キルアが斬る!   作:コウモリ

30 / 35
第8話 ⑤

(何なんだ…アイツは!?)

 

エスデスの監視と調査を自ら請け負ったレオーネは、とある茶屋でのんびりとお茶している標的を屋根の上から見ていた。死角の上、遠く離れている筈なのに、まるで今にも背後から襲い掛かってきそうなイメージが頭から離れない。レオーネはエスデスの所作の一つ一つに全身が総毛立つのを感じた。野生の勘が彼女に伝える。“アレには手を出すな”と。

 

(隙あらば…と思ってたけど、実物を見たらとてもそんな風には思えない!)

 

一分の隙も無い。というわけではない。寧ろ、エスデスは完全に隙だらけであった。だが、それが自らを誘い込む罠でしかないということがよく分かる程に敵の発するオーラのようなものが絶大であった。これは帝具、百獣王化「ライオネル」の使い手である彼女だからこそ察知出来たもので、下手な実力者ならばホイホイと釣られてそのままエスデスに狩られてしまっていたかも知れない。レオーネの帝具、ライオネルはベルト型の帝具で身に付けて使用すると装着者を獣のように変貌させることが可能となっている。獣化した装着者は身体能力に加え五感まで強化され、正に野生の獣の如き力を手に入れることが可能となる。数ある帝具の中でも特殊な存在であった。

 

(ライオネルによって強化された野生の危険察知能力、これが無かったらあたしは無策で突っ込んでたかも知れない…。ここは悔しいけど退くべきだね!)

 

レオーネは軽く舌打ちすると、全速力でその場から去っていった。

 

(…アンタの強さは覚えた!今はまだ敵わなくても、何れ必ず倒す!狩人はアンタだけじゃないんだ!)

 

 

「…ふむ。釣られなかったか」

 

エスデスは運ばれてきた団子を手に取り、周囲から自身を監視する視線が無くなったことを確認するとそれを口の中へ運んだ。

 

(相当慎重なのか、臆病風に吹かれたのか…。何れにせよ、ここで撤退を選択出来るのであれば、相応の実力者なのだろうな。例のナイトレイドか…?まあ、これ以上、この場からいなくなった人間のことを考えても仕方無いな)

 

「ん、これはなかなか美味だな」

 

エスデスは程よく上品な甘さの団子に舌鼓を打つ。

 

(…アイツらに是非とも食べさせてやりたいものだ。帰って来たら連れて行ってやるとしよう)

 

 

 

(…恐らくもうあの二人は生きてはいまい)

 

リヴァはブラートからの攻撃を捌きながらそう考えていた。本来であれば、三人で共に戦う予定だったからであった。例え相手がたった一人でも、いやたった一人だからこそ数の有利というものは活きてくる。これを卑劣などと宣う者は実戦というものをまるで理解していない。実戦は試合や稽古ではないのだ。殺るか殺られるか、その二択しかない。そうであるならば、より生存の可能性が高い戦略を取るのが当たり前。批判される謂われなど全く無い。ダーティーファイトに徹することこそ戦場においては重要なことなのだ。

当初の作戦では、ニャウが船床よりスクリームで相手の戦意を奪い、弱ったところをダイダラと二人で襲い一人ずつ確実に仕留めていくという実にシンプルなものであった。だが、現実はニャウのスクリームの音色は突然途絶え、様子を見に行ったダイダラは何時まで経っても戻って来ない。あの二人に限って敵の返り討ちにあったなど考えたくないことではあるが、未だに何の連絡も無いことを鑑みれば、最早無事ではない可能性が非常に高いと言えるだろう。当初の計画は破綻してしまったと言えるが、だからといって引き下がるわけにはいかない。この命に代えても敵を討たねばという悲壮な決意でリヴァはブラートたちの前に現れたのだった。

 

「す、すげえ…」

 

タツミが思わず唸る程、二人の攻防はレベルが高いものであった。思えば、タツミが帝具使い同士の本気の戦いをその目でまともに見るのはこれが初めてであった。本当は隙あらばブラートの加勢をとも思ったが、これでは自身が入る隙を見つけるどころか、目で追うのがやっとである。タツミは改めて、帝具使いとそうでない者との明確な差を思い知るのであった。

 

(アニキ…!)

 

「ハァッ!!」

「くっ!?」

 

ブラートとリヴァは一旦、互いに距離を取った。どちらもかなり消耗しているの見て取れる。決着はそう遠くないとタツミが思ったその時であった。

 

「お?まだやってんじゃん」

 

そう言ってキルアがこの場へ現れた。

 

「お前!?今まで何処に!?」

「トイレって言ったじゃん。いやー手強かったぜ?」

「お前、いい加減に…」

「ほらよ、お土産」

「えっ?」

 

タツミはキルアが投げたものを受け取ろうとして即座に手を引っ込めた。何故ならば、身の丈の半分程もある斧が飛んで来たからだ。

 

「う、うわっ!!」

「…!?それは!?」

 

キルアのお土産を見て、リヴァは思わず目を見開く。その斧は自身がよく知るものであったからだ。

 

「こんなのもあるぜ?」

 

キルアは立て続けにタツミに向けて何かを投げ渡す。それは変わったデザインの笛であった。

キルアが持ってきたものは、間違いなく帝具、ベルヴァークとスクリームであった。

 

「ダイダラ……!ニャウ……!」

 

リヴァは確信する。二人はもうこの世にはいないのだと。

 

「…小僧、貴様が殺ったのか?」

「ああ。思ってたよりは苦戦したぜ?本当ならもっと早く終わると思ってたからな」

「…………」

 

平然とした顔でそう言うキルアをタツミは恐ろしいものを見るような目で見ていた。帝具使い同士の次元の違う戦いを今さっき見たばかりだからこそ、帝具を持たぬ自身よりも年下のこの少年が、あの壮年の男と同程度の実力はあろうかと思われる仲間を二人も片付けていたというのだ。しかも、キルアの様子を見るに余力はまだまだ残っているように思える。

 

(こいつ…一体何者なんだ!?)

 

初めて出会った時から抱いていた今更な疑問。タツミにはキルアが同じ世界の住人とはとても思えなかった。

 

「…ああ。俺に構わず続けろよ」

「何?」

「いくら俺だって一騎討ちの間に入るような不粋なことはしねーよ」

 

キルアはそう言ってタツミの隣に立った。勿論、これは建前であり方便である。キルア程のプロであれば、例え真剣勝負の真っ只中でも平気な顔で乱入して敵を討っていたであろう。実際のところは、ブラートの実力をその目で見ようという腹積もりであった。

これまでに何度か帝具使いと戦ったキルアであったが、その使い手自体の実力はさておいても、帝具自体の能力には驚かされることも無くは無かった。ゴンの幻を見せられた時は、それの使われ方によっては足元を掬われかねなかったし、今も笛の音で調子を崩されたりと、その特殊性には目を見張るものがある。その帝具を全身に纏うブラートの動向に興味が湧くのも当然であった。万が一ナイトレイドが敵に回った時に対処出来るように研究の意味も含め、キルアは高みの見物と洒落込む。

そんな視線を受けながらもブラートは次の一撃で決めようと今までに無いくらいに集中を高める。最早、彼の肉体は限界であり、これが最後の攻撃になると踏んだからである。それはリヴァも同様であった。帝具による水撃は肉体への負担が少なくはない。更にダイダラやニャウが早々にやられてしまった為にずっと一人でブラートと戦っていたことも影響し、体力は残り少ない状態であった。耳からはどくどくと血が吹き出ている。

互いに次の攻撃は外せない。決着は間も無くである。

 

「…………」

「…………」

 

二人は沈黙する。タツミにはこの一分一秒が通常よりもずっと長く感じられた。タツミでさえそうなのだから、向かい合う二人はもっとであろう。

 

「ハアアアア!!」

「ハアアアア!!」

 

二人は同時に仕掛けた。リヴァは瞬時に巻き上げた複数の水柱を龍のような形にする。

 

「我が最大の奥義を味わうがいい!!」

 

そう叫ぶと四方八方からの渾身の水撃をブラートに向かって放った。一方で、ブラートはインクルシオを纏った拳を前に突き出してのシンプルな突撃であった。

 

「水龍天征!!!死ね!ブラートォォォォ!!」

 

リヴァの放った水撃はブラートの体を飲み込んでいく。

 

「やったかッッ!?」

「…そういう台詞を吐いた時にはなあ」

 

すると、突然水が破裂したように飛び散り、中からブラートが勢い良く飛び出した。

 

「大抵は殺ってねえんだよ!!」

「耐え抜いたのか!?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ぐはっ!?」

 

次の瞬間、ブラートのインクルシオを纏った拳がリヴァの体を貫いた。

 

「ブラー……ト……」

「…あばよ、リヴァ将軍。アンタは俺が尊敬する数少ない人間だったぜ」

 

ブラートはそう胸の内を告げると、リヴァの体に刺さったままの拳を抜いた。リヴァは、血を大量に流しながら甲板に前のめりで倒れる。そのままリヴァはぐったりと動かなくなった。

 

「やった!アニキ!」

 

タツミがそう歓喜の声を上げるとブラートはガッツポーズでそれに答えた。全身がズタボロになってはいるが、ブラートがこの戦いに勝利したのだ。

 

「へっ…ちょっとばかし、疲れた…な」

 

ブラートは立っているのがやっと、といったところか。いつの間にかインクルシオは解除され生身を晒していた。敵は間違いなく強敵であった。

 

(さあ、帰ろう。皆のところへ…)

 

「アニキ!!」

 

タツミの呼ぶ声。その何処か鬼気迫る声に気が付いた時には、ブラートの右腕と左足を何かが貫いていた。

 

「な……に……?」

「…敵が死んだことをちゃんと確かめずに背を向けるとは、迂闊だったなブラート!」

「リ…ヴァ……!」

 

リヴァは胸の中央から滝のような出血をしながらも自らの足で立ち、手を前に突き出していた。その指先から滴り落ちる血を見てブラートは気が付いた。

 

「そうか…血もまた液体!」

「これぞ奥の手、血刀殺!!」

 

リヴァは流れ出た血液をまるで刃のように変化させ、ブラートの腕と足を貫いたのであった。その目はブラートただ一人を見据えていた。よく見ると首に何かが突き刺さっている。

 

「…特製のドーピングだ。この一撃を放つだけの力を得る為に打った。文字通り最期の一撃だ。フッ、これで貴様だけでも道連れにすることが出来る」

「何…!?」

「この薬は筋力増強剤であると同時に猛毒でもある。今、それが貴様の肉体を猛スピードで…」

 

ザシュッ

 

「!?」

「なっ!?」

「ぐっ!?」

「……………」

 

目にも止まらぬ速さとはこのことを言うのだろう。気が付いた時には、キルアがブラートの右腕と左足を切断していた。

 

「で、猛スピードで何?」

「毒が…回る前に…だと!?」

「悪ぃけど、オッサン一人で死ねよ。往生際が悪いのはみっともないぜ?」

「く…クソォォォォ!!」

 

リヴァは咆哮し、崩れ落ちた。

 

(エスデス様…申し訳ございません。我々は……)

 

大量の自らの血の中、リヴァは眠るように死んでいった。その最期の表情は怒りと後悔と悲しみに満ちていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。