B(バラドル)小町と引き立て役B   作:ボンコッツ

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前回のあらすじ

はっちゃける前の溜め回 1/4

※ゲージの分母は変化します。



バラドルとルビー

 

(『けじめ』を、つけようと思った。それが、ここに来た理由だった)

 

 

星野ルビーにとって、前世である『天童寺さりな』と今の自分との境界線は非常に曖昧だ。

 

この時点ではかなり『前世』に引っ張られているアクアと違い、

 

『前世』での経験が良くも悪くも『シンプルに地獄だった』からこそ、今世の浸食が速い。

 

自分のドコが天童寺さりなで、どこが星野ルビーなのか、彼女は既に自分でもわからなくなっている。

 

だからこそ、星野ルビーとして生まれてから手に入った大切なモノも、天童寺さりなとして死ぬ前に持っていた大切なモノも、優劣をつける事ができない。

 

だがしかし、ニュースで『天童寺さりな』にとっての初恋の人……雨宮吾郎の死を知った瞬間に、その天秤ははじけ飛んだ。

 

 

(せんせが死んじゃったって聞いた時、私の『中身』がぐちゃぐちゃになった。

 天童寺さりなにとっての価値観と、星野ルビーとしての価値観が……)

 

 

死ぬ前に一番大事だったモノが失われて、生まれ変わってからできた大事なモノは傍にあって。

 

それでいつまでもゴローのことを引きずって気持ちが底辺に堕ちていれば、ルビーはここまで拗れなかった。

 

……底辺に堕ちていたはずの心に、暖かな言葉が降り注いだ。

 

アイが、アクアが、斎藤社長が、ミヤコが、イバラが。

 

顔色の悪いルビーを見かねて、一言ずつ程度だろうと気遣い、なるべく傍にいた。

 

仕事が忙しくなってきたはずのアイやアクアですら、家にいる間はルビーへの気遣いを最重視している。

 

 

『ああ、私は今、ちゃんと愛してくれる人たちが周りにいるんだ』

 

 

愛情と信頼への確信を得て、生まれ変わった今の環境でもう一度やっていこう……そんな覚悟を決めたのが昨晩だった。

 

雨宮吾郎への恋心は忘れられそうにない、なんなら今だって、彼を殺してイバラを刺したストーカーへの憎悪が止まらない。

 

それらを割り切るには、ありとあらゆる意味で時間も情緒も成長も足りていなかった。

 

だがそれでも、取り返しのつかない一線を越えなかったのは、星野ルビーのいる環境が温かな愛で包まれていたからだろう。

 

故に、憎悪のままに行動/暴走するギリギリで、ルビーは立ち止まることができた。

 

消化しきれないドロドロとした感情を腹の奥に抱えながらも、『今の人生でもう一度前を向くために行動しよう』と考えることができたのだ。

 

 

それでも、何かしらの『転機』が無ければ自分を切り替える事などできはしない。

 

前世である『天童寺さりな』の人生をしっかりと終えて、今世である『星野ルビー』の人生を歩み始めるために。

 

死別という形での『失恋』を、雨宮吾郎という『光』の喪失を、何年かかってでも『過去』にするために。

 

今度こそ自分の人生を始めるために、星野ルビーは立ち上がったのだ。

 

その第一歩が、前世の未練であった母親との再会である。

 

 

(お母さんは、私の病気が重くなるにつれてお見舞いに来てくれなくなった。

 親っていうのは心の底では子供を愛してるモノだって信じていても、寂しかった。

 せめて、死ぬ前にもう一度、会いたかった)

 

 

天童寺さりなが残した未練は2つ。

 

雨宮吾郎への恋心と、母親への愛情の確信。

 

今のままでは、前世で求め続けた母親の『代役』をアイに求めてしまう。

 

『それだけは絶対にしちゃいけない』と、自分を愛してくれる母親(アイ)のためにここに来た。

 

だからこそ、一度遠目に見るだけでもいい。通りすがりのフリをして、世間話ができたら言うことはない。

 

天童寺さりなの未練と、星野ルビーの人生の門出のために、覚悟をしてきたはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ、スポドリとぶどうジュース、どっちがいい?」

 

「……ぶどうジュース」

 

 

その覚悟は、二人の子供を連れた母親の姿を見た瞬間にへし折れた。

 

呆然とするルビーを見て、空気を呼んだイバラはヘルメットを被せてバイクを走らせる。

 

近所にあった人気のない公園のベンチで、自販機で買ったジュースを差し出しながらちょこんと座った。

 

 

(前世の私と、ちょっと似てた……私の、弟と、妹……?でも、私、弟と妹がいるなんて知らない……)

 

 

年齢からして小学校低学年、生まれたのは6~9年前ぐらいになるはず。

 

そして、天童寺さりなが死亡したのは、今からおよそ8年と少しほど前。

 

8~9年前に生まれていたのなら、さりながその存在を知らないわけがない。

 

だとしたら、残る可能性は1つだ。

 

 

(お母さん……私が死んだ、すぐ後に『作った』の?)

 

 

ぐらり、と視界が揺れる。

 

あの子供たちを連れて買い物に行く母親は、前世で見たことが無いほどに明るい笑顔だった。

 

『自分もきっと、心の底では愛されていた』……ルビー/さりなの心の土台となっていた妄信に、ばきり、とヒビが入る。

 

 

(ああ、そうだよね……『ママ』も、皆も……愛してる誰かの前じゃ、綺麗な笑顔だったもんね)

 

 

もう朧気にしか思い出せない『お母さん』の笑顔は、今ルビーに向けられている笑顔ほど輝いてはいなかった。

 

少なくとも、天童寺さりなは星野ルビーほど愛されていなかった。

 

心底認めたくないはずの結論が、いつまでもルビーの頭を埋め尽くしている。

 

しっかりと自分を見て愛してくれている、そう信頼できる皆からの笑顔を、彼女は見た。

 

本物の『愛』を知った。自分と兄を抱きしめながら、涙をこぼして『愛してる』と言ったアイを。

 

前世の母の笑顔を『本物の愛』にしてしまったら、自分に向けられたアイの笑顔を嘘にしてしまう。

 

 

星野ルビーは確かに、天童寺さりなの人生にケジメをつけるためにここに来た。

 

しかし、そのために振り切らなければならないモノが、あまりにも重すぎた。

 

 

「……イバラちゃんは、さ」

 

「ん?」

 

「死んじゃったパパやママの事、愛してた?」

 

 

どんな答えが来るのか分かってて、ルビーはイバラに問いかけた。

 

全人類分け隔てなく愛しているこの女が、両親の事を愛していないはずもない。

 

両親が死んでいる事や、どんな親だったのかは、ルビーも少しだけ聞いたことがあった。

 

彼女が『せんせ』と知り合いである……その事実を知り、どんな経緯で知り合ったのかを聞いた時だ。*1

 

翻訳家の父、登山家の母。

 

二人が亡くなってから『心が空っぽになる』と言ってしまうほどに、愛していたはずなのだから。

 

 

「ん、んー……難しい質問来たな。どう言ったもんか」

 

「……え?」

 

 

だからこそ、イバラのこの反応は予想外に過ぎた。

 

『おう!パパもママも今でも大好きさ!』……そう、あっけらかんと言い放つはずだと考えていたからだ。

 

腕を組み、額に皺をよせ、がっつり悩んでいるその姿からはジョークじみたモノは感じない。

 

今の質問に対し、どう返答するべきか本気で考えているのだ。

 

 

「愛してる……けど、アタシにパパとママを愛する資格があるか、微妙だからなぁ」

 

「は?……なに、それ。愛するのに、資格って……」

 

「だーから返答に悩んだんだよ!子供に話せるような内容じゃないし、オマケにアタシの人生の黒歴史だし!」

 

 

どうしたもんかなー、と悩むイバラが、しばらくうんうん唸った後に結論を出す。

 

いかにも『何か思いつきました』という表情が腹立たしいが……。

 

 

「じゃあさ、ルビーちゃん。代わりにアンタの事も聞かせてくれよ」

 

「? ……私の事?」

 

「おう! 早熟すぎる事とか、明らかにアンタと関係なさそうな家に来た事とか。

 あのオバサンを見て動揺しまくってた事とか……何かしら事情があるんだろ?」

 

「う゛っ……!」

(言えるわけないでしょ転生とか前世の記憶とか!)

 

……これがルビーの本心である。

 

控え目に言っても、本気でこんなこと言うのは異常者か狂人だ。

 

あるいはなろう系の転生モノを読み過ぎた過剰摂取者である。

 

幼稚園児にてソレらと同等に思われるとか、はっきり言ってルビー的には『ナイ』もいい所。

 

まあ兄(アクア)は幼稚園で京極夏彦のサイコロ本読んでたので別方向にバカ野郎だがそれはともかく。

 

 

「……どんな事情でも信じてくれる?」

 

「分からん!聞いてから決める!」

 

「ちょっとぉ!?」

 

「でも、バカにはしない。真剣な悩みなのは分かるからな」

 

「うっ……!」

 

 

真っすぐすぎる彼女の返答に、思わずたじろぐルビー。

 

だがしかし、ここで引くという選択肢はルビーにも無い。

 

あくまでカンだが、イバラは基本的にこういう場面で無駄な話はしない。

 

だとしたら、話そうとして躊躇った『黒歴史』とやらも、今のルビーには必要な話なのだ。

 

 

「……わかった、いいよ。でも先に話すのイバラちゃんからだからね!」

 

「うへぇ、マジかー。まあ話せってんなら話すけどさ。

 まあその前に……ぶっちゃけルビーちゃん、あのストーカー許せない?

 あと、さっきすげー目で見てたオバサンと、その子供も」

 

「……なんで分かるの?」

 

「カン。あとはまあ、人より目端が利くし?目は口程に物を言うってね」

 

 

ルビーがニュースで雨宮吾郎の遺体発見を知った時も、あの親子を見た時も。

 

彼女の目には『黒い光』が宿っていた事に、イバラは気づいていた。

 

まだ不安定で弱い光だが、このまま育てばロクなことにならないとカンが告げている。

 

 

「……そりゃあ、許せないよ。せんせを殺して、イバラちゃんを刺したアイツも。

 『私』を愛さなかったくせに、あたらしい子供には笑顔を向ける『あの女』も!

 私がずっと、ずっとほしかった愛(モノ)を貰ってる子供も!」

 

 

『殺せるんなら、殺してやりたい……!』

 

ギリギリこの部分だけは言葉に出さなかったが、前述通り、目は口程に物を言う。

 

瞳に込められた殺気と黒い光で、イバラはルビーの本音をおおよそ察していた。

 

同時に、ルビーが本心を中々言わなかった理由も分かる。

 

人類愛MAXを表に押し出してるイバラが、そんな感情を『共感・肯定』してくれるとは思わなかっただろう。

 

目の前の相手が自分の意見を否定すると分かってて言う人間はそういない。

 

 

だからこそ、イバラは『自分の黒歴史』を話す覚悟を決めた。

 

 

「そっか……じゃあ、やっぱりこれを話すべきだなぁ……パパとママが死んだ後の、アタシの黒歴史」

 

 

ひと口だけスポーツドリンクを飲み、口を湿らせてからぽつりぽつりと語りだした。

 

米金イバラの人生最大の汚点、未だに振り切れない過去の淀み。

 

アイにもいーちゃんにも祖父母、他の誰にも話したことすらない心の奥底。

 

その一言目は、ルビーですら息をのむ気迫と共に放たれた。

 

 

 

 

 

「アタシが、一方的な憎悪のために、本気で人間を殺そうとした時の話だ」

 

 

 

 

 

*1
だいたいいーちゃんに語ったことを子供向けにソフトな表現で話している。





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