キルアが斬る! 作:コウモリ
セリュー・ユビキタスは帝都の警備兵である。絶対正義の名の下、帝都を揺るがす悪を成敗するのが彼女の仕事であり、また生きる意味でもあった。まだうら若き乙女である彼女がそうなったのはひとえに父親の影響が大きい。彼女の父親も元帝都の警備兵であった。実力者であり人格者でもあった彼女の父は誰からも慕われる好人物で、セリューもまたそんな父のことを尊敬し、家族としても深く愛していた。正に、誰に誇れる存在とは彼のことを言うのだろう。
しかし、彼は死んだ。賊の卑劣な手により殺されてしまったのだ。セリューは深く悲しんだ。それはただ最愛の父が死んだという理由だけではない。彼女の父が、そしてセリューが信じた正義が賊如きに脆くも破れ去ったということ。その事実が何よりも彼女の心に深く闇を落とす。やがて、セリューは誓う。自身の正義を持って、この世の悪全てを滅ぼすと。それが最愛の父に対する最大の供養であり、ひいては父を殺した者への復讐となる。自分の信じた正義こそ絶対なのだと全ての人間に証明するのだ。
皮肉にも、そう誓った時のセリューの表情は父を殺した賊と同じ狂気に満ちていた。そのことを彼女は知らない。
(…見ぃつけた!)
セリューは木の上から、逃げるように走り去る二人の少女を見つける。ツインテールの少女とメガネの女の二人。メガネの方は手配書に載っている顔であった。そのことからセリューは彼女たちがナイトレイドであるという確信を得ていた。気配を消し、闇に隠れているので向こうに自身の存在を悟られてはいないようだ。
セリューはチラッとコロを見た。コロは生物型の帝具で犬のような形をしている。この手の帝具は、通常の帝具よりも使い手選ぶのだが、コロは運良くセリューに懐いてくれた。日々、悪人の抹殺の為に鍛えている自分にとって、コロの存在は正に鬼に金棒。ナイトレイドだろうが、帝具使いだろうが、今の自分には負ける気がしない。セリューはほくそ笑んだ。
(正義の…執行!)
タイミングを見計らい、木の上から二人へ飛び掛かる。奇襲のつもりだったが、向こうもやはり伊達に悪事を重ねてきてはいない。攻撃に移った際の殺気でこちらの存在に気付き、交わされてしまった。
(チッ、悪人どもが…。大人しくやられてくれればいいものを)
セリューは舌打ちすると、改めて二人の少女へ向き直り構える。と同時に敵も双方ともに武器を構えた。ツインテールの少女は大砲のように大きな銃。メガネの女は巨大な鋏。どちらも帝具に間違いないだろう。ふとセリューは帝具使い同士が戦うとどちらか一方が必ず死ぬという話を思い出した。
(…面白い!死ぬのは悪人である貴様らだナイトレイド!!)
セリューはニヤリと笑うと即座に持っていた笛を吹いた。これは、緊急時などに兵を召集する為のものである。これで、間も無く警備兵たちがここへやって来るだろう。
「…他の警備兵たちが来る前にコイツを!」
ツインテールの少女の方が最初に動いた。銃の照準をセリューの頭部へ向けた。確実に殺すつもりらしい。
「コロ!!」
セリューがそう叫ぶと、コロが一瞬で化け物へと変貌する。その姿は熊よりも巨大で、厳つく禍々しいものであった。コロはご主人様を守る為、素早くセリューの前へ立ち、彼女の盾になる。
「生物型の帝具!?でも…!!」
ツインテールの少女は引き金を引いた。
「まとめて倒す!!」
意気込んで放った砲撃ではあるが、それはコロの肉体を貫くことは無かった。そして、砲撃を受けたコロの肉体は瞬時に修復される。
「くっ!?」
「コロ!やれ!!」
セリューの命令と同時にコロがツインテールの少女へ襲い掛かる。ツインテールの少女は見た目によらず動けるようだが、帝具であるコロに敵う筈もない。もう一人のメガネの女も応戦するが、状況は改善していない模様だ。二人の帝具使いを相手にコロは圧倒的な力の差を持ってどんどん追い詰めていく。それを見てセリューは言い知れぬ喜びを感じていた。自身の正義で悪が押されている。これを喜ばずにいられようか。そして、セリューもまた二人の首を取ろうと戦いの和の中へ入ろうとしていた。
「ナイトレイドォォォォーーーーー!!」
セリューの咆哮が辺りに響き渡る。今の彼女は獲物を見つけた獰猛な獣そのものであった。
(不味い!このままじゃ!!)
戦いの中、マインは焦りを募らせる。生物型の帝具を使う目の前の女は直前に笛を吹いていた。あれはもしかしなくとも他の警備兵を呼び寄せる為のものだろう。そう遠くない内に敵の援軍がこの場へやって来る。たかだか雑兵くらい普段ならば相手では無いが、帝具使いとの交戦中というこの状況下では不利以外の何者でもない。それにナイトレイドの中で顔の割れていない自分がここで手配書に載ってしまうのも大きなマイナスとなる。防ぐ為には目撃者全員を消すことだが、それはナイトレイドの本意ではない。
(最善なのは、この女をさっさと倒してこの場を去ること。だけど…)
想定以上に相手は強い。特にこの生物型の帝具は今まで相手にしてきた連中とは桁違いの強さである。生物型の帝具はコアを潰さない限りはその脅威的な修復力で死ぬことのない厄介な相手である。マインの帝具、浪漫砲台「パンプキン」は、ピンチになればなるほどその威力を増すという兵器だが、現状もかなりのピンチであるにも関わらず、それを打破するに至ってはいない。それだけ相手が強いということなのだろう。
「…………!!」コクッ
シェーレがアイコンタクトをこちらへ送って来た。どうやら彼女は使い手の方を狙うつもりのようだ。この手の帝具のもう一つの対処法としては、使い手を先に潰すというものがある。マインは無言で頷くとシェーレの為に相手の隙を作り出すことに専念し始めた。足止めの為に「パンプキン」を連射する。しかし、威嚇の為の低威力な砲撃ではなかなか相手の動きを止められない。寧ろ、それをいいことに敵の帝具が強引にこちらへ向かって来た。
(どんだけ頑丈なのよコイツ!!)
「マイン!」
シェーレの呼ぶ声。気が付くと敵の帝具が目の前にいた。
「しまっ…」
重い衝撃。それは、マインが敵の帝具の一撃をまともに受けてしまったということであった。彼女の体がまるで人形のように地面を転がっていく。
「ガハッ!」
マインは口内が塩と鉄の味でいっぱいになると同時に口から血を吐き出す。そして、激しい痛みが彼女の全身を襲った。どうやら骨を何本かやられたらしい。
「グルルルルル…」
敵の帝具は間髪入れずにマインの元へ近付いてくる。このまま止めを刺すつもりなのだろう。体を動かすことの出来ない彼女にとっては絶望的な展開である。この時、マインの脳裏には何故かタツミの顔が浮かんでいた。
(何で…こんな時にアイツの顔なんて…!!)
自然とマインの目には涙が溢れてくる。やがて彼女の視界には敵の帝具の顔が入ってきた。獲物を前に舌舐めずりをしている。強者の余裕であった。そして徐にマインへ向けて手を伸ばしてくる。
(死にたく…ない!!)
マインは自身を襲ってくるだろう衝撃を覚悟し、目を閉じた。
しかし、覚悟していたその衝撃はやって来る気配もない。
「…………え?」
「マイン……」
か細いシェーレの声。薄っすらとマインは閉じた目を開けていく。視界に最初に飛び込んで来たのは、敵の帝具に掴まえられてしまったシェーレの姿であった。巨大な手でしっかりと握り締められている。考えずともシェーレが自らの代わりになったのだとマインは理解した。
「シェーレ!!」
「マイン…逃げて」
今にも消え入りそうな声であった。もしかすると掴まれた際に内臓を潰されてしまったのかもしれない。助けなければと思うのだが、体が言うことを聞いてくれない。
「動…け!動いて…よ!ここで動けなかったらシェーレが…」
「無様だな悪人」
と、マインの前に使い手の女が立ちはだかる。自身の勝利を確信し、嘲笑うかのようにマインを見下ろしていた。
「どき…なさいよアンタ!」
「…セリュー・ユビキタス」
「な…に…?」
「お前ら悪人どもを滅ぼす名だ。よく覚えておけ」
「くっ…!」
今度こそやられる。マインがそう思ったその瞬間であった。
「グゥアアアアアアアア!!」
突如、敵の帝具の叫び声が聞こえた。使い手の女も何事かと後ろを振り返る。すると、シェーレを捕らえていた化け物の腕が宙に浮かび上がっているのが目に飛び込んできた。地面へ落ちると同時にシェーレが敵の帝具から解放される。
「シェーレ!」
シェーレは何者かに抱き抱えられていた。よく見ると小柄で、子どものようであった。
「…………!あ、アンタ!?」
マインが見たもの。それは、ついこの間ナイトレイドのアジトへ侵入してきた小生意気な銀髪の少年の姿であった。