キルアが斬る! 作:コウモリ
ザンクを惨殺した後、キルアはその場を去り、そこから一番近くにあった宿屋に入った。激情の中でも返り血が衣服につくような素人のようなことは無かったので金さえ渡せば子供だけの不審な客でも店主は空いてる部屋へ案内してくれた。室内は整っていて適当に選んだ割にはなかなか悪くない宿屋のようであった。少なくとも初日に泊まった宿屋に比べれば大分マシである。
「…ちっ」
部屋に入り、アルカをベッドに寝かし付けると、キルアは壁を背に座り込み、大きな音を立てて舌打ちする。先程の自分はあまりに冷静さに欠いていた。殺すだけならあそこまで惨たらしくする必要など無かったのだ。完全な憂さ晴らしである。だが、それでも自分を止められなかった。それはやはりゴンを利用されたからだろう。(実際のところザンクはゴンのことを知らないので、それはキルアの勘違いなのだが)
「…ゴン」
思えば、自分が冷静になれるのもこうして取り乱すのも、ゴン絡みでのことが多かった。ゴン以外ではアルカくらいしかそんな人物はいない。父親と祖父は尊敬しているし大好きでもあるが、ここまで感情的になれるかと聞かれたら即答は出来ないだろう。全身を襲う苛立ちの中、改めてゴンが自分の中でとても大きい存在だということを思い知らされた。
「…結局、奴らと会うチャンスを逃しちまったな」
当初の目的はナイトレイドのメンバーと再会することだったが、今の状態で彼らに出会ったら、八つ当たりで一人か二人は殺してしまいそうだったので、キルアは彼らとの対面を避ける為にあの場所を立ち去ったのであった。あの場所こそ今夜ナイトレイドが仕事をするとカガリから聞かされていた場所だったのだ。今、冷静に考えれば、彼らの仕事とはキルアが殺したあの男に関するものだったのだろう。そう言えば闇に紛れて悪を討つなどと宣う悪の集団…のように手配書には書かれていたように記憶している。あの男は彼らにとっての悪ということなのだろう。では、その悪を惨たらしく殺した自分は何なのだろうか。
「…やっぱり俺はアイツらとは違うんだな」
そう呟くキルアの脳裏にはナイトレイドのメンバーが浮かんでいた。彼らは皆、信念を持っていた。直接この目で見たからよく分かる。それは、キルアとは決して交わらないものだろう。
「…………」
キルアは部屋の明かりを点けていなかった。夜も遅いし、すぐに眠りにつきたかったからである。しかし、頭も体も先程のことで嫌に興奮している。まだ、当分は眠れそうにない。
「ュ……」
そんな折、キルアの耳にネズミの声が聞こえてきた。視線を向けると、そこには一回り大きいネズミが一匹。グリー、或いはグラーであった。彼…若しくは彼女はキルアの姿を見とめるなり壁をコツコツと規則正しく叩き始める。キルアはすぐにピンと来た。モールス信号である。
“周りに誰もいないか?イエスなら今から三十秒以内にグリーを撫でろ”
凡そ、そんな内容であった。
(つーか、コイツはグリーだったのか…)
キルアは目を閉じ、周囲の気配を探る。少なくとも誰かがこの部屋を覗いたり聞き耳を立ててているような気配は無かったので、キルアはグリーの頭を撫でた。トゲトゲとした毛が手の平に刺さる。
次の瞬間、グリーからオーラが発せられるのをキルアは感じた。と、グリーがすくっと二本足で立ち上がる。
「よう。首尾はどうだ?」
グリーの口が動き、カガリの声で話し始めた。まるでカートゥーン番組を見ているようである。尤も、そんな可愛らしいものでも無かったが。
「カガリ…か?」
「ああ。俺だ」
「…これもアンタの能力なのか?」
「まあな。ある条件を満たすとこうしてグリーかグラーを通して会話が出来るようになる。まあ、トランシーバーみたいなものだと思ってくれ。電話と違って盗聴される危険性も少ないぞ。尤も、俺の力だと俺がここに留まる限りはこの街の中まででしか会話は出来ないがな」
「こんな能力隠してたのか。もしも周りに誰かいたらどうするつもりだったんだ?」
「その時は違う方法を取るつもりだった。…実のところお前に話してない能力はまだいくつかあるんだ。まあ、お前だって俺に能力のことは話してないんだから、そこはお互い様ってところで」
「…まあ、確かに協会との連絡係なんて任務を受けてる奴が裏切るかもしんねー奴に自分の能力を全部話すような真似はしないよな」
「そこまでお前を信頼していないわけじゃないが、念の為にな。お前も念能力者なら分かるだろう?」
「まあね」
カガリと話す内にキルアの苛立ちは段々と収まってきていた。面と向かって話していないというのもあるのだろう。先程に比べ、キルアはかなり冷静さを取り戻していた。
「…で、ナイトレイドと無事接触出来たか?」
「悪ぃ。ちょっと事情があって会えなかった」
「そうか…。まあ、そういうこともあるだろうさ。次に出現する場所が分かったらコイツらを派遣して教えるよ。お前の匂いを覚えさせたから街中何処にいてもお前の元へ辿り着ける筈だ」
「ああ、分かった。でも、いいのか?コイツら協会との連絡用なんだろ?」
「その辺はこっちで上手く調整するさ。お前が思っているよりもグリーとグラーを自由に動かせる時間は多いから、お前が気にすることじゃないよ」
「分かった。そうするよ」
「こっちは今のところ何も無い。嵐の前の静けさってのはこういうことを言うのかね?」
「その嵐が起きる前に何とかすんのがアンタらの仕事だろ?」
「…だな。それじゃあ切るぞ」
「ああ」
カガリが言い終えると同時にグリーはまるで憑き物でも落ちたかのように四つん這いとなった。そして、自身が任務を終えたのだと分かるとそのまま夜闇の中へ消えていった。
カガリとの会話で今、自分がすべきことを思い出したキルアは先程までの激情を振り切るかのように頭を振った。そして、パチンと両の頬を叩くとベッドの上に移動する。
(…取り敢えず、今寝れる内に寝ておくべきだな)
そう考え直し、シーツをかけて眠りにつく。あの短い会話で心が大分落ち着いたのか、今ならばすぐに眠れそうであった。
(…明日、カガリからの連絡が無ければ、直接奴らのアジトへ行くとすっか。無駄足になんなきゃいーけどな)
キルアはチラリとアルカを見る。相変わらず幸せそうな寝顔であった。
(…悪ぃなアルカ。この仕事が終わったら、またお前だけのお兄ちゃんになってやるからな)
謝罪するように視線を向けた後、キルアは目を閉じる。その日、キルアは特に夢を見なかった。