キルアが斬る!   作:コウモリ

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第6話 ③

シェーレの頭のネジは外れている。

 

生まれつき物忘れがとても多かった彼女は、どんな簡単な仕事でもミスばかり繰り返し、まともに働くことさえも儘ならなかった。家事さえも全く出来ない彼女は家族からもお荷物扱いをされていた。一人ではとても生きてはいけないだろうと悲観されることさえあったくらいである。シェーレ自身もそのことを自覚してはいたが、それでも生きていく為には例え怒鳴られようが馬鹿にされようが足掻かなければならなかった。あまりの無能ぶりに誰からも疎まれる彼女には家にも仕事場にも居場所と呼べるようなものは無かった。

そんな彼女にも親友と呼べる存在はいた。彼女はシェーレの極度の物忘れに呆れつつも、公私共にきちんと支えてくれる素晴らしい女性であった。シェーレが不手際で仕事をクビになった時には、一緒に辞めて新たな仕事を探してきてくれる程である。暗殺者となる前のシェーレにとって親友が大事な存在であったのは確かなのだが、それでも何処か自分と彼女が違うという違和感のようなものをシェーレはかねてから抱いていた。

ある日のこと、親友が以前付き合っていた男が二人の前に現れた。粗暴で柄の悪い男は別れられた腹いせに親友を襲い殺そうとしたのである。たまたま一緒に居合わせていたシェーレは親友を救う為、咄嗟にその場にあった包丁で男を殺害した。その時の彼女は自分でも驚く程に冷静であった。後悔も恐れもなく、ただ自分が人を殺したという事実を自然と淡々と受け入れ、的確に事後処理を行っていた。その時、普段のミスばかりしている彼女は何処にもいなかったのである。シェーレのその姿に、親友は男に襲われた時よりも恐怖していたという。

その事件から数日後、男が殺されたことを知った仲間たちが報復の為に再び親友へと襲い掛かってきた。この時、シェーレは一緒では無かった為、親友は呆気なく殺されてしまう。更に悪いことに男の仲間たちは主犯がシェーレであることを突き止め、遂には見せしめとして彼女の家族をも皆殺しにしてしまったのであった。それらを知った時、シェーレが感じたのは怒りでも悲しみでもなかった。

 

(次に狙われるのは…きっと私)

 

シェーレはその日から護身用に包丁を携帯し始める。常に周囲に気を配り、何時襲われても対処出来るように心掛けていた。

かくして、男の仲間たちはシェーレの前に現れた。白昼堂々、武器を手にした屈強な男たちが一人のか弱き女性を囲む。普通ならば即通報ものだが、シェーレが当時住んでいた帝都の下町はそんなに優しい場所では無かった。誰もが見て見ぬフリをし、中には遠くから面白そうに見ている者さえいたくらいである。数の有利からか、男たちは自分たちの勝利を一切疑わず、どうせ殺すならその前に遊んでやろうかと算段する余裕さえあるようであった。

そんな中でもシェーレは冷静であった。男たちの隙をついて、包丁で目の前にいたリーダー格の首を掻っ切る。正確無比な一撃は目の前の男の命をあっという間に奪った。突然のことに動揺する他の男たち。シェーレはその隙を見逃さない。続いて側にいた男二人の首を同時に切り裂く。突き刺さないのは包丁が体から抜けなくなることを懸念してのことであった。囲んでいた男たちの半分近くが数瞬の内に肉塊と化すと流石に残った男たちも黙ってはいない。それぞれが持っていた武器でシェーレを殺そうと動いた。だが、シェーレは慌てることなく一人、また一人と手にした包丁で返り討ちにしていく。ただの料理包丁がまるで妖刀であるかのように魂を吸い取っていった。その最中、シェーレは薄々と気付いてはいた自身の才能を確信する。そして、これこそ何も出来ない自分に唯一出来ることなのだと、喜びさえ覚えていた。

気が付くと、シェーレを囲んでいた男たちは一人残らず絶命し、当の彼女は返り血こそ体に浴びていても傷一つ負っていないという異様な光景になっていた。見物人はその光景に恐れおののき、次は自分が殺されるかも知れぬと我先にその場から逃げ去っていく。シェーレはその様子をまるで他人事のように見ていたが、より大きな騒ぎとなる前に現場から去っていった。無表情で歩くシェーレ。家族、そして親友の仇を取った彼女の胸中に去来したのは喜びでも虚しさでも無く、ただの“無”であった。

その日を境にシェーレは人知れず悪を狩り始める。手配書に載った罪人、自身の目で見つけた悪人などを夜闇に紛れて手当たり次第に始末していった。正義の為でもなく、自己満足を得る為でもなく、彼女にはそれしか出来なかったから。自身の才能を活かす道がそれしか無かったのである。この時の彼女は半ば自暴自棄であったかも知れない。命の捨て方に戸惑っている。そんな風にも見えた。彼女がナイトレイドへスカウトされたのはそんな時であった。特に断る理由も無かったのでシェーレは彼らの申し出をすんなりと快諾する。ここに、ナイトレイドのシェーレが誕生したのであった。

ナイトレイドのボス、ナジェンダはシェーレに何でも切り裂く大きな鋏の帝具、万物両断「エクスタス」を与えた。彼女はそれを使って今度はナイトレイドとして悪人を始末するようになる。最初はいつもと変わらないと思っていた。しかし、ナイトレイドには特異な彼女の才能を活かす場とその才能を認めてくれる人間がいる。その環境が彼女を少しずつ前向きに変えていった。やがて、ナイトレイドには同士が増えていった。彼らと話したり、一緒に戦ったりするにつれ、シェーレは何時の間にか笑顔でいることが多い自分に気が付く。ここにいるのは多かれ少なかれ彼女と同種の人間なのだ。ここでは家族や親友の前で感じていた孤独を感じることは無い。それが彼女の失われつつあった感情を取り戻すことになったのだ。

 

(ここが…私が居てもいい場所。私の居るべき場所)

 

ようやく彼女に本当の意味での仲間と居場所が出来た瞬間であった。

シェーレはナイトレイドが大好きであった。何だかんだ理由をつけても自分たちの行っていることが結局はただの殺人であることは分かっている。それは一人で行動していた時も同様であった。しかし、ナイトレイドにはその汚名を一緒に被ってくれる同志がいる。ずっと心の何処かで孤独を感じていた彼女にとって、それがどんなに大きなことだったかは想像に難くない。ナイトレイドの仲間は何よりも大切なものとシェーレは思っていた。

だから、シェーレは身を挺してマインを庇ったのだ。ようやく手に入れることの出来た仲間を失うよりも、自身を犠牲にすることの方が何と楽なことか。敵の帝具に捕まって肋骨が折れ、内蔵に損傷を受けても、マインを救えたことでシェーレは痛みなどまるで感じなかった。

 

(マインは…絶対に殺させません!)

 

自分の命を使うのであればここだ。薄れ行く意識の中、シェーレはそう思って万物両断「エクスタス」の奥の手を使おうとした。

その時、彼女の体がふわりと軽くなる。先程までの強い圧迫感も消えていた。靄のかかった視界に薄っすらと見えたのはあの少年であった。何処かナイトレイドへ拾われる前の自分に似ている気がした銀髪の少年。名前は確か…。

 

「キル…ア……?」

 

 

(間一髪、だね)

 

キルアは着地すると抱えていたシェーレを地面へ下ろす。

 

「どうして…ここに?」

 

シェーレが僅かに口を動かす。弱々しい感じだが、致命傷には至っていないようだ。

 

「ん、たまたま通りすがり」

 

キルアがそう言うと、シェーレは微笑んだ。

 

「アンタ…」

 

もう一人、マインがこちらを信じられないといった表情で見つめていた。彼女の方がシェーレよりも重傷のようだ。

 

「…アルカ。二人をちょっと見ててくれるか?」

「うん」

 

キルアにおんぶされていたアルカは地面へスタッと降りると、心配そうな顔でシェーレとマインの顔を覗き込んだ。それをチラッと見やると、キルアはすぐにセリューの方へ向き直る。

 

「お前は…あの時の!」

 

セリューはキルアが先日道を案内した少年だと気付いた。思わぬ邪魔が入ったこととコロの腕が簡単に千切れ飛んだことに思わず歯噛みする。

 

「…悪人に手を貸すんですか?」

「悪人?それ、どう見ても今のてめーのことだろ?」

「ああ!?」

 

自身を悪と呼ばれ、セリューは逆上する。尤も、これはそれを狙っての挑発であったが、相手が案外あっさりと乗ってきたのでキルアは拍子抜けした。

 

「おいおい。図星だからって逆ギレすんなよ。みっともねーなー」

 

更に追い討ちを掛けるキルア。逆上した相手ほど手玉に取りやすい相手はいない。既にこの場はキルアに支配されつつあった。

 

「…コロ」

「グルルル…」

 

コロと呼ばれた化け物が瞬時にセリューの側に近寄る。キルアが手刀で切り落とした腕は既に再生されていた。

 

「…子供と言えども悪人に手を貸すなら容赦はしない。それにお前は私を悪と言った。絶対に許さない!やれ、コロ!」

「グォォ…」

「よっ、と」

 

セリューの命令でコロが動くよりも先にキルアの強力な飛び蹴りが炸裂した。足先がコロの顔面へめり込むと、その勢いのままコロは数十メートルも後方へ吹っ飛んでいった。あまりの早業にセリューも呆気に取られた表情となる。

 

「え…?そんな…、コロ!」

「なーんだ。別に大したことないな。てめーの飼い犬はよ。これならウチのミケのがずっとやべーんじゃねーの?」

 

そう言ってキルアは飛んでいったコロへ目を向けた。と、コロがよろめきながらも立ち上がっているのが見える。

 

「へー、あれで立ち上がれるんだ」

「油断しないで…」

 

そう声を掛けてきたのは、アルカによって身を起こされたマインであった。

 

「そいつは生物型の帝具よ…。体の何処かにあるコアを狙うか、使い手を何とかしない限りは死なないわ」

 

マインが必死にキルアへ情報を伝える。悔しいが、この場を何とか出来るのは今はキルアしかいない。何故、こちらの味方をしているのか彼女には分からないが、シェーレと二人で生きて戻るにはキルアに頼るしかないと考えたのだ。

 

「…ふーん。なるほどね。オーケー。サンキューな」

 

キルアはマインへ謝意を述べる。手っ取り早いのは目の前の使い手を殺ること。そう考えたキルアはセリューへ視線を向けた。同時にセリューも構える。

 

「無駄な抵抗だね」

 

キルアはすかさず肢曲を繰り出すと、緩急をつけた動きでセリューを幻惑させる。気が付いた時にはセリューの懐に入っていた。

 

「なっ!?」

「ほらよ!」

 

キルアは両の掌に念を集中させるとそれを高圧電流に変化させてセリューの胴体へ叩き付けるように放った。これは「雷掌(イズツシ)」という技である。

 

「コハッ!」

 

声にならない声を上げてセリューは膝をついた。

 

(電流!?何故…?何処に隠し持って…!?)

 

セリューはすぐに視線をキルアへ戻した。キルアは追撃せずに悠然と彼女を見下ろしている。

 

(余裕か?…クククククク)

 

セリューは思わず吹き出しそうになった。強力な一撃を与え、すぐには反撃して来ないだろうと高をくくっているのだろう。その身体能力の高さには驚かされたが、所詮は子供。詰めが甘い。

 

(その生意気な面に風穴を開けてやるよ!)

 

セリューの体内には武器が仕込んである。恩人であり師の知り合いであるDr.スタイリッシュにより改造手術を受けたからだ。その師オーガはナイトレイドに殺された。これはその弔い合戦でもあるのだ。

 

(死ね!ナイトレイドに与する悪人が!!)

 

セリューは口を大きく開け、中に仕込んだ銃口をキルアの額へ向けた。そして、躊躇うことなく引き金を引く。激しい銃声と発砲の衝撃は…全く訪れなかった。

 

(…………え?何で?)

 

頭が真っ白になるセリュー。その様子を見ていたキルアがニヤリと口角を持ち上げる。

 

「…アンタさあ、体の中に何か仕込んでんだろ?」

「!?」

 

何故、気付かれた。そうとでも言いたげにセリューは口をパクパクと動かす。キルアはやれやれと肩をすくめてみせた。

 

「だってアンタ、歩いてる時の体の重心があからさまにおかしかったぜ?んなもん体に武器か何か仕込んでますって宣伝してるようなもんじゃん」

「そんな…まさか、初めて出会った時から見抜いて…?」

「知ってるか?精密機械ってのはさ、本当に繊細でちょっとした電流で動かなくなることもあるんだぜ?ウチの豚兄貴も自作PC組み立ててる時にたまたま静電気が発生して全部おしゃかになっちまった、なんてことがあったらしーしな」

「まさ…か…」

「てめーの体の機械、全部おしゃかにしてやったよ。二度と動かねーようにな」

 

残酷な現実を告げるキルア。恩人から貰った奥の手さえ使用不能となったセリューは絶望でボロボロと涙を流し、人目も憚らず失禁していた。


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