キルアが斬る! 作:コウモリ
「…連中のアジトへの潜入には成功したぜ」
キルアはグリーを通してこちらへ連絡を取ってきているカガリへそう報告した。
「そうか。ということは今お前がいる場所がアジト、或いはアジト周辺ってことだな?」
「ああ。…つーか、ネズ公を唐突に寄越すの今後は止めろよな。室内や他の奴らの前だと、明らかに怪しいだろ?」
「それは大丈夫だ。お前があのアルカって子以外と一緒にいる時は声を掛けるなと命令してある。それに条件を発動しなければただのネズミだ。これで連絡を取り合ってるとは普通は思わないだろうさ」
「アンタ、仮にも調査員なら、ありとあらゆる可能性を考えておけよ。もしかしたらそう考える奴がいるかも知んねーだろ」
「…確かに、少し迂闊だったな。以後、気を付けるよ」
「ガキに説教されてんじゃねーよ」
「全くだな」
グリーの向こうでカガリの笑い声が聞こえる。
「…それにしても、随分とあっさり仲間に入れたな」
「ああ。最初こそ渋られたけど、ボスって奴の鶴の一声でな。俺も拍子抜けだったよ」
(ま、俺が殺った宿屋のジジイや正義女が帝国に与する連中だったってのが大きいんだろーな。ここまであからさまな敵対行動を取ってたら、少なくとも俺が帝国の人間ってことは考え難いし。恐らく、あのボスの女は敵の敵は味方っていう考え方なんだろ)
キルアはそう分析する。ただ、少なくともあのブラートという男はキルアのことを最後まで訝しんでいたので、ナイトレイドがボスのイエスマンだらけというわけでは無さそうだ。
「仲間に入ることは出来てもイコール信頼されてるってわけじゃねーからな。実はさっきまで尾行されてたし」
あのアカメという黒髪の少女だっただろうか。気配を絶ち、キルアの監視をしているようであった。だが、いくら彼女が優秀な戦士だとしても、プロのハンターであり暗殺者としても熟練とも言えるキルアには絶を使えない彼女の存在を察知することは可能であった。
「ああ、一応言っておくけど、尾行は隙をついて撒いてやったから、そいつにこの会話を聞かれてるってことはないと思うよ。周囲に気配もねーしな」
「まあ、そのつもりでこちらも会話しているからな。…ところで、今後の連絡についてはどうする?尾行は何時でも撒けるとしてもだ。そう何度も尾行を撒いてたら逆に怪しまれるだろ?」
「だな。…取り敢えず昼間は監視の目もあるから、朝か夜だな。出来れば夜中が望ましい」
「夜は仕事じゃないのか?ナイトレイドと言うくらいだしな」
「だからだよ。仕事中なら俺だけを気にするわけにはいかねーだろ?それに、理由つければ単独行動を自然に取ることも可能だしな。先行する。とか言ってな」
「なるほど」
カガリは納得した。
「じゃあ、今後はなるべく深夜帯に連絡を取るようにするよ」
「そうしてくれると有り難いね。で、そっちは何かあった?つーか、あったから連絡を取ったんだろ?」
「ああ…」
心なしか、カガリの声が曇ったように感じられた。
「とうとうエスデスが来たよ。それも、つい先程…な」
「エスデス。北の制圧を完了し、只今帰還いたしました!」
帝都の中心、宮殿内の謁見の間。幼き皇帝の前で跪き、そう告げたのは白い軍服に身を包んだ青い長髪の女性であった。
「エスデス将軍!」
大臣オネストが彼女の名を呼ぶ。エスデスは即座に「ハッ!」と答えた。軍人らしくハッキリとした力強い声であった。
「此度の北の制圧、正に見事であった!それも、当初の予定よりも早く制圧するとは。文句のつけようもない」
「有り難き御言葉、痛み入ります」
「褒美として黄金一万を進呈しよう」
「重ね重ね、有り難うございます。黄金の方は北へ残してきた兵たちにでも送らさせて頂きます。彼らも喜ぶでしょう」
「そうかそうか」
(…相変わらず欲の無い女だ)
大臣は心の中で呟いた。
「…戻って来たばかりで申し訳無いが、新しい任務がある。…さ、皇帝陛下」
「うむ!」
大臣に促され、幼い皇帝はコホンと軽く咳払いをした。
「エスデス将軍。そなたには帝国に仇なす悪人どもの討伐を命じたい」
「ハッ!」
「賊は勿論だが、それ以上に厄介なナイトレイドとその一味。これらをそなたの手で打ち倒して欲しい!…ということで良かったか?大臣?」
「はい。問題ございません。…どうだ、エスデス将軍。やってくれるか?」
「仰せのままに。…一つだけよろしいでしょうか、皇帝陛下?」
「うむ。何だ?言ってみろ」
「噂によると、ナイトレイドには帝具使いがいると聞いております。ただの賊であればものの数ではありませんが、相手が帝具使いであるならば話は別。私といえども苦戦は免れぬでしょう」
(よく言うわ。そんなこと、微塵も思っていないくせに)
自信に満ち満ちた表情を崩さないエスデスの顔を見ながら大臣は思った。
「…そこで提案なのですが、敵の帝具使いに対抗する為に特殊部隊を結成したいのです。私を含む帝具使いのみで結成された部隊を」
(何ぃ!?)
エスデスの提案に思わず大臣は苦虫を噛み潰したような顔をする。
(ただでさえ、帝具と帝具使いは貴重な存在なのに、それで部隊を作った上に自分の支配下に置かせろ。だと?…前言撤回。とんだ強欲女だコイツは!!)
帝具は全部で四十八個存在すると言われている。あくまで前の皇帝の言葉通りなら…であるが、実際はそれより多いかも知れないし、少ないかも知れない。その実態を全て把握している人間はあまりいないのである。当然、帝国で全てを管理しているというわけではないし、実際に所持している数も多いわけではない。更に帝具だけあってもそれを使うことが出来る者がいなければ意味を為さず、そういった人材も十分では無いのが現状である。
「え、エスデス将軍。確か、そなたには三獣士とかいう部下がいたのではないかな?全員帝具使いであったと記憶しているが?」
「はい。しかし、それだけでは足りぬのです。それはそちらがよく存じ上げているのでは?」
「ぬ?」
「話に聞いたところによると帝国の帝具使いが一人殺された上に帝具まで奪われた、と。これはそのナイトレイドの仕業では無いのですか?」
(…痛いところをついてきおる)
帝都警備兵のセリュー・ユビキタスという帝具使いがナイトレイド討伐に出て返り討ちにあったという報告を受けたのはつい先程のことであった。耳の早い奴だと大臣はエスデスを見やる。
「帝具使い同士の戦いの決着には必ずどちらかに死人が出る。それが必然のルールです。で、あれば、駒は多いに超したことは無いでしょう。備えあれば憂いなし、という奴ですよ大臣」
(フン、部下を駒扱いか。部下に優しいんだか、厳しいんだか。まあ、その一点に関しては、こちらとしても同意見だがな)
「…部隊の件についてはなるべくそちらの意見に沿うように善処しよう」
「そうして頂けますと助かります」
エスデスは満足げにニッコリと笑った。
「将軍には苦労をかけることになるな…」
皇帝がポツリと呟いた。
「大臣、将軍には金だけではなく別の褒美も与えたいのだが、どう思う?」
「んむ?」
(全く、何を言っているのだこの皇帝は。今の要求でさえ、黄金一万以上の価値はあろうに、その上更に褒美とな?)
「…御意のままに」
大臣は溜め息混じりに言った。
「うむ。では、将軍。何か望むものはあるか?何でもよいぞ!」
「望むもの、ですか。生憎とこれ以上の地位や金品などには興味ございませんので…。そうですね。敢えて言わせて頂くのならば…」
「おお、何だ?」
「恋を…。恋をしたいと思っております」
「恋……?」
あまりに予想だにしなかった返答に皇帝は一瞬固まる。それは大臣も同様であったようで、謁見の間中ムシャムシャと口に入れていた握り寿司を思わず床へ落としていた。
「こ、恋……か」
皇帝は虚空を見上げながら反芻するように言葉を繰り返す。そして、ようやく理解が追い付いて来たのか、エスデスへと視線を戻した。
「そ、そうか!将軍も年頃の女性であったな!独り身だし、そのようなことを考えても不思議ではないな!」
「し、しかし将軍には、慕ってくれる者が周囲にそれこそ山のようにおるのでは無いか?」
「あれはペットです」
エスデスはキッパリと言い切った。
「ふむ。では、誰かを将軍の恋人として斡旋するとしよう。ちなみに、この大臣などはどうだ?とても有能な男だぞ?」
「へ、陛下!?」
皇帝の言葉に大臣は思わず取り乱す。
(じょ、冗談では無いぞ!!万が一にもあの女の恋人なんぞになってしまったら命がいくつあっても足らんわ!!)
「…皇帝陛下。お言葉ですが、大臣殿は高血圧で明日をも知れぬ命。恋人にするには健康面での不安が大き過ぎます」
「失礼な!これでも一応健康体だわ!」
「…何れにせよ、大臣殿は私の理想とする恋人には遠いものと思われます」
「言うてくれるわ。…では、将軍はどのようなのが好みなのだ?」
大臣からの問い。それに対して、エスデスは懐から取り出した紙を大臣へ渡した。
「…これは?」
「私の思う理想の恋人の条件となっております。もしも該当する者がいたならば教えて下さると有り難いです」
「ふむ。後で読ませて貰おう」
「…それではこれにて失礼いたします」
エスデスはビシッと敬礼した後、謁見の間を出た。
「…おお。そうでした」
唐突に大臣はポンとわざとらしく手を叩いて見せた。
「皇帝陛下。用事を思い出しましたので少しの間失礼をさせて頂きます」
「おお。構わないぞ。大臣の用事なのだから、とても大事なことなのだろう?」
「ええ。すぐに戻って来ます故、御心配なさらずに」
「分かった!」
幼き皇帝は満面の笑みで大臣を送り出した。
(…やれやれ。エスデスを戻したのはいいが、まだまだやらなくてはならぬことが多い。本当に忙しいことだ)
そう心の中で愚痴る大臣の顔はいやに嬉しそうであった。
「…おお。いたいた。おおい将軍!」
「ん?」
大臣に呼び止められたエスデスはピタリと足を止める。
「大臣殿。如何なされましたか?」
「少し話を…歩きながらでいい」
「分かりました」
と、二人は歩幅を合わせて再び歩き出した。
「例の特殊部隊の件についてだが…」
少し距離を進んでから、大臣が先に口を開いた。ヒソヒソと小声である。
「そなたの言う通りの人員は揃えよう。その代わりと言ってはなんだが、一つ個人的なことで頼まれて欲しいことがあるのだが…」
「…消して欲しい人間でもいるのでしょうか?」
「察しの早い人間は大好きだぞ。実は一人邪魔な奴がいてな…。誰に聞かれるかも分からんので詳細は後で話す」
「分かりました。後で私から大臣殿の私室へ伺いましょう」
「そうしてくれると助かる」
大臣は自身の要求を告げ終えたので、ホッと胸を撫で下ろした。
(貴重な帝具と帝具使いをくれてやるんだ。このくらいは聞いて貰わんとな)
「…しかし妙なことです」
エスデスはそうポツリと呟いた。
「ん?」
「…私が闘争と殺戮以外に興味が湧くなんて。自分でも戸惑っています」
「…ああ、そのことか。男が女を欲するように、女が男を欲するのは至極当然。何もおかしいことなどない。将軍の場合は、寧ろその気になるのが遅いくらいだ」
(まあ、貴様には恋などという言葉は全くもって似合っとらんがな)
大臣の心の中の皮肉に気付いた様子もなく、エスデスはほうっと溜め息を吐いた。
「なるほど…これも本能の為せる業ということですか。まあ、今は賊狩りに専念するとしましょう」
チュチュ…。
「ん?ネズミか?」
大臣は何処からか聞こえた鳴き声に反応する。
「…最近、やけに見掛ける気がするな。今度、一斉駆除でもしておくか」
「…………………」
一方、エスデスは鳴き声の主を視線の中に捉えていた。
(…先程からの視線。まさか、な)
そう思いつつもエスデスの視線は一匹のネズミから離れずにいた。