キルアが斬る! 作:コウモリ
念能力を見せる。
そう言ってカガリが集中を始めると、周囲がざわついてきたと同時に多数の気配を感じた。どうやら人の気配では無いようである。
「…これが、俺の念能力だ」
カガリがそう言うと同時にキルアたちの耳に声が聞こえてきた。
「…ュウ」
「!!」
僅かに聞こえた声。その声の方へ目を向けると、薄暗い路地に二対の小さな光が見えた。それらはこちらへと近付いてくるとその正体をキルアたちへ晒した。
「…ね、ネズミ?」
キルアたちがそれらの正体を知ると同時に、大小様々なネズミがこちらへと近付いてくる。気が付くと、周囲がネズミの大群に囲まれていた。
「どうだ?俺の“ハメルンの笛吹き男(パイドパイパー)”は?」
カガリは自慢げに言った。ネズミたちはカガリの元に集まり、中には体によじ上るものもいる。
「へぇー」
「わー、ネズミさんがいっぱいだー」
キルアは特に何の感慨も無かったが、アルカはそう言って喜んでいた。
「カガリって操作系の能力者なのか?」
「ああ、俺はこうしてありとあらゆるネズミを操ることが出来る」
カガリはネズミの一匹を手に取り、指で優しく背中を撫でる。
「…俺は昔からネズミが好きでな。ペットにもしていた。だからか、親も含めて周りからは変な奴と思われてたよ。まあ、気にはしなかったがな。その好きが講じて、こうして能力にまでなった」
「そのネズミたちを連絡に使ってんのか?」
「いや、こいつらはあくまで潜入捜査用さ。数が多いから万が一見つかって駆除されても誰かは俺の元へ辿り着ける。まあ、そもそもネズミが探ってるなんて発想にはいかないだろうけどな。個人的にはあまり犠牲にするような使い方をしたくはないのだが仕事だからな…」
カガリはそう言うと溜め息を吐いた。
「…こういう言い方すると気を悪くさせちゃうかも知んないけどさ。そのネズミを大量に使い捨てれば、今まで通りでもカガリのことがバレることは無いんじゃないの?」
キルアが尋ねると、カガリは首を横に振った。
「残念だが、ことはそう上手くは運ばない。何故なら俺の能力には幾つかの制約をつけているからな」
「…まあ、確かに制約でもつけないとアンタくらいの能力者がこんなに沢山のネズミを操るなんて出来ないだろうしな」
「いちいち手厳しいね。まあ、事実なんで反論の余地も無いが」
カガリは自嘲気味に笑った。
「…まず、一つ目に一度に動かせるネズミの数だ。正確には、命令だけどな。例えば、情報収集の出来るネズミは五匹程度に限定している。高度な命令を聞かせられるネズミはあまり多くないんだ」
「ん?だったら、何でコイツらは集まってきたんだ?」
「それは俺のオーラがこいつらを引き寄せるフェロモンになってるからだ。簡単な命令でならこいつら全員動かすことは可能だ。だが、誰にも見つからず且つ正確な情報を得るような高度なことをさせるのは不可能だ」
「たった五匹で帝国や革命軍に潜入させてんのか。そんな少なくて大丈夫なのかよ?」
「いや、情報収集役として動かせるのが五匹ってだけで、実際はもっと多くのネズミを潜入させてる。そいつらは伝達係で、情報収集を行ったネズミから得た情報を俺の元へ運ぶのが主な役割だ。ちなみに俺はネズミの言葉が分かるので伝達係のネズミが戻って来さえすればすぐに情報を得られる」
「(ネズミの言葉ってマジかよ)…今の話からすると情報収集役のネズミはずっと潜入したまんまってことか」
「ああ。勿論リスクはある。例えば情報収集役のネズミが全てやられたら一切の情報を得ることは出来ない。逆に一匹でも伝達係へ辿り着ければ、ほぼ確実に情報を持ち帰ることは出来る。…まあ、とは言え、ネズミはネズミだ。いくら念で操ってるとはいえ、耐久力も普通だし今までにも不慮の事故で何匹か死んでる。流石に情報収集役が全滅したってことは無いが、そういうリスクもあるということは認識しておいて欲しい」
「情報収集役がやられたらどうすんの?」
「別のネズミにその役割を与える。だが、その為には俺が情報収集役のネズミがやられたことに気が付かなきゃならない。だから、大体二時間置きに伝達係のネズミの何匹かに情報収集役のネズミが無事かどうかを俺に伝えるよう命令してある。死んだという報告を受けたら新しいネズミに情報収集の役割を与えるのさ」
「なるほどな」
「で、二つ目の制約だが、ネズミを攻撃に使用することは出来ない。これはさっき言った俺の戦闘能力は下の下って部分にも通じることだが、制約にすることで能力の底上げになっている。まあ、ネズミで攻撃するのは俺個人としては気が進まないことなんでさほど気にしてはいないけどな」
「でも、念使えるんだったら、別に能力使わなくてもそこらの奴に負けたりしねーだろ?」
「街の喧嘩程度ならそうかもな。だが、こと戦闘となるとそうはいかない。俺は念能力もそうだが、人生自体もサポートに特化した生き方をしてきた。そんな人間がいくら念を使えても戦うことに特化した相手には敵わない。例え相手が念を使えなくてもな」
「アンタ随分自分を下に見てるっつーか、卑下してるんだな」
「そうやって今まで生き抜いて来たからな。そうそう変えられるもんじゃないよ」
「…ま、いいけどね。別に」
そうは言ったが、キルアはカガリに何処と無く昔の自分を見たような気がしていた。言われるがまま、暗殺者として育ち、暗殺者として生きてきたかつての自分を。
カガリは話を続けた。
「…三つ目だが、命令を下すには直接俺が触れなくてはならない。補充の際に情報収集役が死んだことを俺が知らなくてはならないのはこれが理由だ」
「なるほどね。ってことは離れた安全な場所でぬくぬくと…ってわけにはいかねーのか。確かにそういう制約なら、調査する対象を絞らねーときちーな」
「理解してくれると助かるよ。そして最後に能力の効果範囲。およそ十キロ圏内ってところだ。そこから離れたネズミは呼ぶことも出来ない。さっき集まってきたのは全部その範囲内にいたネズミさ。命令を下したネズミならば効果範囲外でもちゃんと命令をこなしてはくれるが、そうでないならこちらから操作することは出来ない」
「つまり、十キロ圏内に自分が命令出来るネズミを配置するか、十キロ圏内に戻って来るように命令しておかなきゃなんないってことか」
「そうだ。我ながら面倒臭い制約を付けたものだと思うよ」
「自分で言うかね、それ?」
キルアが突っ込む。
「…で、肝心の協会との連絡はどうすんの?」
「それにはこいつらを使う」
そう言ってカガリは懐に手を入れた。そうして取り出したのは二匹の通常サイズよりも明らかに大きいネズミであった。
「グリーとグラー。俺の親友たちさ」
「…そいつらが何か特別なのか?今のところ普通より大きいネズミにしか見えないけど」
「こいつらはモグラネズミって言ってな、名前の通りモグラみたいに土を掘って地中を進むんだ。更にこいつらは普通のネズミよりも知能も身体能力も遥かに高い。特筆するのはそのスピードさ。地中を掘りながら軽自動車並みの速度を出せる。スタミナも申し分なく、一日も経たずに国境を越えられるのさ」
「へー。このネズミがねえ」
「こいつらの一番優れているところは何と言っても危機察知能力。全身の感覚をフル活用して外敵の存在にいち早く気付き回避する。だから、長旅でも不慮の事故に遭うことはほぼ無いと言っていい」
「そのネズミが凄いのは分かったけどさ、どうやって協会の人間に情報伝えてんだよ?まさか、協会にもネズミの言葉が分かる奴がいるなんて言わないよな?」
「流石にそれはない。グリーとグラーには文字を書くこととモールス信号を覚えさせてる。どちらかの方法で協会の人間に伝えてるのさ」
「まあ、そうだろうな」
「…ここまで俺の能力について明かしたんだ。それだけ君のことを信頼しているのだということを理解して欲しい」
カガリは真面目な顔で言った。念能力者が自身の能力について誰かに話すのは相当なリスクが生じる。それはキルアも重々承知していた。
「…いいのか?俺、アンタのこと売るかも知んないぜ?」
「君はプロだろ?それも、名前だけじゃない本物のプロだ。そんな君が一度契約した相手を裏切るようなアマチュアのような真似などしないと俺は信じてるよ」
「ま、だといいけどな」
フッとキルアは小さく笑った。
こうしてキルアはカガリという男の依頼を受けることとなった。二度と会うことは無いだろうと思っていたナイトレイドとの再会。ようやく知ることとなる帝国の闇。それらが来るのはもう間もなくであった。