前回のあらすじ
イバラちゃん、一応人間だった模様。
「患者(クランケ)はこちらですねッッッ!!」
「あ、はい……」
「そちらは付き添いの方でしょうかッッ!!ではロビーの方へどうぞッッ!!」
(((声も体もプレッシャーもデカい……)))
救急車が到着し、搬送されるイバラに付き添いとして乗り込んだ星野一家の三人。
あの現場に双子を置いていくという選択肢はなく、かといって付き添いをせずに放置するという選択肢も取れない。
幸い、救急車は七人乗りで、救急隊員は三名。
患者であるイバラを除けば丁度三名で定員いっぱいだったので、全員の付き添いを許可してもらったのだが……。
「……なんで受け付けてくれた病院のお医者さんが身長2m弱はありそうなマッチョメンなの?」
「イバラのやつはオモシロ生物を引き寄せる運命でも持ってんのか……」
アクアから連絡を受け、搬送先の病院に駆けつけてくれた斎藤夫妻も合流したが、アイとアクアは未だにオフレッサー医師(仮)に若干引いていた。
手術室の前にあるイスに座って経過を見守る、というドラマでよくあるシチュエーションなのだが、全員の顔が色々と複雑だ。
悲嘆、困惑、怒り……マイナス方面の感情が色々とまぜこぜになった所で、あの担当医である。
なんでもこの病院の新しい院長であり、緊急医療のスペシャリストでもあった名医とのことだ。
父親が引退して病院を継いだばかりらしいが、今でもこうやって現場に駆けつけてくるバリバリの実力派。
最大の問題は外見がモロに石器時代の勇者なこと。*1
だが、そんな彼を見た一同は1つだけ確信した事があった。
「あ、このノリならイバラ死なないな……」である。
それでもやはり心配は拭えないのか、一同は暗い顔で待っていたのだが……しばらくして、手術中のランプが消えた。
手術室のドアが開かれ、先ほど応対した院長が出てくる。
斎藤社長とアイが弾かれたように立ち上がり、院長に食って掛かる勢いで詰め寄る。
「せ、先生!イバラは、イバラはどうなったんですか!?」
「イバラちゃんは!?ねえ、イバラちゃんは!?」
「ご安心ください、手術は成功ですッ!!」
「(アイから聞いてたけど声でっか……)ほ、本当ですか!」
「厚着していたことと、患者が相当体を鍛えていたのが功を奏しました!
衣服と筋肉でナイフが上に『逸れた』のでしょう。
出血がひどかったのは、そのせいで傷口が『浅く広く』なったせいです。
ですが内臓や神経に損傷は無し、太い血管への影響も軽微!
命に別状はありません!既に消毒と縫合を終えておりますよ!!」
良かった……と安堵した一同の前で、ふらっ、とアイの体がふらつく。
「アイ!?」と驚愕の声を上げたミヤコが彼女を受け止めるが、アイはへにゃっとした笑顔を浮かべていた。
「ご、ごめん、ミヤコさん。緊張が途切れたら腰抜けちゃった……」
「いや、無理もねぇよ。俺も膝から崩れ落ちる所だったぜ」
「あはは、佐藤さん、大人の男の人なのになさけなーい……」
「斎藤だクソアイドル」
いつものノリがようやく戻って来たようで、腰が抜けたアイを斎藤夫妻で支え、なんとかイスに戻した。
一方のアクアも『あの人外フィジカルのおかげでなんとかなったか』と前世の知識と照らし合わせて一応安堵。
ルビーの方は、さっきまで青い顔で固まっていたのが同じく安堵で緊張の糸が途切れてしまったようで、びーびー泣きながらアイに縋り付いていた。
(っていうか、逆に言えば傷口そのものは相当広がってたってことだよな……?
太い血管への影響が『軽微』ってことは、切れた血管の縫合自体はあったはず。
この短時間で内部の検査と血管吻合終えるって、この人相当な名医だぞ……?)
星野アクアマリン……もとい雨宮吾郎は、前世は宮崎の病院に勤める産婦人科医であった。
だからこそ、目の前の石器時代の勇者なビジュアルをした医師の腕も分かってしまう。
血管同士を縫い合わせる、というのはひじょーに繊細な技術であり、短時間で終えるとなれば更に難易度は上がる。
カイワレ大根を二つに折って、それを針と糸で縫い合わせるような作業を想像すればわかりやすい。
くわしい事は『ドクターK』シリーズの最新作『K2』を読もう!2~3回ぐらいコレを特集した回があるから!
「しかし、安心するとドーム公演の事が……あぁ、どうすっかなぁ……」
「もう!佐藤さんサイテー!こんなタイミングで言う?」
「斎藤だっての!いや、流石にこの状況でイバラをステージに引っ張ってったりはしねーよ!
どっちかっつーと、心配なのはお前だ、アイ」
私?と自分を指さすアイ。
斎藤社長からすれば、アイは目の前で血濡れのイバラを見た当人だ。
妙に冷静だったアクアの方が異常で、普通ならルビーのように取り乱す。
一時的に落ち着いているように見えても、何かの拍子に精神の均衡が崩れてもおかしくない。
精神科医ではなくとも、何年もアイを見て来たからこそ、今のアイが見た目以上にいっぱいいっぱいなのが分かるのだ。
(これでドーム公演が三日後、とかなら問題はねぇ。アイなら三日ありゃメンタルを立直せる。
だが、よりにもよって今日だ!ほんの数時間で引き戻せるインパクトか、これ!?)
最も最悪なのは、ドーム公演を強行してアイが潰れる事だ。
ドーム公演の最中に体調を崩してそのまま引退、なんてことになれば、アイの今後の人生が大きく狂う。
当然、苺プロダクションの運命も一蓮托生、そのまま倒産だってありうる域だ。
それならまだ、ドーム公演を延期か中止にして『次』を待つ。そういう選択肢もあった。
確かに痛い、このタイミングで中止になるのは非常に痛い。
だが、逆に言えば中止ならば『非常に痛い』で済む。
事実、本来の『アイが刺される流れ』でも、苺プロダクションは数年をかけてネットに強い芸能事務所として再起しているのだから。
「失礼ですが、少しよろしいか!」
「うぇっ、あ、はい」
後ろから大声で話しかけられて、ついびくぅっ!となりながらも返事してしまう斎藤社長。
しかし、その次に出てきた言葉は、ここにいる皆にとって聞き逃せない事だった。
「患者(クランケ)が、実は手術の直前に意識を取り戻しまして。その『ドーム公演』について言伝を頼まれたのです」
「!? ほ、本当ですか!?」
「ええ、正直呆れた精神力ですよ、今は麻酔で眠っていますが、今にも跳ね起きそうな生命力です……それで、言伝と言うのが」
担当医にして院長……『石動(いするぎ)』医師の口から、イバラが根性だけで意識を絞りだして伝えたかった言葉が紡がれる。
「『ドーム公演は、アタシの分もアイと皆に任せた』、と」
「……ッ!!!」
先ほどまで、斎藤社長が心配を隠せないほどに揺らいでいたアイの目が、ぴたりと定まった。
イバラを刺したリョースケへの怒りと憎悪と悲しみ、イバラへの心配、ドーム公演への不安、母親として揺らいではいけないという重圧。
その全てを飲み込むほどの感情の波が、星野アイをもう一度アイドルとして立ち上がらせる。
黒い光に飲まれかけていた瞳の星が、もう一度瞬く一番星のように輝いた。
「……佐藤さん、私、やるよ。ドーム公演」
「なっ、お、おい!?本気か!?お前、血まみれのイバラ見たばっかで……」
「それでもやる!ダメって言われてもやる!だって……」
イバラが何故、そんな言伝を残したのか。
今のアイならば、手に取るように理解できる。
(イバラちゃんはきっと、『信じてくれた』んだ。
自分がいなくても、『私達』がいればなんとかなる、って)
人類全部、いや、世界全部を愛してそうな彼女だからこそ、愛するのと同時に信じる事が出来たのだ。
それでも、信頼は言葉にしなければ伝わらない。
だから、黄泉の淵から這い上がるような無茶をしてでも言伝を頼んだ。
「『推しの子』に『推された』アイドルに、不可能はないんだよ?『斎藤さん』?」
「アイ、お前……」
無理や無茶をしてない、とは言い切れない。
それでも、先ほどまでの無理やり感情を押し込めていた目ではない。
イバラという『アイにとっての推し』に推された事が、彼女の中に一本の芯を生み出した。
自分に縋り付いていたルビーと、心配そうにこちらを見上げていたアクアを抱き寄せて。
「おか……お姉ちゃん、ちょっとだけ頑張ってくるね。アクア、ルビー」
(うん、大丈夫。この子たちの熱とイバラちゃんの言葉があれば、私はきっと輝ける)
まだ『愛してる』と言う勇気は持てない。
それでも、これから先の時間を作ってくれた。
焦らなくてもいい、いつか『愛してる』を言える日まで。
そう思わせてくれた……そんな時間をくれた推し/恩人のために。
(報いるんだ。アイドル『星野アイ』として、全力で!)
今、今世紀最高のポテンシャルを持ったアイドルが、
友のピンチによって起きた覚醒イベントまで達成した。
悲報・グッピー虐殺
ちなみに本来は石動医師は前回ラストで登場させるつもりでしたが。
作者の中のザックレーが「登場を一話遅らせた方が阿鼻叫喚になるな」と囁きました。
そしてゴローせんせがこの世界でクビにならない理由は簡単。
重度のドルオタぐらいならきっとこの世界の医療界じゃ普通なんだ!
という仮説。