現在、勇者夫婦が住んでいるのは国の外れである。超のつく小国とはいえ、それでも王都からは馬車で丸一日かかる距離だ。
結婚式こそ2日前のことだが、既に2人は婚約を済ませて1年間の同棲生活をしていた。国の祝祭ということで日程の調整に手間取り、勇者が邪神を打ち倒した記念日“希望の日”に合わせて催されたというだけのこと。
そして、この勇者夫妻の住まう地は――
「流石は妖精姫から貰った秘宝の力だな。もう前より楽園っぽくなってるじゃん」
――正に楽園。花は咲き乱れ、清流が煌めき、蝶が舞い鳥が歌う桃源郷。
先の絶望の時代、戦火で燃やし尽くされ焦土となった土地であるとは思えない。
「勇者ディンは今もゆく。かの者の救世は終わらない……か」
「……なんですか、それは?」
「流行りの歌の一節だよ。吟遊詩人たちが良く唄っているぞ。勇者が荒野を買い取って暮らしているのは、率先して復興事業に携わっているからだってな」
「やっぱり勇者さんって……僕のオリジナルさんって凄い人なんですね」
「そうでもないんじゃね?」
「え?」
俺は知っている。この土地を買い取った理由はそんな高尚な理由からではない。
あのバカップルは誰にも邪魔されずイチャイチャできる環境が欲しかっただけだ。
「いいか、デュナン。ここに俺が戻るまで隠れてろ。お前が見つかると話がややこしくなるなんてもんじゃないからな」
「は、はい! わ、分かりました!」
さて、行くか。
どうせ侵入者検知の防犯システムの100や1000はあるんだろうし。堂々と行くとしよう。
「やぁやぁ! 我が愛しの妹と義弟よ! 兄が結婚生活の様子を見に来たぞ!」
――ヒュッ。
……ひゅ? なにこの風? 今、視界をキラリとしたものが通り過ぎて行ったような?
「お久しぶりです、兄さん。お元気そうで何より。ところで、今の“愛しの”はどこまで係っていたのでしょう?」
妹の凍えるほど冷たい眼差しから逃げるように、おそるおそる後ろを振り返る。
さすれば、視線の先には地面に深々と突き刺さった包丁。
その頃になってようやく、ツウ…と思い出したように頬から血が流れ始めた。
「勿論、“妹”までですよね。それともまさか――」
「もちろん、妹までです! ディンのことは親友として大切に思ってますけど、恋愛の愛なんかこれっぽっちも無いですから! だから、その包丁を仕舞ってください!」
こっわ!
相変わらず我が妹ながら怖すぎるって。あの挨拶程度の一言で、実の兄に向って包丁投げるか普通?
「それは良かったです! 唯一の肉親を殺めずにすみました♪」
あーもう、こりゃあ無理だわ。ハーレムの説得とか絶望的過ぎますね。
***
なんやかんや命の危機を3度ほど乗り越えて。
ようやっと勇者夫婦の愛の巣である家に入る事が出来た。
のだけど。
「それで? 今日は何の御用で?」
「あーいやーその、出来ればディンに話したいなーって……」
このヤンデレにハーレム計画なんぞ話したら細切れにされる。火を見るよりも明らかなバッドエンディングまっしぐら。
だったら、まだ話の通ずるディンを説得するべき。
そう思ったのに、そのディンが家の中のどこにもいない。どういうこと?
「へー。ところで最近、薬草栽培がマイブームなんですけどね。中には用法容量を間違えると死に至る危険な薬草もあってですね」
「まさかとは思うけど、今まさに紅茶に居れようとしてる薬草のことじゃないよね」
「そうですけど、なにか問題ありますか?」
いや、問題大ありだわ。俺死んじゃうじゃん。
「じゃあ、キリキリ吐いてください。妻である私を避けてダーリンに話さなければならない内容を」
「な、ならさ、せめてディンも一緒の時にしようぜ。そこそこ長い話だし、2度手間になっちまうだろ? ディンの奴はどこに行ったんだ?」
「ダーリンは席を外してくれています。まずは兄妹水入らずで話したいこともあるだろうって。本当に最高のダーリンですよね」
「ごめん。全く話についていけないんだけど。俺は来るって連絡してないよね」
「良く分かりませんが、そろそろミスルが来てくれそうだ!ってソワソワしていましたよ。昨日から」
「軽々しく人間超越するの止めてくれていいですかね」
てか昨日って俺が王都を旅立った日じゃん。え、その時から感づかれてたの? 勇者やばない?? いや元からヤバかったわ。じゃあいつも通りか納得。
「で? 軽口で話逸らす魂胆は見え透いていますよ。さっさと話してくれませんか。今日は一体どのような御用件で?」
「待て妹よ。話せばわかる。だから包丁を仕舞ってくれ。お願いだから」
さて、ほんとにマジでどうしよう??