キルアが斬る!   作:コウモリ

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第7話 ①

キルアは再びナイトレイドのアジトへとやって来ていた。今度は後を尾けたのではなく、案内を伴ってのことなので以前と状況は異なる。

案の定、アジトの場所は変えられていた。同じ山中ではあるが、以前よりももっと奥の方に設置された施設を使用しているようだ。

 

「遅かったじゃ……え!?」

 

敷地内へ立ち入って、最初にキルアを出迎えたのはタツミであった。様子から察するに雑用でもこなしていたのだろう。タツミは満身創痍のマインとシェーレ、そしてその二人を連れているキルアを見て驚きの声を上げる。無理もない。彼にとって仲間がこの様な状態で帰還することと、以前アジトへ潜入してきた謎の少年が再び現れたこと。これがセットでやって来たのだ 。彼でなくとも多少の驚きは見せるだろう。

 

「よ!」

 

キルアはそんなタツミの驚きを余所に軽い感じで挨拶をした。

 

「よ!…………じゃ、ねーよ!何でお前がここに!?」

「俺、今日からナイトレイドに入るよ」

「ハァ!?それはどういう…」

「んなことより、この二人を医者に見せなくていいの?」

「!!そ、そうだ!!」

 

キルアの指摘にタツミは慌ててアジトの中へと急ぐ。すると、三分もしない内に他の仲間たちが現れた。見ると、彼らのリーダーであるナジェンダの姿がない。恐らく何処かへ出ているのだろう。

 

「お前は…」

 

ガタイのいいリーゼントの男、ブラートがキルアの顔を見るなり怪訝な表情になる。その背後では金髪の女レオーネと黒髪の少女アカメがそれぞれマインとシェーレを運び込んでいた。二人が無事にアジトの中へ入るのを見届けると、ブラートは再びキルアへ視線を戻す。

 

「…タツミから聞いたぞ。どういう風の吹き回しだ?ナイトレイドに入るというのは?…確か、言っていたよな?俺たちと組むつもりは無い。メリットが何処にも無いと」

「俺なりにこの国の未来を憂いてさ。…ってのじゃ、納得出来ない?」

「出来ないな」

 

ブラートはキッパリと言った。

 

「何を考えているか分からない味方ってのは、時に強い敵よりも脅威となる。ボスはお前のことを気に入ってるみたいだが、俺はそうは思っていない。それにお前が帝国のスパイという可能性もゼロではないしな」

(まあ、半分は当たりなんだけどね)

 

帝国ではないが、スパイには違いない。と、キルアは心の中で苦笑する。

 

「帝国のスパイだったらコイツをアンタらには渡さないと思うけどね。例え、取り入る為でもさ」

 

そう言ってキルアはブラートへ何かを手渡した。それは帝具・魔獣変化「ヘカトンケイル」であった。

 

「!!これは…」

「そいつの使い手は殺したぜ?」

「!!」

 

ブラートは改めて魔獣変化「ヘカトンケイル」を見る。完全に眠っているということは、現在の使い手がいないということである。少なくとも、目の前のキルアが使い手では無いことは明白だ。また、仮にこの帝具の使い手が元々いなかったとしても、敵にみすみす帝具を渡すなど戦略的には有り得ないことである。単純に相手の戦力増強に繋がるし、後で取り返すにしても解析されて対処法を知られでもしたらマイナスにしかならないからだ。それに帝国は一つでも多くの帝具を集めようとしている。キルアの言う通り、例え取り入る為だとしても敵に渡すなどという手段を用いるとは考え難い。そもそもキルアが帝国のスパイならば、とっくに帝国へナイトレイドの情報は渡されていると考えるべきで、そういうことならば、こんな回りくどいことをせずとも自国の軍を直接送り込めばいいのだ。いくらナイトレイドが実力者の集まりでも一国の軍隊相手にどうこう出来る程では流石にない。総力戦ともなれば帝国だっていくつもの帝具を所持しているのだから、ナイトレイドが優位ということは決して無いのだ。あの大臣であったならば、間違いなくその方法を取るだろう、と元帝国軍人であったブラートは考え直す。

 

「…確かに、お前が帝国のスパイという可能性は低そうだな」

「だろ?」

「だからと言って、仲間に入れるかどうかは、また別の話だ」

「見た目と違って慎重だな、アンタ」

 

キルアはそれも想定内だという風に笑ってみせる。

 

「あの二人…」

「?」

「俺がいなかったら死んでたぜ?」

「…恩を売っているつもりか?」

「それもあるけどさ。たった一人の敵相手にそれだけ苦戦するようじゃ先が思いやられるってもんじゃない?人員なんていくらあっても足りないだろ?」

「…………」

 

痛いところをついてくるものだとブラートは思った。

帝具使い同士の戦いは常に誰かが死ぬ危険性を孕んでいる。それが何時こちらの番になるのか分かったものではない。明日は我が身かも知れないのだ。それはナイトレイドの帝具使いは全員覚悟しているが、だからと言って戦力が減っていいということでは決して無い。現状でも戦力は十分でなく、即戦力は何時でも欲しいのである。帝具使いではないタツミをスカウトしたのもそんな事情が多少は含まれていた。

無論、だからと言って誰でもいいというわけではない。タツミには鍛えれば伸びるであろう素質と純粋に正義と悪を見つめられる心があった。彼ならば決して間違った方へは行かないだろうという確信を一目で感じることが出来たのだ。

それに対して、キルアはどうだろうか。その実力は申し分無い。しかも、それが完成しきったものではなく、まだ伸びる余地のある発展途上だというのだから文句のつけようもない。確実に大きな戦力となってくれるだろう。だが、その心に関しては全くと言っていい程見定めることが出来ないでいた。決して短くない人生の中で様々な人間を見てきたブラートでさえ、キルアのような人間はこれまでに見たことが無かった。これからも見ることは無いだろうと思えるくらいに特殊な存在である。流石は噂に聞くゾルディック家の人間。ブラートにはキルアが靄の掛かっているように見えていた。朧気で掴み所が無い。下手をすればこちらが取り込まれるかも知れない。果たして、このような存在をナイトレイドの一員として迎えてしまっても良いものか。

 

「いいじゃないか。ブラート」

 

そんなブラートの思案を断ち切るかのように、この場へナジェンダが現れた。ちょうど外出から戻って来たようである。

 

「ようこそナイトレイドへ、少年」

「ボス!」

「ブラート、今は一人でも戦力が必要だ」

「しかし…!」

「…エスデスが来る」

「!?」

 

エスデスの名を聞いてブラートは大きく表情を変えた。

 

「…分かるだろ?戦力が必要な理由が」

「…予定していたよりもかなり早いですね」

「北の勇者が想像以上に期待外れだったのか、帝国側に急ぐ理由が出来たのか…。何れにせよ、奴は速やかに任務を終えて間もなく帝国へと戻る。革命軍からの情報だ。間違いないだろう」

 

その話を聞いて、キルアには帝国がエスデスを早く呼びつけた理由に見当がついていた。カガリから聞いた視察の話。恐らくはV5によるものだろうか。まさか、いきなり正面衝突するつもりでは無いだろうが、戦力を十分整えておくことにこしたことは無いということなのだろう。

 

「で、俺は今日からナイトレイドの一員ってことでいいのか?」

 

キルアが尋ねると、ナジェンダは大きく頷いた。

 

「ああ。歓迎しよう」

「ま、大船に乗ったつもりでいーぜ?俺がこういうことに手を貸すなんて滅多にねーんだからさ」

「言うな。期待しているぞ。…ところで、前から気にはなっていたが、その子は?確か、兄弟と言っていたな」

 

ナジェンダはキルアの背後へ視線を向けた。

 

「…ああ。アルカは普通の子供だよ。戦闘能力は殆ど無いと言っていい」

「そうか。流石に上手い話はそうそう無いか」

「期待に沿えなくて悪かったな。ちなみに危険に晒させるつもりもねーから」

「ああ。分かった。なるべく配慮するように心掛けよう」

「そうしてくれっと少し助かる」

 

そう言うキルアの表情は何処か優しげであった。アルカが如何にキルアの中で大きい存在なのかを裏付けるようである。

 

「…タツミ、ラバック!」

「はい!」

「は、はい!」

 

ナジェンダが呼ぶと、茶髪の少年タツミと緑髪の少年ラバックがすぐに返事をする。

 

「…彼らを案内してやれ」

「はい!ナジェンダさん!俺が連れて行きます!」

 

ラバックが率先して返事をすると、我先にとキルアたちをアジトの中へ連れて行く。一方でタツミは何処か乗り気では無さそうであった。無理もない。キルアには散々なことを言われたのだ。蟠りもあるのだろう。ちなみに、ラバックも当然キルアに対して蟠りはあったが、彼はナジェンダの好感を上げる為にそれを呑み込んだのであった。

何か波乱を感じさせる。見る人間が見れば、そんな一幕であった。

 

 

「ボス。俺は反対ですよ」

 

キルアの姿が見えなくなってから、ブラートは改めてナジェンダへ告げる。

 

「あの少年はハッキリ言って得体の知れない劇薬です。ナイトレイドにとって猛毒になるかも知れません」

「…かもな。だが、劇薬はあくまで薬だ。それもとびきり強力な…な」

 

ナジェンダは煙草に火を点け咥える。

 

「ブラート…。事態はそれだけ逼迫しているんだ。エスデスへ対抗するには今のままでは戦力が足りなさ過ぎる。本部へ援軍を要請しに行ったのもその為だ」

「……………………」

「理解してくれるな?」

「…分かりました。完全には納得していませんが、エスデスが相手ともなれば、ボスの判断は決して間違ってはいないですから」

「お前ならそう言ってくれると思ったよブラート」

 

ナジェンダは何処か申し訳なさそうな表情をした。

 

「…別にお前たちのことを頼りないと思っている訳じゃないんだ。ただ、敵がそれだけ強大だということ。備えというのはいくらしてもし足りないということはないからな」

「分かってますよ、ボス。俺たちのことを誰よりも心配してくれてるって。そんなボスだからこそ俺たちはついていってるんです」

「…そう言ってくれると救われるな」

 

ナジェンダはふーっと煙を吐き出した。

 

(…当然、彼の本当の目的も気にはなってはいる。それとなく探らねばな。彼を見誤れば、払う代償はそれこそ命かも知れないのだからな)

 

ナジェンダはフッと笑った。

 

(…何時かも似たようなことを考えてたな。それだけ、考えねばならないことが多いということか。やれやれ…、何時になったらそんなことを考えなくとも良い時代が来るのだろうか)

 

ナジェンダは僅かに肩を竦めた。

 

(…平和まではまだまだ遠いな)


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