前回のあらすじ
はじめ人間石動医師。
「警察の事情聴取なんかは拒否だ拒否!基本任意だからな、無理矢理連れてったら違法だ!」
「佐藤さんくっわしぃー!」
「斎藤だっつってんだろいい加減覚えろ!苺プロダクション立ち上げる時に、関係がありそうな法律は頭に叩き込んだんだよ!」
イバラの事は病院に任せ、斎藤夫妻の車でドームに向かう星野一家。
切符切られたら色々な意味で終わるので、制限速度ギリギリかつ警察がネズミ捕りやってた、という話を聞かない道を選んで進む。
幸い、事件が起きたのは早朝6時過ぎ。
ドーム公演の開始時間は午後2時30分。
病院からドームまでは車で30分もかからないし、手術自体は1時間程度で終わっていた。
その後の手続きや、血で汚れているアイとアクアの洗浄や消毒を済ませ、警察に最低限の事情を説明して、現在午前9時。
ドーム公演は続行、あるいは強行するという判断を関係各所に伝えて、
「全ての責任は俺がとる!」とドラマみたいなセリフをブチ上げた斎藤社長は、既に完全に腹をくくっていた。
(どちらにしても、ドーム公演がポシャったら違約金その他でウチの経営は一気に傾く!
一蓮托生なんだよここまで来たら!俺の経営手腕でなんとかできねーよこんなもん!)*1
ドーム会場の裏手、関係者入り口に到着した後は、スタッフに隠してもらいながら楽屋へ急ぐ。
アクアとルビーはミヤコに任せた。本当なら斎藤夫妻の家で落ち着かせるつもりだったのだが……。
「ドームへ行く、絶対に行く。イバラちゃんが託した舞台なんだもん!!」
「……俺も行く。見届けなきゃならないんだ、きっと」
子供とは思えない、しっかりとした強い意志を込めた二人の瞳に、斎藤夫妻の方が折れた。
勿論ギリギリまで悩んだ、いっそ警察に預けて保護してもらう方がいいのではないか、と。
だが、早熟極まるこの双子の事だ。無理やりそんなことをしたら将来まで残る傷になりかねない。
決め手になったのは、ある意味当事者であるアイの一言であった。
「お願い、『斎藤さん』。ミヤコさん。この子たちにも見せたいの。
私が……『私達』がイバラちゃんから受け取ったモノを。
きっと、イバラちゃんも『真相』に気づいてたから」
ストーカーとのやり取りは、当然だがドアの向こうまで聞こえていた。
その時にアイは知ったのだ、イバラは双子の真実に勘づいていながらも黙ってくれていたのだと。
星野アイは恩がある、米金イバラに、あまりにも大きく重い恩が。
自分と子供たちの命を救われ、秘密を守られ……この夢の舞台へ送り出してくれた恩がある。
『イバラちゃんはきっと、アクアとルビーにも見てほしいと思うから』……それが、この決断に至った理屈である。
B小町のメンバーも、迎えに行かせたスタッフと共に続々と控室に集まってくる。
念には念を入れて、顔見知りのスタッフに加えて急遽警備員も増員した。
あのような事があったのだ、ドーム公演中はともかく、開始前に控室へ押しかけてくる何者かがいないとも限らない。
少なくとも、斎藤社長は現在の自分が打てる手を全て打って来た。
それでも、現実と言うのは予測の一段上を行くもので……。
「斎藤社長、イバラちゃんがストーカーに襲われたって本当ですか?!」
「SNSとかニュースサイトに流れてきて……」
(んなっ……クッソ、どこで嗅ぎつけやがった?!)
二時間程で、どこぞの記者か野次馬が聞きつけたのか、イバラが刺されたというニュースは報道関係にまで出回っていた。
流石に『本来の』流れほど早くなかったのは、まずイバラ本人が生きている事。
ドーム公演は続行するという苺プロダクションの意向もあって、関係者が口を噤んでいたことの二つが大きい。
とはいえどこかしらから嗅ぎつける人間はいるようで、既にテレビのニュース速報にすら流れてしまっていた。
『現役アイドル、ストーカーに刺される』
『熱狂的なファンによる犯行か』
『犯人は警察に出頭、現在取り調べ中』
こんな情報が、ネットニュースの見出しを埋め尽くしていた。
「あ、ああ……だが、搬送先の病院で手当てを受けてな、命に別状はない。
障害が残る心配もねぇから、今は病院のベッドでぐっすり寝てるよ」
「ほ、本当ですか!?」「よかったぁ……」
ほっ、と一息ついたのか、B小町の面々からようやく『悪い方向の緊張』が抜ける。
ドーム公演の是非よりもイバラの心配が来るあたり、やはりB小町のメンバーとの関係性は上々だったのだろう。
……というか、全員大なり小なりいーちゃんのようなメンタルケアを受けた側というのもある。
追いつけなくてもアイを追い続ける、そういうメンタリティに成長させたのは、間違いなく米金イバラの功績なのだから。
「そのイバラが、麻酔ブチ込まれる前に『ドーム公演は任せた』って伝えて来た。
最悪の場合、責任は俺がとる!ドーム公演は予定通り決行だ!」
「……『斎藤さん』、ちょっとだけいいかな」
うん?と振り向けば、なにやら決意に漲った顔をしたアイが後ろにいた。
斎藤が一歩隣に引くと、B小町の面々とアイが向かい合う構図となる。
「イバラちゃんを刺したストーカーの狙いは、私だった。
イバラちゃんは、私を巻き込まないために、ああなったの」*2
プレッシャーも緊張もどうとでもなる。唯一心に刺さる棘は、イバラへの強烈な罪悪感。
ソレにへし折られそうな心を、気力だけで無理矢理奮い立たせる。
B小町の面々が、アイを疎んでいる事などとっくの昔に気づいていた。
それでも、と覚悟を決めて、言葉を絞りだす。
「だけど、そのイバラちゃんから託されたんだ。ドーム公演の事。
これは皆の夢だからって……B小町の、苺プロの、ファンの皆の……。
だから!今日だけは……「アイちゃん」……えっ?」
自分に協力して欲しい、そう言おうとしたアイの肩に、一歩前に出たいーちゃんの手が置かれた。
「むんっ!」「がああああああ」
「何をするだァー!?理由はともかくワケを言えーッ!?」
「斎藤社長、それどっちも理由聞いてる。あとジョナサンなのかジョニィなのかはっきりして」
「どっちも本名ジョナサンじゃない……?」
いーちゃんの伝家の宝刀、イバラお仕置き用アームロックが躊躇なく抜かれた。
この場におけるツッコミ担当である斎藤社長のツッコミが飛ぶが、B小町の面々は「そらそーなるわ」と後方理解者ヅラ。
当然対イバラ用の時より手加減はしているのだが、比較対象が現代のアマゾネスやら女ヘラクレスやら霊長類最強の女やらの異名を持つイバラへのそれだ。
アイにとってはオーバーキルであり、「お、折れるぅ~!?」と半泣きで叫ぶハメになった。
20秒ほどきっかりしっかり関節を決めた後に解放されたが、アイの方は既にボロボロである。主に精神的に。
「な、なんでいきなりアームロック……?」
「いや、これは残当」
「いーちゃんがやらなかったらアタシらの誰かがビンタしてたよ」
「えぇ……?」
ここまで嫌われるような事したっけ……!?と半泣きになっているアイをよそに、いーちゃんがアイの脇に手を入れてぐいっと立ち上がらせる。
イバラに指南されながらフィジカル面でのトレーニングも始めたようで、現在のいーちゃんはベンチプレス70㎏を上げられる腕力を持つ。*3
平均的な女性より小柄なアイなら、見ての通り割とあっさり持ち上げられる。
「アイちゃんは今、イバラちゃんの事を一人で全部背負おうとしてる。
それだけじゃないよ、ドーム公演の事も、B小町の事も……!」
「そんなつもりじゃ……!」
「(※無言でもう一度肩に手を置くいーちゃん)」
「すいませんでしたッ!!」
(弱いぞアイ……いや気持ちは分かるが)
「やはり暴力…!暴力はすべてを解決する…!」みたいな顔をしているいーちゃんから、今度は言葉で追撃が来た。
「だったら、皆の夢を勝手に背負わないで。私達に『お願い』なんてしないで。
私達は、私たちの夢を見て、自分の意思でここまで来たんだから。
そりゃあ、アイちゃんと比べたら大したことないよ!でも……」
顔を上げたアイに、いーちゃんを筆頭にしたB小町の面々が並び立つ。
一人一人は到底アイには敵わない、六等星の輝きしか持たない小さな星だ。
だがしかし、地面に転がるだけだったビー玉たちはもういない。
小さくても必死に輝きを放つ、一等星を追い続ける星々がそこにいた。
「私達だって、アイドルだ!アイドルなめんなっ!」
(……ああ、そっか。イバラちゃんの光を見てたのは、私だけじゃなくて……)
不思議と、アイの背中にかかっていた重量が軽くなった。
心にのしかかっていた重さが、巻き付いていた責任感の鎖が、軽くなった。
泥の中を進むような気持ちでいた足取りに、羽の軽さが戻って来る。
一度目を閉じ、開けば……瞳の星は、いつもよりさらに輝いていた。
(そうだ、細かい理屈など捏ねなくていい、無理に全部を背負わなくていい)
(私は……『私達』は……!)
アイが差し出した手を中心に、B小町の面々が円陣を組んで、手を重ねる。
ライブの前に、イバラの提案で形式的にだけやっていたルーティーン。
だがしかし、今日だけはいつもと違う熱を帯びていた。
「……行こう!!」
「「「「「「おー!!」」」」」」
(完璧で究極の、アイドルユニットなんだから!)
後に、このライブを見ていたアイドル評論家(自称)、星野ルビー氏はこう語る。
『このドーム公演で、B小町は伝説を超えて神話になった』と。