえ、空気を振るわせるコトもない。

だが、その存在が背後にあるコトをその者は伝えてくれている。

 

「まずは三家の報告を」

『既に各家とも召喚を終え、その姿を顕わにしていた』

「位《クラス》は」

『アインツベルンでは弓を視た。警護をしているつもりのようだ。

 間桐では酒を飲んでいる半裸の男がいた。奴は強い。

 遠坂では女が飯を創っていた。あの女も強い』

 

 どうもアインツベルンの英霊の評価は低いようだ。だが、三騎士とやらなのだろう。

弓使いだ。剣や槍とは間合いが違い過ぎる。強力な宝具をもつと見た。

 

「どの家もまずは様子見だな。よそ者らを潰し合わせる取り決めか」

『かもしれぬ。報告を続けよう』

 

 俺がまず命じたのは三家の偵察と、他の三組を見つけるコト。

やはり達人の時宜は言うコトがない。凄まじい手前だ。

 

『肩に令呪を宿した女を見つけた』

 

 それは目立つな。

 

『だが女は英霊《サーヴァント》を呼んでいなかった』

「なぜ分かる?」

 

 疑問が相手の言葉を待てず、口から溢れてしまった。

 

『囚われていた。英霊の気配を感じ、そこで見た』

「続きを」

『男たちが女を吊るし嬲っていた。水で責め、縄を打っていた』

 

 集団か。

 

『奴らにはおそらくサーヴァントが混じっている。幾人かは拷問に加わらず、見ているだけの男女がいた。震えている者がいたが、その者が英霊だろう』

 

 どういう次第だ? 主を人質に? いや、義憤を抱いていたのか?

 

「どんな英霊だ?」

『おそらく女。藤布を被され、肌を晒してはいない』

 

 ……藤布を被る? 蓑や麻袋でなく? 丈夫ではあるだろうが……郷の影響か?

京、丹後のあたりから来たか? 被せた者たちはその辺りから来たか。

 

「強さは感じたか?」

『強い。だが、隙だらけに感じる。貴人だろう』

 

 格を持ち、戦える女というコトか。

……気分が悪い。その解がすでに俺の内にあるコトが、殊更に苛立たせる。

 さて。往くとするか。

 

 

 この国に来る時、ワタシには自身があった。

魔術師として塔の中で授けられる階位は典位《プライド》まで駆け上がるコトが出来たのも、その根拠。

けど、兄さんも言っていたじゃない……魔術師と戦闘を専門にする者は違うと。

たとえ色位《ブランド》でも、銃でさえ工夫すれば『殺せるぞ』と。

でも、こうなる予兆はまるで感じなかった。

 

「なんしちゅうがぁ!! もと、責めぇちゅうに!」

 

 ワタシはまだ折れてはいない。身体の自由は戻っていないが、口は動かせる。

舌まで痺れさせては、何かを聞き出そうとしても答えさせるコトが出来ないからだ。

毒を取らされた。でも、魔術回路が閉ざされるようなモノではない。

――なら、出来るはず。

 

「もう用済みなんちがう? こんひともう殺してさしあげたらどうね?」

 

 そう、サーヴァントを召喚出来たからにはワタシはもう用済みのはずだ。

だけど、マスターがいるなら召喚させて、契約する前に潰す。

彼らの狙いはそれだろう。ワタシを使おうとは思ってもいない。

訛りは酷いがワタシは日本語が聞き取れている。

そして、彼らもそれを知っていて、儀式のあらましをこの身を責めて聞き出した。

召喚の呪文、自陣営以外の6騎倒す必要性、そして外来の魔術師達に与えられた聖杯の起動式。

令呪のコトは話してはいないが、マスターとなったからには聖杯から知識が与えれているだろう。

彼らの欲しい情報をもう、ワタシは持っていないというコトだ。

 

『英霊を召喚してから――と思っていたが、もういいか。君が言うならそうしゆう』

 

 周りの男たちが檄を飛ばしワタシを責めたてる間、一度も目を逸らさなかった能面の男が感情の乗っていない声でそう告げる。黄色の鬼はこの国にはあまりいないだろう風貌の女の意志を尊重するかのように、腰の刀を抜こうと手を柄に添え――

 

「雷様。刀はやめなんし。血で英霊様を呼んでまうかも」

『血は見ぃほうがええか。だが、首を断ちきれば呼べん。違うか』

「うちにはなんとも」

 

 黒髪以外はワタシ達に似ている女は結局、鬼面の好きにさせるようだ。

単詠唱……いや、無詠唱の魔術を回路を暴走させる寸前まで高めれば、あるいは――

 

「何か言い残すか?」

 

 ここだ。

――そう、意を決した瞬間だった。

 

 

「ハサン。英霊に割って入られるまでに何人減らせる?」

「マスターを狙わずとも良いと?」

「俺一人で七人の侍は厳しいだろう。相手には魔術師もいる。そのうち誰かは分かるのか?」

「女だろう。魔術を使うような男は一人もいなかった」

 

 漁師小屋を貸し切っているのだろう。拷問には悪くない場所だ。声が砂と波に吸われる。

殺して奪うほどの場所でもない。まぁ、殺しているかもしれないが、秘する為に。

 

「宝具を使っても構わない。が……対魔力で抜かれないか?」

「――彼ら皆、死んだと気付く前に冥府に送ってやるコトは出来る」

「悪い。お前の業前を疑った訳じゃない。

 だが暗殺者は主《マスター》を殺す者であって、英雄に対する者じゃない――だろう?」

 

 俺はまだ相方と認識のすり合わせがしたかった。

だが、小屋から一瞬だけ放たれた殺気に反応してしまう。

もう、余計な打ち合わせをする猶予はない。

 

「では頼む」

 

 返事なく、ハサンは空に融けていった。

 

 

『雨、何かおかしい』

 

 鬼面の男がそう言った。

ワタシは地面に叩き付けられるコトなく解放され、告げられる。

 

“召喚しろ”

 

 空気を振るわせず、頭にそう直接届けられた。そういう認識。

 ワタシはその言葉に従った。

 

「告げる。我が下に」

 

 来たれ、英雄よ――

 

 解き放とうとしていた魔力全てを、小屋の外に敷いた円に注ぎ込む。

ただの円を書くのに、果てしない集中を必要としたのを未熟と兄は笑うかも。

肩を外され、腱を伸ばされていても、周囲を全てを打破する為に!

 

「うらあああああああ!!!」

 

 咆哮からも分かる通り、ワタシが召喚したのはバーサーカー。

彼と自身が繋がるのを感じながら、命じる。

――暴れなさい、と。

 

 

 小屋が吹き飛ぶ。

その前に二つの塊が飛び出すのを見た。

黒い影のような者たちが俺の英霊だろう。だから、海岸際に男に覆いかぶさられているのが相手のマスターだろう。しかし黄色の鬼。能面か? 女は随分と薄着だが豊満だ。

日の下の女らしくはない。だが、注目すべきは小屋のあった場所にいる二騎。

デモンのような角を生やした巨躯が槍……のようなモノで押し止められている。

――ランサーか。

 

「主よ」

「ああ、削いでくれ」

 

 ハサンが側に着地し、女の令呪のあった肩の皮膚を一画を残して削いだ。

それに対して、女は歯を食いしばって、空気を漏らすだけに努めている。

強いヤツだ。女は痛みに強いとは弟の言ったコトだが、間違いないだろう。

 

「退くぞ。おいお前、一撃いれてバーサーカーを霊体化させろ」

 

 それだけ言い放って、俺は海を覗いていた高台から街道を跨ぎ、追跡を避ける為に茂みに分け行った。背後では地が爆ぜたのだろうと思わせる爆音が轟いている。

小屋にいた連中はあの肌を重ねた関係であろう二人以外はハサンが仕留めた。

やはり彼は仕事の出来る存在だ。

さて、そんな暗殺者が連れて行った女はこちらの手駒になってくれるか。

それが問題である。彼女が動けなくても関係ない。考える時間を与えず、俺は攻めると決めていた。

 次はアインツベルン。聖杯を、手に入れる。


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