キルアが斬る!   作:コウモリ

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第9話 ①

「体の調子はどうだ?ブラート」

「医者にも診て貰いましたし、体調自体は悪くないんですがね」

 

心配そうに覗き込むナジェンダに対して、ブラートはいつも通りの声音で答えた。血色も良く、毒の影響も殆ど無い様子である。それでも何処か浮かない表情なのは、失ったものの大きさを改めて感じているからであった。

 

「…やはり、腕と足を失ったのは辛いですね」

「腕だけを失ったのならば私みたいに義手にすれば何とかなるが、足までも失うとなるとな…」

「ええ、以前と同じようには戦えないでしょうね。特にインクルシオは万全の状態でも体に掛かる負担が大きいですから」

 

ブラートは残念そうに言った。

 

「…ま、幸い頭は働きますんでね。作戦とかそっち方面ではまだまだ働かせて貰いますよ」

「ああ。お前は今でも貴重な戦力だ。少なくとも私は…いや、皆もそう思っている筈だ」

「そう言って貰えると救われますよ」

「しかし、最初にお前のその姿を見た時は流石に私も驚いたぞ」

「楽しそうな夕食が一気にシーンとなりましたからね。その後も医者を呼んだり、てんやわんやでしたよ」

 

ブラートはまるで他人事のように笑ってみせた。

 

「ま、痛ましい姿かも知れませんが、お陰で命だけは助かりましたよ。こいつだけは代えがきかないですからね」

「キルアの判断…か」

 

ナジェンダはポツリと呟いた。

 

「大きな借りが出来たな」

「返せるかどうかは分からないですがね」

「…………」

(…本当に大きな借りが出来てしまったな。タツミやブラートから聞いた話からすれば、キルアがいなければほぼ確実に三人の帝具使いとの交戦になっていた。仮にそうなっていたならば数の有利でブラートはおろかタツミまでもがその戦いで命を落としていたかも知れない。それに、この間の件もそうだ。キルアが助けに入らなければシェーレかマイン、或いは二人共が敵の帝具使いに殺られてしまっていただろう。彼の存在が今のナイトレイドにとって大き過ぎるものになっている。これは期待以上…いや、想定外と言った方がいいかも知れないな)

 

ナジェンダは深く息を吐く。一応、ブラートに配慮して煙草は吸っていなかった。

 

(…あまりキルアに依存しない方がいいだろうな。彼に頼り過ぎれば、取り返しのつかないことになりかねない。…とは言え、彼が作り出してくれた好機は是非とも利用したいところだ)

 

打算と懸念。二つが入り交じり、複雑な表情のナジェンダ。そのことは一先ず置いておいて、今はブラートのことと頭を切り換える。

 

「…ところで、インクルシオはどうするんだ?お前が使わないのであれば、何時までも遊ばせておく訳にもいかないから革命軍へ送ることになるが…」

「そのことについてですが、一つ提案があります」

 

ブラートは先程とは一転して清々しい表情に変わった。どうやら、その件については当人の中で前から決めていたようであった。

 

「提案?」

「ええ、実は…」

 

自らの考えをナジェンダに話すブラート。その表情に一切の迷いは無かった。

 

 

 

「俺が…アニキの?」

 

タツミは一人呼び出され、その先でナジェンダから告げられた言葉に驚きを隠せないでいた。彼の視線の先に立つナジェンダは黙ってコクリと頷く。

 

「…ブラートたっての願いだ。叶えてやってくれタツミ」

「でも、俺がインクルシオを使うだなんて…」

「嫌なのか?」

「そ、そんなことは!…ただ、俺はまだ未熟だし、アニキみたいにインクルシオを扱える自信が…」

「馬鹿野郎!」

 

殴られる。と、思わず反射的に目を閉じるタツミ。しかし、頭部への衝撃はやって来なかった。ゆっくり目を開くと、目の前には車椅子に乗ったブラートが不動のままそこにいた。先程の言葉とは裏腹にその表情は怒っているというわけではなく、ただ真っ直ぐな目をタツミへ向けている。

 

「アニキ…」

「タツミ、自信を持て。その素養、今までの経験値、インクルシオを使うに十分だ。お前はお前が思うよりもずっと強い。それに、俺の為にリヴァへ向かって行ってくれただろ?」

「で、でも…」

「それに、インクルシオを俺のように扱う必要は無いぞ、タツミ」

「え?」

「インクルシオはお前の使いたいように使え。その方が、よりインクルシオの力を引き出すことが出来る筈だ。成長し切って伸びしろの無い俺なんかよりもずっとな」

「俺なりの…使い方……」

「さあ、俺に見せてくれタツミ。インクルシオを纏ったお前の勇姿を!」

 

ブラートの言葉を受け、思わず全身を震わすタツミ。感激、恐怖、喚起、様々な感情が綯い交ぜになった武者震いであった。

それを見たブラートはフッと笑った後、車椅子を漕いでタツミの前へ行き、インクルシオの鍵を手渡す。タツミは深呼吸を一回した後、覚悟を決めてインクルシオの名を叫んだ。

 

「来ぉぉぉい!インクルシオオオオオオオオ!!」

 

すると、瞬時にタツミの肉体をインクルシオが覆っていった。その姿はブラートが装着していた時よりも明らかに進化していた。

 

「おお!?」

「…………」

(流石だぜ、タツミ。俺の想像以上だ。これならば何も思い残すことなくお前に全てを託せる…!今後は全力でお前をサポートするからな!!)

 

ブラートは最愛の後継者を目の前にして満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

「タツミがインクルシオを…ってマジかよ!?」

 

その話を聞いてラバックは大きなリアクションを取って驚いた。タツミはインクルシオの鍵を見せながら自慢気な顔をする。

 

「ああ。アニキから託されたんだ!これでもう俺も皆には遅れを取らないぜ!」

「調子に乗るなタツミ!」

 

ボカッと今度はタツミの頭部への衝撃と懐かしい痛みが訪れる。

 

「あ、アニキィ~…」

「自分でも言ってただろ?お前はまだまだ未熟。いくら帝具を手にしたからって慢心は感心しないな」

 

ブラートの正論にタツミも反省する。

 

「ごめん…アニキ」

「自信を持つのはいい。だが、それを誰かに言うようではまだまだだな」

「…精進するよ、アニキ」

「…それにしても、タツミが帝具をねえ。それもブラートのを」

 

マインが意外そうな顔で言った。

 

「正直、最初仲間になった時は、すぐにおっ死んじゃうかと思ったわよ」

「何ですと!?」

「でも、タツミはこう見えて初見でアカメとやり合って生き残れたからねえ。お姉さんはここまで来れるって信じてたよ!」

 

そう言ってレオーネはタツミの肩を抱いた。

 

「そうですね。それにタツミは訓練も頑張ってますしね」

 

シェーレもタツミを援護する。

 

「フッ、素質のない奴だったら最初からナイトレイドに入れてはいない」

 

ナジェンダも自分の判断は正しかった…と自分で自分を褒めるように言った。

 

「くっ…どうしてタツミはこんな年上にモテるんだ!?」

 

その様子を見たラバックが恨めしそうにタツミを見る。そんなラバックをやれやれと見つめるのは先程までパートナーだったアカメであった。

ブラートの件は暗いニュースであったが、それでも生きていたからこそ、こうして和気藹々と話が出来るのであった。その立役者であるキルアは誰と会話する訳でもなく、アルカと二人で遊んでいる。必要以上にナイトレイドに深入りしないのは、後々の為。その喋りかけるなオーラをナイトレイドの皆も感じているのか、互いに微妙な距離を空けたままであった。

 

 

「…ここで、皆に発表がある」

 

夜も更け、皆もそろそろ眠りに付こうかというタイミングでナジェンダがそう切り出した。キルアを含めた一同は、ナジェンダの話に耳を傾けようと一斉に彼女の顔を見る。

 

「何だい、ボス。改まって?」

 

レオーネが尋ねると、ナジェンダは一呼吸置いてから話を始めた。

 

「結論から先に言おう。近々、ナイトレイドに追加のメンバーがやって来る」

「!?」

 

一部を除いて、皆が驚きの表情を見せた。ナジェンダは構わずに話を続ける。

 

「…今後、戦いは激化の一途を辿るだろう。ブラートの件もある。戦力は多いに越したことはない」

「急…だな」

「別に急ということは無いぞタツミ。実は以前から本部にそういった要請はしていた。その結果、このタイミングで増援が決定した。それだけの話だ」

「新しいメンバーというのは帝具使いなのか?」

 

アカメが尋ねるとナジェンダはコクリと頷いた。

 

「可愛い女の子かなあ…」

 

ラバックがそう呟くと、すかさずブラートの拳骨が飛んで来た。

 

「…発表したいことというのは以上だ。もう遅いのに呼び止めてしまって済まない。皆、今日は疲れただろうからゆっくり休んでくれ。解散!」

 

ナジェンダの発表。追加メンバーはどういった人物なのか、上手くやれるだろうか。そんな各々の思いを胸に皆はそれぞれ寝床へと向かうのであった。

 

 

 

「なあ」

 

自分の寝床へ戻ろうとしたレオーネは突如、キルアに声を掛けられた。どうやら彼女が一人になるタイミングを狙っていたようである。

 

「ちょっとお姉さんに聞きたいことがあるんだけどさ…」

「レオーネ」

「…?」

「あたしはお姉さんって名前じゃない。レオーネだ」

 

レオーネがそう言うとキルアは明らかに面倒臭そうな顔をする。

 

「んなこと、別にいーじゃん」

「いや、良くない」

 

レオーネは少し強めの口調で言った。

 

「キルアさ。明らかにウチらと距離取ってるよね?」

「こう見えて俺って人見知りなんだよね。そこんところ勘弁してくれる?」

「茶化さない!」

 

レオーネは気付くと語気を強めていた。何故、自分がこの一回りも年下であろう少年に対して、こんなムキになってしまうのか。初めて街で彼を見掛けた時は、純粋にその強さに惹かれた。だから、ボスであるナジェンダに推薦もした。しかし、いざ関わってみると、この少年はとんだ危険物であることを彼女は理解した。彼…キルアはあまりに人間として違い過ぎるのである。この第一印象とのギャップが自分の中で彼に対して複雑な感情を抱かせているのかも知れない。

 

「…何もウチらと仲良くしろって言ってるわけじゃないよ。ただ、ナイトレイドはチームなんだ。それだけは分かって欲しい」

 

それは、キルアの加入を薦めた身として、レオーネの偽らざる本心であった。

しかし、キルアは彼女の言葉に落胆したような表情を浮かべていた。

 

「ハァ…。あのさ、最初に会った時に言ったよな?」

「?」

「俺とアンタらでは実力が違い過ぎるんだよ。下手に合わせてたらろくなことになんねーぜ?」

「またそんなことを…」

「事実だろ?じゃあ、逆に聞くけど、アンタらは俺について来れるワケ?本気を出した俺にさ」

「それは……」

 

そんなことは出来ないと理解しているからこそ、レオーネは逆に即答出来なかった。彼女はキルアと一緒に行動をしたことは無いが、彼が本気を出してはいないことくらいは分かっている。それは他の仲間たちも同様だろう。それでも彼は帝具使いを何人も葬り去っているのだ。そんなキルアの本気など想像してもし切れない。

 

「俺の本気について来れるのはアイツだけだ…」ボソッ

 

ふと聞こえたキルアの呟き。その瞬間だけ、キルアの顔が寂しそうに見えた。

 

「……分かったか?アンタの言ってることってのはな、かけっこでゴール直前に皆を並ばせて一斉にゴールしましょ…ってのと一緒。俺とアンタらはチームにはなり得ねーんだよ。チームとしてやりたかったら、相応の力を身に付けるか、実力以外のことで俺に並ぶかするんだな」

「…………」

 

レオーネは何も言い返せなかった。キルアの言っていることはプロフェッショナルとして概ね正しい。ナイトレイドはプロフェッショナルの集団なのだからキルアの言うことが間違っている筈が無いのだ。

それでも、レオーネの中には何処かやるせない思いが溢れてくる。それのやり場は今のところ何処にもない。

 

「……で、話戻すけどさ」

 

キルアは何食わぬ顔でそう言った。先程まで落胆していたような表情をしていたのが嘘のようである。

 

「アンタ、エスデスっての見たんだろ?」

「……ああ」

「どうだった?」

「……化け物だったよ」

(アンタみたいにね)

 

レオーネはその言葉を心の中で付け加える。

 

「ふーん」

 

キルアは納得したのかそう言って踵を返した。レオーネの表情からエスデスの強さを悟ったとでも言うのだろうか。

 

「……ま、アンタがそんなビビるくらいなら、それなりの相手なんだろーな。参考になったよ。ありがとね。レオーネ」

「!!」

 

不意に名前を呼ばれ、驚くレオーネ。だが、何故か嬉しさも何も感じなかった。


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