ローランがオリヴィエの頼み事で遠くへ出かけて行った。巣の移住権が貰えるとかで、大慌てで彼は出ていった。
置いていかれるのは少し寂しいが、帰りに
「早く帰って来ないかしら……」
そんな独り言を呟きながら、大雨の外を眺め少し膨らんだ
…………のんびりしていると、無線が鳴った。
「……緊急ですか」
しかも私が呼ばれるという事はかなりの
次元手袋を嵌め、急いで支度をした。
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外に出れば、どんどんと建物を飲み込み、生物の様に大きく高く成長していく歪なピアノを見つける。
「何よあれ!あんなのここには無かったじゃない!」
今まで何故気づかなかったのか不思議なくらいに巨大で禍々しいそれを前に、私は叫ぶ。
歪でありながら頭に直接響いてくる様な音が聞こえる。精神が焼き付くような音楽を無視し歩を進める。
地下から生えてきたであろうあのピアノ、あのまま行けばこの裏路地一帯どころか巣事丸々も飲み込まれかねない。
急いで現場に向かうと、何本も腕を生やし優雅に演奏している人型の生物が居た。その異形の姿に思わず息を飲む。
周囲の人が悲鳴を上げながら、骨が折れ、筋肉が破裂し、身体が裂けて黒い線に貫かれ音符のように変形するか、ピアノに飲み込まれていく。
そんな目を逸らしたくなる様な光景の中、キラリと巣の方から『緑色の閃光』が走った。
夜明けの様な蛍光緑の残光を残しながら、多腕の人型怪物に一直線に飛んでいく。それはまるで尾を引く彗星にも見えた。
多腕の怪物はそれに気付き、五線譜を束ね、受け止めた、止まった彗星は追撃してくる五線譜や音符を避け、眩しい剣で女の子が剣卓を繰り広げている。
「はっ……下がってください、其方は私が対処します!」
ぼーっとしていた意識を叩き起こし、手袋からケヤキ工房の武器を取り出す。
私に気付いたのか、化け物の攻撃をいなしながらものすごい速度で女の子が近付いてきた。
「おかっ、んん!……黒い沈黙。貴女は身重だ。早く帰って夫を待っては? これは貴方1人の手には負えません」
……はぁ……?何この子……もうカッチーンと来た。
「あら、お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です。自分の身は自分で守りますから」
「……足は引っ張らないで下さい」
「そちらこそ……」
ムカつきながらも一応の協定を結び、歪んだ化け物を討伐する為動き出す。
◇◇◇
剣の振り方、息継ぎ、足捌き、時に避け、時には受け止める。2人の呼吸は双子か母娘のように合っていた。
まるで精密な時計の歯車の様に寸分の狂いもなく、お互いが次の一手を考え行動に移す。
それは傍目から見ると地獄に咲く2輪の白い花。見惚れる程綺麗な踊りに見えた。
しかし、噛み合っていたはずの歯車は徐々に軋む様な不快な金属音が混ざるようになり、やがて
隙が出来た瞬間をピアニストは見逃さなかった。
もちろん1つに絞るという事はピアニストも無防備になると言う事であり、少女に二択が突きつけられる。
「っ!母さん!」
庇うには遠く、避けるにも遅い……
が、彼女はそれを覆す。
少女はその場からフッと消え、緑の軌跡を残し、気付いた時にはアンジェリカの肉盾とならんと割り込んでいた。
「っぐぅぅ!!」
肉を裂く様な音が響く。
少女は母を守ろうと身を挺し、肩から胸に掛けて深く切り裂かれた。
鮮血が飛び散り、痛みに少女の顔が歪む。
アンジェリカは傷を負った少女を抱え、脅威範囲からすぐに離れた。
「っ、はぁ、はぁ……」
「どうして庇ったんですか!」
息を整える間もなくアンジェリカの怒声が響く。
それは怒りの様でもあり、困惑のようでもあった。
「……娘が母を守るのは……っ当然のことだろう? ゲホッ、それに……私の目が見えている内は……死なせたりしないっ、から……」
「何が娘ですか!私はまだ1人も産んでません!それに娘に庇って欲しいなんて思いません!こんなに血を流して……どうして……!」
「……ごめんなさい……後は任せました…母さん、父さん」
その声を、血を残し、煙のように消えた。
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「はぁ……っ、はぁ……っ、キツい、な。まだ鞘があるだけ……良かった……」
私は裏路地の壁にもたれ掛かり座り込む。
鈍った……と、言うかここまで動けないとは思わなかったが正しいか……。
胸元をまさぐり懐中時計を取り出す。
風防のヒビは無くなり、遅れる事無く精密に時を刻んでいた。
ごめんなさい、
「……まだ3時間は休憩出来そうだな……」
ふぅと一息吐く。
裏路地にはもう血の臭いが充満していた。ネズミ1匹も居ないだろう。雨に打たれ、路地は血の絨毯と化していた。
これじゃあほとんど死滅しているだろうな……もっと早く動けていれば……
本来都市では誰かを助ける義理は無い。誰かが死に、誰かが不幸になろうとも、それは
そう、分かっている。これはただの自己満足。偽善。余計なお世話。正義なんて言葉すらも陳腐な、ちっぽけなエゴに過ぎないのだ。
しかし、それはそれで、これはこれなんだ。
意識が微睡む中、カツ、カツと靴音が響く。
顔を上げ、視線を送るとそこには紫を纏った長身の女性が立っていた。
「ふっ、まだ生きてたのかい、死に損ないのガキンチョがね?」
「っ、相変わらずお元気そうですね……イオリ叔母さん、貴女の息子には会えそうですか……?」
「…………」
「…………」
睨め付ける様な視線をぶつけ合う。
「……しかし、都市の守護者がこのザマとはね、全く……あんたのせいで狂っちまったじゃないか……」
「じゃあ……父さんも母さんも無事なんだな……」
なんとかなったようだ……。
「叔母さん、恥を忍んでお願いします……1晩だけ……身体を……」
安心してしまった、もう大丈夫なのだと。そう思った瞬間睡魔が襲ってくる。
最後まで言葉を紡げず、私は意識を落とした。
topic! ピアニスト:初めて確認されたねじれ。9区裏路地の酒場にて、ピアノ弾きがねじれた姿。ピアノの優雅に弾き、数々の人々を楽譜やピアノにして行った。
ねじれの力は圧倒的であり、裏路地の住人をほぼ鏖殺した。その後、駆け付けた黒い沈黙に鎮圧され、都市に消えない傷跡を残して消えていった。
if、若しくは補填が必要か
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必要
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不必要