前回のあらすじ
重曹「ところであんた、あれだけアクションできるならハリウッドデビューとか考えないわけ……ってなによこの名前!?」
イバラ「あー、アタシ英語さっぱりでさ」
重曹「マルチリンガルじゃないの!?」
イバラ「日本語以外にドイツ語、ロシア語、フランス語、オランダ語、イタリア語、スペイン語、ラテン語の七ヶ国語だぞアタシは。最近は中国語とネパール語も勉強してるけど」
重曹「なんで的確に英語外してるのよ……」
イバラ「気になる人は今後も今作をちゃんと読んでくれればわかるサ!」
「お疲れ様でしたー……はぁ」
レッスン用のスタジオを出て、同じ【B小町】のメンバーやスタッフと別れ、帰路につく。
アイドルと人生どっちを辞めようかな、*1と言う割とシャレにならない拗らせ状態から、どこぞのバラドルのおかげ?で復帰してからしばらくが経った。
真面目にレッスンもこなし、歌もダンスも可能な限り磨き、自主的にトーク等の勉強もこなしているが、そもそもバラエティや歌番組に呼ばれる時はB小町全体なのでトークの機会は八分の一以下。
最近ではようやくラジオなどの出演がぽつぽつと増え始めたが、マルチタレント化に突っ走っているアイとは雲泥の差だ。
……もう一人仕事が大忙しな女がいるが、アレは色々と例外なので一度棚上げしておく。
(そりゃあ、まあ、もともと天地ほど差があったけどね……)
彼女も、アイドルの中では歌唱力方面で上澄みにいる自覚はある。ルックスだって十分合格点だ。
自己評価が【星空の中にビー玉がいる】というレベルに落ち込んでいる要因は、比較対象がアイであるという一点に尽きる。
プロ野球で一軍と二軍でいったりきたりできる程の実力があるのに、比較対象が常に大谷〇平、みたいな状態が何年も続いているのだ。
肉体的には何年も鍛え続けているだけあってレッスンに耐えられる土台があるが、それを奮い立たせる精神のほうが疲弊しつつある。
肉体と精神、両方が万全の状態になっていなければ気力など沸くはずもなく、気力が沸かなければモチベーションも上がらない。
家に真っすぐ帰るどころか歩く事すら億劫になり、ふらふらと帰路にある小さな公園に入っていった。
街灯に照らされたベンチにすとんと腰掛け、大きなため息と共に俯く。
(B小町の仕事だけじゃ、アイドルグループの一人で終わっちゃう。YouTuberとか並行してやってみる?いや、でも事務所の契約問題*2があるし……やっぱりラジオから少しずつトーク絡みのお仕事を、でも、ここ最近は足踏み気味だしどうすれば)
「んふーぅ♪いーちゃん、オネーサンといい事しなーい?」
「んひゃっっっきゃああああああ!!?」
思い悩んでいた少女の耳元で、ふぅーっと息を吹き掛けながら『にゅっ』という感じで登場した我らが主役、米金 イバラ。
やってる事が風間君に対する野原しんのすけレベルのソレではあるが、本人的には悪戯心8に気遣い2ぐらいのスキンシップなので許してあげよう。
そして当然、物陰から背後に忍び寄られて不審者全開なセリフと共に耳に息を吹き掛けられれば、甲高い悲鳴の1つも出ようというものだ。
警察の巡回ルートに入ってたら、今頃警察官がすっ飛んできてるレベルの悲鳴である。
「なーにをクヨクヨ悩んでるのさ!いーちゃん、あんまりウダウダしてると幸せが逃げるよ?まあ、幸せに逃げられたからウダウダしてるんだろうけどさ」
「出てきて5秒でいつも通りズケズケ言うねイバラちゃん!?あと前から思ってたけど、なんで私の呼び方『いーちゃん』なの!?名前全然違うよ?!」
「一話で拗らせた独白してそうな子、略していーちゃん」
「一話ってなに!?」
『中々のツッコミスキル、アタシと二人で漫才の仕事でも受けてみる?』『一応アイドルだからね私達!?』
と言う具合に出会うたびにやっているボケツッコミをカマしていたが、途中で【いーちゃん】の方がため息とともにベンチへ座り直した。
普段なら同じB小町のメンバーか社長夫妻かプロデューサーがストップかけるまで漫才やってるので、イバラの方も変化に気づいたらしい。
「で、どうしたんだ?モラトリアム?」
「いつも思うけどサラっと教養高そうなセリフ出てくるよねイバラちゃん……まあ、あってるけど」
ぽつりぽつりと、アイへの劣等感や自分の成長が鈍っていることをオブラートに包みながら語り始める。
流石に【推しの子】のOP二番みたいなドロッドロの内面を他人に明かせるほど、彼女もあけすけな性格ではなかったようだ。
そして、それらをざっくり聞いたイバラの感想は
「そもそも、いーちゃんはなんでアイドルやってるんだ?」
「なんで、って……あれ……?」
『子供の頃に見たアイドルみたいになるため』と言おうとして、彼女は言葉に詰まった。
その夢をそのまま当てはめるのなら、レッスンをよりハードにしてアイドルとしての能力を磨き続ければいいはずなのだ。
生活費がちょっと、という問題についても、ラジオの仕事は増えつつあるのだから少しずつ改善傾向ではある。
自分を変えようとしている、いや、自分を変えねばならないという焦燥の根っこにあるのは……。
「『アイちゃんへの嫉妬』、それだけだろ?」
「うっ……!?」
「同時に信仰も、かなぁ。アイちゃんに敵わないから嫉妬するけど、同時に手の届かない高みにいるから仰ぎ畏れるしかない、みたいな?」
「イバラちゃんついにエスパーか何かに目覚めたの!?」
イバラならあり得る、と考えてしまうあたりが今まで蓄積されたイバラへのイメージである。
本人は「いやなんだかんだ16歳から一緒のグループいるんだし分かるって」とジト目で彼女を見ていたが。
「とりあえず、今のレッスンこなしつつラジオ以外にも色々売り込み……の前に勉強してみる?アタシみたいに声優方面やドラマ方面ならオーディションもあるし、斎藤社長はその辺寛容だし」
「声優に、ドラマかぁ……イバラちゃん、主演ドラマ持ってるもんね。声優のお仕事も増えてるの?」
「一話か二話で死ぬはずだったアタシの担当キャラが妙にスタッフに人気出て準レギュラーになってな……」
「何があったの!?」
ガンダムにおいては序盤のヴァーチェの砲撃で蒸発して出番終わりのはずだったパトリック・コーラサワー*3が、
スタッフに愛されすぎて一期・二期・劇場版と生き延びる大人気キャラになった、という前例もある。
ミゲル・アイマンやハイネ・ヴェステンフルスといった『主題歌歌ってる歌手が声優をやってる』パターンの前例もあるので、意外とその辺はユルめの業界らしい。
例の番宣ラジオも続いている。毎回番宣はラスト5分でまとめて済ませて残り時間はあこちーとガノタトークしてるだけの番組になりつつあるが。
「ああ、あとほら、アタシマルチリンガルだからか、映画の吹き替えの仕事も来るんだよね。
翻訳家が訳してくれた台本もあるけど、細かいニュアンス分かると色々無理が利くし。
英語は話せないからハリウッド映画とかは無縁だけど」
「……いつも思うけど、なんでメジャーな英語だけ話せないの?」
ふと、イバラが『英語だけ話せない』理由が気になった【いーちゃん】。
B小町に入った時は、日本語以外に七ヶ国語を離せるマルチリンガルという自己紹介で入って来た。
そこから『どうせ将来エベレストとかロケに行かされるから』とネパール語と中国語の勉強を始めているあたり、決して語学を嗜むのを辞めたわけではない。
ともすれば、特にメジャーな言語である英語を習得していない理由がさっぱりわからないのだ。
「んー……ちょーっと長い話になるけど、いい?」
「え、あ、うん。いいよ、今日はレッスン以外に予定もないし」
「よーし、では話そうじゃないか!アタシが英語ができない理由!
そして、そっから紆余曲折あってアイドルになろうと思った理由をさ!」
英語がさっぱりな理由から、どうアイドルになった志望動機につながるのか想像が全くつかずにいるいーちゃんの隣に座って話始めるイバラ。
いつもの少年っぽい笑みが少しずつ消えていき、僅かに細くなった瞳と、微笑を浮かべた口元が『ただごとではない予感』を漂わせる。
『横顔だけ見ればヅカ系女子もワンチャンあるのになぁ』なんて考えて居たいーちゃんも、次に出た言葉だけでずしりとした重さを感じ取った。
「最初のきっかけは……うん。中学の時、パパとママが交通事故で死んじゃった時からだね」
米金 イバラのアイドル道は、両親の死から始まった。