キルアが斬る!   作:コウモリ

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第3話 ③

「よーっす!」

 

空腹ながらも、そう元気よく食事場へ入って来たのはレオーネであった。いつも通りの朝食を取りに来た彼女が目撃したのは異様な光景であった。昨日、自身が見掛け、それから一日も経たぬ内にアジトにまで侵入し、ナイトレイドのメンバーを驚愕させ、自らをキルアと名乗った少年。そんな彼が首無しの死体となって目の前に転がっていたのだ。そして、その近くには彼が大事そうに抱えていた子供が無邪気に笑いながら亡骸を見下ろしている。全身が総毛立つのをレオーネは感じた。

 

「…………」

 

あまりに突然のこと過ぎて、タツミたちはリアクションを取るのに遅れてしまっていた。こんな展開は誰一人として予想だにしていなかったからである。数秒後、一番最初に動き始めたのはアカメであった。

 

「…やはりお前たちは危険!!」

 

アカメは身構えた。それを切っ掛けに他の者たちも一人ずつ動き始める。来たばかりのレオーネもまた同様であった。場の空気が明らかにざわめく。

と、その時であった。

 

「お兄ちゃん。起きて起きて!」

 

周囲を意に介さず、アルカが首の無いキルアの体を揺すり始めた。すると、それまでピクリとも動かなかったキルアの体が唐突にムクリと起き上がる。

それを見て、タツミたちは再び目を丸くする。

 

「うわ!!し、死体が動いた!!」

 

驚きのあまり、思わず声を上げてしまうタツミ。タツミでなくとも皆同じ様なリアクションである。

キルアの首無し死体はそそくさと上着の襟に手を掛けると、それを一気に下へ引っ張った。すると、傷一つ無いキルアの首がパッと現れる。

 

「ばぁ!」

「わーい。お兄ちゃん上手上手ー!」

 

舌を出しておどけて見せるキルアとそれをとても喜ぶアルカ。

 

「へ?へぇ~…?」

 

キルアが生きていたことにタツミは腰を抜かしそうになる。他の者も呆気に取られた表情で、アカメもどうしたらいいか分からないといった様子であった。やがて、キルアがただ死んだフリをしていただけだということに気が付くと、皆は徐々に平静さを取り戻していく。

 

「ま、紛らわしいな!!」

 

少ししてタツミが言った。よくよく考えれば、こんないきなり兄弟で殺し合いを始めるなんて普通は有り得ないのだ。それでも本当にあのアルカという子がキルアを殺したと思ってしまったのは、やはりキルアが只者では無いからなのだろう。結果だけ見れば、この場の全員がキルアの死んだフリに騙されたのだから。

 

「ちょ、ちょっと!ビックリさせんじゃないわよ!!」

「あ~。ビックリしましたあ~」

「一体、何がどうなってんだあ?」

 

マイン、シェーレ、レオーネの三人が口を揃えて言う。タツミ同様にキルアの巧妙な死体のフリに騙されたことにそれぞれ怒り、安堵、動揺を感じたようだ。

だが、アカメだけは他の者たちとは少し違っていた。何も言葉を発せず、真剣な表情でキルアのことを凝視している。

 

(あそこまで完全に気配を消せるのか…?)

 

アカメはこれまでに何人もの死体をその目で見てきた。だから、本当に死んだ者と死んだフリをした者の区別くらいはつくと自負していた。

だが、キルアが倒れた時は、それがフリであったことに全く気が付かず、あのアルカという子供が本当に殺したのだと思ってしまった。そのくらいキルアの体に生気を感じなかったのである。逆に言えば、あの一瞬でキルアは全ての気配を遮断したのだ。これは最早、遊びという範疇を超えている。キルアという人間はその一挙手一投足まで人間離れしているのだと改めて思わされた。

 

一方で、そんな風に驚愕する面々を気にする素振りすらなく、キルアとアルカは互いに楽しそうに笑い合う。二人にとって先程の行為はあくまで他愛のない遊びなのだ。

こうして、朝食の時間も一筋縄ではいかない内に終わっていくのであった。

 

 

「…んじゃ。飯、美味かったよ」

「バイバーイ!」

 

キルアとアルカは手を振ってナイトレイドのアジトを後にする。見送りをしてくれたのは、アカメ、タツミ、シェーレ、レオーネの四人であった。監視の意味もあったのだろうが、それでも二人はそう言って一宿一飯の謝意を示した。

 

「楽しかったね。お兄ちゃん」

「ああ」

 

アルカは無邪気に笑う。当人は殆ど眠っていたので、昨晩の出来事を知らない。知る必要も無いのでキルアは何も教えなかった。アルカにとってナイトレイドのアジトは山中にあるちょっと変わった宿くらいの認識なのであった。

 

「シェーレも一緒に遊んでくれて楽しかった!」

「良かったな」

 

キルアはアルカの頭を優しく撫でた。アルカからシェーレの名を聞いて、キルアはふと先程のことを思い出した。それは朝食を終えた二人がいよいよアジトから出て行こうとした時のことであった。

 

 

「あ。二人とも」

 

シェーレがキルアとアルカの背中にそう声を掛ける。

 

「ん?何?」

「あの…、また何時でも来てくださいね」

「…ここ、秘密のアジトなんだよな?」

「ええ、そうですけど…」

「アンタ、変わってるな」

「はい。よく言われます」

 

シェーレはクスッと笑った。ともすれば自虐的に見えなくも無いのだが 、彼女の笑顔にはあまりそれを感じなかった。

 

「…ま、気が向いたらな」

「はい。何時でも待ってますね」

「あ…それとさ」

「はい?」

「…アルカと遊んでくれてありがとな」

 

キルアは少し恥ずかしそうにボソッと言った。シェーレはただニコっと微笑み返すだけであった。

 

 

(本当に変な奴だったな)

 

キルアはシェーレの顔を思い浮かべる。思えば、キルアはあれだけ最悪な第一印象を与えているのに、彼女だけはまるで身内のように二人のことを扱ってくれた。朝食に誘ってくれたのも彼女である。短い時間ではあるが、アルカとも遊んでくれた。

 

(お袋って、本当はあんなものなのかな?)

 

キルアはそんなことをふと思った。無論、キルアがまだまだ幼いとは言え、彼の母親とシェーレでは大分年齢が異なる。それでもそう感じたのは、彼女がそれだけ母性に溢れた女性であったからだろう。

キルアにとっての母キキョウは自身の理想を押し付けてくるうざったい存在であった。夫シルバに似ているキルアを溺愛し、一流の暗殺者に育てようと徹底的に教育してきた。彼女の愛はシェーレの包み込むようなそれとは異なっていて、とても暴力的であり、キルアはそれを鬱陶しいと思うことの方が多かった。それは、最終的には彼女の顔をナイフで滅多刺しにして家を飛び出したくらいである。キキョウはそのことさえキルアの成長と歓喜していたそうだが、そういうところがキルアは苦手であった。

シェーレに母親を感じたのは、そんな実母とは対局な存在だったからかも知れない。

 

(…ま、もう会うことは無いだろうけどな)

 

キルアはそれ以降はナイトレイドのアジトを振り返ることなく、アルカと二人寄り添いながら山を降りていった。

この時、キルアは思いもしなかった。自分たちが再びナイトレイドと関わることになろうとは。


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