前回のあらすじ
禁断のバキ二度打ち
中華鍋にラードとラー油を注ぎ、十分に熱してから刻んだ葉ニンニクと長ネギを入れる。
豆腐は一口サイズに切ってからザルに入れ、下にボウルか布巾を置いて水が切れるまで放置。
初心者は崩れにくい木綿豆腐を使った方がいいが、今回は絹ごし豆腐を使う。
鍋の油にニンニクとネギの匂いが移ったあたりでひき肉を投入し、ほぐしながら熱する。
ある程度火が通ったら、豆板醤、甜面醤、醤油、紹興酒、塩コショウ、鶏がらスープを投入。
更に水溶き片栗粉でとろみを出し、水気を切った豆腐を入れてしばらく煮る。
最後に、上からパラパラと葉ネギを散らし、山椒を少しかけて……。
「イバラちゃん特製麻婆豆腐、完成ー!崇めながら食いな!」
「うっ……あ、赤い……!?空気が辛い!」
「そしていつもながら量が多い!?なんでテーブルの面積半分ぐらい占拠する大皿いっぱいに盛ってくるの!?」
「そもそもこんな大皿ウチにあったか……いやこれ前も言ったな!?」
もはや恒例、イバラ特製のご家庭中華ギガント盛りである。
ドカンと置かれた大皿に、10人、いや20人前はありそうな麻婆豆腐が注がれる。
豆板醤の量が一般的なレシピの2~3割増し、オマケにラードにラー油を混ぜてある。
山椒を控え目にしたのは、独特の辛さに慣れていない人も多いからだろう。
ニンニク風味のチンゲン菜スープも並べながら、ニコニコ笑顔でご飯をよそう。
星野家の夕飯を時々作るようになってはや十数年。
食品配達サービスの利用も考えたが、割高になる上に身バレのリスクもある。
かといってミヤコやアイ*1が作ることも多いが、どちらも体力使い切って帰宅することもあった。
そういう時に『出張中華料理人のイバラちゃんだぞーい!』とやってきては料理しているイバラは、なんだかんだありがたかったのだろう。
「ほら、たーんと食べるんだよ!でないとでっかくならないからね!背も胸も尻も!」
「こんなに食べたらお腹ばっかり大きくならない……?」
「寧ろお前ら細すぎるんだよ。筋肉は太りすぎない程度に太らせろ。三食ササミとブロッコリー食えとは言わねーけどさ」
「流石にそれはボディビルダーの食事だしな……いただきます」
辛っ、と呟きながら、はふはふとアクアが麻婆豆腐に手を付ける
葉ニンニクとネギがアクセントとなり、ひき肉の旨味と調味料の辛さを豆腐が受け止める。
絹ごし豆腐のすべらかな触感が喉の奥に流れ込んでいき、肉と油の甘味が辛味と混じり合って口内を満たす。
口の中の濃い味を白米でかき消し、冷たい水で飲み下す。
あとはループだ、麻婆豆腐→白米→水→麻婆豆腐、時折スープで一息。
そこらの町中華*2よりよっぽど美味い。
まあ、重い中華鍋をブンブン振り回せる腕力あってのことだが。
「でもその為だけにウチのキッチンを改造するのはやりすぎだと思わないか二人とも?」
「「いや全然?」」
(このアイドルコンビ私生活までイロモノになってないか……!?)
出張中華料理人(自称)を始めてからしばらくの事だが、星野家のキッチンの火力が物足りなくなってきたのだ
イバラ宅はこういう時のためにキッチンを改造してあるのだが、星野家はそうではない。
炒め物は火力が命ということもあり、しばらくは煮込み料理等を中心にメニューをシフトさせたのだが……。
「月収がとんでもない事になり始めたあたりから自重が無くなっていったな……」
「お兄ちゃんと私の将来のための貯金が確保できたからねー……」
「いいじゃんかよー、キッチンの改装はアタシも金出したんだし」
「そうそう、美味しいお料理食べるためと思って!」
「修学旅行から帰ってきたら、家のキッチンの設備が飲食店並みになってた時の衝撃を味わわせてやりたい」
「キッチンだけに味わわせてやりたい、と?」
「 だ ま れ 」
ボケ倒してる旧B小町の二人に対し、苦笑してるルビーはともかくツッコミ担当のアクアはため息を吐く。
旧B小町が解散してはや数年、最後まで残っていたアイとイバラ、そしていーちゃんの3人も、それぞれの道へ進むためにユニットを解散した。
あと、流石に三人とも27歳でアイドルは若干無理があるとメンバー全員が判断したのも大きい。
女優業を中心に、月9のドラマから大河ドラマ、大作映画まで幅広く出演しているアイ。
バラエティからアクション映画、果ては苺プロのYouTubeチャンネル出演までこなすマルチタレント化しているイバラ。
何故か2年ほど女子プロレス団体に所属して、軽量級選手として活躍してから芸能界を引退したいーちゃん。
他の面々も解散の前から一人、また一人と抜けていき、B小町は数年前に過去のアイドルグループとなった。
だが、抜けていった面々は皆、少し寂しそうな、しかし吹っ切れた笑顔でB小町を卒業していった。
休学していた大学に戻り、次の夢を追う者。
上京組だったので、地元へ戻って家業を継ぐ者。
一足先にアイドル以外の道を見つけ、先日アイと土曜ドラマで共演した者。
アイという一番星の輝きを追い続け、イバラという太陽の光に照らされ続け。
大樹とまではいかずとも、しっかりと大地に根を張り、青い葉を茂らせる心を持った人間に育ったのだ。
(旧B小町を『アイだけのワンマングループ』なんて呼ぶ奴は、とっくの昔にいないからな)
ドーム公演で作り出した『神話』、それをさらに伸ばしていったその後の活動を含めて、旧B小町は伝説のアイドルグループである。
だからこそ、その名前を継いで『新生B小町』として出発したルビー達に立ちふさがるハードルは、非常に高い。
(ジャパンアイドルフェスまでに、アイとイバラの二人で新生B小町は鍛えられた。*3
おかげで『深掘れワンチャン』を含めて、仕事はじわじわ増えだしてる。
公式チャンネルの登録者数もかなり稼げた、でも……)
まだ『売れ始めた新人アイドルグループの1つ』という群れの中から抜け出せていない。
もちろん、B小町も数年間の下積み期間を経て飛翔したグループだ。そういうアイドルも多い。
だが、新生B小町は良くも悪くも『B小町』という名前が重すぎる。
競馬で例えるなら『シンオグリキャップ』とかいう名前つけて地方から殴りこんでくるようなモンだ。
(ただ、まあ、逆に言えば今の所大きなポカもない。過去のB小町と比べられすぎるのもアレだけど、こういう時は……)
「なあ、イバラ。少し頼みがあるんだけど……」
「んあ?アク坊がアタシに頼み?めずらしーな、なんだ?」
「……スケジュールの空きがある時でいいんだ。新生B小町のチャンネルにゲスト出演して欲しい」
そう、ルビーとかながかつてぴえヨンとコラボして知名度を稼いだように、有名どころとのコラボは手堅く効果がある。
イバラは体当たり挑戦系YouTuberとしても人気を博しており、今までに1億再生を突破した動画も複数抱えている。
特に『ピーマン体操踊ってみた』に関しては本家ピーマン体操の公式動画以上の再生数を稼いでしまったせいで、それを知った有馬かながバチクソにキレたほどだ。
普段彼女が上げている『エベレスト登ってみた』だの『無人島で一週間過ごしてみた』だの『人食いワニと格闘してみた』だの。
あのレベルの動画に出演させるのは三人の命が10個ずつあっても足りないので、イバラを公式チャンネルに呼ぶ方向で調整したいのだ。
なにより、ジャパンアイドルフェスの時にノリノリで後輩の指導に来たイバラなら必ずノってくるはず……とアクアは予想していたのだが。
「んー……どうすっかなー……」
(……? 思ったより食いつきが悪い?)
寧ろ暴走して「万事アタシにまかせりょー!」とか言い出した時の事を考えていたアクアからすれば、逆に予想外。
普段からやる気MAXなコイツにやる気出させろとか逆に無理ゲーじゃないか?と思い始めたが、そこでアイとルビーが割り込んでくる。
「確か、定期配信が昨日だから、次の配信は来週か再来週だよね、ルビーたちのチャンネル」
「うん。お兄ちゃん、イバラちゃんが出演するのかなーり後になっちゃうよ?」
は?とつい間抜けな声が漏れる。
いくら売れっ子マルチタレントとはいえ、旧B小町全盛期ほどギッチギチのスケジュールではないはずだ。
動画配信に出る予定ぐらい都合は付けられそうなモノだけど、と考えた所で、三人がなにかに気づいた顔をした。
「え、もしかしてイバラちゃん、アクアにあの事言ってないの?」
「……(ポクポクポク、チーン) あ、やべ、言い忘れてた」
「ちょ、一番言っとかなきゃいけない相手じゃん?!」
女三人寄れば姦しいと言うが、体を寄せ合ってのひそひそ話でも気配が騒がしい。
食事中に何やってんだと思いつつ、アイが漏らした「あの事」というワードが気になった。
「……長期のロケでも入ってるのか?それなら……」
「あ、あー、あー、その、アク坊。うっかり言い忘れてたんだけどさ……」
あのイバラが、『言い忘れてた事に罪悪感を感じている』。
それだけで、アクアの中でイヤな予感が過った。
そんなアクアの予感を裏付けるように、イバラから放たれた言葉は……。
「……ハリウッドの方から、声がかかってさ。
来月までには渡米して、向こう数年はアメリカを活動拠点にするつもり。
だから、新生B小町のチャンネルに出るのは無理なんだ。ごめん」
「……は?」
あまりにも唐突な、海を隔てる別れの宣言だった。
次回、多分最終回。