キルアが斬る!   作:コウモリ

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第8話 ⑥

死闘を終えた竜船の船上。乗客たちは皆、眠るようにぐったりとしている。ニャウのスクリームによる影響だろう。それは、ニャウが死に、悪魔の演奏が終了しても変化は無かった。効果が完全に抜けるにはまだ時間が必要なようだ。幸い、乗客たちに死傷者はいないようである。護衛対象であった文官も眠りこけてはいるが、目立った外傷などもなく五体満足であった。これを持って、キルアたち三人は文官の護衛とナイトレイドの名を騙る偽者の始末の任務を完遂したと言える。ただし、こちらは全員が五体満足でというわけにはいかなかった。

 

「くっ…!」

 

片腕と片足を失ったブラートは上手く立てずにその場に尻餅をつく。痛みこそ尋常ではなかったが、切断面からの出血は思っていたよりも無く、何とか意識を保つことが出来ていた。

切り口をよく見ると焦げ跡のようなのが見られ、それで出血が抑えられているようである。キルアはブラートの腕と足を切断する際に手に電気を発生させて、切ると同時に切り口を焼いたのであった。

 

「悪かったな、オッサン。咄嗟のこととは言え、無断でオッサンの腕と足を切り離しちまってさ」

 

キルアが少しだけ申し訳無さそうに言った。常に悪びれない様子の彼がそんな表情をするのは意外だったのか、ブラートは痛みも忘れてポカンとする。

 

「…いや、お前の判断は正しかった。あの場で瞬時にこの選択をして即行動に移せる人間なんてそうはいない。今、俺がこうして生きていられるのはお前のお陰だ。キルア」

「…言っておくけど、俺は医者じゃねーからな。後でちゃんと診察して貰えよ?毒だって少しは回ってるかも知んねーしさ」

「ああ。分かってる。…タツミ、肩を貸してくれ」

「あ、うん。分かったよアニキ」

 

タツミはすぐにブラートの左側に回り、肩を抱いて起こす。倒したと思ったリヴァが起き上がり、ブラートを襲った時は最悪の状況が頭の中に思い浮かんでしまったが、こうして直に触れて確かな鼓動を感じると、痛ましい姿ではあるが、ブラートが死ななくて良かったとタツミは涙ぐんでいた。

 

「おい、タツミ。泣くなよ。男だろ?」

「だって…俺、アニキが生きてて嬉しくて……」

「…確かに生き残りはしたけどな」

 

ブラートは失くなった自身の右腕と左足を一瞥する。

 

(この体じゃ、もう前線で戦うのは無理だな…)

 

片腕だけならともかく、片足を失ったのは大きい。体術にせよ剣術にせよ、下半身の力を十分に使えなければ個人としての戦力は激減してしまう。仮にどれだけ性能の良い義足にしたところで、元通りの力で…というのは望み薄であろう。これでは、今後激化が予想される戦いにおいて皆と共に戦うことなど出来はしない。

 

(…どうやら決断の時、だな)

 

ブラートは思わず寂しそうな表情をしてしまうが、それをタツミには見られたくないと顔を伏せた。少しして頭の中を切り換えると、いつものように威勢のいい大きな声で言った。

 

「さあ!帰るぞお前ら!!帝具の回収も忘れるなよ!!」

 

 

 

「帰って来ない、か…」

 

エスデスは何時まで経っても戻って来ない三獣士たちを思って呟いた。失敗したにせよ、連絡一つ寄越さないということは、最早生存してはいないのだろう。

 

(ニャウ、ダイダラ、リヴァ…)

 

心の中で彼ら一人一人の名前を呼ぶ。

 

「…ナイトレイド、それ程までの存在か」

 

エスデスは軽く舌打ちした。三獣士には、まだまだこれからも働いて貰わねばならなかった。あれだけ優秀な人材はそうは見つからないであろう。そして、彼らがやられてしまったのであれば、当然彼らが持っていた帝具も敵の手に渡ってしまった可能性が高い。

 

「おやおや、エスデス将軍。如何なされましたかな?」

 

そう声を掛けてきたのはオネスト大臣であった。彼がこうして慇懃無礼な物言いをする時は、自身が優位に立っている時である。さしずめ、三獣士が任務に失敗したことに勘づいたのだろう。とは言え、ただ嫌みを言う為だけにわざわざ人へ会いに行く程大臣も暇ではない。何かしら用件があるのだろうとエスデスは思った。

 

「…何か用でしょうか?まさか、私の顔を見に来たというわけではないのでしょう?」

「うむ。例の件ですが、ようやっと将軍のお眼鏡に適いそうな人材が集まりましたよ。近い内に帝都へ呼び寄せましょう」

「そうですか。それは朗報です。楽しみですね」

 

大臣の口から発せられたのは明るいニュースであった。例の帝具使いによる特殊部隊の件である。三獣士を失ったのは大きいが、これでその穴埋めは出来るとエスデスは考えた。部下をある程度大事には思っているが、何時までも死んだ者に縛られてはいけないというのも将軍としての務めである。失った戦力よりも、これから得るであろう戦力へとエスデスは頭を切り換えた。

 

(お前たち…敵は必ず私が取ってやる。だから、安らかに眠れ)

 

それが彼女が亡くなった部下たちへ告げる最後の言葉であった。

 

 

「…ところで、大臣。越権行為は承知の上で一つ、伺ってもよろしいでしょうか?」

「?何でしょうか?」

「何か、我々に隠していることなどありませんか?」

 

エスデスのその言葉に大臣の表情が僅かに固まる。

 

「ほう…何故そう思うのですか?」

「勘…今はそうとだけ言っておきましょうか」

「…でしたら将軍の勘は外れですな」

 

そう言うと、大臣はほっほっほと笑った。

 

「…そうですか。ならば、忘れて下さい」

「ええ、聞かなかったことにして差し上げますよ」

「…………」

(…この大臣が皇帝、ひいては国を裏切るなど無いとは思うが、その行動については注意しておいた方がいいだろうな)

 

エスデスがそう思う一方。

 

(…例の兵器の件、まだこの女に話す段階では無い。少なくとも今度の視察が終わるまでは、な)

 

大臣の思惑。

エスデスの懸念。

帝都の闇は、より濃さを増したかのように蠢いているのであった。

 

 

 

ところ変わって、ナイトレイドのアジト。日も落ち、残った者たちは、早めの夕食を取っていた。

 

「あーん」

「…………」

「あーん、するの!」

「あ、あーん…」

 

利き腕を使えないマインは恥ずかしそうに口を開けて、アルカが差し出したスプーンから口の中へと食べ物を受け取っていた。

 

「はい、あーん」

「ねえ、私一人で食べられるからさ。その…」

「ダメです。さっきから食べ物いっぱい溢してます!」

 

一回り近くは年下であろうアルカに窘められるマイン。実際、利き腕では無い方で食事を取ろうとして、マインの目の前は酷い惨状となっていた。見かねたアルカがこうして「あーん」を提案したのである。

 

「モグモグ…うう、恥ずかしい。あまり人に見られたく無い姿だわ…」

「特にタツミに、ですか?」

 

シェーレのその一言に、マインは思い切り取り乱す。

 

「ちょ、シェーレ!?な、何をワケの分かんないことを言ってるのよ!?」

「そうですか?マインのタツミを見る目、段々変わってきてると思ったのですけど…」

 

シェーレは頬に指を当てながら首を傾げた。ちなみに彼女は利き腕が無事だったので自ら食事を口に運んでいる。普段はポーッとしている彼女であるが、そういった人の些細な変化を見抜けるのは、天性の暗殺者としての素質が成せる技であった。

 

「アイツのことなんか全っ然、何とも思っていないんだからねっ!」

「そうなんですか?」

「そ・う・よ!!」

「あーん」

 

興奮するマインをよそにアルカは再びスプーンを差し出した。

 

「……あーん」

 

少し間を置くと、自分が何でこんなムキになっているのかとマインは顔を真っ赤にする。

 

(…本当に何でアイツのことなんか意識してんだろ私。あー、あー、何か腹立つーーーー!!)

 

そんな折であった。

 

「ただいまーーー!」

「帰ったぞ」

 

勢いよくドアが開かれ、任務を終えたラバックとアカメが入って来た。二人は「あーん」をしている最中のマインを丁度目撃した。

 

「がっ!?」

「ま、マイン、お前…」

「…まるで子供みたいだな」

「ムキーーーーーー!!」

「アルカ、こっちへ来た方がいいですよ」

「うん」

 

恥ずかしさのあまり、暴れるマイン。タツミたちが戻って来るまで、この騒動は続いたという。

 

 


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