キルアが斬る! 作:コウモリ
「…ここ、何処だ?」
街へ戻ったキルアとアルカ。二人は今、帝都の片隅で地図と睨めっこをしていた。縦にしたり横にしたり、地図の向きを色々と変えてみるが、自分たちが今何処にいるのか把握出来ない。
「…ん?これ、よく見たら道とか適当じゃん!くっそー、騙された!」
キルアはふとした違和感から地図が偽物だということに気が付く。
「チッ、安物の地図だったからなあ。俺としたことが…」
「もー、しっかりしてよ。お兄ちゃん!」
「ああ、悪ぃ悪ぃ」
キルアはこの地図はもう役に立たないと判断してくしゃくしゃに丸めて投げ捨てた。改めて、何処へ向かえばいいかを考える。見た感じ、このまま進んでも裏通りの方へ行くだけだろう。
「…仕方ねー。来た道戻るとすっか」
取り敢えず大通りに出れば何とかなるだろうと考え、キルアは渋々来た道を戻ろうとする。だが、行きと帰りでは道の印象が大分異なるのか、歩いても歩いても今一自分たちがどの辺にいるのか分かりかねた。また、似たような道が多いのもキルアを迷わせる。ここから大通りはまだ見えない。
「案内板とかねーのかよ」
周辺を探すが、その様なものは見当たらなかった。気が付くと、二人は大通りとは逆に裏通りの方へ行っているように見える。
「おいおいマジでここ何処だよ?」
ゴールの見えない散策にキルアは少しずつ焦りを感じ始めていた。
ナイトレイドのアジトから立ち去った後、キルアたちは再び街の観光へと戻っていた。まだこの国へ来て一日も経っていないのだから、見てない場所もたくさんある。特にこの国は広く、昨日見て回った場所などほんの一部といったところであった。全部見て回るには少なくとも一週間は掛かるかも知れない。
キルアが初日に手に入れた地図は怪しい露店で入手したものであった。アルカが止める中、面白そうだからと購入したのだが、途中まではちゃんとしていたのに以降は適当、という露店の胡散臭さそのままの地図にキルアは翻弄されてしまっていた。仕事で来たのならばこんなものに騙されることはないのだが、完全に観光気分だったのが裏目に出た形である。
「…今何処にいんだ?」
キルアは若干途方に暮れつつあった。いっそのこと建物の屋根まで上れば街の全体図も見渡せそうなものだが、それは流石に悪目立ちしてしまうので止めた。
「ったく、無駄に広いんだよこの国はよ」
キルアは忌々しげに愚痴った。元々、栄えた国の城下町というのは侵入者に易々と入り込まれない為に複雑に入り組んだ造りをしていることが多いのだが、この帝都もその例に漏れなかったようだ。流石は千年の歴史を持つ大国である。誤った地図を頭の中に叩き込んでしまっていたキルアには余計複雑に思えた。段々と周囲に人がいなくなってくると同時にキルアの焦りも強まっていく。自分一人ならともかく、アルカを連れているのだから多少なりともプレッシャーがあったのかも知れない。
「どうしました?」
そんな折、一人の少女が二人へ声を掛けてきた。見ると、少女は軽鎧のようなものを着ていて、犬のような生物を連れている。服装は昨晩チラッと見た帝都の警備兵に似ているような気がした。
「もしかして、迷いました?」
「…おねーさん、誰?」
「私はセリュー・ユビキタス。怪しい者ではありません!帝都警備隊の者です!」
そう言ってセリューと名乗った少女はビシッと敬礼してみせた。
「わー、犬だー」
アルカが彼女の連れていた犬らしき生物に興味を示した。犬…というにはちょっと特殊な外見をしているように思える。
「あ。触っちゃダメですよ。コロは私以外には懐かないですから、噛まれちゃったら大変です」
「はーい」
アルカは残念そうな顔でコロと呼ばれた犬らしき生物に触るのを断念する。セリューはその様子を少し申し訳無さそうに見ていた。
「ところで君たち。見たところ迷子のようですね?」
セリューはキルアに向けて言った。二人を比較してキルアの方が年長だと判断したからであろう。
「お困りのようでしたら私が一緒に君たちのお父さんとお母さんを捜しましょうか?」
「そんなことより大通りまで案内してくれない?そうしたら後は自分たちで出来るし」
「はあ…そう言うのならそれでいいですけど」
セリューは少し訝しげにキルアたちを見たが、すぐに気を取り直すと二人を先導するように歩き始めた。キルアはアルカの手を引いて彼女についていく。少し歩いた後、セリューは二人へ話し掛けてきた。
「見たところ、帝都に住んでるわけじゃないみたいですが、君たちは外から来たんですか?」
「ああ。ちょっと観光でね」
「観光、ですか。ご両親と一緒にですか?」
「いや、二人だけだよ」
「へぇー。子供だけで帝都まで来たんですか?」
セリューは感心したかのように言った。子供だけで帝都に来ること自体は珍しいことではない。地方から難民の子供が流れ着くこともあるからだ。しかし、観光目的となると少し話が違う。帝都周辺には危険な生物も潜んでいる。彼らがそれらを意にした様子も無さそうなので、二人は街と街を繋ぐ馬車でも乗り継いで来たのだろう。ということは、そこそこ裕福な家庭なのかも知れない、と彼女は思った。
「それはそれはとても大変だったでしょう。でも、子供だけでこんなところに来ちゃダメですよ。一歩間違えれば危険な裏通りに入ってしまいますからね」
「そういうのを何とかすんのがアンタらの仕事じゃないの?」
「アハハ、耳が痛いですね」
困ったような顔でセリューは笑った。
「でも、何れ帝都に蔓延る悪は全て駆逐されますよ。絶対正義の名の下に!」
「へー。すごい自信じゃん」
「はい。お父さんに誓いましたから!」
セリューはグッと拳に力を入れる。
「…私のお父さんも帝都警備隊だったんです。正義を絵に描いたような人で、今でも私の憧れなんですよ?」
そう語る彼女の表情は何処か寂しげであった。恐らく彼女の父親に何かあったのだろうが、別に興味も無かったのでキルアは特に詮索はしなかった。
「ゆ、許してくれぇ~」
と、そろそろ疎らに人も見えてきた頃、何やら悲壮な声が聞こえてきた。見ると、一人の男が帝都の警備兵に連れられているようである。
「俺が何をしたって言うんだ!?ちょっと酔った勢いで大臣の悪口を言っただけじゃないか!!」
「いいから来い!」
「た、助けてぇ~!!」
男の叫びも空しく、誰も目を合わせようともしない。そのまま男は警備兵に引っ張られて行ってしまった。
「あのオッサン何かしたの?」
キルアが尋ねると、セリューは顔色一つ変えずに答えた。
「国家反逆罪ですよ。当然の結果ですね」
「国家反逆罪…って、あのオッサンどうなるワケ?」
「当然、極刑は免れないでしょうね。まあ、悪人には相応しい末路ですよ」
そう言う彼女の顔は何処か嬉しそうに見えた。
「…おねーさん嬉しそうだね」
「ええ。正義の執行を目の当たりにするのは何時でも気持ちのいいものですから」
さも当然といった様子でセリューは答えた。
「私たちがいれば、何れはこの帝都から悪人なんて一人残らずいなくなります。正義は必ず勝つんです!必ず!」
そう言うセリューの目はキラキラと輝いていた。それを見たキルアは彼女に対する不信感を増す。正義を口にする彼女が妄信的に見えたからだ。
「…あのさあ、水を差すようで悪いんだけどさあ」
「はい、何でしょう?」
「正義に絶対なんか無いと思うぜ?」
「はい…?」
セリューの顔から一瞬笑みが消えた。
「それ、どういう意味ですか?」
「だって正義ってさ、立場や思想、時代や世相によって変わるもんだろ?要するに曖昧なもんじゃん」
「…………」
「アンタにとっての正義が俺からしたら悪になるかも知んねーし、その逆だって十分有り得るワケでさ。そんなもんを絶対視するなんてかなり危険な思考だと思うぜ?まだ金目的で動いてるって方がまともだよ」
キルアがそう言うと、セリューは明らかに気分を害したといったような表情になる。それに呼応してか、彼女が連れていたコロも二人へ敵意のようなものを向けてきた。
「…ここを真っ直ぐ行くと大通りに出ます」
セリューは先の方を指差しながら、感情を押し殺したかのような声で言った。その佇まいは先程までの明るい少女とは別人のようであった。或いは、こちらが本性なのか。
「連れてってくれるんじゃなかったのかよ?」
キルアがそう質すものの、セリューは無視してコロを連れて行ってしまう。仕方無い、とキルアはアルカを連れてセリューが示した方へ足を進めた。
彼女の言ったことは嘘では無かったようで、歩くごとに大通りのものと思われる喧騒が耳に入ってきた。このまま行けば大通りに出られるだろう。
と、その時であった。
「!?」
キルアは咄嗟に身構える。
この街に来て、初めて感じた、この街には無いだろうと思っていたもの。それが今、すぐ近くにいるという確かな感覚。
オーラ。
(間違いない…念を使う奴がいる!それも、すぐ側に!)
キルアはすぐさまアルカを庇いながら戦闘体勢に入った。何者かは知らないが、危害を加えようというのであれば容赦なく殺す。そんな雰囲気を読み取ったのか、オーラの主はすんなりとキルアたちの前に現れた。
「そんなに殺気だたないでくれないか?君たちに危害を加えるつもりはない」
そう言ったのは痩せ型の男であった。