B(バラドル)小町と引き立て役B   作:ボンコッツ

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前回のあらすじ

イバラちゃん危機一髪。



米金イバラとアイドルの噓 その2

 

「ぉ、ぇッ……!?」

(刺された?!そうだ刺された、ヘソのやや左側!)

(まずい、筋膜、筋肉、その内側……内臓は、どうだ、無事か!?)

(ナイフは刃が上向き……クソ、ちゃんと人を刺し殺す時の構えだ!)

 

「は、はは、はっ……まさか、双子の子供どころか……。

 ドーム公演の日にまで、男を連れ込んでるなんて……!」

 

 

痛みのあまり、まともに呼吸もできず、体も反射的に硬直してしまったイバラ。

 

それでもなお、今まで危機的状況に何度も叩きこまれた経験が、思考だけは強制的に回転させる。

 

使われた凶器は狩猟刀(ハンティングナイフ)、狩人が罠等で捕まえた獲物にトドメを刺す時に使うナイフだ。

 

獣の毛皮や肉を貫いて命を奪うための刃物である以上、イバラの体がいかに頑丈といえど防げる道理はない。

 

これがそこらのスーパーで売ってる果物ナイフ程度なら筋肉を硬化させて皮膚一枚で止める事もできたが、流石に不意打ちの狩猟用ナイフはどうこうできる限界を超えていた。

 

そこらの成人男性が金属バットで思いっきり腹をぶん殴ったとしても、イバラの腹筋を貫くことはできない。

 

しかし、『刃物』は少々マズい。その上不意打ち、筋肉に力を入れて硬化させるヒマもなかった。

 

指圧師である浪越徳治郎は、マリリン・モンローとモハメド・アリをマッサージした際に、その肉質は同じぐらい柔らかかったと証言している。*1

 

上質な筋肉というのは、柔軟さと頑強さを兼ね備えたしなやかな質を持つモノなのだ。

 

故に、そのあまりに質の良い筋肉が、不意打ちで刺されるという状況では仇になった。

 

まるでサシの入った牛肉に包丁を入れる時のように、さくり、とナイフが通ってしまったのである。

 

だが、今のイバラにとって重要なのはソコではない。

 

自分の腹が刺された、なんてことは二の次でいい。

 

最も重要なのは……。

 

 

(コイツ今なんつった?『双子の子供』?『男連れ込んでる』?

 双子はアク坊とルビーちゃんだ、男、ってのは男装したアタシだ。

 なら、コイツにとって『重要なポイント』になってるのは……)

 

 

『ソレ』に気づいた瞬間、瞬きの間に沸き上がった怒りによって、イバラの脳内で脳内麻薬が大量生成。

 

一時的に痛みを遮断し、血液が失われつつある体を無理矢理動かす。

 

 

(コイツの狙いはアイかッ!!)

「ッッッしゃらぁッ!!!」

 

「ぶげぇっ!?!」

 

ナイフを突き刺したまま、またも何事か言おうとしたストーカーの顔面に、イバラの右フックが叩き込まれる。

 

よほど強い力でナイフを掴んでいたのだろう、体ごと後方に殴り倒され、ナイフが引き抜かれた。

 

太ももまで滴り落ちる流血を、片手で圧迫止血しながら向かい合う。

 

打撃の勢いでサングラスが落ち、フードがとれて彼女の素顔が露になった。

 

 

「そもそも……だぁれがアイの男だってぇ?流石のアタシも生えてねーよ!」

 

「うげっ、げふっ……こ、米金イバラ!?」

 

「ああそうだよ、みんな大好き可愛いイバラちゃんだよ。鍛え上げた腹筋に武骨なナイフぶっ刺しやがって……」

 

 

困惑するストーカー、仁王立ちで立ちふさがってタンカを切るイバラ。

 

そのガタイもあって、ストーカーからすればデモンズウォールがごとき威圧感を放っている。

 

が、いつも通りのノリで応対しているように見せかけて、イバラの方もあまり余裕は無かった。

 

 

(やばい、腹筋で締め付けても血が完全に止まらない。

 内蔵までは届いてないと思うけど……太めの血管イったか?)

 

 

流石のイバラも、ある程度の応急処置まではともかく、外科医の知識なんてものは有していない。

 

傷口を必死に手で押さえているが、逆に言えばそれ以上の対処ができない状態だった。

 

幸い、男装のために体のラインが見えないよう厚着してきたのが功を奏したのか、ギリギリ内蔵までは到達していない。

 

しかし、出血量を鑑みれば一刻も早い手当ては必須だ。

 

そんなイバラをみて、殴られた痛みもあって面倒な方向に『キレた』のか、ストーカーがいきり立つ。

 

 

「お、お前も、共犯なんだな!?アイに子供がいる事を隠して……!

 痛いかよ!俺はもっと痛かった!苦しかった!アイドルのくせに!

 子供なんて作るから、ファンを裏切るふしだらなアバズレが!」

 

「ハッ……アイドルがガキ産んじゃ悪いのかよ。男に抱かれちゃ悪いのかよ」

 

「なっ……悪くないって言うのか!?だったらお前も同類か?!

 ファンのこと蔑ろにして、裏ではずっとバカにしてたんだろ!

 この『嘘つき共』が!散々好き好き言って釣っておいてよ!

 

 全部嘘っぱちじゃねぇか!」

 

 

太ももを伝って地面に滴り落ちる血の雫を見ながら、妙にクレバーになった思考だけが回転する。

 

最悪のパターンは、このストーカーが自分を突破して奥にいるアイ達の所に到達する事。

 

なら最善は何か。幸いにして出血は『すぐさま死ぬ』レベルではない。

 

重傷ではあるが、数分程度なら動ける余地がある。

 

さっきの『撫でる』程度の一撃ではなく、全力の一撃ならどうとでもできる。

 

 

(でも、それはダメだ。 だってコイツは、歪んじゃいるけど……)

 

 

『アイのファンだから』

 

たったそれだけで、全力の一撃……即ち、目の前のストーカーを殺害しうる暴力の行使を止めた。

 

彼女は意外な事に、これだけのフィジカルを持ちながら『暴力の引き金』が異常なほどに重い。

 

正当防衛と競技以外で全力を出したことはなく、自分を殺しにきた凶悪な野生動物相手でようやく引金を引ける。

 

事実、先ほど怒りのままに繰り出した一撃でさえ、彼女の全力からは程遠い。

 

自分の腹をナイフで刺した相手にすら、だ。

 

 

(コイツがもし死んだら……アイが、コイツを笑顔にしたことまで嘘になっちまう。

 それはダメだ。そりゃ、こんなことしたコイツの未来は厳しいモノかもしれない。

 それに……アタシがコイツを殺したら、アイや双子の笑顔まで曇っちまう)

 

 

それだけは絶対に許容できない。

 

例え自分が死んだとしても、誰かの笑顔が曇る事を許せない。

 

まるで向いていない『アイドル』の道を歩み始めたその日から、イバラが己に課した誓いだ。

 

 

「ウソっぱち、ねぇ……まあ、そうだな。

 アイの愛してるは、ウソかもな。超わかりづらいけど」

 

「ッ、な……!?」

 

 

自分の『愛してる』とアイの『愛してる』がどこか違う事に、イバラはとっくの昔に気づいていた。

 

そもそも、アイの笑顔が双子を見てから変化した事に気づいた……即ち、『変化する前の笑顔』に何らかの懸念は持っていたのだ。

 

とんでもなく精巧な笑顔の仮面を被った、アイドルとしての才能を持て余すほど持って生まれて来た少女。

 

それが、米金イバラがこの数年間、アイに抱いてきた印象の全てだ。

 

 

「でもさ……アイは、嘘は嘘なりに……本物じゃなくても『本気』だったんだよ!」

 

なら、そんなアイが嫌いだったのかと言えば、決してイバラはアイを嫌っていなかった。

 

何故なら、そんな『嘘だらけの自分』に最も苦悩していたのも、アイ本人だったからだ。

 

じゃれついてくるルビーの『ママ大好き!』というありふれた言葉に、アイが毎回煙に巻くような返答をしていたのにもとっくに気が付いていた。

 

自分の子供に、嘘の『愛してる』を言ってしまうかもしれない。

 

そんな苦悩を抱えている事も察し始めて、しかし何を言ったらいいのかもわからない。

 

米金イバラもまた、色々なモノを抱えてここに立っている。

 

 

「アイツが……嘘じゃない『愛してる』が言えなくて、一番苦しんでんだ!

 刺されたアタシでも、裏切られたと思ってるアンタでもなく、アイツが!

 だったら、せめて、せめて……!!」

 

 

先ほどから、がちゃがちゃとイバラの後ろでドアを開けようとしている音がする。

 

それを片腕だけで無理やり押しとどめ、玄関側に出てこられない状態にしながらも叫び続けた。

 

「イバラちゃん!?ここを開けて、イバラちゃんっ!」……そんな、アイの切羽詰まった声も聞こえてくる。

 

それら全部に応えることなく、自分だけで決着をつけるつもりで言葉を吐き出す。

 

 

「アイの愛してるが嘘っぱちで……アンタの愛してるが、本物ならさ。

 アンタの『愛』だけは、嘘にしてやるなよ。可愛さ余って、なんて悲しすぎるだろ」

 

 

死にかけの女一人、そのはずなのに、ストーカー……『リョースケ』はそれ以上前に踏み出せない。

 

圧力もとんでもないが、それ以上に……刺したはずの自分に対して、目の前の女は憎悪を向けてこないからだ。

 

さきほど吹きあがった怒りすらも、リョースケがアイのファンだと理解した時点で鎮火しつつあった。

 

 

「アンタの名前、知らないけどさ。握手会で見たことあるよ。

 アタシの列に一回も並んだことないくせに、アイちゃんの列にいっつもいてさ。

 ……ブタ箱から出てきたら、今度はアタシの列にも並べよ?バカヤロー」

 

「なっ、あっ……?!」

 

「アイちゃんに、星の砂の小瓶あげてたろ。赤いヤツ。

 羨ましいよなぁ、アタシのトコに来るプレゼント、毎回トレーニング器具だぞ?

 ……引っ越した後もさ、アイちゃん、リビングに置いてるぜ、あれ」

 

 

その一言が、狂気に染まったはずのリョースケの心を折った。

 

 

「んだよ、それ……そういうんじゃ……あああああああっ!!」

 

叫び声をあげながら、リョースケが外へと飛び出していった。

 

後に残されたのは、取り落としたナイフと花束。

 

そして、腹から血を流し続けているイバラだけだった。

 

 

「あー……しんど……」

 

 

ふら、と体から力が抜けて、ふらついた足取りのまま壁にもたれかかる。

 

ドアにかかっていた剛力が消えた瞬間、アイが外に飛び出してきた。

 

 

「イバラちゃんっ、イバラちゃん!?ああ、あぁ、血、血が出て、どうしよう、どうしようっ!?」

 

「騒ぐなって……あー、くそ、ドアチェーンってこーいうときのためにあるのか。

 クソ面倒だから家でも使ったことなかったなァ……はは、1つ賢くなったよ」

 

 

リョースケと問答している時に、奥の部屋からアクアの声で「いいからすぐ来てくれ、早く!」と怒鳴る声が聞こえた。

 

恐らく、玄関の喧騒を聞いて救急車か警察にでも電話してくれたのだろう。

 

救急車だったらいいなぁ、警察も一緒に来るし……とぼんやり考えながら、傷口を抑える手に段々力が入らなくなってきたことを自覚した。

 

その瞬間、ドアからアイに続いてアクアが飛び出してきて、手に持ったタオルでイバラの代わりに傷口を圧迫する。

 

必死の形相で傷口を抑えるその手つきは、明らかにイバラのソレよりも手慣れていた。

 

 

「アイ!一緒に抑えて、俺の手じゃ小さすぎるし、力も足りない!」

 

「え、あ、うん!」

 

「イバラ、もうすぐ救急車来るから、頑張って!!ルビー、絶対こっちに来るなよ、いいな!?」

 

(……はは、いっつも思うけど、お前時々アイやアタシより大人だよなぁ、アク坊?)

 

 

『無事に生きてたらちゅーの1つでもしてやるか』なんて場違いな事を考えながらも、途切れそうな意識を総動員して『笑顔』を作る。

 

痛みも寒さも、とっくの昔に笑顔で耐えられる次元を超過している。視界だってほとんど真っ暗だ。

 

彼女が今まで見せて来た『真実の表情』をするのなら、痛みと苦しみに歪んだ顔になる。

 

だがそれでも……『嘘』だとしても、米金イバラは笑顔を作る。

 

 

(アタシは、自称でもなんでもアイドルだ。

 だったら、自分を推してくれるヤツの笑顔は奪っちゃいけない。

 生き残れるんなら、こんな傷ヘでもねぇって思わせられる笑顔を作れ。

 もし死ぬとしても、コイツらが覚えてる最後の顔を笑顔にしろ!)

 

 

米金イバラは、星野アイから学んだ。

 

アイドルの『嘘』は『笑顔』だ。

 

ならば、米金イバラは『アイドルの嘘』をつく。

 

 

かすれた聴覚が、僅かにサイレンの音を捉えた。

 

それでもなお、落ちかけた意識で口角を引き上げ、不格好な笑顔を作る。

 

 

「……手当、ありがとな、アイ、アク坊。 『愛してるぜ』?」

 

「っ……イバラ!イバラッ!?」

 

「イバラちゃんっ!?やだっ、イバラちゃん!!」

 

 

星野家の前に救急車が止まった瞬間、イバラの意識は完全に途切れた。

 

アイドルの嘘で作った笑顔に、本物の愛情を乗せて。

 

 

*1
なお、ソースはバキなので本気にしないように。





イバラの価値観は、B小町(アイ)ファンの笑顔>自分の命。

なお、そのファンに刺された直後とする。
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