キルアが斬る!   作:コウモリ

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プロローグ

その石造りの街は行き交う人々で賑わっていた。遠方から来た者、この街に住んでいる者、様々な人間で溢れかえっている。

ここは帝都。千年栄えたという歴史ある大国。

そこは一見、華やかに見えるが、その実、様々な思惑が入り混ぜになっており、ただの大都市というわけではないのが、そこにいる人々を見ると察せられる。見る者が見れば一筋縄ではいかない、そんな雰囲気が街中から漂っていた。

 

 

「ここが帝都か」

 

だが、そんな様相を気にする素振りもない銀髪の少年が、そう言って街を見回していた。

 

「うわ~、大きい街だねえお兄ちゃん!」

 

彼の側にいるオリエンタルな格好をした中性的な顔立ちの子供が銀髪の少年へ向けて言う。

すると、銀髪の少年はその子の肩を抱き寄せ、より二人の距離を縮めさせた。

 

「大きい街だから迷子にならないようにお兄ちゃんにくっついてな」

「うん!」

 

二人は顔を見合わせた後、まるで恋人同士のように仲良く寄り添い、帝都の中を歩いていく。

一見、ただの子供だけの旅行者である二人。この物騒なご時世には危険とも思われる行為であるが、二人にはそんな憂いや不安など全く無く、純粋に帝都の観光を楽しんでいるようであった。

まるで何が来ようとも問題ではない、問題にさえしないかのように。

それもその筈。彼らは普通の子供たちでは無いからだ。

 

銀髪の少年の名前はキルア=ゾルディック。世界でも名前が通っている有名な暗殺一家の三男で、彼自身もまた幼い年齢ながら優秀な暗殺者であった。

今は家を出て、隣にいる“妹”であるアルカ=ゾルディックを連れ、世界を旅して回っていた。

ここ帝都へ訪れたのも特に目的があったわけではない。ただ、宛てもない旅の途中。それだけであった。

 

「…しっかし、思ってたよりもクソ田舎だな。まさか携帯電話が通じないなんて」

 

そう言ってキルアは圏外となっている自身のカブトムシの形をした携帯電話を睨み付けていた。いくら睨み付けたところで電波が良くなるわけでもない。周辺に基地局が無いのだから、そもそも電波の良くなりようが無いのだ。

 

「…ま、いっか。別に誰かと連絡するわけじゃねーし、する必要も無いしな」

 

そう割り切ると、キルアは携帯電話をしまった。

 

「よっし。じゃ、取り敢えず街を見て回ろうぜ!」

「うん!」

 

笑顔で同意するアルカを連れ、キルアは街の中を歩き出す。ここまで歴史ある街並みはとても珍しく、アルカにとっては何もかもが新鮮であった。かつて仕事であちこちへ行っていたキルアでさえ興味深そうに周囲を見回している。こうして見れば、二人は何処にでもいる幼い兄弟にしか見えない。気が付くとぼちぼち日も傾いて辺りにはすっかり夕闇の気が舞い降りていた。

 

「もうこんな時間か…。そろそろ宿探さねえとな」

 

周囲には人気があまりない。どうやら、物珍しさに気を取られて知らず知らず裏路地の方まで来てしまっていたようだ。先の方を見てもホテルや宿場の類いは無さそうであった。宿を取るには大通りの方まで戻らねばならない。

 

「行くぞアルカ」

「はーい」

 

二人は来た道を戻ろうとした。

 

「痛っ!」

 

と、その時、キルアの肩が前方の男の腰の部分へ当たってしまった。引き返そうとして視線を後方へ向けていた為、前方不注意になっていたようだ。

 

「あ、ゴメン」

 

自身に非があったのでキルアはそう言って謝意を示した。しかし、相手の男は突然その場に踞る。

 

「イテェェェェェェ!」

 

突如喚き出すと、男の連れ二人が口を開いた。

 

「あ~あ、こりゃ骨やっちまったな」

「てめえ何してくれんだ、このクソガキ!」

 

恫喝の声が夕方の街に響き渡る。すると、踞っていた男が徐に立ち上がった。

 

「イテテテテ…こりゃ慰謝料貰わねえとなぁ」

「……ハァ?」

 

男の言い分にキルアは耳を疑う。いや、これは言い分というレベルではなく、明らかな言い掛かりであった。所謂、当たり屋という奴である。

 

「…おいおいマジかよ」

 

キルアは思わず呟いた。こんな前時代的なタカりをしかも子供相手にやるような人間がいたとは。レアな生き物を見た気分であった。流石に言葉を失ってしまうキルア。それが怯えて声も出ないという風に男たちの目には映ったのだろう。男たちは高らかに笑い始めた。

 

「ヒャーハッハッハ!ビビっちゃってんの僕ゥ?」

「オラァ!とっとと両親連れて来いやァ!」

「ついでに慰謝料もたらふくなあ!」

 

馬鹿馬鹿しい…とキルアは男たちを無視して行くことにした。この手の輩は相手にするだけ時間の無駄だろう。アルカの手を引いてくるりと背を向ける。その行動が男たちの逆鱗に触れた。

 

「あぁ!?てめえ、何シカトこいてやがるんだぁ!?」

「逃がさねえぞ!」

 

男の一人が乱暴に引き止めようとアルカの肩へ手を伸ばす。

 

「ガキが調子に乗ってんじゃ…」

「あ?」

 

その瞬間、アルカの肩を掴もうとした男は言葉を失い、全身から大量の冷や汗をかき始める。キルアは首だけ男たちの方へ向けて睨み付けていた。それだけで男の体がまるで金縛りにでもあったかのように動かなくなる。それは他の二人も同様であった。

 

「な、なっ……?」

「その汚い手を今すぐどけろ。そうしたら苦しまずに殺してやるよ」

 

キルアは多少の怒気を含ませながら言った。その冷たく鋭い眼光がまるでナイフのように男たちをズタズタに引き裂いていくようでキルアたちより一回りも大きい体躯の男たちは恐怖に後ずさり始めていた。

だが、子供にビビらされて堪るかという下らないプライドが男たちの足を止めてしまった。

 

「な、ななな、舐めてんじゃねえぞ!!」

「ぶ、ぶっ殺してやる!!」

 

そう言いながら男たちは次々と武器を取り出した。刃渡りの長いナイフや手斧のようなもの。何れにせよ子供へ向けるものでは決してない。

 

「へ、へへ…、ガキが…。散々いたぶり回した後で奴隷として売ってやる!!」

 

男たちはそれぞれ武器を手にしたことで幾分か平静を取り戻していた。

 

「…言ったよな?殺すって?」

 

そんな状況でもキルアは動揺一つせず、冷ややかな視線を男たちへ向けていた。男たちはせせら笑う。

 

「てめえ、今どんな状況だか分かっ…」

「あっそ。じゃ、死ね」

 

次の瞬間、男たちの首が宙に舞った。

 

「へ…?」

 

数秒もしない内にボトボトっと鈍い音を立てて男たちの首が地面に落ちていく。自身に何が起きたのか理解出来ない男たち。あまりにあっさり首と胴が離れてしまったので、死んだことさえ気付いておらず、自分たちの肉体が糸の切れた操り人形の如く崩れ落ちていく様子が目に入った。

 

「う…うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

その昔、戦時下において敵兵に捕らわれたとある小隊があった。敵兵は捕虜にはせず全員殺すつもりであったが、小隊のリーダーはこう言った。

 

「殺すならまず隊長である私からだ。首を切り落として殺せ。だが、一つだけ提案がある。もしも私が首を切り落とされた後、その首を脇に抱え全力で走ったら走った距離分だけ部下を生かしたまま解放してくれ」

 

敵兵たちは笑いながら承諾した。やれるものならやってみろと。

かくしてそのリーダーの男は敵兵によって無惨にも首を切り落とされた。だが、驚くべきはその後であった。リーダーの男は首のない胴体で立ち上がると落ちている自分の首を抱えて全力で走り出したのだ。距離にして数メートル程度走った後、男は完全に絶命し倒れた。その後、彼の部下が解放されたかは定かではない。

 

 

暫くの絶叫の後で、首だけとなった男たちは完全に沈黙した。目は光を失い、ピクリとも動かなくなる。

 

「あ~あ、下らねえことに時間使っちまったぜ。…んじゃ、行くぞアルカ」

「うん!」

 

たった今、三つの命を奪ったばかりだというのに、そんな感慨などは欠片もなくキルアとアルカは和気藹々とその場を去って行った。

それが彼らの日常であり、歩んできた道なのだ。

そんな彼らを遠くから見つめる影があった。

 

「…あの子らは一体?」

 

その影もまた長居は無用とこの場を去る。

 

後に残った三つの死体は帝都の警備兵に発見され、処理された。

これがキルアたちの帝都での物語の始まりであったことを今の彼らは知る由もなかった。


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