前回のあらすじ
実質アイドルマスター。
ドーム公演開始時刻直前まで、会場はどこか微妙な空気に包まれていた。
当然だ、今時スマホ1つあれば最新のニュースなどいくらでも転がっている。
ドームに集ったB小町推しのドルオタならば、当然B小町に関する最新ニュースは常にアンテナビンビンだ。
『米金イバラが刺された』……このニュースを知らない観客は一人もいない。
命に別状はない事とドーム公演は予定通り行われる事が通知されても、心に残る心配は拭いきれない。
B小町ファンにとって、米金イバラは当初『異物』であった。
アイがいない間の延命策としてねじ込まれた、アイドルには絶対に向かない新人。
当初の冷やか……を通り越して、反転アンチ一歩手前になりかけていた一触即発の空気。
恐らく一ヵ月もすれば爆発していたソレを塗り替えたのは、イバラが飛び込んでいった数々の体当たりロケであった。
最初のロケ地であるスペインで牛と取っ組み合い。
エンストしたバスを修理するため、サバンナを走り回ってライオンを引きつけ。*1
海賊に人質にされたと思ったら、見張りを殴り倒して逃げる最中に足を拳銃で撃たれ。*2
船釣の最中に囲んできたサメの群れはモリで一匹仕留めて持ち帰り。*3
とにかくバラエティに出るたびに、アンチですら『いやここまでやれとは言ってねぇよ?』みたいな目にあい続ける女だった。
それら全てのトラブルを、ぎゃーぎゃー言いながらも騒いだり笑ったりしながら乗り越えて、次のロケでもまた何かに巻き込まれて……。
大食いで、楽観的で、意外と教養があって。
色んな側面を見るたびに、印象に残るのは、太陽のようなあの笑顔。
そんな彼女は、いつの間にかB小町のファンにもしっかり受け入れられていた。
だからこそ、駆け巡ったニュースは不安を呼ぶ。
『イバラちゃんは大丈夫なのか?』
『公演強行するって後に響かない?』
『なんでこんなことになったんだ?』
『こんな状況でドーム公演やれるのか?』
疑問と不安、はっきりいってライブ前の空気とは思えない。
そんな状況でも時間は過ぎるし、ドーム公演は待ってはくれない。
B小町のドーム公演のために駆け付けたドルオタたちの心が落ち着く前に、開演時間が来てしまった。
一斉に灯ったライトがステージを照らし、ドーム公演だからこそ可能な特殊効果を活かして『開始』を告げる。
不安がぬぐい切れないファン達の前に、その姿をドームで見るのを待ち続けた【B小町】の面々が躍り出る。
もやもやとしたファンの心の雲を吹き飛ばすように、最高の笑顔と輝きを携えて。
「みんなー!今日は来てくれてありがとぉー!」
ドームいっぱいに響き渡る、B小町不動のセンター、完璧で究極のアイドル【アイ】の声。
その一声だけで、ファンの心に火種を放り込む。
やはりというべきかなんというべきか、彼女の『アイドルとしての才能』は群を抜いていた。
このままひたすら盛り上げていけば、イバラの件で積み重なった不安を拭い去ってからドーム公演を始められただろう。
しかし……。
「……本当は、ここにもう一人。私たちの『友達』が来ているはずでした」
(なっ、ちょ、アイ!?)
打ち合わせと違うぞ!?と関係者席で斎藤社長が狼狽える。
そりゃあそうだ、イバラの事を忘れられそうだった観客に、わざわざアイの方から思い出させに走ったのだから。
それでもドーム公演は止められない、全てはステージの上のB小町に主導権がある。
「だけど、私は……『私達』はこう言われたんだ。『後の事は任せる』って。
任された事からは逃げないし、友達の事も背負ってここにいる。だから……」
一度目を閉じ、開いて、星野アイは『アイドルとしての笑顔』を作る。
明るいだけの笑顔ではない。アイの特徴である、近づく者を焼いてしまいそうな熱と光を纏った笑み。
そこにありったけの『覚悟』を乗せて、ここにいない『彼女』の分も七人で背負って。
アイドルグループ・B小町の放つ光が、会場全体の暗雲を無理矢理消し飛ばす。
「……イバラちゃんに届くぐらいに、声を張り上げるから、見ていってね!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』
野太い声援が会場全体を包み込み、それに負けじと音楽が流れ始める。
サイリウムの光に応えるように、アイをセンターにしてB小町が定位置についた。
歌声が歓声を真っ向から迎え撃ち、踊る手足の一挙一動が会場の視線を独占する。
一曲目のサビに突入する頃には、会場の不安など消し飛んでいた。
(やっぱり、すごい!アイちゃん、いつもよりも更に……!!)
アイのパフォーマンスを間近で見ているからこそ、いーちゃんはそれに戦慄する。
ようやく背中が見えたと思った彼女が、ここに来てもう一段、いや二段は先のステージに到達しているからだ。
イバラに託された光が、アイの光と混じり合い、彼女の覚悟と相まって流星のように駆けていく。
観客席に向けて放たれる笑顔一つだけでも、見る者の魂まで焼かれるような熱が伝わる。
その上、焼かれると分かっていても近寄らずにはいられないのだ。
誘蛾灯に集まる羽虫……いいや、太陽に焦がれるイカロスのごとく。
(でも、まだあきらめない!一歩ずつだ、ワタシは!)
(指先まで神経通せ!一挙一動全部を魅力に変えろ!)
(マイクに頼るな!喉潰してでも声を張り上げる!)
((((((あの輝きに追いつくんだッ!!))))))
そんなアイの一番星の輝きに、B小町の6人が追随する。
己が放てる精いっぱいの光、それは確かにアイには届かない『六等星』の輝きだ。
だが、色とりどりの光は小さくても確かに人々に届く。
穏やかな光もあれば、騒がしい光もある、ちょっと変わった光もあるだろう。
共通するのは、『引き立て役では終われない』という強い意志。
アイの輝きですらかき消せない、小さくても精いっぱい光り輝く星々が、そこに確かに存在している。
(ねえ、聞こえる?イバラちゃん)
しかし、やはりそのドームの中心に立つのは、星野アイという最高のアイドル。
ワンマンショーとまではいかないまでも、場の空気を作っているのは間違いなく彼女だ。
そんな彼女の心は、この場にいない『友達』であり『推し』でもあるイバラへと向いている。
(このドームに来てる中の何人か、何十人か、何百人か、わかんないけど。
イバラちゃんを応援しに来てくれた人も、絶対にいるんだよ?)
『だから届かせたい』。
自分と子供たちを助けてくれた彼女に、このドームの歓声を届けたい。
これは自分たち七人だけが浴びるべきものじゃなく、八人目の彼女も浴びる権利がある歓声だから。
今も、病院で怪我と戦っているはずの彼女の元へ、歓声を届かせるために歌い踊り続ける。
二曲目、三曲目と進むにつれて、ドーム全体が揺れ動くほどにボルテージは上がっていく。
最高潮に達した観客の興奮は、どれだけ経っても落ち着く気配など無い。
そしてついに、予定されていた最後の一曲までたどり着いた。
(……かなり、消耗するね、ドームって……!)
最後の一曲が始まる直前で、既にアイは疲労を取り繕うのがキツくなってきた。
限界を何段階も超えたパフォーマンス、生涯最高の輝きと熱。
初めてのドーム公演という環境もあって、アイには想像以上の疲労が蓄積している。
(でも、大丈夫。ラスト一曲までなら持つ!持たせて見せる!)
疲労が蓄積しているのはアイだけではない。
そのアイに魂を燃やす勢いてついてきたB小町の面々もまた、表情には一切出さないが疲労困憊だ。
しかし、ファンの皆にそんな姿は見せられない。
なぜなら彼女たちは、完璧で究極のアイドルグループ『B小町』なのだから。
(ラスト一曲、必ず最高のパフォーマンスを……あれ?)
顔を上げたアイは、会場の妙な空気に気づく。
先ほどまで興奮に満ちていたはずの会場が、妙な喧騒に包まれているのだ。
(……困惑と、歓喜……?そんな感じが、するけど……)
アイのアイドルとしての才能が、観客が抱いている感情の色をつぶさに察する。
自分たちの作り上げた空気が、何らかの方法で乱されている。
一体なんで?と思った瞬間、後ろから声をかけられた。
「よぉ、アイちゃん。真打登場だぜ?場はあっためてくれたかい?」
無自覚朴念仁タラシ野郎*4、星野アクア氏は後にこう語る。
『神はいる、そう思った』と。