性別不詳両声類系Vtuberなんだが、現実でも性別不詳でいてくれって言われた 作:甘朔八夏
「周さん…ですよね?」
「
スタジオに入った途端に、困惑した様子で話しかけてくるスタッフさんに向かって、唇に人差し指を当ててしぃー、っと息を吐く。今回のターゲットは泉さんだから、他の人は平然としておく必要があるからね。
口元を押さえ込んでバッと顔を背けたスタッフさんの反応に、上手く女性に擬態できていることを確認する。
…この姿の俺って結構可愛いのかな。
背けた顔を覗き込みたいという悪戯心が湧いてくるが、今は我慢。
…冷静になったときに自分のムーブを振り返って死にそうなので。いや、もうアウトかもしれない。
都合の悪い思考は頭の奥に引っ込ませて、スタッフさんたちに挨拶をしながらスタジオの奥へ。見つけた。先程と変わらない姿でマイクをいじっている泉さんの後ろ姿。
彼女はまだ俺に気づいていない。……また、悪戯心が湧いてくる。なんかもう気持ちが配信モードになっているような…まぁいい。油断しきった彼女に、あれほど待ち望んでいたロリボをプレゼントしてやろうではないか。
そーっと泉さんの後ろへ行き、彼女の袖をちょこんと掴む。それに気づいた泉さんがこちらへ振り返る寸前に。
「おねえちゃん、おまたせ」
その声を聞いた瞬間、泉さんの振り向く速度が異様に早くなり、ぎゅん、と音がなった気がした。目を大きく見開いてこちらを見る泉さんに対し、人差し指を顎に当てて首を傾げてみる。……これはちょっとあざといか…?
「……あ″っ!!!!」
!?
その場に倒れ伏す泉さん。にも関わらず、彼女の目は俺の姿に釘付けになっており寸分たりとも動かない。顔だけこっち向くのやめてもらえません?怖いんですけど…
「おねえちゃん、だいじょうぶ?…よしよし」
とりあえずダメージを与えることには成功したようなので、追い討ちを仕掛ける。いけっ!このまま削りきれ!
「あっもうむり意識外からの供給過多ん″っ」
「……あれ?泉さん?泉さーん!」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
……勝った。俺は勝ったのだ。
立ち上がってその場でくるりと回り、前に向かってピース。パーカーの裾が可憐に舞った。
瞬間、マネージャーさんと目が合った。気づく。周りが静まり返っていることに。……そういえばここ、スタジオでしたね。
完全にやらかした。みるみる熱を持っていく頬をどう対処すればいいか分からない。お願いですから無言でこっちを見るのをやめてください。今羞恥に叫びたい欲を必死に抑えてるんです!(自業自得)
…って、おいマネージャー、満面の笑みでサムズアップするのをやめろ!
「もう、本当にびっくりしたんだからね?」
泉さんが口を尖らせて言う。
「すみませんでした…」
だってあんなに良い反応されたら期待に応えるしかないじゃないか。…あれ?この思考、もしかしておかしい?いや、俺の感性は一般人のはずだ、大丈夫、大丈夫…
「ところで」
頭上の泉さんに話しかける。
「降ろしてくれません?」
どうも、天津 周です。現在俺は泉さんの股の間に座らされて、テディベアみたいに抱えられてます。
いくら見た目を欺けても、体型を誤魔化すのは不可能。だから実は内心バクバクである。
まぁ不幸中の幸いと言うべきか、流石の泉さんもお腹以外は触ってこない。しかしこの状態のまま胸とかを触られたら、その時点で一発アウトである。やっぱり難易度高すぎでは?
「だめ、きまり」
「いや何のきまりですか…」
泉さんは頑なに俺を離そうとしない。顎を俺の頭に乗せながらも器用に話している。口を開いた時の衝撃が全部俺の頭に伝わってるのでやめてほしい。
しかし焦らない。俺には最終兵器があるのだから。
「…なんか今日の配信、ずっとこの声で話したくなってきたなぁ」
瞬間、非常に滑らかな動作で俺を手放す。
そんなに男声嫌なのかよ。
やっと彼女に向き直ると、泉さんは俺の姿をざっと眺めた後、何かに気づいたように「…え?」と声を漏らした。
「あれ?…周ちゃん?え、でもさっきのは周くん?ん?」
やっと俺の見た目に反応する。
なんで見た目が完全に変わっているのにスルーされてるんだろうって思ってたけど、もしかして
「ふふ、どっちだと思いますか?」
気を取り直して女性ムーブを再開する。泉さんは神妙な顔をしてしばらく考えた後、無言で俺の胸に手を…っておい。
「どっちだとしてもセクハラですよ!」
「…やっぱりだめか」
逆になんで触らせてもらえると思ったんですかね…
ジト目を送っていると、誰かが俺の肩に手を置いた。振り向くと、そこには満足そうな顔のマネージャーさん。
「泉さんも混乱してるんですよ。ほら、見てください、あの顔」
マネージャーさんの指の先に目線を移動させると。泉さんの目がすっごいぐるぐるしてた。
「…周ちゃんはショタで、でも18歳だからもう大人で、でも可愛い見た目してるし、ロリボで甘やかしてくれるし、ママ?あれ?」
わお。さっきからずっと変な行動してるなと思ってたら俺のせいだったんすね。…まぁ、初対面の男だと思ってた人間が数十分で女になってたらビビるわな。俺なら絶対困惑するね。
他人事のように泉さんを憐んでいると、マネージャーさんの耳打ちが。
「…
「俺に女装指示した貴方がそれを言いますか?」
「おかしいなぁ、僕、ロリボで不意打ちしろなんて言ってないはずなんだけど…」
「ゔっ」
この戦いは分が悪い。話題を逸らさなければ…ん?
「…もしかして、妹からなんか聞いてます?」
「はい、まさか周さんが年下を弄ぶ
違うから!!あれは俺もちょっと混乱してて…その、不可抗力というか———
「配信準備お願いします!」
咄嗟に時計を確認すると、現在13時45分。もう配信15分前だ。その声を聞いてマネージャーさんが立ち上がる。
「それじゃあ我々スタッフ一同は出ていくので」
「あれ?ここにいないんですか?」
「やっぱり周りの目がないほうが狂いやすいでしょう?…まぁ、周さんはそんなの気にせずに既に狂ってましたけど」
何の配慮だよ。あと余計なお世話だ。もうその話振り返さないで…
「あっ、後で一緒に写真撮っていただけません?リアル男の娘を妻に自慢したいんです」
「何でさんざんいじった後に了承してもらえると思ったんですか…普通に嫌ですよ。…って、妻!?」
マネージャーさん結婚してたの!?こんな変な人に寄り添える方がいるのか…衝撃である。
俺の素っ頓狂な驚き声にマネージャーさんはジトっと俺を睨む。
「そこまで驚かれると複雑ですね…そもそも、あなたのガワは妻が描いたんですよ?」
「!?」
ここで明かされる衝撃の事実。世間の狭さに驚愕していると。
「…はっ!?私は何を!?」
ショートしていた泉さんがついに復活した。それを確認したマネージャーが出口の扉を開ける。
「それじゃあ、楽しんでくださいね」
ひらひらと手を振って外へ。これでスタジオには俺と泉さんの二人きり。
「楽しんで…?もしかして、ここで周ママにオギャっていいってこと…?」
「ほら、配信始めますよ」
まだ現実に帰ってきていない泉さんをガン無視し、彼女の背を押してパソコンの前へ。
視聴者からしたら何も変わらない、いつもの「天津 周」が画面に映る。しかし今日はどこか雰囲気が違って見えた。
今日の配信はいつも通りになるだろうか、それともマネージャーさんの期待通りの狂った回になるのだろうか。
…ちょっとわくわくしている自分がいる。俺、変態かもしれないな…いやいや、
心中に湧いた無駄な思考をぶんぶんと頭を振って振り払い、泉さんとアイコンタクトを取る。未だに困惑気味の彼女に苦笑した後、配信開始をクリックした。