キルアが斬る! 作:コウモリ
「ここかあ…」
純朴そうな青年が希望溢れる眼差しでとある部屋の前に立っていた。
彼の名はウェイブ。つい先日までは帝国海軍の軍人であったが、この度帝国の特殊警察から彼に招集が掛かったのである。これは異例の抜擢であり、一兵卒である彼にとってはまたとないチャンスであった。ウェイブは二つ返事でこれを受けると、あれよあれよという間にその日がやって来たのである。今、彼の目の前にある部屋はその集合場所として指定された部屋であった。
「時間はきっちり集合時間の五分前。場所は…ここで合ってるよな?」
ウェイブはそーっとドアを開けて中を覗き込んだ。見ると、広い部屋の中で真っ先に覆面の怪しい男が目に入る。どう見てもごろつきか殺人鬼にしか見えない。と、ウェイブはすかさずドアを閉めた。
(…あれ?ここって、特殊警察に選ばれた人間の来るところだよな?)
ウェイブは部屋のプレートと集合場所の書かれた地図を見比べた。
「…部屋はここに違いないみたいだけど」
ウェイブはもう一度ドアを開けた。すると、やはり覆面の怪しい男がそこに立っていた。しかも、今度はその覆面男と目があってしまう。
(あ、ヤバ……)
動揺からドアを閉めるタイミングを逸してしまうと、覆面男がウェイブの方へと歩いてくる。覆面男は全身がトーストを張り付けたかのようにパンパンな筋肉に覆われており、身長もウェイブより高かった為、近付いてくる毎に圧が襲う。
(ヤバい!何か知らないけど何かされる!!)
ウェイブは全身から滝のような汗を流しながら硬直した。ついに覆面男が目の前に立つ。間近で見ると、なおそのヤバさが伝わってくる。一応、軍人として腕に覚えのあるウェイブであったが、目の前の覆面男には思わず恐怖心を抱いてしまった。覆面男はじっとウェイブの顔を見つめる。
(ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃ!!)
心の中で絶叫を上げるウェイブ。卒倒しそうな緊張感の中、とうとう覆面男がもごもごと口の部分を動かし始めた。そして、遂にその口から第一声が放たれる。
「……も、もしかして、君も特殊警察へ招集されたの…かい?」
覆面男は見た目とは裏腹に丁寧で人の良さそうな声音であった。そのギャップにウェイブは思わず腰を抜かしそうになる。
「は、はい?」
「あ、ち、違った?」
「あ、い、いえ、そうです…けど」
「あー、やっぱりそうだ」
覆面男は少しだけ嬉しそうな声色になった。
「と、取り敢えず、こんなところじゃ何だから、部屋へ、は、入ります?」
「あ、は、入ります」
覆面男に促され、ウェイブはおずおずと部屋の中へと入った。広い部屋の中には、覆面男以外にも何人かいて、よく見ると女の子もいた。自身より年下で、妹と言って差し支えないくらいの少女である。彼女はこちらへは目もくれずお菓子をポリポリと食べていた。
「や、やあ…」
ウェイブが声を掛けると少女は僅かに反応を見せる。
「あげない」
少女はお菓子の入った袋を手元へ引き寄せながら言った。変な子だなとウェイブは思った。
「やあ」
そうウェイブへ声を掛けてきたのは白衣姿のダンディな男性であった。医者か、科学者か、何れにせよようやくまともそうな人物が登場してウェイブはホッと胸を撫で下ろす。
「こ、こんにちは。帝国海軍から来たウェイブと言います。あなたは…」
「あら?なかなか、イケメンじゃない」
「!?」
「田舎者っぽいけど、そこがまた可愛いわん。アタシは、Dr.スタイリッシュ。よろしくねん」
白衣の男は女性のような口調でそう言ってウェイブの全身を嘗め回すように見た。もしかしなくても、彼はオカマであろう。
(…おいおい、まともな奴はいないのか?)
ウェイブは特殊警察への転属を少し後悔し始める。
「こんにちは」
そんなウェイブへ最後の一人が声を掛けてきた。ハンサムな青年である。
「私はランと言います」
「あ、ウェイブです。これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
ランと名乗った青年はそう言うと、ニコッと笑った。その整った表情には男でも惚れてしまいそうであった。特にウェイブにとってはようやく出会えたまともな人物ということもあり、思わずランの手を取り、握手していた。
「み、皆さん。お茶が入りましたよ」
覆面男がそう言ってお茶を配り始めた。ウェイブへと手渡すときに、また覆面の口がもごもごと動く。
「あ。ご、ごめんなさい。名乗るのが遅くなってしまって…。元焼却部隊のボルスと言います。その、私、とても人見知りで、緊張していて、今も頭が真っ白で…」
しどろもどろになる覆面男を見て、ウェイブは彼が見た目程悪い人間では無いんだなと思い始めた。
「あ…。こ、こちらこそ名乗るのが遅れてすみません。元帝国海軍のウェイブです。今後ともよろしくお願いします」
「こ、こちらこそだよ。う、ウェイブくん?」
「ウェイブ、でいいですよ。同僚だし、ボルスさんの方が年上…でしょう?」
「そんな!呼び捨てなんて出来ないよ。君こそ、私のことは呼び捨てで構わないよ?」
「ハハ。じゃあ、くん付けでいいです。その代わり俺もさん付けで呼ばせて貰いますね?」
「ウェイブくん…。うん、有り難うね」
覆面男…ボルスはそう言うとウェイブの差し出した手を握り返し、謝意を示した。
(…そう言えば、あの子だけまだ名前を聞いてなかったな)
そう思ってウェイブが先程の少女の方へ体を向けようとしたその時、急に部屋のドアが開き、仮面を着けた人物が勢いよく入って来た。そして、その勢いのままドアの付近にいたウェイブ目掛けて手刀を放つ。
「なっ!?」
ウェイブは咄嗟に腕で防御したが、防御を貫通したかのような衝撃に顔を歪めた。
「ほう…?やるな」
仮面の人物はそんなウェイブを値踏みするかのように見た。そして、すぐさま標的を別の人間へ定め、駆け出す。侵入した賊にしては不自然な動きに見えたが、その疑問を考える暇もなく仮面の人物の襲撃は続く。
と、その時、今まで机に突っ伏してお菓子を貪っていた少女が一瞬で表情を変え、持っていた刀を抜いて仮面の人物へ迷いなく振るった。その動きは洗練されていて無駄が無く、美しいとさえ思う程で、ウェイブは思わず見惚れてしまっていた。
直後、真一文字に仮面が割れる。
「…フッ、いい動きだ」
その人物はニヤッと笑っていた。その顔を見てウェイブは驚きを見せる。何故ならば、よく知る人物であったからだ。
「あ、あなたは……エスデス将軍!」
「ほう?君と会ったことはあったかな?」
「直接の面識は無くとも、帝国の軍に所属していれば、将軍のことを知らぬ人間などいません!」
そう言ってウェイブは敬礼をした。他の者たちも彼に続き、刀を振るった少女もそれに倣った。
「ふむ。皆、実にいい顔をしているな」
エスデスは満足そうな顔でウェイブたちを見回した。
「私が部屋に入った瞬間、咄嗟の事態にも関わらず、全員が瞬時に戦闘態勢へと切り替わり、対処した。見事だ。まずは合格としようか。だが…」
エスデスは刀の少女へ視線を向ける。
「刃を向けるならば、首を切り落とすつもりでやるんだったな。あれでは反撃を受ける恐れがある。油断は大敵だぞ?」
「…首を切り落とすつもりだったんだけどね」
少女がそうボソッと呟いたのをウェイブは聞いてしまった。末恐ろしい子だなとウェイブは思った。
「…さて、改めてお前たちを特殊警察イェーガーズに任命する」
「ハッ!!」
ウェイブたちは全員が同時に返事をする。ほぼ初対面だと言うのに、まるで旧来から一緒であったかのようであった。
その様子を見て、エスデスは嬉しそうに口角を持ち上げた。
「うむ。お前たちはきっといいチームになるだろうな。……本来であれば、もう一人見込みのある者が帝国警備兵にいたのだが、生憎と招集を掛ける前に賊に討たれて戦死してしまった。目下の敵はそれだけ強いということを肝に命じておいて欲しい」
エスデスがそう言うと、Dr.スタイリッシュが少し寂しげな表情になったのをウェイブは見逃さなかった。その戦死した人物は彼の知り合いか何かだったのだろうか。何れにせよ、敵は許し難い存在であることに違いないとウェイブは気を引き締める。
「私からお前たちに言うことはたった一つだけだ。…無駄死にだけはするな。死ぬなら相手も道連れにしろ。そのくらいの覚悟で任務にあたって欲しい。以上だ!」
「ハッ!!」
この日は互いの顔合わせだけで訓練なども無く終了した。だが、それでここが楽な現場だとは誰も思わず、皆がそれぞれ言い知れぬ緊張感を抱いていた。
「…ねえ」
「え?」
ウェイブが与えられた自室へ向かおうとした時、刀の少女が声を掛けてきた。彼女にとって自分なんか眼中に無いのだろうと思ってたウェイブには意外な出来事であった。
「…………」
声を掛けてきたのに、少女は無言であった。
「な、何かな?」
ウェイブが尋ねる。それでも即座に返答は無かった。
暫く、ウェイブの顔をじっと見つめた後にたった一言。
「……クロメ」
「え?」
「私の名前。名乗ってなかったよね?」
「あ、ああ。俺はウェイブ」
「よろしくね、ウェイブ」
それだけ言うとクロメは踵を返した。
本当に不思議な子だな、とウェイブは思った。だが、そこに戸惑いはあれど不快感などは一切無く、彼女と共に戦うんだという期待感がウェイブの胸一杯に広がっていた。
チュウチュウ
「ん?ネズミ?」
ウェイブは鳴き声のした方へ視線を向ける。声の正体は何処にも見当たらなかった。
「……こんな立派な所にもいるもんだな、ネズミって」
それだけ言うと、気にも止めずにウェイブは自室へ向かう足を進め始めた。
「…………いよいよ、か」
部屋の中の様子をネズミを通して監視していたカガリは、そう独りごちる。
「エスデスが本格的に動き出したのなら、最悪の事態も想定しないとな。…早く視察が来て欲しいものだ」
報告へ来たネズミを撫でてやりながら愚痴るカガリ。早速この情報をキルアへ送ろうと念を込める。
(……しかし、何だこの嫌な予感は?チッ、俺のこういうのは悪い意味で外れたことがないんだよなあ)
カガリが虫の知らせを感じていたその頃。
「……ふむ」
エスデスは、自室で一枚の紙を難しそうな表情で見つめていた。
「今回は見送ったが…」
エスデスは温くなった紅茶を一口含む。
「この私を一瞬とは言え、眼力だけで怯ませたあの男…やはり惜しいな」
そう言って手にしていた紙を机の上に置く。
「今のメンバーに不満は無いが…戦力はいくらあってもいいからな」
薄明かりの中、ニヤリと笑うエスデス。
(それに、大臣への牽制にもなるからな)
エスデスはカップに残った紅茶をくっと飲み干すと、部屋の明かりを消した。