はっちゃける前の溜め回 2/4
グッピー「温度が変化しない!我が世の春がキター!!」
「そう、あれは……うん。パパとママが事故にあったすぐ後だったかな」
語りだしたイバラの表情は、今までに見たことが無いほどに『苦悶』の二文字が似合うソレだった。
分かりやすく歪んでいるのではなく、ルビーを心配させまいと無理やり笑顔を作っているのが余計に痛々しい。
ストーカーにナイフで腹を刺された時ですら、ここまでではなかった。
「急いで病院に駆けつけてさ、白い布被せられたパパとママを見てさ。
頭の中真っ白になってるときに、『その人たち』が来たんだ」
何もかもを失った実感すら沸いて来る前、涙の一滴すら流せない呆然自失状態だったイバラ。
それでも超人的過ぎるフィジカルは無慈悲に働き、同行した祖父母の泣き声とは『別の泣き声』が響いている事を察知してしまった。
ふらり、と音もなく病室を出て、自分の本能が導くままに音源へと向かう。
「パパとママは交通事故で死んだ、相手は居眠り運転のトラックで、両者死亡。
なら、運び込まれる病院だって同じ場所のはずだ。結構デカい病院だったしな」
その事実を、イバラの脳は無意識に察知してしまったのだろう。
病院から連絡を受けて真っ先に駆け付けたのなら、『両者』が到着するタイミングはそう変わらないはず。
いや……正確には『向こうが少し早かった』のだろう。
たどり着いた場所は、両親が眠る病室とは別の棟。
『両者』が顔を合わせないように病院側が取り計らった措置も、人間の限界値に近いスペックで無理やり突破されている。
「このタイミングで、泣き声上げる別の人間が偶然同じ病院にいるはずもねーだろ?
事故が起きてすぐに、別の患者がぽっくり逝きました……なんて偶然でもない限り。
分かってたんだよ、それが……『トラック運転手の家族』だって」
その一家と顔を合わせたのは、病棟の廊下をふらふらと歩いている時だった。
病室から泣きはらした目で出て来た中年女性と、連れられて歩く女の子。
少女の年齢は、今のルビーと同じか少し年下ぐらいだろうか。幼稚園に入るか否かの年齢だ。
物心はついているのだろうが、この事態を上手く呑み込めていないように見える。
「その親子が、アタシの両親を『殺した』ヤツの家族って分かった瞬間……。
アタシはあのガキの前で、母親の首をへし折ってやりたくなった」
互いの距離はまだ遠い、向こうはこちらに気づいていない。
しかし当時でも超高校級クラスの身体能力があるイバラなら、2秒とかからず詰め切れる距離。*1
腕力だって、この時点ですらベンチプレスを軽々100㎏以上は持ち上げる剛腕。
向こうは一般的な主婦に見える、周囲にいる医者と看護師もそう多くない。
つまり、ここでイバラが『その気』になったら、誰一人としてそれを止められないのだ。
「……なん、で、そう思ったの?」
「思い知らせてやりたかったのさ、両親まとめて死んだ苦しみを。
自分の娘の将来を見届けずに死ぬしかない親の苦しみを。
自分の手で味あわせてやりたかった」
恐る恐る尋ねるルビーに、据わり切った目で答えが返ってくる。
八つ当たりと言われればそれまでで、復讐と言うには衝動的すぎる動機。
だがしかし、少なくともその時の彼女にとって、それは正義の応報以外の何物でもなかった。
それでどうしたの?とルビーが先を急かす。
無論、そこで何も考えず暴力を振るっていれば、彼女はこんなところにいない。
だがしかし、どれだけ理不尽であろうと『殺意』にまで至った感情をどう処理したのか……ルビーにとって気になるのは、その一点であった。
「復讐とか、仕返しとか、仇討ちそういうのにはさ。ある程度の『身勝手さ』がいるんだよ」
「身勝手さ?」
「自己中心的な思考、って言ってもいいかな。
なんせアタシらはイタコでもネクロマンサーでもないんだ。
死人が復讐望んでるのかも分からない以上、復讐ってのは徹頭徹尾自分のためだ」
『仮に死人と口を聞けたとしても、受けるかどうかは自由意志だしな』
と付け足しつつ、イバラはそこで立ち止まれた理由を話し始めた。
「じいちゃんもばあちゃんも、泣きながらまだ生きてる。
学校に友達もいて、仲がいいセンコーだっていてさ。
……そーいう人間全部、自分勝手な理由で悲しませていいのか?
そう思った途端、ぶっ殺すどころか殴る気も失せた。何もせずに戻ったよ」
「……そ、れは……でも……」
『復讐とは、自分の運命に決着をつけるためにある』。*2
何処まで行っても復讐というモノは『自分から湧き出た感情によって遂行される行為』である。
火種になったのは死者かもしれないが、それを復讐の炎に燃え上がるほど薪を捧ぐのは復讐者本人なのだから。
「復讐できるヤツってのは、自分を投げ捨てるだけじゃ足りないんだ。
そんなもんは恨みを晴らすための大前提、必要なリソースでしかない。
復讐の結果、自分の大切なモノがどうなろうが仇を討てればいい。
そういう……極まった自己主義の人間だけが、完璧な復讐を達成できる。
お人よしに復讐は無理だよ、どっかで矛盾抱えて拗れ切って壊れるだけだ」
「……じゃあ、イバラちゃんが仕返しを諦めたのって……」
「アタシには向いてないって確信したからだな。そんな人でなしには到底なれない。
周りの皆を泣かせてまで、自分のエゴを通しきる復讐マシーンになんてなれない。
……だから、正反対の覚悟を決めた」
ルビーに向けたその顔は、彼女の良く知る『米金イバラの笑顔』だった。
「『アタシは誰も恨まない』。憎まないし、妬まないし、嫉まない。
パパとママを殺したトラック運転手やその家族も、恩人を殺してアタシを刺したアイツも。
誰一人憎悪を向けずに生きる。それがアタシの戦いだ。アタシの覚悟で、誓いだ」
そして、彼女は『太陽』になった。
己の『暴力』を、欲求のために振るわぬ事を誓った。
人より頑丈な体は誰かのために。
人より強靭な心も誰かのために。
誰も恨まず、誰も憎まず、誰も妬まず。
アイのように、誰もが目を奪われる強烈な輝きは無くとも。
暖かな陽だまりのような光になると、己に誓ったのだ。
「……これはあくまでアタシの道であって、ルビーちゃんの道じゃない。
だけど、ルビーちゃんが自分の道を選ぶ前に、もう一度よく考えてほしい。
本当にその道でいいのか?アイやアク坊を悲しませてでも、それでいいのか、って」
「ッ……でも!せんせは……だって……!」
「割り切れ、とは言ってないだろ?急に結論出すなって話。
……約束だ、アタシはアタシの事を話した、今度はそっちの番だ」
未だに割り切れないルビーを、ぐい、と頭を抱えて無理やりわしゃわしゃ撫でることで抑え込む。
しばらくもみくちゃにされたルビーがなんとか解放され、どうにかこうにかギリギリ冷静な思考が戻ったのか、顔色は少し落ち着いた。
それはそれとして、毎朝ちゃんと整えている金髪がぐちゃぐちゃになっているが。
……手を櫛代わりにしてそれを整えつつ、一口ぶどうジュースを飲んでから。
「……ホントに荒唐無稽な話だからね?」
「難しい言葉知ってんな。ま、話してみろよ」
(……お兄ちゃんにも、前世の事は話したことないんだけどなぁ)
それから、ルビーはぽつりぽつりと『前世』について語り始めた。
雨宮吾郎(せんせ)が研修医をやっていた病院に入院していたこと。
難病にかかっており、治る見込みもない患者だったこと。
そんな前世の自分に、雨宮吾郎は根気よく付き合ってくれたこと。
母親がお見舞いに来る頻度がどんどん減っていったこと。
そんな時にアイを知り、雨宮吾郎と星野アイが彼女の光になったこと。
……そして、死の間際まで結局母親は来ることなく、12歳で人生を終えたことも。
「12歳、ってことは、アタシがドルオタセンセーに会う4年前か。
生きてりゃアイと同い年ってことは、アタシとも同い年なんだなぁ。
ってか、もしかしてアク坊もそうなのか?」
「うん。あはは、世間って狭いね。それと、お兄ちゃんもそうだよ。
ただ、お互い前世の事はあんまり話さないようにしてるから。
……って、信じるの?控えめに言っても与太話だよ?」
「ウソ言ってる風では無かったし。まさかのファンタジー展開にちょっと驚いてるけど。
アメリカでロケした時に五大湖のあたりで動くガイコツみたいなの見たことあるし……」*3
「イバラちゃんもだいぶ良く分からないイベントに遭遇してない!?」
「後で調べたらベイコクだかベイコックだかそんな妖怪だったらしい。
なんでも戦士を殺して内臓をムシャムシャする妖怪だそうだ」
「怖いよ!?」
『推しの子』の世界は転生と言うファンタジー現象が存在する上、超常存在っぽい幼女もいるのでおかしくはない、イイネ?
なんにせよ、オカルトやファンタジーな現象である転生に対して、イバラはあっさり受け入れてしまった。
あっさり受け入れすぎて、語ったルビーの方が毒気を抜かれてしまったほどである。
あれだけ滾っていた憎悪と怒りも、いつもの調子なイバラを見たことで少しだけ収まった。
(とはいえ、やっぱアタシじゃ急場しのぎが限界だな、こりゃ)
「何はともあれ、軽挙はやめろ。アタシ以外の誰かにも相談するこった」
「……分かった。でも、多分やめないよ」
「そーかい……そんときゃ体張ってでも止めるさ」
それ実質やらせない気でしょ!?と騒ぐルビーをどうどうと抑えつつ、今しがたルビーに聞いた情報を元に思考を回す。
米金イバラは、人間に関する観察眼で言えば『プロファイラーの資格でも持ってそうな某女優』に近いモノが確かにある。
だが、手に入れた情報から未知の部分を埋めていくような技術は持っていない。
あれだけの情報で『アイの隠し子』にまでたどり着く『某女優』ほどの異常なプロファイリングは不可能だ。
だが……『情報を足で稼ぐ』能力に関しては、間違いなく探偵モノのレギュラーに匹敵する。
『アク坊も転生者』
『アタシが刺された時の応急処置の手際』
『雨宮吾郎が死んだのはアイが双子を出産する前』
『アク坊は赤ん坊の時からルビーちゃん並みのアイ推しドルオタ』
『雨宮吾郎の遺体発見ニュースに対する『既知』の情報に接するような反応』
(ここから導きだされる仮説は……)
「ルビーちゃん、とりあえずアク坊に一度相談してみろ」
「……お兄ちゃんに?でも、最近忙しそうで……」
「安心しろ、アタシがなんとかしてやる!いざとなったら五反田監督をシメ落としてアク坊を連れてくる!」
「たくさんの人に迷惑かかりそうだからダメだよ!?」
アッハッハ!ジョークジョーク!アイドルジョーク!と笑い飛ばし、もー!とぽかぽか叩いて来るルビーのパンチをいなしつつ。
この問題に対する『次の行動』は、既にイバラの頭の中に組みあがっていた。
自分では一時しのぎにしかならない。ルビーを確実に思いとどまらせることができる人間は、イバラの知る限り一人だけ。
……その『答え』と『正体』に、ついにイバラはたどり着いた。
(後の事は頼むぜー、アク坊……いや。『雨宮吾郎』?)