キルアが斬る! 作:コウモリ
「で…………っけ~~~~~~~~~!!」
タツミが思わずそう口にする程、竜船は巨大な船であった。全長で数千メートルはあろうか。船首には名前の通り竜を模した装飾が施され、見る者に荘厳な印象を与えている。
「さっすが帝都一の巨大豪華客船だなあ」
タツミ、ブラート、そしてキルアの三人はこの竜船で要人警護の任に就いていた。無論、表向きは客の一人ということになっている。
「料理も豪華だなあ~」
船上では早くも軽い立食パーティーが行われていて、並べられたテーブルの上には見たこともないような様々な料理が並ばれている。そのどれもが高級感に満ちており、普通に暮らしていたら一般市民が目にすらしないようなものばかりであった。また、乗船している客もこれまた豪奢な装いに身を包み、一見して金持ちだと分かるような人で埋め尽くされている。田舎出身のタツミにとっては、この光景があまりに新鮮過ぎて思わず任務のことも忘れてしまいそうな程、釘付けにされていた。
「コラ!タツミ!ここには観光に来たんじゃないぞ」
ポカッと一発小突かれてタツミはハッと我に返る。
「あ、アニキ!」
「全く…手配書に載ってない奴はいい気なもんだ。俺はこうして透明化していないと船内を歩くことさえ出来ないのだがな」
そう言うブラートの姿は誰の目にも見えていなかった。これはブラートの帝具、悪鬼纏身「インクルシオ」の力によるものであった。インクルシオは凶暴な超級危険種タイラントを素材として作られており、並みの兵器では貫けぬ極めて高い防御力と気候や周囲の環境に左右されない汎用力を併せ持つ優れた鎧の帝具であった。また、装着者の成長により進化していくという特性も持ち合わせている。反面、掛かる負担は並大抵ではなく、時には装着者を死に至らしめる程であり、他の帝具と同様に取り扱いの難しいものであった。
「しっかし、アニキのその能力すっげーな。透明になれたらどんな敵でも楽勝じゃん!」
「そんなことは無いぞタツミ。姿は消せても気配までは消せない。未熟な奴がこの力を使ったところで相手が達人級ならば、すぐにこちらの居場所はバレてしまう。まあ、未熟な奴はそもそもこのインクルシオを装着することなど出来はしないがな。それに…」
「それに?」
「…いや、何でもない」
(…恐らく、俺にはもうこれ以上インクルシオの性能を引き出すことは出来ないだろうな。悔しいが、俺自身の成長の限界がもうそこまで来ているようだ)
ブラートは人知れず歯噛みする。
「…気を引きしめておけタツミ。敵はすぐそこに潜んでいるのかも知れないんだからな」
「分かったよアニキ!」
タツミは言われた通り、何時でも戦闘態勢に入れるように気合いを入れ直す。こういう素直なところがブラートはいたく気に入っていた。
(タツミはいずれ俺をも超えてくれるだろう。…意思を継いでくれる人間がいるってのはいいものだな。本当の意味で戦いに命を懸けることが出来る。まあ、死ぬ気は無いし、まだまだ超えられてはやらんがな)
まるで巣立つ子供を見る親のような目でブラートはタツミを見ていた。
「…ところで、キルアはどうした?一緒じゃなかったのか?」
「あー、アイツならトイレとか言ってたな。…そういや、トイレにしては遅いなアイツ」
「そうか…」
ブラートは顔を顰めた。キルアの所在が知れぬこともそうだが、それよりも嫌に耳に入って来る音楽に対して真っ先に不快感を覚えた。
(…何だ、この笛の音は?笛の音にしては響き渡り過ぎる。それに聞いていると段々と力が抜けていくような感覚もある。……まさか!?)
ブラートはある可能性を思い付く。そして、その考えは間違ってはいなかった。
~♪
エスデス直属の部下、三獣士が一人、ニャウ。彼は自身の帝具、軍楽夢想「スクリーム」を吹き鳴らしていた。スクリームはその音を聴いた者の感情を自在に操作することが出来る笛の帝具である。ターゲットやその護衛の戦意を失わせ、暗殺の仕事をやりやすくしようと、ニャウはこうして薄暗い船床で積み荷に腰を掛けながら一人寂しく演奏会を開いていたのだ。
「あっれ~?おかしいな~?」
「……?」
子供の声が聞こえた。無論、その程度のことで演奏を止めたりはしないが、こんな用でも無ければ誰も立ち入らないような場所に子供が一人で来るのは珍しい。大方、貴族の客が連れてきた子供が迷子にでもなったのだろう。ニャウの視界に子供の姿が入ってくる。薄っすらと銀色の髪が見えた。
「ねえねえお兄さん。甲板ってどっちだっけ?」
子供が話し掛けてきた。十二~三歳くらいだろうか。如何に子供と言えど、姿を見られたからには始末せねばならない。ニャウはスクリームを吹きながらもやれやれと面倒臭そうな顔をしていた。取り敢えず息の根でも止めてやろうかと思って立ち上がろうとする。
その瞬間であった。
「グァッ!?」
突如、ニャウの首とスクリームを持つ手に強い圧迫感が襲った。見ると、銀髪の少年が片手でニャウの首を絞め、もう片方の手でスクリームを持つ手を押さえ込んでいた。結果的にニャウは銀髪の少年に積み荷から立ち上がる僅か一瞬、その隙をつかれた形になる。とても子供の力とは思えず、振り払うことが出来ない。
「がっ………ぐ…ぐ」
「…アンタ馬鹿だろ?不自然にデカイ笛の音とか、何かの能力ってバレバレじゃん。音を辿れば居場所だって分かるしさ」
「お、おま…え……なんで……?」
スクリームの笛の演奏を聞いて、何故無事でいられるのか?多少なりとも弱体化は免れない筈。と、ニャウが不思議がると、少年はニャウの利き手を持つ手に力を込めた。それによりニャウの腕は簡単に粉砕されてしまう。
「いだああああああッ……」
「これで武器は持てねーな…」
少年はニャウの使えなくなった腕を解放すると、その手を自身の耳に突っ込んだ。すると、少年の耳から丸めた布のようなものが出て来る。よく見るとテーブルクロスの切れ端のようなもので、唾か何かで少し湿らせているようだ。
「布…?まさか、それで栓を?」
「たりめーだろ。不自然な音色が聞こえたら少しでも耳を塞ぐのは戦闘の常識だぜ?」
少年はそう言ってのける。明らかに場数が違う。ただの少年では決して無い。ニャウはすぐに目の前の少年がナイトレイドの一員だという可能性に思い当たった。だが、だとすれば想像していたよりも強い。いや、強過ぎると言っていい。
「お前が、例の偽者か?」
少年が尋ねる。
「…いや、あの女から聞いた現場の状況から考えると、てめえ一人の犯行とは思えねーな。一人か二人、仲間がいるな?答えろ」
「…だ、だれが、こたえ…………」
「あっそ。じゃ、死ぬ?」
銀髪の少年は更に力を強めた。骨が軋み、その音が聞こえそうになる。
「ぐああああああ!い、言う!言うからたすけ……」
「無駄口叩くな。言うなら十秒以内に言え。じゃなきゃこのまま首を捻じ切る」
「二人!僕以外に二人いる!」
「帝具使いか?」
「そ、そうだ!!」
「能力は?」
「そ、それは……」
ギリリリ
「ひ、一人は水を操る力で、もう一人は斧を使う…は、離して……」
「その斧の能力は?」
「な、投げれば何処までも相手を追跡する…!」
「オーケイ」
銀髪の少年はそう言うとニャウを拘束する力を弱めた。今の内だと、ニャウは少年へ反撃を試みようとした。今、ここでこの少年を殺せば秘密は漏れない。
だが。
ブチッ
「……………!?」
ニャウは一瞬何が起きたか分からなかった。だが、口の中に溢れてくる大量の鉄と塩の味に気が付いた瞬間、立ってすらいられぬ程の激痛がニャウを襲った。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「…………」
少年はニヤリと笑いながらジャリジャリと音のする右手をゆっくりと開いて見せる。すると、そこには手の平いっぱいの歯が入っていた。
「知ってる?吹奏楽器って歯が意外と重要なんだよね。歯並び一つで上手く吹けなくなる。…これでてめえは二度とその笛を吹けなくなった」
少年は床へポトポトと歯を落としていく。ニャウはそれを求めるかのように手を伸ばした。その手が少年によって踏まれる。
「いひゃい!」
歯が無くなり、空気の抜けた声でニャウは悲痛な叫びを上げた。
「…最期に何か言うことはあるか?」
少年が顔を近付け、そう尋ねてきた。ニャウは死を覚悟する。まさか、奥の手を出すどころか、まともに戦うことさえなく死ぬだなんて。この時、ニャウの脳裏には今まで自分が顔を剥いできた女性たちの姿が浮かんでいた。彼女たちは死ぬ間際、こんな恐怖を抱いていたのだろうか。
(……まだまだ、いっぱいいっぱい女の顔を剥ぎ取ってやりたかった)
ニャウの目には悔し涙が浮かぶ。と、次の瞬間、ニャウの首がスパッと切断された。
薄闇の中、銀髪の少年…キルアが呟いた。
「あ、そっか。歯がねーから何も喋らんねーよな」
竜船に鳴り響いた不自然な笛の音は二度と流れることは無くなった。