B(バラドル)小町と引き立て役B   作:ボンコッツ

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前回のあらすじ

イバラは ヘビ皮の財布を 手に入れた!



米金イバラとアイドルの噓 その1

 

 

【星野家新居 午前5:45】

 

(うん、大丈夫。今日もしっかり【アイドル】やれてる)

 

ドーム公演当日、星野家の化粧台の前で、アイは最低限のメイクだけ整えながら『笑顔』を見る。

 

ミリ単位で表情を染め上げられる天性のアイドルとはいえ。鏡も見ずに感覚だけでやっていてはズレが出る。

 

毎朝鏡の前で笑顔を作り、嘘を綺麗に積み重ねられるように『調節』する作業は必須だ。

 

ルビーとアクアも起きてきたようで、寝ぼけ眼を擦りながら歯磨きを済ませ、おたおたとパジャマを脱いでいる。

 

おはよー、とゆるーく朝の挨拶をしながら、アイは今日の予定をざっくり思い出していた。

 

 

アイドルのドーム公演は、開始時間はピンキリかつマチマチだが公演時間はおよそ2時間~2時間半程度。

 

B小町のライブの開始時間は『14:30』。予定では16:30頃に終了……というスケジュールだ。

 

念には念を入れて、午前中には各自の家に苺プロダクションのスタッフが向かい、車等で現地に向かう事になっている。

 

特にセンターであるアイは一分の遅刻すら許されない事もあって、斎藤夫妻が7時までに迎えに来る事になっていた。

 

速めに会場入りしなければ渋滞等に巻き込まれる可能性もあるので、午前中にはドームに入り、開始時間まで楽屋で待機して昼食等も済ませる。

 

アクアとルビーはいつも通り、途中からミヤコに預けて観客席の方に移動する手筈。

 

ドーム公演という事で少しばかりいつもより緊張しているが、このぐらいなら開演までに整えられる。

 

完璧で究極のアイドルはダテじゃない。

 

メンタルの調整なんでいつもの事だ、ウソを積み重ねて本物に……あるいはそれ以上にすることが、星野アイのアイドルとしての在り方なのだから。

 

 

(佐藤さん達が来るまでもうちょっとあるし、朝ごはんはサクっと済ませちゃおっかな……)

 

 

確か食パンは買ってあったはず、とキッチンに向かおうとしたところで、ぴんぽーん、とチャイムが鳴った。

 

 

(? あ、社長達かな。予定より早いなぁ)

 

 

アクアとルビーに「お着がえしててねー?」と声をかけ、スリッパを履いて玄関に向かう。

 

カギを開け、ドアを開く。最初に見えたのは、黒いフード付きパーカー。

 

『あれ?社長じゃない?』と思ったアイの目に入って来たのは、白と薄いピンクを組み合わせたような五本の薔薇の花束。

 

左手に持っているソレから、ふわりとアイの嗅覚が甘い香りを捉える。

 

その体格の良い黒フードの男性は、僅かに見える口元に笑みを浮かべた。

 

 

「引っ越しおめでとう、双子は元気?」

 

 

そう言って、花束に隠れて見えなかったもう片方の手に持ってるモノを持ち上げて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「引っ越し蕎麦のお届けだぞー、アイちゃん!」

 

「うわびっくりした!?え、イバラちゃん?」

 

 

黒フードをひょいっと首の動きだけで後ろに回せば、その中からは見慣れたバラドルの顔が出て来た。

 

花束に隠れて見えなかった左手には、本人が言うように蕎麦を入れた平たい木箱が吊るされている。

 

普段ならジャケットの上からでも自己主張している胸は、サラシか何かでぎっちぎちに抑えているのかそこまで突き出ていない。

 

そして、女性としてはやや低めの声と相まって、顔を見なければアイですら男性と勘違いしてしまう程度にはしっかり変装できていた。

 

 

「どうしたのその格好?それにそれ、佐藤さんのサングラス?」

 

「おう!いやー、どうしてもマトモな変装じゃバレバレだったからさ、いっそのこと男装すればいいんじゃねーの?と思って」

 

 

斎藤社長が愛用しているモノと同じデザインのサングラスをかけ、サラシを何重にも巻いて胸を抑え込み。

 

特徴的なポニーテールを解いてロングヘアにしつつパーカーの内側に隠して、フードで顔を覆う。

 

オマケに斎藤社長から予備のサングラスまで借りておいたらしく、しっかりと『変装』と言っていいレベルに収まっていた。

 

顔をじっくり見ない限りは、ガタイが良くて胸板の厚い小麦色の肌のマッチョメンである。

 

 

「流石に六時前なら朝飯まだだろうなと思ってさ、蕎麦作りに来てやったぞー!

 ニシキヘビ関係のアレコレで結局東京に帰って来たのおとといの夜だからな!」

 

「わーい!お蕎麦ー!」

 

「……朝五時台に引っ越し祝いに来るか?普通……」

 

「しかもマ、お姉ちゃんが保護者モードから甘えん坊モードに……」

 

 

さっきまで冷蔵庫にあるモノでサクっと朝食を作るつもりだったアイは、完全に母親スイッチをオフにしてお蕎麦待ちモードに突入。

 

新居に引っ越してから既に一週間ぐらいは経過しているが、前話のロケの後に色々とゴタついたせいで沖縄からの帰還が予定より遅くなったのだ。

 

 

「まーさか届け出出されてるニシキヘビじゃなくて、〇〇系密輸グループがうっかり逃がした個体とか夢にも思わないじゃん?」

 

「次の日にはトップニュースになってたもんね。沖縄の希少種も密猟していく途中だったとか」

 

「おかげでアタシらまで事情聴取させられたよ!

 予定してた飛行機逃して帰ってくるの遅れるしさ!

 あ、アイちゃん。このバラどこに置けばいい?」

 

「そっちに花瓶あるよー。それにしても綺麗……なんて薔薇?」

 

「『メイデンズ・ブラッシュ』って品種。」

 

 

星野家にあっためんつゆでさくっとつゆを作り、ネギを刻みながらロケの顛末を思い返す。

 

どうやら各地で密猟を繰り返していた希少動物の密輸グループが運んでいた最中の個体だったらしく、

 

これを探し回っていたグループの一人が職務質問→逃走→確保の流れを食らったために芋づる式に犯行が発覚。

 

沖縄の固有種の密猟も判明したため、現在は警察で取り調べ中らしい。

 

で、第一発見者(?)であるイバラと番組スタッフ、ついでにハブ捕り名人のおじいさんまで事情聴取を食らってたというわけだ。

 

 

茹で上がった蕎麦を手際よく4つのどんぶりに放り込み、つゆを注ぎ入れてからネギを散らす。

 

電子レンジで作る温泉卵*1を取り出し、それぞれの蕎麦に乗せる。

 

 

「温玉月見そば完成ー!しっかり食ってドーム公演もオタ芸も全力でいくぞー!」

 

「「おー!!」」

 

「いやオタ芸は目立ちすぎるからやらないって。

 あとサラっと自分の分の蕎麦まで用意してるし……」

 

「なんだよー、いいだろアク坊?みんなで食った方が美味い事もあるんだし。一人で黙々と食いたい事もあるけどさ」

 

 

またバズったら今度はあの時の赤ん坊と一緒では?みたいな特定班まで出動してしまいかねない。

 

そうなったらアイと自分たちの秘密までたどり着く者が出るかもしれないので、ライブ自体は普通に観戦するつもりだった。

 

え、この生粋のドルオタ×2が初のドーム公演見て我慢できるのかって?

 

知らん、そんなことは作者の管轄外だ。

 

 

「よーし、それじゃあいただきまー…〈ぴんぽーん〉…よし、斎藤社長だったら蕎麦を伸ばした罪で八つ裂きにして殺そう」

 

「蕎麦ぐらいで残虐に人を殺すな!」

 

「うるへー!有名な店の蕎麦だから地味にたけーんだよこれ!アイちゃん、ちょっと先に食っててくれ」

 

 

「斎藤社長だったらロンドン名物タワーブリッジだな」と言いつつ席を立つイバラ。

 

宅配便などの可能性も考えて、ひょい、とフードをかぶり直す。

 

時刻は丁度6時を過ぎたあたり、斎藤夫妻が来る予定の時間までちょっと早いが、何事も早めにこなそうと考えたのならおかしくはない。

 

なので、イバラはもしあの若い子大好き社長のツラが見えたらまず締め落として……なんて考えながら、無警戒にドアノブに手をかける。

 

 

『思えばここが分岐点だった』。星野家の面々は後にそう語る。

 

 

イバラがのしのしと玄関へ行き、今行きますよー、とけだるげな声でドアを開ける。

 

最初にイバラの目に見えたのは、自分と同じような黒いフードだった。

 

身長は……170㎝ほどだろうか。長い前髪とフードのせいで顔が見えない。

 

そして、高身長であるイバラが見下ろす形になったが、彼もまた『白い薔薇の花束』を持っている事が分かった。

 

だが少なくとも、米金イバラはこの男に見覚えが無い。仕事でも、プライベートでも。

 

 

 

「? ……おい、お前一体……」

 

 

 

誰だ、と言い切る前に。イバラは自分の腹に何かが当たる感触を感じた。

 

米金イバラは超人だ、もしかしたら人類でも最高峰の一人かもしれない。

 

だが、風邪は引くし、銃で撃たれれば死ぬ。

 

フィクションの武術の達人のように、殺気なんて曖昧なモノを感じ取れる嗅覚も備えていない。

 

 

先ほども言った通り、イバラのほうが身長が高いので『上から見下ろす』形になった。

 

そのため、花束の下にあった『ソレ』を見る事も、感じ取ることもできなかった。

 

 

 

「……ぁ、え?」

 

 

 

一陣の風が、さわやかな朝を駆け抜ける。

 

その男の持っていた花束が手を離れ、白い花弁が風に舞う。

 

男の手に握られていたのは、武骨な造りのハンティングナイフ。

 

滴り落ちるのは、白い薔薇の花弁を赤く染め上げる鮮血。

 

 

鋼の切っ先が、深々とイバラの腹に突き刺さっていた。

 

 

*1
各自レシピをしっかり調べてから試すように。今日日卵をそのままチンするバカはいないとは思うが。





メイデンズ・ブラッシュ。

薄いピンクと白が特徴的な、かわいらしい薔薇。

花言葉は『我が心、君のみぞ知る』


薔薇の花束は、本数で意味が変わる。

五本の花束の意味は『君に出会えてよかった』

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